神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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第二部 第一章 フレイヤ

第二部 黒白(グラデーション)の願い 第一章 4

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       * 4 *


 鳴り始めた目覚ましに、僕は手を伸ばしてベッドの飾り棚に置いてあるアラームを止めた。
「眠……」
 欠伸を漏らしながら上半身を起こし、でも寝不足の頭が起きてくれず、僕はそのまま夢の中に引きずり込まれていく。
『おはよーっ、おにぃちゃん。朝だよー』
「リーリエ、おはよう」
 天井から降ってきた声に半分無意識に返事をして少しだけ覚醒した、でも布団の中に潜り込みたいと言ってるようにも思える身体を酷使して、クローゼットまで歩いていく。
 適当に選んだ服に着替え、一度ベッドに戻った僕は、枕の下に入れておいた折り畳みナイフを取り出す。
 近藤と戦ったとき、僕自身を刺すことになったナイフは、回収して綺麗にしてあった。
 そのまま捨ててしまおうかとも思ったけど、捨てきれずにいまも刃を研いだりしつつ、こうして持っている。
 ひとつため息を吐いてナイフをズボンのポケットに仕舞った僕は、もうひとつ大欠伸を漏らしながら一階へと下りていく。
 平泉夫人の家でリーリエの稽古をつけてもらった日に出されたのは、リーリエだけじゃなくて、僕の分のもある課題。
 映像資料を見ること、アプリリストの体験版をひと通り使ってみること、MW社のスマートギアを購入することだけじゃなく、最低限ピクシードールのフルコントロールを身につけるという課題も出されていた。
 月末には成果を確認するために訓練をつけてくれるという夫人のありがたいんだか、迷惑なんだかどっちとも言い難い申し出に、僕が拒否の言葉なんてもちろん言えるわけがない。
 ――僕とリーリエのことを想ってやってくれてるんだしなぁ。
 長身で細身の平泉夫人はモデルでも食べて行けそうな体型をしていて、いつもは穏やかでおっとりした性格だけど、訓練となるとそのノリは完全に体育会系だ。
 月末までには最低限でもフルコントロールを形にしなければ、どんな目に遭うかわかったもんじゃない。
「やっぱりもう一体、ピクシードールが必要だよなぁ」
 リーリエと僕で交代で使ってるアリシアの他にも、予備のパーツをかき集めればピクシードールを組み立てられなくはないけど、第四世代と第五世代のパーツがまばらに使った不安定なものしかつくれない。
 訓練のためにはちゃんとしたバトルピクシーがもう一体、早めに必要な状況になっていた。
 その目処は立たなくはなかったけど、まだすぐに組み立てられるほどパーツが手元に集まってなかった。
『朝ご飯はどうするの? おにぃちゃん』
「んー。どうしよ」
 キッチンに入って冷蔵庫を開けてみるけど、たいした食材は入ってなかった。
 いつも食事はレトルトとか店屋物で済ませていて、炊けばご飯くらいはできるが、休みの日に朝から出かけるのも面倒臭い。
 今日の勉強会はうちでやる予定で、昼過ぎくらいに集合の予定だから、それまでに何か買ってくればいいのはわかってる。でもがっつり寝不足の僕は、奴らが集まってくる前にもうひと眠りしようかどうしようか迷いながら、残り二パックのゼリードリンクを手に取って冷蔵庫の扉を閉めた。
『おにぃちゃんっ!』
「どした? リーリエ」
 慌てたような驚いたようなリーリエの声が降ってきたと思った瞬間、呼び鈴が鳴った。
 ――夏姫か?
 まだ集合時間までずいぶんあるのに、あいつが早く来たのかと思いつつ、僕は携帯端末を胸ポケットから取り出して玄関カメラの映像を表示する。
「……え?」
『ど、どーしよう……』
 カメラに写っていたのは見慣れた少しきつめの顔をしてるポニーテールな女の子ではなく、柔らかい繊細な髪をした女の子。
 中里灯理(なかざとあかり)だった。
『音山さん、いらっしゃいますか? ワタシです。灯理です』
 薄ピンク色のワンピースを身につけ、大きなボストンバッグを肩から提げた中里さん。
 左手に持ったスーパーのものらしいビニール袋を示しながら、白に赤線の入ったスマートギアの下の小さめの口に笑みを浮かべていた。
『やはり両親が家にいなくて不安なので、帰ってくるまで泊めていただけませんか?』
 ニコニコと玄関カメラにそう呼びかけている彼女に、僕はどうしたらいいのかわからなくなっていた。


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