42 / 150
第二部 第四章 シンシア
第二部 黒白(グラデーション)の願い 第四章 1
しおりを挟む第四章 シンシア
* 1 *
鍛えた近藤よりも高いガーベラの脚力を利用して一気に距離を詰め、飛び込みながら正拳を繰り出す。
慎重に構えを取っていた割に、慌てたように上半身を浮つかせ、忍者ドールはかろうじて警棒で拳をいなした。
動きを止めることなく、右手を身体に引きつけつつ、首の脱臼を狙ってボクシングに近いフォームで近藤はガーベラの左手を突き上げた。
どうにかクロスさせた警棒で、ガーベラの拳を受け止める忍者ドール。
しかしスピードタイプらしい軽量なボディは、比較的パワータイプのガーベラの打撃で浮き上がり、灯理の家の壁へと飛んでいった。
――こいつ、弱いぞ。
休む暇を与えず、近藤はガーベラを操って突撃を仕掛ける。
警棒を投げ捨てて腰の辺りに手を突っ込み引き抜いた忍者ドールの剣を、ガーベラは左の手甲で受け流し、胴体に拳を叩き込んだ。
夏姫から事前に暗器使いであること、動画で動きを見ていた近藤に取って、取り出す武器に意外性はなく、動きは鈍いものに過ぎなかった。
暗器使いと知らずに戦えば苦戦を強いられていただろうが、挙動さえ見逃さなければ怖いものではない。
克樹の強い勧めで、両腕の手甲を金属製のものにしていたのも、戦いを有利に運べている一因となっていた。
ゆったりとした袖口から取り出した二本のトンファーに阻まれ、ガーベラの攻撃はクリーンヒットしない。
鈍いと言ってもスピードタイプの忍者ドールは、防御に徹しられると、崩しやすい敵ではなかった。
――だが、このまま押し込めば勝てる。
目が良く、しかし戦い慣れていない感じがある忍者ドールは、フェイントにもよく引っかかる。
フェイントを織り交ぜながら打撃を加え続け、壁に背をする敵を逃さず釘付けにする。
肩の上に掲げるように構えたガーベラの右腕に、強打を警戒してトンファーの位置を高くした忍者ドール。
おそらくドールの視覚を通して右手に注目してるだろう、ここにはいないソーサラーの挙動。
それを見て口元に笑みを浮かべた近藤は、低く構えたガーベラの左手を繰り出させた。
かろうじて叩き落とされた左の拳。
しかしそれすらもフェイント。
身体が反るほどに肩に力を溜めたガーベラが、忍者ドールの頭に向けて右の拳を打ち下ろした。
――なんだ?
一瞬、ガーベラの拳の出足が鈍った。
それでも繰り出した攻撃は、上半身を傾けた忍者ドールに避けられる。
お返しとばかりに腹を狙った蹴りに、ガーベラは突き飛ばされるように距離を離された。
――慣らしが足りてないのか?
新品の人工筋はコマンドを受けてからの伸縮開始が微妙に遅れたり、伸縮速度が安定しないことがある。
PCWの親父にもらった慣らし用アプリをひと晩かけて、ガーベラの人工筋は充分に慣らしが終わっていると思ったが、まだ足りなかったのかも知れない、と思う。
――何か、違う気がする。
心の中で鳴ってる警笛に、近藤はガーベラを自分の側まで下げて相手の出方を観察する。
「何だと?」
下げたガーベラの視界の隅に見えたのは、いつの間に現れたのか、暗幕を縫い合わせたような黒い衣装を纏う、身長百二十センチの人影。
エリキシルドールだった。
壁の上に直立していた二体目は、裾をはためかせながら地上に降り立ち、忍者ドールの隣に立った。
スマートギアの視界の隅に表示してる距離の数字だけが表示されているレーダーには、忍者ドールとは違い、エリキシルスフィアがガーベラの約三メートルの位置にあると出ていた。
「ふたり目の敵、か?」
自分自身も構えを取る近藤だったが、悩んでしまっていた。
技術だけ考えればさほど強くない忍者ドールだが、人間を大きく超えるエリキシルドールの腕力で一発食らえば、骨折やら気絶くらいは覚悟しなければならない。
ガーベラを動かしながら自分も動けると言っても、同時に戦えるわけでもない。
危機であると同時に、チャンスだとも近藤には思えていた。
上手く行けば二体同時に倒し、忍者ドールのレーダーで感知できない秘密も暴けるかも、と。
まだしばらくかかるだろう克樹たちが来るまで凌ぐか、素直に逃げるかで悩んでいたとき、先に相手が動き出した。
「まずい!」
ガーベラを無視して、二体は近藤に走り寄ってくる。
視界を自分のみにし、忍者ドールの右、左の攻撃を紙一重で躱した近藤。
近接からの上半身を狙った蹴りをしゃがんで避けたとき、目の前にあったのは二体目の手。
その手に握っていた小さな円柱状の物体の上部を押し込んだのが見えたとき、噴射口から煙のようなものが発射されて近藤の顔に命中した。
*
近藤からいまも送られてくるGPS情報を元にタクシーを飛ばして、聞いていた灯理の家の近くまでたどり着いた。
幹線道路でタクシーを停め、夏姫を先に下ろした僕は支払いを済ませて、昼過ぎの陽射しの下を走り始める。
