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第一部 第二章 ファイアスターター
第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第二章 4
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* 4 *
親父の「パーツが届いたら連絡する」という声に送られて店を出た僕たちは、もうひとつの目的地に向かった。
秋葉原から地下鉄に乗って数駅。
駅前の雑踏を通り過ぎると閑静な住宅街が広がる街並みを、そろそろ暗くなりつつある空の下、足取りが軽くなってスキップでもし始めそうな夏姫と一緒にしばらく歩く。
「次はどこに行くの?」
「まぁ、着いてくればわかる」
たどり着いた庭付きの一戸建ては、豪邸と言ってもいい規模の大きなものだった。
遠慮なく門扉を開けて縁石を踏んで玄関に近づいていく。
呼び鈴を鳴らすと、すぐさま応答があった。
「いらっしゃいませ、克樹様」
たぶん門扉を開けた時点で僕が来たことに気づいたんだろう、開いた玄関から現れたのは、エプロンつきのワンピース、メイド風の格好をした女の子。
「こちらの方は?」
後ろに立つ夏姫を見て、メイドが小首を傾げる。
「僕の……、恋人?」
「と、も、だ、ち!」
「うん。友達の浜咲夏姫」
「かしこまりました。浜咲夏姫様ですね。ようこそいらっしゃいました」
怒りの声を上げる夏姫を気にした様子もなく、微笑みを浮かべているメイドは大きく玄関を開いて家の中に僕たちを招き入れてくれた。
「ねぇ克樹。なんか、あの人……」
スリッパを出してもらってメイドの後ろに着いて行ってるとき、夏姫がこっそりと僕の耳にささやきかけてくる。
背は百四十五センチといったところだろうか。屋内用の靴を履いてるから実際の身長は百四十センチ程度のはず。
お尻近くまであるずいぶん長い髪をほとんど揺らすことなく歩いているメイドに夏姫が感じた違和感に、まだ何も言ってあげたりはしない。
「こちらでお待ちください。いまお茶を持って参りますので」
平泉夫人の家のものほどじゃないけどけっこう高そうな応接セットや超大型テレビ、チェストなんかが置いてあるリビングに通してくれたメイドは一礼して下がろうとする。
「それよりもショージさんは? アヤノ」
「今日はお休みでいまは寝ていらっしゃいますので、起こして参ります」
「お願い。それとショージさんが前に使ってた端末って、そこの引き出しだったっけ?」
「はい。もしお持ちになりたいということでしたら、主にご相談ください」
「わかってる」
しっかりとした受け答えをしてにっこりと笑った後、アヤノはもう一度礼をしてリビングから出て行った。
「ねぇ克樹。えぇっと、なんかこんなところまで来ちゃってるけど、ここはショージさんって人の家で、あのアヤノって人は、……んーと、その人の奥さんか、家政婦さんかなんか?」
「どう思う?」
チェストの引き出しの中を探る僕の側にやってきた夏姫に、意地悪な笑みを向ける。
「よしあった。これだ」
引き出しに雑多に仕舞ってあった小物の中から携帯端末を掘り出すのに成功して、僕はそれを夏姫に手渡す。
「え? これって?」
「今年初めに発売されたけっこう新しい端末。ショージさんは新しいもの好きで、新しいの出たら買い換えちゃう人だから、たぶん使っても大丈夫だと思うよ。夏姫の端末、さすがにそろそろ古くて、ヒルデのコントロールをするにしても性能がぎりぎりだっただろ?」
「これが目的でここに来たの?」
「まぁそれもあってね」
そんな話をしているときに、ポットとティーカップをお盆に乗せてアヤノが入ってきた。
ソファに座って注いでもらった紅茶をひと口飲むと外が寒かった分、身体の中が暖まっていくのを感じる。
「ねぇアヤノ。そのボディはいつから稼働を開始したもので、AHSのバージョンはいまいくつ?」
「このボディは先週からこちらで稼働している百四十センチタイプの試作型です。AHSのバージョンはシリーズ四のプレビューリリース五に更新しております」
「え?」
僕とアヤノのやりとりを聞いて、夏姫は驚きの声を上げている。
それは当然のことだろう。
何しろアヤノは、エルフサイズの、スフィアドールなんだから。
「すごい……。ちょっとヘンな感じはあったけど、こんなに自然なのもあるんだ」
「AHS、アドバンスドヒューマニティシステムの製品化前のものだからね。少し話をする程度だったらほとんど見分けは付かないと思うよ。それから、リーリエのシステムも、これに近い試験的なフルオートシステムを使ってる」
