愛恋の呪縛

サラ

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第25話

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「なぜ、あんなものがここに……?」

「え、なに?どうしたの?」



 司雀は、衝撃のあまり固まってしまう。
 異形妖魔は、黄泉で生まれることは無い。
 考えられるとしたら、現世から来たということ。
 だか、黄泉は簡単に出入りできる世界ではないのだ。
 この世に生きる妖魔でも、出入りすることが困難な妖魔も居る。
 そして黄泉は、なんの条件もなく無断で入ることもできない。
 つまり……



 (誰かが、意図的に送り込んできた……?)



 異形妖魔の大きさからして、あれは普通の妖魔では扱えないものだ。
 たとえ倒せたとしても、黄泉に持ち帰ること自体困難。
 逆にいえば、全ての力を使って異形妖魔だけを黄泉に送り込むことはできるかもしれない。
 今起きているのは、恐らく後者の方だろう。



「日向様!一度、城へ戻りましょう!」

「お、おう!でも、大丈夫なのか?」

「正直、状況はあまり好ましくありません。たたでさえ、魁蓮がいない時にっ……」



 司雀は置いていた荷物を持ち、日向と共に走り出した。
 その時だった。



「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」

「「っ!?」」



 城へと向かっていた日向と司雀の元に、異形妖魔が突進してきた。
 道中にあった建物や他の妖魔には目もくれず、ただ一直線に。



「日向様!」

「うわああああ!!!!!」



 異形妖魔がぶつかってくる寸前のところで、司雀は日向を抱えあげ、サッと避ける。
 異形妖魔はそのまま川に飛び込んだ。
 司雀はそっと日向を下ろすと、異形妖魔を見つめた。



「えっ!えっ!?今、完全にこっち狙ってなかった!?」

「っ……一体、なぜ……」



 この際、買ったものなどどうでもよかった。
 司雀はその場に買ったものを全て置き、日向を守る体勢を取る。
 川に飛び込んだ異形妖魔は、唸り声を上げながら顔を上げると、ぐるっと日向へと振り返った。



「ア゛、ア゛ア゛……ア゛」

「うおおおっ!こっち見てんだけど!?!?!?」

「ア゛ア゛ア゛ア゛………………」

「ちょっ、待てって!僕、お前に何もしてねぇじゃん!」



 異形妖魔は、完全に日向を狙っていた。
 日向は顔が青ざめ、恐怖で体が震える。
 首をブンブンと横に振り、来るなと全力で伝える。
 対して司雀は、異形妖魔の様子を伺っていた。



 (言葉を話さない……知能は無いはず……)



 今まで見てきた異形妖魔は、全て言葉を話さなかった。
 普通の妖魔ならば、そこまで強い訳ではない。
 だが、これが異形妖魔となれば話は別。
 言葉が話せないとしても、力だけ見れば妖魔の中でも上位の方だ。
 ましてやこの大きさ、普通の異形妖魔とは何かが違う。
 司雀がそう考えていると、



「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!」



 異形妖魔は怒声をあげながら、先程よりも速い動きで日向へと飛び出してきた。
 その一瞬の動きに、司雀は反応が遅れてしまう。



「まずい!」

「っ!!!」



 異形妖魔の手が、日向に触れる寸前。





「おらああああああああ!!!!!!!!」





 響き渡る大きな声と共に、何かがぶつかる衝撃音が轟いた。
 すると、異形妖魔は何かに弾き飛ばされてしまう。
 その衝撃で、日向は思わず目をギュッと閉じた。



「な、なにっ!?」



 日向が驚いていると、2人の前に誰かが降り立った。
 ギュッと閉じていた目をゆっくり開けると、視界に青い衣を纏った姿が入り込む。



「よぉ……昨日ぶりだなぁ?クソ妖魔がっ」

「っ……!」



 目の前に立っていたのは、龍牙だった。
 龍牙の足には妖力がまとわりついており、日向は龍牙が助けに来てくれたのだと理解した。
 龍牙は、少し乱れた呼吸をしながら、先程蹴り飛ばした異形妖魔をじっと見つめている。
 司雀も龍牙に気づき、目を見開いていた。



