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第二部 第三章 黒い人々
第二部 黒白(グラデーション)の願い 第三章 2
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屋内用シャッターが開き、簡素な文字で「ピクシークラフトワークス」と書かれた看板の照明が灯されたタイミングで、僕は店内へと足を踏み込んだ。
「いらっしゃいませ……。って、克樹か」
「克樹か、って一応僕は客だろう」
「てめぇは身内みたいなもんだ。つか、なんだよそれ、メカニカルウェアのプレミアモデルじゃねぇか。ボディいじりばっかのお前が奮発したもんだな」
「いや……、平泉夫人に買えって命令されてね……」
ディスプレイを跳ね上げて頭に被ってるスマートギアを指さす親父に、僕は視線を逸らして小さくため息を吐いた。
朝と言うにはもう遅い時間、僕がやってきたのは秋葉原の知る人ぞ知るロボット専門店、PCW。
僕はもちろん百合乃が世話になり、いまでは夏姫もちょくちょく来ていて、ずいぶん前にはガーベラの最初の持ち主、椎名さんが通っていた店だ。
相変わらず雑多で、スフィアドールやそれ以前の古いロボット用のパーツやケーブル、オモチャのキットなんかがいろいろ置かれている店内で、僕は店主である親父が立ってるカウンターの前まで行く。
「注文受けてたパーツなら全部揃ってるぞ」
「うん、受け取っていく」
「今回はずいぶんと急ぐじゃねぇか」
「まぁちょっと理由があってね。今晩にでも組み上げたいんだ」
「つーか今度は男連れか。彼氏か?」
「そういう冗談は止めてくれよ……」
広い肩を縮め、背中を丸めて小さくなって僕の後から着いてきたのは、近藤。
「近藤」
「……あぁ」
僕の促す声に隣に立った近藤は、リュックサックをカウンターの上に下ろして開き、中からアタッシェケースを取りだした。
「これは……、ガーベラじゃねぇか」
開いたアタッシェケースの中身を見て、親父は驚きの声を上げていた。
ケースの中身は、ワインレッドのハードアーマーを纏うピクシードール。
いまは近藤のドールで、元は彼の恋人だった椎名梨里香さんのドール。椎名さんが病気で亡くなってしまった後、形見としてスマートギアとともに受け継がれた、ガーベラだった。
「今日はこいつの修理パーツも買いに来たんだ。近藤、メンテナンスモードで起動してくれ」
睨むように見つめてくる親父の視線に大柄な身体をさらに縮込ませながら、ガーベラを左手で取り出した近藤は、右手の指をドールの首筋にある認証ポイントに滑らせた。
さらにワインレッドの、もうひとつの形見であるスマートギアを被り、見た目には変わりないが、メンテナンスモードに切り替えただろうガーベラを親父に差し出す。
「こいつはまた、いったいどんなことしたらこんな状態になるんだ」
カウンターの上にある据置端末脇の充電台にガーベラを乗せ、状態をチェックした親父は悲鳴に近い声を上げた。
半年前の戦闘で、肩のフレームをリーリエの操るアリシアにへし折られ、かかと落としで千切れた人工筋を含めて、第四世代の手持ちのパーツで修復していた。砕けたハードアーマーには予備があったけど、裂けちゃったソフトアーマーなんかは応急処置でつないであるだけだし、ガーベラは完調とは言い難い状態だった。
「ちょっと激しいバトルをやってね。応急処置をしてるだけなんだ」
「ちょっとくらいでこんなことになるかっ。腕のフレームもガタガタじゃねぇか」
「すんません」
済まなそうに俯く近藤を、親父は睨みつける。
「ファイアスターターはどうした? あれは回収することになってたんだ」
「えぇっとそれは、その……」
「壊れてたから僕の方で処分したよ」
「そっか。それならいい」
それだけ言って、親父はガーベラの検査に戻った。
俯いたままの近藤に、親父はそれ以上何も訊いたりしない。
ガーベラを組み立てたのは椎名さんだけど、この店の常連だった彼女は、親父と相談してパーツを選んでいた。
できうる限り、近藤のフルコントロールでの操作を、ドールで実現するために。
そういう意味では、僕のアリシアや夏姫のブリュンヒルデと同じように、ガーベラも親父にとって愛着のあるドールのはずだ。
それでも何も訊いてきたりはしない。
