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第四部 序章 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り
第四部 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り 序章
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序章 鋼灰色(スティールグレイ)の挑戦
そこは最初から寝室だったのだろうか。
レースのカーテンが引かれた窓から入る強い夏の陽射しから離れ、運動ができそうなほどの広さと天井の高さがありながら、ベッドは壁に近い、薄暗がりの下に置かれていた。
落ち着いた色合いを見せる木組み細工のような模様の精緻さとは対象的に、がっしりとした造りながら、鉄パイプを組み合わせた実用を重視したベッドの脇には、スティール製のサイドテーブルと、やはり実用性ばかりが漂う簡素なガラスの水差しとコップが置かれていた。
人間のそれに似せていても、精気のない目をしたメイド服姿のエルフドールが側に立つベッドには、静かに老人が横たわっている。
痩せて頬張った首筋と、やつれた顔立ちの老人は、目を閉じたまま、微かな呼吸を繰り返す。
そんな静寂を打ち破ったのは、ノックもなしに開け放たれた扉の音。
入ってきたのはひとりの女性。
豊満な身体を見せつけるような紅いスーツを身に纏い、紅い色をした唇を厳しく引き結んだ女性は、ピンヒールの音をカツカツと立てながら、迷うことなくベッドへと近づいていく。
「お前か」
それに気がついた老人は目を開け、ため息のような声でそう言った。
老人がシーツの下から手を出すと、スマートギアで制御されているわけではないメイドドールが彼の身体の下に腕を差し込み、起き上がるのを介助した。
「お前がここに直接足を向けるのはいったい何年ぶりだ? モルガーナ」
皮肉を込めた光を瞳に宿し、嘲るように唇に笑みを浮かべた老人は、側までやってきた女性、モルガーナに声をかけた。
「さぁね。必要のない場所に来ることなどないから」
「ワシがここに住んでいるのにか? お前はワシごと不要というつもりか。まぁ、一線を退いた老骨なぞたいした役にも立たないだろうからな、仕方あるまい」
「貴方はまだ必要よ」
苛立っているかのように、わずかに顎を突き出し老人を見下ろしながら、モルガーナは眉根にシワを寄せる。
「貴方の声はあの業界ではまだ重いもの。ただ貴方が生きているというだけでも、その影響は無視できるものではないのは、貴方も理解しているでしょう?」
「ふんっ。ワシの後継になれる人材が見つからなかっただけだろうに」
眉根のシワを深めるだけでなく、明らかにイヤそうな表情を浮かべるモルガーナに、老人は楽しそうな笑みを浮かべた。
不機嫌そうにしていても、やはりモルガーナは美しい。
まるで古代の女神を模した彫像のように。
生き、動き、言葉を喋る彼女は、初めて出会った頃と寸分変わりない姿をした、まさにこの世に顕現した女神。
女神のような美しさを持ちながら、彼女からあふれ出るのは、人を畏れさせる黒と、ともすると醜さを放つ情念の紅の、二色の炎。
美しさと醜さを兼ね備えたモルガーナは、魔女と呼ぶべき、呼ばれるべき女。
老人には、そう思えていた。
「貴方は相変わらずね」
「お前ほどじゃないさ」
皮肉を込めて言ったのだろうモルガーナの言葉にそう返すと、彼女は苦々しげな表情を浮かべた。
「そんなことはいいわ。それよりも貴方、あの子たちと戦うつもりなのね?」
「耳が早いな。まだ招待状は奴らの手元まで届いていないだろうに」
「貴方が望むならば、戦わずとも与えるわ。貴方はそれだけのことをしてきたのだから。予定を、四半世紀ほど繰り上げられたのは、貴方のおかげなのだからね。もちろん、与えられるのはすべてが終わった後だけれど」
ベッドに片手を着き、顔を近づけてきたモルガーナは目を細めて言う。
「いらぬわ」
唇の端に貼りつかせた嘲りで返すと、モルガーナは再び不機嫌に顔を歪める。
「これまで、ワシはほしいものは自分の力で勝ち取ってきた。お前が一番良く知っているだろう? 今回もそうするだけさ。それに、もうそう遠くなく終わるにしても、ワシがそれまで保つかもわからん。最初にお前に言った通り、好きにしてるし、今後も好きにさせてもらう」
不機嫌とも、憎々しげとも、怒りとも違う表情に顔を歪めたモルガーナは、ベッドに背を向けた。
「せいぜい頑張りなさい」
「あぁ、頑張るさ。いまはそうできるのだからな」