「龍牙っ!」

「司雀!あのデカブツ、俺に寄越せ!」

「えっ?」

「昨日、り損ねた獲物なんだよぉ……」

「昨日!?昨日は一体持って帰ってきたではありませんか」

「相手してた異形妖魔は、2体だったんだよ。そのうち1体は倒せたけど、もう1体には逃げられちまった。まさか、こんな早くにまた会えるとは思ってなかったがなぁ」



 衝撃の真実に、司雀は開いた口が塞がらない。
 隣で話を聞いていた日向も、これには言葉が出なかった。
 あの異形妖魔2体を、たった1人で。
 その事実だけで、龍牙の強さを実感する。
 すると、先程蹴り飛ばされた異形妖魔は、唸り声をあげながら、ゆっくりと起き上がっている。
 龍牙は小さく舌打ちをすると、司雀に振り返った。



「司雀、俺がアイツの相手をする。テメェは町にでけぇ結界張って、町のヤツら守れ。テメェの結界なら、大暴れしても破れねぇしな」

「お、お待ちください!いくらなんでもあれはっ」

「魁蓮がいないんだ。魁蓮を探しに行くより、ここで倒した方がいい。つか何処にいるかも分かんねぇし」



 龍牙はグッと拳を握り、戦闘態勢をとる。
 そして、ニヤッと口角を上げて笑うと、全身に妖力を流し始めた。



「邪魔すんなよ~?昨日の戦いの続きだかんな!」

「っ……お願いします、龍牙。ご武運を」

「ハハッ!誰に言ってんだよ!はよ行け!」

「はいっ、日向様!行きましょう!」

「わ、わかった!」



 龍牙がそういうと、司雀は日向の手を取り、その場から走り出した。
 直後、日向が離れていくのに気づいた異形妖魔は、龍牙を無視してその後を追おうとする。



 (俺を無視した……?日向アイツが狙いってことか)



 その一瞬で、龍牙は異形妖魔の狙いが日向なのだと理解した。
 異形妖魔は雄叫びをあげ、再び走り出す。
 しかし……



 ドカッ!!!!!!!!



「ア゛ア゛ア゛!!!!!」



 龍牙が繰り出した拳で、異形妖魔は行く手を阻まれ、思い切り殴り飛ばされる。
 続けて龍牙は異形妖魔へと近づき、先程と同じ蹴りを頭にぶつけた。
 その威力と速度は凄まじく、異形妖魔の混乱を招き、怒りを更に募らせる。
 そんな中、龍牙は楽しそうに笑っていた。



「テメェ、昨日はよくもやってくれたなぁ……昨日のテメェの攻撃のせいで、俺ァ足の怪我がずっと痛ぇんだよ!すげぇ痺れるし、悪くなるし!!
 だから、今から倍返ししてやるわあああ!!!!!!」



 直後、龍牙は全身の妖力を拳に集中させて、今度は両手を使って異形妖魔に叩きつけた。
 龍牙の拳は、異形妖魔の体に入り込む。
 同時に流し込まれる妖力で、異形妖魔は苦痛の声を上げた。
 龍牙は更に妖力を流し込み、少しでも動けなくなるようにと、どんどん力を増していく。
 その時。



「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」

「おわっ!」



 突然、異形妖魔の体がギュッと小さくまとまった。
 龍牙は瞬時に後方へと離れ、異形妖魔の様子を伺う。
 鞠と同じくらいの大きさになった異形妖魔は、なにやら力を溜め込んでいた。
 そして、ドクドクと心音のようなものが聞こえてくると、今度は大きくなっていく。
 だが、ただ大きくなるだけではなかった。



「……ハハッ、まじかよ……」



 異形妖魔は大きくなると同時に、少しずつ別の形へと姿を変えた。
 手足を生やし、口元には牙を光らせ、なびく鬣は強者を感じさせるが、その元となる姿は龍牙が1番嫌うもの。
 異形妖魔は、獅子の風貌を纏った人間の姿へと変わった。
 身長は2メートルを超え、先程よりも強い力を感じる。
 なにより決定的だったのは、



