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サイドストーリー2 海人(アクアマリン)の祈り
サイドストーリー2 海人(アクアマリン)の祈り6
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「それでは僕はこの辺で」
「おう。連絡待ってるぜ」
話を終えて席を立った永瀬を、貴成は満足そうな笑顔を浮かべて見送る。
「あっ。そこまで送っていきます!」
マーメイディアをアタッシェケースに仕舞った青葉は、それを手に持ち店の外に向かう永瀬の後を追う。
「いやぁ、本当に暑い。でもこの辺は食事は美味しいし、温泉とか色々あって、良いところなんですよねぇ」
店の外に出、照りつける太陽を手をかざしながら仰ぎ、にこやかな笑みを浮かべる永瀬。
その笑みは心なしか、最初に見た愛想ばかりのものと違って、楽しそうなもののように、青葉には思えていた。
「あの、永瀬さん」
歩き出そうとする永瀬に声をかけ、振り返った笑顔に、話を聞いていて感じた疑問をぶつけてみる。
「どうして永瀬さんは、うちに来たんですか?」
伊豆半島には大小の港が多くある。漁師をやっている家も無数に。
その中で何故青葉の家に来たのか、疑問に思っていた。
「知り合いから、ここなら僕のほしいものが見つかるかも知れない、と言われたからなんだ。半信半疑だったんだけどね」
「ほしいもの?」
「水中用のスフィアドールと、それを扱えるソーサラーさ。ちょっとこちらの事情で、それの調達が困難だったんでね。君にはこれから僕の協力をしてもらうよ。中学生をアルバイトで雇うわけにはいかないから、君のお父さんに試験協力費として渡す形になると思うけれどね」
「それは構わないけど。こっちから言い出したことだし。……それより、その知り合いって、誰なんですか?」
マーメイディアを水中用に改良していることを知っている人は、少ない。
学校の友達の何人かと、スフィアドールを通して知り合った人には話した憶えがあったが、今日永瀬に話すまで親にも秘密にしていた。
それ以外で知っているのは、昨日戦った西条と、その後に会った猛臣だけだ。
にこやかな笑みはそのままに、瞳に優しげな色を浮かべた永瀬が教えてくれる。
「昨日の夜、電話がありましてね。水中用ドールの情報をくれる代わりに、僕が造ったスフィアドール用の武器を貸してほしいと。今日の昼に使うからと、朝持っていきましたよ、槙島猛臣君が」
「猛臣、が?」
そうじゃないかとは思っていた。
スフィアロボティクスと繋がりがあって、マーメイディアのことを知っているのは彼しかいなかったから。
何のためにそんなことをしてくれたのかまでは、青葉にはわからなかったが。
「あの、猛臣はいまどこに?」
「どうでしょう。昼頃にはうちの所長が戻ってきて、打ち合わせをしたら帰ると話していましたからね。そろそろ打ち合わせは終わっているかもしれません」
「昼頃に?」
それを聞いて青葉は、ショートパンツのポケットから携帯端末を取り出した。
表示された時間は、もう十二時をずいぶん過ぎている。
永瀬や貴成と話していて、時間を忘れてしまっていた。
西条との約束の時間は過ぎてしまっているが、メールなどで来るように催促する連絡も入っていない。
――もしかして、猛臣が何かした?
永瀬から武器を借りたという猛臣。それがどういう意味かは確認できなかったけれど、何となく予感はあった。
「こんな素敵なお嬢さんと知り合いになったというのに、挨拶もせずに帰ってしまうつもりですかね、槙島君は」
「ボクなんて、そんな……」
初対面の人に性別を当てられることなんて久しぶりで、それも素敵なお嬢さんなどと言われて、青葉は戸惑ってしまっていた。
「でもまだ、追いかければ間に合うかも知れません。研究所の位置はここです。そんなに遠くありませんよ」
「ありがとうございます! ちょっと行ってきますっ」
「行ってらっしゃい。頑張って」
永瀬に見送られ、マーメイディアを入れたアタッシェケースを抱えた青葉は、教えてもらった事務所に向かって駆けだした。
*
「あぁ。別に進捗なんて俺にとってはどうでもいいから。連絡なんていらないから。あぁ。じゃあな。……ったく、なんだってんだ」
やっと戻ってきた所長との打ち合わせを終え、当初の目的だった開発の進捗情報を手に入れることはできた。難航するかと思ったが、調査航海で疲れていたからか、けっこうあっさり差し出してくれた。
やっと暑くて仕方ない伊豆での用事が終わると思って支所の建物から出たら、永瀬からの電話だ。
調査のために船に同乗させてもらえること、青葉の協力が得られたことの報告と、たいしたことのない世間話で無駄な時間を食ってしまった。
「まぁ、意外な成果もあったし、よかったか」
西条のグランカイゼルから奪い取ったエリキシルスフィアを手の中で転がしながら、相変わらず強烈な陽射しの下、建物から出た俺は裏手の駐車場へと向かう。
荷物をトランクに放り込んで車に乗り込もうとしたところで思い出す。
「青葉のスフィアを回収し忘れてたな、そう思えば」
用事のひとつはそれだったというのに、忘れてしまっていた。
いまからあいつの家に向かうのも気が引けて、俺は車のドアを開けて乗り込もうとする。