親父はそういう人だ。
百合乃を通して知り合って、人づき合いが苦手な僕がいまもこの店に通えているのは、親父がそういう性格だからだ。
「第四世代のフレームと人工筋は取り替えるとして、両腕のフレームもヤバイし、他のとこの人工筋もかなり使い込んでるな。ソフトアーマーは汎用品が使えるが、完全に修理するなら腰と脚のフレームも交換した方がいいぞ」
「パーツは全部揃う?」
「在庫で全部揃うがな。主要パーツ総取っ替えだから、結構な金額になるが」
「うん、わかってる。それと最新版のバトルクリエイターと格闘用のアドオン、ここでライセンス発行できるよね?」
「そりゃあできるが……」
「それ全部、見積もりでちょうだい」
「わかった」
据置端末のモニタに向かい、親父は在庫と照らし合わせながら見積もりの作成を始めた。
「……おい」
声をかけながら肩をつかんできた近藤に、僕は店の隅まで連行される。
「オレは、その……、持ち合わせがそんなになくて、肩のフレームと古いのが混じってる人工筋だけでどうにかならないか?」
「まぁ、きついだろうねぇ」
通り魔の件で警察に捕まった近藤は不起訴になり、退学のはずのところを停学で済んだものの、スポーツ特待は失ったし、空手部も退部になってる。それだけじゃなく親からの仕送りもかなり減らされたそうだ。生活は最低限できてるが、それ以上のことについてはバイトで賄うように言われてると聞いた。
もちろんバトル用のピクシードールを修理する金なんて、いまの近藤は持ってない。
痛々しげに顔を歪ませる近藤に、僕は肩を竦めて見せるだけだった。
「できたぜ」
「うん」
親父からの声にカウンターに寄っていき、紙に印刷された見積もりを確認する。
「やっぱりいい金額になるね」
「まぁな」
たぶんエリキシルバトルに参加するために、貯金をはたいて買い集めただろうガーベラのパーツは、戦ったときに感じたけど、かなり高性能で、出始めなのもあって高価格なものばかりで構成されていた。
いまでは半年前のパーツだから少し安くなってるし、椎名さんのガーベラだからだろう、親父は採算ぎりぎりくらいの割引を入れてくれていた。
それでもポテンシャル重視でけっこう安いパーツが多いアリシアを、ボディだけならフルセット集められそうな金額になってる。
近藤に見積書を渡してやると、絶望的な表情で、あんぐりと口を開けていた。
「ここ半年で第五世代は新しいパーツがかなり出てきてるからな、本当はメインフレームから新しいもんにした方が性能も上がるぞ。ただそこまで変えると、ソフトアーマーもハードアーマーも買い換えなくちゃならないからな」
「そうだよねぇ」
近藤と戦った半年前は第五世代パーツはまだまだ出始めで、選択肢は少なかった。でもいまはかなり増えてるから、ガーベラ向きのパーツの選択肢の幅も広がってる。アリシアもこの半年で、ちょこちょことパーツを入れ換えて、以前のままのパーツはスフィアとスフィアソケットくらいになっていた。
空手の動きをできるだけ再現するには間接の自由度が高く、滑らかな動作が可能なフレームが必要だし、パワータイプ寄りのガーベラにはいまよりももっといい人工筋も出てきてる。フルスペックまでは不要でも、データラインの多いメインフレームに換装すれば、ガーベラはもっとパワーアップが可能だった。
「すみません。オレにはちょっと、ここまでの金額は――」
「支払いは僕がするから、パーツ集めちゃって」
「おう」
「おい、克樹!」
返事をした親父は、文句の声を発した近藤をちらりと見るけど、僕の促す視線に、バックヤードへと入っていった。
「お前にそんなに世話にはなれないし、ここまでする義理もないだろう。オレはとりあえず、ガーベラをまともに動かせるようにして、あとはバイトして金貯めて――」
「間違えるなよ、近藤。貸すだけだ」
親父に聞こえないようにだろう、声を潜めながら食ってかかってくる近藤に、僕はそう言い放った。
「それにいまは状況が状況なんだ、動かせるだけじゃダメなんだ。戦えないと、どうなるかわからないからな」
「確かにそうだが……」
「願いを、諦めるつもりはないんだろ?」
僕の言葉に、近藤は息を飲む。
「あぁ。バトルに参加する限りは、な。だがガーベラがパワーアップしても、克樹はいいのか?」