歩道はないけど車がすれ違って人が通っても充分なくらいの幅がある道を、夏姫に置いていかれそうになりながら、必死で駆けた。
近藤からのメールが届いて、もう三十分近く経ってる。
タクシーの中で電話をかけてみたが、応答はなかった。
たいていのピクシーバトルの決着は数分、長くても十分程度。
戦いが長引いたとしても、戦っていられる時間はガーベラに搭載してるバッテリじゃ、二十分がいいところだ。
最後の角を曲がったところで見えたのは、しゃがみ込んでる灯理と、道路に倒れてる近藤の姿。
「何があったの?!」
「わ、わかりません。バトルがあったようなのですけど、ワタシが外に出たときにはもう近藤さんが倒れていたので……」
「近藤、大丈夫か?!」
やっと追いついた僕が肩を揺すりながら声をかけるが、近藤は強く目を閉じて時折激しく咳き込むだけだった。
「早く、救急車を!」
「ま、待て……」
かすれた声で、夏姫の言葉に近藤が言う。
「たぶん、使われたのは、防犯スプレーか、何か、だ。目と口と、鼻を洗って、しばらく休めば、大丈夫だ」
『でも誠! そんなに苦しそうなのに!』
おろおろとしている灯理。心配する僕と夏姫に、スマートギア越しにリーリエも参加する。
「ダメだ。辞めて、くれ。いまオレは、警察沙汰は、避けたいんだ」
「……わかった。夜まで休んで良くならなそうだったら、病院行くからな」
「あぁ。それでいい」
被っていたスマートギアのディスプレイを下ろし、僕はリーリエに指示を出す。
『ここまでタクシーを一台手配してくれ』
『うん、わかった。それと、おにぃちゃん、あそこ』
言ってリーリエが僕の視界の一部を拡大させて見せてくれた道の端には、手の平に収まるくらいのスプレー缶が落ちていた。
近寄って拾い上げてみると、近藤に向けて使ったんだろう、それは防犯スプレーだった。
振ってみて中身がほぼ空になってる様子のそれを、ラベルが見えるようにスマートギアのカメラに向ける。
『成分と対処方法を検索。もし家にないものが必要だったら、買ってくるからリストにしておいてくれ』
『すぐやるね』
検索に入ったらしいリーリエが黙った後、僕はエリキシルバトルアプリを立ち上げて、レーダーの表示を確認する。
近くにあるエリキシルスフィアはふたつ。
夏姫のヒルデと、近藤のところまで戻りながら距離の変化を確認してみて、灯理の家の中にあるらしい、たぶんフレイヤのものだけだった。
近藤のガーベラの反応は、感知できなかった。
「それと、ワタシが外に出たときに、近藤さんの側にこんなものが……」
灯理から渡されたのは、折り畳まれた紙。
プリンタで印刷したらしいその紙に書かれた内容は、シンプルだった。
ガーベラを預かった。フレイヤとアリシアとブリュンヒルデを持って、明日の夜に指定の場所に来るように、というもの。
――やっぱり、そうか。
小さくため息を吐いた僕は、髪を夏姫に手渡しながら立ち上がる。
「近藤のことはこっちでどうにかするから、灯理は指定の時間まで、家に籠もっていてくれ」
「えっと、指定の場所まで行けばいいのでしょうか?」
「あぁ、うん。必要なら迎えに行くけど、たぶん敵もわざわざ場所と時間を指定してるんだ、明日までは動かないだろう」
「……わかりました」
近藤の鞄を拾い、夏姫と一緒にでかい身体に肩を貸して、立ち上がらせる。
「いいの? 灯理をひとりになんてして」
「たぶん、ね。ガーベラを持っていったなら、忍者の方はレーダーに引っかからなくても、ガーベラは感知できるからね」
「あぁ、そっか」
近藤の身体に隠れるように囁いてくる夏姫にそう答え、僕は自分の眉根にシワが寄るのを感じていた。
――明日まで、あんまり時間がないな。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
【R18】俺は変身ヒーローが好きだが、なったのは同級生の女子でした。一方の俺は悪の組織に捕らえられマッドサイエンティストにされた
瀬緋 令祖灼
SF
変身ヒーロー好きの男子高校生山田大輝は、普通の学生生活を送っていたが、気が晴れない。
この町には侵略を企む悪の組織がいて、変身ヒーローがいる。
しかし、ヒーローは自分ではなく、同級生の知っている女子、小川優子だった。
しかも、悪の組織に大輝は捕まり、人質となりレッドである優子は陵辱を受けてしまう。大輝は振り切って助けようとするが、怪人に致命傷を負わされた。
救急搬送で病院に送られ命は助かったが、病院は悪の組織のアジトの偽装。
地下にある秘密研究所で大輝は改造されてマッドサイエンティストにされてしまう。
そんな時、変身ヒーローをしている彼女、小川優子がやって来てしまった。
変身ヒーローの少女とマッドサイエンティストの少年のR18小説
実験的に画像生成AIのイラストを使っています。
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる