神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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第三部 第四章 風林火山

第三部 極炎(クリムゾン)の怒り 第四章 4

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「こんな結末、納得できるかーーーっ!!」
 沈黙を破ったのは猛臣。
 ヘルメットを脱ぎ捨てた猛臣は、雄叫びを上げながら僕に走り寄ってくる。
 振り上げた拳を見てスマートギアを外そうとするけど、汗で滑って一瞬手間取ってる間に、彼は僕の目の前まで来ていた。
「ぐっ」
 頬に食らった拳に、うめき声が上がる。
 よろめいた僕に二発目、三発目と殴りかかってくる猛臣。
 スマートギアを投げ捨てて両腕でガードするけど、さっきまで風林火山でアリシアと深くリンクしていた僕は、まだ現実の認識が上手くできない。
「ふざけるな! 俺様が引き分けだと?! あり得るか! 俺様は勝つっ。エリキシルバトルを勝ち抜いて願いを叶えるんだ!! シスコン野郎なんかに躓いてられねぇんだ!」
 叫びながら感情のまま、がむしゃらに拳を振るう猛臣に、隙を見つけた僕は反撃に転じた。
「ウルサい! お前だって似たようなもんだろ!!」
「ぐっ……」
 腹に叩き込まれた僕の拳で、猛臣はうめき声を上げる。
「お前の願いは穂波さんの復活だろ?! 僕をシスコンなて言ってられんのか!」
 もう一発腹に食らわせ、さらに最初の一発をもらった頬にお返しする。
「てめぇに何がわかんだよ! シスコンのてめぇとは違う! あいつは俺様の召使いだったんだ!!」
「召使いって……」
 あんまりな言葉に一瞬戸惑ってると、顔面に拳が飛んできた。
 倒れ込んだところに猛臣が乗っかってきて、僕はラッシュを食らう。
「逃げておけと言ったのに! 人を連れてくるまで耐えろと言っておいたのに! あいつは死んだんだ!! 主人の命令が聞けない召使いは、躾してやるしかないだろ! でもあいつは死んでるから、復活させなけりゃ怒鳴りつけてやることもできないだろ!!」
 まるで子供のように、殴る場所なんて狙わずに叩きつけるだけのパンチ。
 半分は腕で凌ぎながら、僕は涙を流す猛臣のことを見ていた。
「死んだままでいさせてやるか! あいつは俺様の召使いになるよう言われてきたんだっ。一生でも、俺様の命令を聞いてないといけないんだ!! 死ぬなんて、俺様が許せるものか!」
 怒りに表情を歪ませながら、それでも泣いてる猛臣。
「てめぇの願いだって、妹の復活なんだろ? 俺様と同じじゃねぇか!!」
「僕は違う!」
 反論の言葉と同時に猛臣の両腕をつかんだ僕は、引き寄せて顔面に頭突きを食らわせてやった。
 痛みで声も出ない猛臣を、どうにか引き抜いた脚で蹴り飛ばしてどかす。
 立ち上がった僕は言葉を続けた。
「僕の願いは百合乃の復活なんかじゃないっ。あいつを殺した犯人を、追い詰めて、苦しめて、殺すことだ!」
「そんなこともひとりでできないような奴が、エリクサーなんて求めるんじゃねぇ!」
「お前はどうなんだよっ。穂波さんを殺した犯人たちをどうにかしたって言うのかよっ」
「とっくに全員やったことを後悔させてやったさ!」
 ふらふらと立ち上がり拳を振り上げた猛臣。
 意識が遠退きそうになりながらも、僕も拳を構えた。
「俺様は負けねぇ。勝って願いを叶えるんだ!!」
「僕だって同じだ! それに、モルガーナを放っておけるか!」
 お互いに言い放ちながら繰り出した拳。
 避けることもできず、頬を殴り合って、僕たちは同時に倒れ込んだ。
 うつぶせになった身体を仰向けにし、上がってしまった息を整える。でももう、まともに動けそうにはなかった。
 同じように天井を仰いだ猛臣も、身体を起こす気力はなくなっているらしい。
「お前は穂波さんのことが、好きだったんだろ、猛臣」
「……あぁ、そうだよ。あいつが側にいてくれさえすればよかったんだ。能力と成果しか見ない槙島の家で、何の取り柄もないあいつだけがまともな人間だったんだ。俺様を、人として扱ってくれたんだ……」
「そっか……」
 泣いているのか、目元を腕で覆った猛臣を、寝転がったまま首だけ動かして眺める。
「モルガーナを放っておけないってのは、いったいどういう意味なんだ?」
「モルガーナはエリキシルバトルの主催者だ」
「それは知ってる。スフィアドール業界を眺めてりゃ、そんなのは見えてくる」
「百合乃はたぶん、モルガーナの犠牲に、いやもしかしたら、エリキシルバトルの生け贄になったんだ」
「なんだそりゃ」
 身体を起こして、唇の端から流れた血を拭った猛臣は、訝しむように眉根にシワを寄せた。
「人工個性。あれは人間の脳情報からつくられた、疑似脳だ」
「ただの高度なAIじゃないのか? 何を根拠に」
 信じてないらしい猛臣の表情に、僕は側に落ちていたスマートギアを引き寄せて、外部スピーカーのスイッチを入れた。
『おにぃちゃん、大丈夫なの?!』
 殴られてそろそろ腫れ始めてるだろう顔をスマートギア越しに見たリーリエが、心配そうな声をかけてくる。
「僕はまぁ、大丈夫だ」
『早く冷やさないとダメだよ。それから、猛臣? バトル、凄く楽しかったよーっ。イシュタルはすんごく強くて、結局あたしとおにぃちゃんでも敵わなかったもんね。またそのうち、戦いたいなぁ』
「なんだこりゃ? フルオートシステムかなんかか? いや、それにしては……」
「僕の人工個性、リーリエだよ。百合乃の脳情報で構成されてる。……百合乃の記憶は、ないみたいだけどね」
「ちょっと待て。じゃあエイナも誰かの脳情報で構成されてるってのか? モルガーナはいったい、何が目的なんだ?」
「わからない。エイナの脳情報の提供者も、モルガーナの目的も。でもたぶん、あいつの目的には、人工個性が必要だったんだと思う」
 それほど関連性が強いようには見えないけど、エイナとか、百合乃の脳情報を取り出したこととか、デュオソーサラーである灯理をバトルに参加するよう仕向けたこととかを考えれば、人工個性は何らかの形でエリキシルバトルに関係しているように思えた。
「あいつはいったい、何をさせようとしてるってんだ?」
「さぁね。少なくともエリキシルバトルを楽しむことがあいつの目的ではないよ。僕もそれは、知りたいと思ってるんだ」
 そう言って微笑んで見せた僕に、猛臣は不審そうに目を細めて、顔を背けた。



