神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

文字の大きさ
上 下
106 / 150
第五部 第三章 ヴォーテックス

第五部 撫子(ラバーズピンク)の憂い 第三章 4

しおりを挟む


          * 4 *


 ――まぁ、違うよね。
 僕が連れてこられたのは、ホテルの中にある一室だった。
 ただし、ベッドがあったりする泊まるための部屋じゃない。
 小ホール。
 大きな会議とか、それほど大きくないイベントを行うためだろう広い部屋には、いまは何も置いてなくて殺風景だった。
 ただ、エイナが僕をここに連れてきた理由はわからない。
 可能性だけなら、思いつけるけど。
「なんで僕をこんなところに連れてきたんだ?」
「何か、よからぬ期待でもしていましたか?」
 ふたりきりになったからか、帽子とサングラスはもちろん、ダッフルコートの前も開いてその下に着ている、煌びやかな服も露わにする。
 ふんわりと揺れるピンク色の髪。
 スカートの地味さに対して、飾り気の多い上着。
 いたずら心を含んだ笑いを漏らしつつも、少し丸い感じのあるその顔は可愛らしい。
 人のそれと違って瞳の模様が描かれただけのカメラアイをしていても、エイナは確かに、アイドルとしての可愛さと美しさを兼ね備えている。
 さすがに彼女の身体はエルフドールなんだ、やましい期待なんて抱いてるはずが、ない。
 でもむしろ、そんな期待の方がよっぽどよかったかも知れないとも思えていた。
「期待は、していたよ。ある意味で」
 広い部屋の真ん中辺りまで進み、振り返ったエイナを見据え、僕は言う。
「別の予想が外れていたら、っていう期待を、ね」
「……すみません」
 口元に笑みを浮かべ、でも僕から目を逸らすエイナに、予想が外れていないことを確信した。
『そろそろ出てきてもいいよね?』
 イヤホンマイクから、朝からずっと黙っていたリーリエが声を出し、デイパックからごそごそとアリシアが出てきた。
「ありがとうございます、リーリエさん。叶わないと思っていた夢が叶いました」
『嘘吐き。半分も叶えてないじゃない、エイナ』
 言葉を交わし合うエイナとリーリエ。
 ――あぁ、やっぱりか。
 たぶん僕は、エイナからデートしたいと言われた瞬間から、ひとつの可能性と、それに付随するもうひとつの可能性について思いついていた。
 でもそれを考えたくなくて、的中していないことを祈っていて、言い出すことなんてできなかった。
 でももう、いまのふたりのやりとりで、それは確信になった。疑う理由がなくなった。
 ――いまさらだけど、考えてみれば当然なんだよね。
 ほぼ姿を見せていなかったふたりのエリキシルソーサラー。相当な強さを持っているはずなのに、可能性のある人物を抽出することができなかった。
 それは、想像の外にいる人物だったからだ。
「もう、克樹さんは、わたしが貴方をここに連れてきた理由がわかっていますね?」
「うん……。でも本当は、やましい期待の方が当たっていた方がよかったよ」
「わたしのこの身体には、そうした機能はついていませんよ」
 にっこりと笑いながら、エルフドールのエイナは床に置いた鞄から、身長二〇センチのエイナを取り出した。
 微笑みながらも、表情が固定されたようにフェイスパーツから人間味が失われたエルフドール。
 対してエルフドールの手のひらに立ったピクシードールのエイナは、小さな身体で僕ににこやかな笑みを見せる。
 物々しい武器を腰や背中に装備しつつも、その衣装はピンクを基調にした、ステージに立つ彼女のミニチュア版。ひらひらとしたミニスカートを穿き、飾りが多いのにボディラインをはっきり見せる、魅力的な姿をしていた。
 彼女は、残りふたりのうちの、片方のエリキシルソーサラー。
 そしてもうひとりは――。
『おにぃちゃん。いまはあたしとおにぃちゃんの目の前に敵がいる。たぶん、これまで戦ってきた中で、最強の敵だよ』
「……そうだな」
『いまは戦うときだよ、おにぃちゃん』
「あぁ、そうだな。そうだな、リーリエ」
『うんっ』
 リーリエの元気のいい返事を聞き、僕は鞄からスマートギアを取りだし、被る。
「でも、後で全部聞かせてもらうからな」
『うん……』
 僕の手のひらの上でアリシアを振り向かせ、悲しそうな顔で頷くリーリエ。
 スマートギアのディスプレイを下ろし、各種アプリを起動させ、僕の準備は整った。
 頷いて見せた僕に頷きを返し、リーリエは手のひらから飛び降りる。
『ゴメンね』
 そんな声を僕の耳に残して。
 同じように床に立ったピクシードールのエイナと、リーリエの操るアリシアが距離を取って対峙する。
 そして、僕は唱えた。
 願いを、込めきれないまま。
「アライズ!」
 三種類の声が同時に響き、二体のドールが光に包まれた。


             *


「やっぱりここか」
 メールで送られてきた座標にたどり着いた彰次は、そう悪態を吐いた。
 もう青空がほぼ消えた頃に到着したそこは、都内の霊園。
 最後に来たのは大学卒業前だったから、一〇年以上訪れていない場所。
 真新しい花が花瓶を飾り、燃え尽きていない線香が立てられたその墓石には、東雲家と彫られていた。
 忘れるようにしていたのですっかり思い出せなかったが、座標と一緒に書かれた日時を見て思い出した。
 ――今日が命日だ。
 久しぶりに来たというのに、彰次は手を合わせる気にもなれず、苛立ちに唇を噛む。
「誰だっ、こんなこと仕込みやがったのは!」
 人気のない墓地で叫び声を上げてしまったが、返事が返ってくることはなかった。
 その代わり、音とともに眼鏡型スマートギアに新たなメールの着信が告げられた。
 開いてみると、やはり差出人不明のメール。
 書かれているのはさっきと同じように三次元の座標と、いま現在といっても差し支えのないくらい近い時間。
「つき合っていられるか!」
 眼鏡を外し、羽織ってきたコートのポケットの中に突っ込んだ彰次は、足を踏みならしながらその場を立ち去ろうとする。
 けれど立ち止まり、振り返った。
 墓石を見ていても声がかかってくるわけではない。
 死んでしまった人が現れることなんてあり得ない。
 それでも彰次は、死んでしまった人のことを、冷たい墓石を見て思い出す。
「くそっ!」
 悔しさを声に出して吐き出した彰次は、眼鏡を取り出してかけ、早足に墓場を後にした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

【R18】俺は変身ヒーローが好きだが、なったのは同級生の女子でした。一方の俺は悪の組織に捕らえられマッドサイエンティストにされた

瀬緋 令祖灼
SF
 変身ヒーロー好きの男子高校生山田大輝は、普通の学生生活を送っていたが、気が晴れない。  この町には侵略を企む悪の組織がいて、変身ヒーローがいる。  しかし、ヒーローは自分ではなく、同級生の知っている女子、小川優子だった。  しかも、悪の組織に大輝は捕まり、人質となりレッドである優子は陵辱を受けてしまう。大輝は振り切って助けようとするが、怪人に致命傷を負わされた。  救急搬送で病院に送られ命は助かったが、病院は悪の組織のアジトの偽装。  地下にある秘密研究所で大輝は改造されてマッドサイエンティストにされてしまう。  そんな時、変身ヒーローをしている彼女、小川優子がやって来てしまった。  変身ヒーローの少女とマッドサイエンティストの少年のR18小説  実験的に画像生成AIのイラストを使っています。  

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

処理中です...