「むしろしてくれないとスフィアをそのままにしてる意味がないし、それに僕もリーリエもいまよりもっと強くなる。アリシアだってパワーアップさせてるしね」
「……わかった。できるだけ早く金は返す」
「そうしてもらえると助かる。けっこうでかい額だしね」
渋々ながら頷いた近藤に、僕は唇の端をつり上げて笑って見せた。
『ガーベラ、またちゃんと戦えるようになるんだ?』
「まぁな」
『おにぃちゃんのことだから、そうするだろうと思ってたけどぉー』
「うっさい」
スマートギア越しに小さな笑い声を立ててるリーリエに、小声で返事をしていた。
「さぁ、こいつがガーベラ用で、こっちが克樹の注文のパーツだ。全部揃ってるが、確認してくれ」
そう言って親父がカウンターの上に置いたのは、小さめのダンボール箱に納められたガーベラ用のパーツと、プラ製コンテナに入った僕が注文してたパーツ。
携帯端末を取り出して注文リストを呼びだした僕は、コンテナの中のパッケージもサイズもいろいろなパーツを手にとって、欠品がないかどうか確認していく。
「ずいぶん多いんだな。アリシアをつくり直すのか?」
「いや、新しいバトル用ドールを組み立てる。アリシアと別のタイプのを。必要になったんでね」
サブフレーム一式に人工筋はもちろん、組み立て前なのに寸法だけでつくった親父手製のアーマーも、ずいぶん特殊な指定をしたのに、完成済みだった。コンテナの中には、スフィアとスフィアソケット、メインフレーム以外のパーツがすべて揃ってる。
「どんなドールをつくるつもりなんだ?」
ガーベラ用のパーツの二倍近い量にだろう、近藤が不思議そうな顔をして問うてくる。
「一応パワータイプかな。ちょっと違うけど。あんまり素早いタイプは、いまの僕じゃ扱いきれないしね」
「お前がソーサラーをやるのか?」
「やれと言われちゃってるからね」
パーツの確認を終え、僕は親父が送信してきた請求書の金額通りに、携帯端末を操作して振り込みを完了させた。
「それにたぶん、今回の戦いじゃ、こいつが必要になる」
目を細めながら言って、僕はパーツを納めたコンテナを軽く叩いた。
*
「ちょっと休憩入れさせて……」
「はい、わかりました」
微笑みを浮かべる灯理の返事に、夏姫はテーブルに突っ伏した。
『集中力ないなぁ、夏姫はぁ』
「仕方ないでしょう? 一昨日から勉強漬けだったんだからっ」
『毎日少しずつやってたら、そんなことにならなくて済むんだよぉ』
「うぅ。反論の余地もない……」
「ふふふっ」
勉強が苦手なのは自分でもわかっていたが、独り暮らしをしている夏姫は、生活のことで何かと忙しくて、家での勉強はおろそかになっていた。
そのツケをいま支払うことになっていて、集中してやらないといけないのはわかっていたが、古文の漢字が記号にしか見えなくなっていたので、続けることができなくなっていた。
――独り暮らしなのは、克樹も一緒なのになぁ。
女の子と男の子で生活にかかる時間が違うのだろうし、料理をあまりしない克樹はその辺りで時間が取れているのだろうが、それでも彼が上位と言っていい成績を収めていることに、夏姫は微妙に納得がいかなかった。
「お茶淹れてくるね」
「はい。お願いします」
宣言して立ち上がり、昨日から使うようになって、だいたいの収納の位置などを覚えてきたキッチンに入る。ヤカンに水を入れて火にかけ、陶器のポットを出して紅茶の茶葉を掬って入れた。
午前中のうちに近藤と一緒に出かけてしまった克樹は、昼食を終えてもまだ戻ってきていない。リーリエもいるからふたりきりというわけではないが、実質的には灯理とふたりきりで、夏姫は彼女に勉強を教わっていた。
――なんて言うか、人としてのスペックが違うみたいだよね。
お湯が沸くのを待ちながら、夏姫は頬に立てた人差し指を当てながら思い悩む。
昨晩寝るまでいろいろ話していたときには、幼い頃から絵ばかり描いていたという灯理。
事故で視力を失ったのは高校に入ったばかりの春の頃で、スマートギアを受け取り視力を取り戻したのは夏になった辺りだと聞いていた。
腕が鈍らないよういまも絵は描いていると言うが、以前ほどではなく、勉強している時間が増えたと言う。そんな灯理なのに、彼女のように打ち込むものがない夏姫よりも勉強ができる。
それも面倒臭そうで、教え方もそれほど上手くない克樹よりも、灯理の方がよほど教え上手で、ここまでで教えてもらった教科については追試をクリアできそうだと思えていた。