そのとき、背中に何かがぶつかった。
「間に、合った――」
俺の背中に額を押しつけて荒い息をしているのは、青葉。
「……何しに来たんだよ、お前は」
せっかく今回はこのまま帰ろうと思っていたのに、あっちから俺のところに来るとは思ってなかった。
身体を離して息を整えてる青葉の手には、携帯端末が握られ、胸にはドール用のアタッシェケースが抱えられている。
車のトランクには、エリキシルスフィアを搭載したイシュタルがある。
いまさら俺がエリキシルソーサラーであることを、隠すことはできなかった。
――戦うか? 青葉と。
おそらく男になって、親父の跡を継ぎたいのだろう青葉の願いは、金で買えるものじゃない。
身体を起こして真剣な顔つきを見せる彼女と、俺は戦う覚悟を決めた。
「あの、お礼が言いたくて!」
「お礼?」
「うんっ。ボクの願いが叶いそうだから。それは猛臣のおかげだから!」
「お前の願いは、だって――」
「ボクの願いは親父と一緒に仕事すること。親父の手伝いをすること。跡を継ぐのは、さすがにエリクサーで願いを叶えても、現実的には無理だと思うから」
そう言った青葉は笑う。
確かに女の子が男なるなんてことが起こったら、普通の人はその現実を受け入れられないだろう。どんなトラブルになるのかはわかったもんじゃない。
――それは、死んだ奴が生き返っても同じだがな。
俺の願う穂波の復活だって、叶った暁には騒動を起こすことになるだろう。だがいまの俺なら、その騒動すらも押さえ込める。そうできるように家の中でも、現実でも力をつけていっている。
俺の力だってまだ充分とは言えないのに、ただの漁師の家に生まれ、中学三年生に過ぎない青葉じゃ、願いが叶ったときのトラブルなんて押さえ込めるとは思えない。
妙なところで青葉は現実がわかってると、俺は少し感心してしまっていた。
「別に俺は何もしてねぇよ」
「永瀬さんにボクのことを伝えてくれたのは、猛臣なんでしょ?」
「それは……、その……」
「それにたぶん、あの浜で先生とも戦ったんでしょ?」
「まぁ、それは、そうだが……」
「だから! ありがとう」
深々と頭を下げる青葉。
頼まれたわけでもないし、エリキシルスフィアを集めるためという自分の目的もあってのことだから、素直にお礼を言われるとどう反応していいのかわからなくなる。
陽射しで汗ばむ頭を掻きながら、俺はどう返事をしていいのかわからない。
「それで、西条先生は?」
「まぁ大丈夫だろう。心折れたみたいだしな。もしかしたら夏休み前に学校辞めてるかもしれないぜ」
「そっか。よかった、のかな?」
「よかったんじゃないか?」
グランカイゼルをばらばらにされた西条は、放心した後、子供のように泣いていた。その後のことまでは確認していないが、心が強い奴のようには見えなかったから、本当に愛知まで逃げ帰ってるかも知れない。
あいつの技術力があればグランカイゼルをもう一度造ることは問題ないだろうが、エリキシルバトルへの参加資格は失ってる。青葉にちょっかいをかけてくることはないだろう。
「本当にありがとう、猛臣。ボクができないことを、全部やってくれて」
嬉しそうに笑ってみせる青葉に、俺は眉根にシワが寄っていくのを感じていた。それと同時に思い浮かぶ疑問。
――なんでなんだろうな。
初めて会ったときには男の子にしか見えなかった青葉だったのに、いま浮かべている柔らかい笑顔は、女の子のそれにしか思えなかった。
どういう変化があったのかはわからないが、俺には彼女に返す言葉が見つからない。
「だから、さ」
言って青葉は抱えていたアタッシェケースを開き、何かごそごそとやり始める。
そして差し出したのは、ピンポン球よりひと回りほど小さい金属部品でできた球体、スフィア。
「いいのか? お前」
「うん、いいんだよ。ボクの願いは、エリクサーがなくても叶えられるものになったから」
金で買い取るか、戦って奪い取るかするはずだったエリキシルスフィアを差し出されて、俺はそれに手を伸ばすのをためらってしまった。
「その代わりに、ほしいものがあるんだ、猛臣」
「……何がほしいんだ?」
タダより高いものはない。
どんな要求をされるのかと、俺は身構える。
どうしてなのか、俺から視線を外した青葉は、もじもじと言いづらそうに視線を彷徨わせる。
しばらく迷った後、顔を赤くした彼女は俺の目を見て、言った。
「猛臣の連絡先を教えてほしいんだっ」
「連絡先? そんなの別に構わないが……。エリキシルスフィアの代償が、そんなのでいいのか?」
「うん! それでいいんだよっ。だって猛臣は、これが手に入ったら、もうここには来なくなるでしょ? そしたらもう会えなくなるじゃないか……」
悲しそうにうつむく青葉に、呆れた俺は言う。
「何言ってんだ。夏のこの暑さはイヤだが、また来るさ。干物が美味しかったからな」
「本当に?!」
「あぁ。嘘は吐かねぇよ、俺は」
「そっか……。そっか。うんっ、絶対来てね! ボクも親父を手伝って、もっとたくさん干物も美味しいものも用意して、待ってるから!」
「頼むぜ」
「うん!」
嬉しそうに笑う青葉に、俺はもう二度とこいつを男だとは思わないだろうと、そう思っていた。
「海人(アクアマリン)の祈り」 了
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