「ジャマヲ、スルナ……」



 言葉を話せるようになったこと。
 龍牙は妖魔の成長ぶりに、呆れて笑ってしまう。



「変身できて、力も強くなるってか……
 ハハハッ……クソ虎みてぇなことしやがって」



 龍牙は拳を握り、再び戦闘態勢をとる。
 妖魔の目は真っ黒で、何も映していない。
 龍牙に、緊張感が走る。



「いいぜ、相手してやるよ。全力で来いよ」

「アルジ、メイレイ……ゼッタイ。
 オウ、シンノメザメノタメ……
 ノスベテ、メッスル……」

「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!!!
 歯ァ、食いしばれや!!!」
 





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「皆さん!出来るだけ城の方へ逃げてください!」



 異形妖魔を龍牙に託した司雀は、慌てふためく町の安全を最優先に動いていた。
 日向の手をずっと引いて、決して離さずに。
 日向は逃げる妖魔たちを横目に、司雀の足でまといにならないようにと、必死に足を動かした。
 すると、



「司雀様!」



 城へと逃げる妖魔たちの中から、虎珀が姿を現した。
 司雀は虎珀に気づくと、周りの状況を確認して虎珀の元へと向かった。



「虎珀!」

「先程、龍牙を見たので状況は理解しています!ここは自分にお任せ下さい!司雀様は、町に結界をっ!」

「っ!その前に……」



 そう言うと、司雀は日向を虎珀の前に差し出した。
 日向と虎珀がポカンとしていると、司雀は虎珀の肩に手を置いて口を開く。



「お願いします、日向様を貴方の傍に」

「っ!な、なぜ!?」

「私は結界を張っている間、動くことができません。万が一なにかあった時、逃げる算段が欲しい。
 魁蓮が黄泉にいない今、貴方の傍が1番信頼できます」

「っ……」



 司雀は、真っ直ぐに虎珀を見つめた。
 彼がここまで虎珀を信じるのには理由がある。
 肆魔の中で、合理的かつ物事の最優先をいち早く導き出す力があるのは、紛れもない虎珀だからだ。
 決断力ならば、誰よりも強い。
 この状況、司雀が結界を張る理由、その中で日向を託される理由。
 その全てを知った上で、何が最優先かを考えた時に、虎珀は間違いなく「日向を守る」という答えにたどり着く。
 司雀はそう考えていた。



「……発端はとにかく、あの異形妖魔の狙いは日向コイツということですね」



 案の定、虎珀は全てを理解してくれた。
 まだ憶測でしかないが、司雀はコクっと頷く。
 虎珀は目を伏せて考えると、覚悟を決めた眼差しを向ける。



「分かりました、できるだけ町から離れたところで守ります。その方が、町への被害も抑えられる」

「お願いできますか?」

「お任せを、どうぞ行ってください」

「感謝します、虎珀」



 すると司雀は日向へと視線を落とした。



「日向様、虎珀の傍を決して離れないでください。彼も実力はあるので、安心して信じてください」

「っ……わかった」

「また後でお会いしましょう」



 司雀は優しく微笑むと、妖魔たちを避難させながら、日向たちの元を離れた。
 日向は立ち去っていく司雀の背中を見つめる。



「おい、人間」

「っ!」



 ふと、虎珀から呼ばれ、日向はハッと我に返った。
 虎珀は周りを見渡した後、パンっと手を合わせる。



「目、閉じてろ」

「……へ?」



 その瞬間。
 パッと、虎珀から眩い光が放たれる。
 日向は思わず目をギュッと瞑った。
 何が起きたか理解できないまま、固まっていると……



「行くぞ、人間」

「えっ…………」



 虎珀の声がして、日向はゆっくりと目を開けた。
 だが、そこには虎珀の姿は無い。
 そう、日向が知っている虎珀はいなかった。
 日向の目の前には、綺麗な毛並みをした獣の手と、背後には白と黒が交互に並んだ長い尻尾が、日向の体にまとわりついている。



「っ!?」



 日向の目の前に現れたのは、大きな白虎だった。
 一体どこから現れたのか。
 そんな日向の疑問に答えるかの如く、白虎は日向の傍に屈んで口を開いた。



「さっさと乗れ」 

「……え……えええええええ!?!?!?!?」



 初めて見た白虎の口から聞こえたのは、先程まで聞こえていた虎珀の声。
 白虎は日向の叫びに、眉を顰めた。



「え、ちょっ、こ、虎珀!?虎珀なの!?」

「そうだ、いいからさっさと乗れ」

「か、か…………かっけぇ!!!!!!!!」

「乗れ!!!(怒)」
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