勉強ができて、小柄で可愛らしく、性格も含めて女の子の魅力もあって、多くの人に認められる才能もある灯理は、劣等感を抱くことができないほど凄い人だと感じられていた。
――克樹の奴も、もう灯理に手を出してたみたいだしなぁ。
夏姫を押し倒したときと同じように、灯理にも何かしただろう克樹。
おそらく昨日泊まる準備と買い物で出ていたタイミングで、彼のことだからジェスチャー止まりなのだろうけれど、押し倒したか何かしたのだと予想していた。
何をどうしたのかまではわからないが、克樹が灯理の名前を呼び捨てになっただけでなく、灯理の克樹への態度が、それまでよりも近くなっているように思えていた。
――別にアタシが気にするようなことでもないかも知れないけどさっ。
ちょうど沸いたことを知らせ始めたヤカンに、口を尖らせた夏姫は火を止め、ポットにお湯を注いだ。
――でもなんで、灯理は克樹に助けを求めてきたんだろ。
誰が使っていたものなのか、洒落た形の砂時計をひっくり返して、キルティングのティーコジーを被せたポットの中で茶葉が開く時間を計りながら、唇に指を当てた夏姫は少し俯いて思い悩む。
スフィアカップの地方大会で優勝していて、百合乃を失っているという境遇が報道されている克樹は、夏姫や近藤がそうであったように、エリキシルバトルに参加してる可能性が高く、調べればすぐに見つけることができていた。
しかしエリキシルソーサラー同士はスフィアを求めて戦う、敵。
いくら別のソーサラーに目を付けられていたからと言って、克樹に助けを求めてきたのか、理由がわからなかった。
砂時計の砂が少なくなってきたのを見て、夏姫は食器棚からティーカップとソーサーを取り出し、残りのお湯で軽く暖めてからお盆に乗せてポットともにダイニングテーブルに運ぶ。
「ありがとうございます」
「ん。アタシも飲みたかったからね」
灯理と自分の分の紅茶をカップに注ぎ、そんな言葉を交わしながらふたりでひと口飲む。
「ねぇ、なんで灯理は、克樹のとこに来たの?」
「何故、ですか。そうですね……」
カップをソーサーに置き、灯理は顔を少し俯かせる。
「克樹さんのことは、エイナさんにエリキシルバトルに誘われて、同じようにバトルに参加してる可能性の高い人のことを調べていて、すぐにわかりました。年末のあの通り魔事件はおそらくエリキシルソーサラーが起こしているのだろうということもわかっていました。でもピクシーバトルをしたことがないワタシは、巻き込まれるのが怖くて、そんなに遠くない場所に住んでいるのはわかっていましたが、克樹さんのことを確認したのは、通り魔が捕まった後の、年が明けてからです」
克樹や近藤が使っているものよりもさらにディスプレイ部が細身で、白地に赤い線の入ったスマートギアに目が覆われている灯理の表情は、いまひとつわかりづらい。
わずかに首を傾げ、どこか悲しげに感じる笑みを口元に浮かべた灯理は言う。
「本当は何度も克樹さんに戦いを挑もうとしていたのですが、スフィアカップの地方大会で優勝できるくらいに強くて、百合乃さんを生き返らせるために必死だろう彼に勝てる気がしなくて、接触することができませんでした。そうこうしている間に、四月辺りから人の視線を感じるようになって、五月に入る少し前から、あの黒いドールに襲われるようになったのです。ちょうど連休で家にワタシしかいなくなるとわかって、不安で、どうしようもなくて……。戦わなくてはならない敵だとわかっていても、誰かに助けてほしくて、一昨日はちょうど克樹さんに会おうと向かっていたときに、黒いドールに追いかけられることになってしまったのです」
「なるほど、ね」
灯理の説明は、一昨日克樹たちの前でしていたことと違いはない。
夏姫の場合は自分から克樹に戦いを仕掛けて出会い、その後は彼と一緒に行動するようになったから不安に感じることはなかった。
いま初めて聞いた感情的な部分も、不思議に感じるところはない。突然レーダーで捕らえられない見知らぬ敵に追い回されたら不安にもなるだろう。
百合乃を復活させたいという願いについては違っていたが、本来の願いを隠していたことを考えて、夏姫は許可なく克樹の願いを話したりはしなかった。