「引き分けのようね。たぶんバッテリ交換をすればまたすぐ戦えると思うけれど、その気はあるかしら?」
 戦う気力もなくなった頃に側にやってきた平泉夫人。
 一瞬猛臣と睨み合うけど、すぐに再戦なんてのはやる気が起きなくて、僕はため息を漏らして肩を竦めた。
「僕はもう、今日はいい……」
「何だてめぇ。逃げんのか? 負けるのが怖いのか?」
 そんなに酷くはないけど、顔の何カ所かがぷっくりと脹れてきてる猛臣に挑発されても乗る気にならない。
 側にやってきてる平泉夫人や、僕の仲間たちのことを見渡してから、言う。
「そりゃあ怖いさ。ここにいるエリキシルソーサラーは、全員ね。負ければ願いが叶わなくなるんだから」
「……そうだな。それに、俺様のイシュタルは繊細だし、パーツが特殊だから、やるとしてもパーツ交換と調整をしてからだ。相当無理をさせたからな」
「それは僕も。人工筋を総入れ替えしないと厳しいと思う」
「では引き分けということで。もし再戦すると言うなら、私に連絡を頂戴ね。貴方たちの戦いを見逃すなんて、もったいないもの」
 疲れてる僕たちに対して、楽しそうにニコニコと笑ってる夫人にげっそりした気分になる。
「夫人、ひとつお訊きしたいんですけど」
「何かしら? 克樹君」
「なんで猛臣にスフィアの買い取りを辞めるなんて無茶なお願いができたんです?」
 それがどうも心の底で引っかかっていた。
 性格からして一度した約束を破棄させてくれるような奴じゃない。平泉夫人とは以前からの知り合いのようだけど、何か翻せないような貸しでもあったんだろうか。
 楽しそう、というよりも意地悪そうな笑みを浮かべる夫人。
 彼女がちらりと視線を向けた猛臣は、怒ってるのとは違う、羞恥の赤に顔を染めているようだった。
「それはここでは秘密ということにしておくわ。まぁ、猛臣君とは以前ちょっとした貸しがあっただけよ」
「そうですか」
 どういうことでの貸しなのかはわからなかったが、顔を赤くしながら口を開いた猛臣が、何も言えなくなるようなことなのだけはわかった。
「お疲れ様、克樹」
「うん。疲れたよ、本当に」
 差し出してくれた夏姫の手を取って、僕は立ち上がる。
 目尻に涙を溜めながら、夏姫はそれでも嬉しそうに笑っていた。
「大丈夫なの? 腫れてきてるよ」
「いつつっ。だ、大丈夫。これでも殴るのも殴られるのも慣れてるから」
 百合乃が死んだすぐ後、荒れまくってた僕は学校にも行かずに、喧嘩を吹っかけたり吹っかけられたりは日常茶飯事だった。
 さすがにリーリエが稼働開始してからはそんなことはやめたから、ずいぶん鈍ってるけど。
「結局、克樹に迷惑かけちゃったね」
「そうでもないさ。猛臣とは僕が戦いたかったんだ」
『なぁに言ってるの? あたしだって戦いたかったんだからーっ』
「そうだな、リーリエもだったな」
 勧められたソファに座って、芳野さんから受け取った救急箱で夏姫から治療を受ける。
 見るとあっちの端では、猛臣が芳野さんの治療を受けていた。
「よい戦いでしたね、克樹さん」
「ありがとう、灯理。いまの僕とリーリエの全力だよ」
 バッテリが切れてぐったりとしてる風のアリシアを灯理から受け取り、アタッシェケースに収める。
「よくもスフィアカップの優勝者相手にここまで戦ったよ。オレは手も足も出なかったのに」
「僕のは公式戦じゃ使えない手を大量に使ってるからね。あっちもそうだったけどさ」
 僕のスマートギアを持っていてくれる近藤に笑む。
「本当に、本当にありがとうね」
「うん。夏姫も大変だったろ。お疲れさま」
「……うん」
 今回の件が始まる前の、いつもの夏姫の笑顔が戻ってきたのを確認して、僕もまた夏姫に笑いかけていた。
 熱を持ったところに押し当ててもらってる冷たいタオルが気持ちいい。
 風林火山を長時間使って、引き分けだけど決着はついて、緊張が途切れた僕は急速に眠気に誘われる。
『お疲れさま、おにぃちゃん。あたしを、ここまで育ててくれてありがとう』
 スマートギアのスピーカーから聞こえたリーリエの声音に何か不穏なものを感じたけど、それが何なのか問うこともできない。
「リーリエもお疲れ様」
 そう言うのが精一杯で、僕の意識は眠りの中に落ちていった。

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