小さく舌打ちを残し、モルガーナは入ってきたときよりも大きな足音立て、部屋から出ていった。
「いまはもう、ワシのためだけに頑張ることができるのだからな」
閉じられた扉に向かって、老人はそう呟いていた。
そこは最初から寝室だったのだろうか。
レースのカーテンが引かれた窓から入る強い夏の陽射しから離れ、運動ができそうなほどの広さと天井の高さがありながら、ベッドは壁に近い、薄暗がりの下に置かれていた。
落ち着いた色合いを見せる木組み細工のような模様の精緻さとは対象的に、がっしりとした造りながら、鉄パイプを組み合わせた実用を重視したベッドの脇には、スティール製のサイドテーブルと、やはり実用性ばかりが漂う簡素なガラスの水差しとコップが置かれていた。
人間のそれに似せていても、精気のない目をしたメイド服姿のエルフドールが側に立つベッドには、静かに老人が横たわっている。
痩せて頬張った首筋と、やつれた顔立ちの老人は、目を閉じたまま、微かな呼吸を繰り返す。
そんな静寂を打ち破ったのは、ノックもなしに開け放たれた扉の音。
入ってきたのはひとりの女性。
豊満な身体を見せつけるような紅いスーツを身に纏い、紅い色をした唇を厳しく引き結んだ女性は、ピンヒールの音をカツカツと立てながら、迷うことなくベッドへと近づいていく。
「お前か」
それに気がついた老人は目を開け、ため息のような声でそう言った。
老人がシーツの下から手を出すと、スマートギアで制御されているわけではないメイドドールが彼の身体の下に腕を差し込み、起き上がるのを介助した。
「お前がここに直接足を向けるのはいったい何年ぶりだ? モルガーナ」
皮肉を込めた光を瞳に宿し、嘲るように唇に笑みを浮かべた老人は、側までやってきた女性、モルガーナに声をかけた。
「さぁね。必要のない場所に来ることなどないから」
「ワシがここに住んでいるのにか? お前はワシごと不要というつもりか。まぁ、一線を退いた老骨なぞたいした役にも立たないだろうからな、仕方あるまい」
「貴方はまだ必要よ」
苛立っているかのように、わずかに顎を突き出し老人を見下ろしながら、モルガーナは眉根にシワを寄せる。
「貴方の声はあの業界ではまだ重いもの。ただ貴方が生きているというだけでも、その影響は無視できるものではないのは、貴方も理解しているでしょう?」
「ふんっ。ワシの後継になれる人材が見つからなかっただけだろうに」
眉根のシワを深めるだけでなく、明らかにイヤそうな表情を浮かべるモルガーナに、老人は楽しそうな笑みを浮かべた。
不機嫌そうにしていても、やはりモルガーナは美しい。
まるで古代の女神を模した彫像のように。
生き、動き、言葉を喋る彼女は、初めて出会った頃と寸分変わりない姿をした、まさにこの世に顕現した女神。
女神のような美しさを持ちながら、彼女からあふれ出るのは、人を畏れさせる黒と、ともすると醜さを放つ情念の紅の、二色の炎。
美しさと醜さを兼ね備えたモルガーナは、魔女と呼ぶべき、呼ばれるべき女。
老人には、そう思えていた。
「貴方は相変わらずね」
「お前ほどじゃないさ」
皮肉を込めて言ったのだろうモルガーナの言葉にそう返すと、彼女は苦々しげな表情を浮かべた。
「そんなことはいいわ。それよりも貴方、あの子たちと戦うつもりなのね?」
「耳が早いな。まだ招待状は奴らの手元まで届いていないだろうに」
「貴方が望むならば、戦わずとも与えるわ。貴方はそれだけのことをしてきたのだから。予定を、四半世紀ほど繰り上げられたのは、貴方のおかげなのだからね。もちろん、与えられるのはすべてが終わった後だけれど」
ベッドに片手を着き、顔を近づけてきたモルガーナは目を細めて言う。
「いらぬわ」
唇の端に貼りつかせた嘲りで返すと、モルガーナは再び不機嫌に顔を歪める。
「これまで、ワシはほしいものは自分の力で勝ち取ってきた。お前が一番良く知っているだろう? 今回もそうするだけさ。それに、もうそう遠くなく終わるにしても、ワシがそれまで保つかもわからん。最初にお前に言った通り、好きにしてるし、今後も好きにさせてもらう」
不機嫌とも、憎々しげとも、怒りとも違う表情に顔を歪めたモルガーナは、ベッドに背を向けた。
「せいぜい頑張りなさい」
「あぁ、頑張るさ。いまはそうできるのだからな」
小さく舌打ちを残し、モルガーナは入ってきたときよりも大きな足音立て、部屋から出ていった。
「いまはもう、ワシのためだけに頑張ることができるのだからな」
閉じられた扉に向かって、老人はそう呟いていた。
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