――それに、エリキシルバトルになんて参加して、大丈夫なのかな? 灯理は。
ピクシーバトルの経験がないと言う灯理。
近藤がやっていたように、そしておそらくいまの忍者ドールがやっているように、無理矢理スフィアを奪おうとするソーサラーもいるだろう。
エイナが言うように、戦って集めるはずのものだが、参加者はみな願いを叶えるために必死で、決闘のような綺麗な戦いが行われるバトルではなかった。
「その目、どうしても治したいの?」
「えぇ、もちろんです。絵を描くワタシにとって、目は命と同等の価値のあるものですから」
「そっか。うん。そうなんだね。……それからさ、灯理、克樹に何か、ヘンなこととかされた?」
「ヘンなこと、ですか?」
小首を傾げて問い返してくる灯理に、夏姫はどう言うおうかを悩む。
家の中を常に監視してるリーリエに訊けば何か知っているかも知れないと思ったが、どうにも訊きづらかった。
「例えばその……、エッチなことされたりとか」
「えぇ、されましたよ」
「やっぱりあいつ!!」
立ち上がって左手の拳を握りしめる夏姫。
しかしそんな彼女に、灯理は微笑んで見せるだけだった。
「でもそのとき、ワタシは克樹さんに言ったのです。ワタシの初めてを奪うなら、代わりに克樹さんのエリキシルスフィアをください、と。そうしたらキスすらせずに辞めてしまったのです」
「うわぁ……。あいつ、そういうこと言われると逃げ出すよね、たぶん。けっこうヘタレだし」
「それよりも訊いてもいいですか? 夏姫さん」
「何?」
椅子に座り直してカップに口をつけた夏姫に、微笑みを浮かべたまま灯理は問う。
「どうして、夏姫さんや近藤さんは、エリキシルソーサラーのまま、克樹さんと一緒に行動しているのですか?」
「んー。アタシと近藤は一度克樹に負けてるんだけど、負けることがバトルの参加資格を失う理由にはならないみたいなんだよね。それと、克樹がスフィアを奪わない理由は、詳しいことはわかんないんだけど、何か理由があるみたい」
「そうなのですか。……えぇっと、夏姫さんの願いを訊いても、よろしいですか?」
口元を引き締めて、灯理が問うてくる。
エリキシルバトルに参加する理由、ソーサラーの願いは、それぞれに必死で強い想い。すでに夏姫は克樹や近藤の願いも知っているが、問われない限り自分から言い出す気はないし、ふたりの願いを話す気はなかった。
灯理の願いも、その想いの強さの一端を知った夏姫は、彼女の問いに答える。
「アタシの場合は亡くなったママを生き返らせること、だよ。近藤とかのはアタシじゃ答えられない」
「なるほど……。でも思うのですが、もし願いを叶えられるのがひとりだけだとしたら、夏姫さんたちはどうされるつもりなのですか?」
「それはもう決めてあるんだ、克樹がね。もしそうだとわかったときには、もう一度戦って、決着をつけよう、って。他のソーサラーと戦うためにってのが強いけど、もしお互いにスフィアを奪い合う必要が出たら戦えるよう、みんな訓練したりしてるよ」
「そうなのですね」
相づちを打った灯理は、深く俯いて黙り込む。
シャツのようなミニスカート丈のデニムのワンピースの、大きく張り出した胸の前で握った右手に左手を添え、しばらく考え込んでいるようだった。
「夏姫さんは、克樹さんと仲がいいようですけど、おつき合いされているのですか?」
「ま、まさか! 根暗でオタクで初対面の女の子のことを押し倒すような奴だよ? そんなのとつき合いたいなんて思える女の子、いるわけないでしょ?!」
「そうでしょうか? ワタシが見ていた限り、夏姫さんは克樹さんとずいぶん親密なように見えていたのですが……。もしかして夏姫さんは克樹さんのことが、好き、なのですか?」
「んーーーっ」
腕を組み、夏姫はその質問にどう答えようか考える。
嫌いか、と問われれば、否定することができる。
好きか、と問われても、なんと答えていいのかわからなくなっていた。
「好き、かどうかはよくわからない、かな? でも、あいつのことは信頼してる。男としてはかなり問題あるんだけど、でもいろいろ見てて感じるんだ。あいつのことは、信頼できる奴だ、って」
理解できないように小首を傾げている灯理に、夏姫は微笑みを返していた。
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