「あ……、そうなんだ」
納得しているのかどうなのか、ソファから立ち上がった夏姫はアヤノの周りを回って物珍しそうに眺めている。
AHSはスフィアドールのフルオートシステムのひとつで、コンパクト版はエルフやフェアリーの内蔵コンピュータに搭載されていたりする。いまのアヤノが使っている家政婦モードはもちろん、オフィス用や受付嬢用などの派生も多いフルバージョンともなるとかなりの処理能力が必要だから、専用システムがHPT社によって用意されていて、ネット経由でサービスとして提供されていた。
その機能は所有者の指示通りにドールを動かすことはもちろん、まるで人間のように気遣ったり手伝いをしたりといったことも含み、AHSによって実現しているフェイスコントロールは最も自然な表情をつくると言われて評判が高かった。
本体は高価であるものの、メンテと電源供給を怠らなければ人間以上に働くことが可能となったエルフドールは業務用途では広がりつつあり、多くの企業がそのフルコントロールシステムの提供を始めている。その中でもAHSはとくに先進的なものとして、スフィアドール業界でも知られているものだった。
――これで納得してくれればいいんだけど。
リーリエのシステムとAHSは姉妹、というより親子と言ってもいいほど近いものではあるし、アヤノは僕が最後に見たときよりもさらに人間に近い反応を見せるようになっていた。
これで夏姫もリーリエのことを納得してくれるだろう、とは思っていた。
「この家はAHSやスフィアドールの開発をしてるヒューマニティパートナーテックの技術部長で、僕の叔父の音山彰次さんの家だよ」
「ヒューマニティパートナーテックって、ヒューマニティフェイスの?」
「うん」
機能や性能には関わらないパーツではあるけど、ピクシードールのフェイスは見た目に関わる重要なパーツ。ピクシードールのことにあまり詳しくない夏姫でも、ヒューマニティフェイスとその販売元くらいは知っているらしかった。
SR社以上に新興の会社だけど、いまピクシードールに触れるなら、SR社の次に名前が挙がるほどの有名な会社になってるんだから、当然と言えば当然だろう。
「それと、克樹の保護者でもある。……ふわぁ」
いつの間にやってきたのか、リビングの入り口に立つショージさんはそう言った途端に大きなあくびをした。
僕よりもちょっと背が高いくらいの小柄だけど、存在感だけはこの前教室で会った近藤よりも大きく見えるショージさんは、ジーンズにアイボリーのセーターとラフな格好で、ソファに座りながら自分の分のお茶をアヤノに要求する。
「それでどうした、今日は。どうせあいつらはまだ家に帰ってこねぇんだろ?」
「まぁね。別にそのことは気にしてない」
親とは、もう一年以上も会っていない。それぞれ別の場所にいるらしいということは話に聞いていたけど、特に興味もなくって、眼鏡の向こうから見つめてくるショージさんから視線を逸らした。
「しっかし、お前が彼女を連れてくるとはなー!」
「ち、違います!」
「ほほぅ。これはなかなか……」
夏姫の声も聞こえていないかのように、否定の声を上げて立ち上がった彼女を上から下まで値踏みするように眺めるショージさん。
「いい子捕まえたじゃないか。どーせお前のことだ、毎日この子と――」
「いやぁ、けっこう手強くて、もう少し強引なのがいいかなぁ、と」
「な、何言ってんのよ! ふたりともっ!!」
男同士の冗談に顔を真っ赤にした夏姫が割り込んでくる。
「あぁそれと、この端末、夏姫にあげてもいい?」
「それか。あぁ、構わんぞ。もう使わんと思うし。克樹の彼女に俺からの少し早いクリスマスプレゼントってことで。俺はこれを買ったしな」
アヤノから夏姫について聞いているだろうショージさんは喉の奥で笑い声を上げつつ、あっさりと端末の譲渡許可をくれる。それから掛けてる眼鏡をつまんで示した。
よく見てみると、微かに色づいているレンズと、太めの蔓は、確かついこの前ニュースで発売開始と言っていた眼鏡型のスマートギアだ。
「またそんなものを……。どーせまたすぐに飽きて使わなくなるクセに」
「いいだろう、別に。俺には彼女だっていないんだし」
「先月は受付の女の子と付き合ってなかった?」
「……もう別れた」
「相変わらず早いね」
僕の父親の弟だから、三十そこそこのショージさんは、オモチャにも女性にもたいてい飽きっぽい性格をしてる。女性関係についてはたぶん別の理由がありそうだと思っていたけど、けっこう軽い性格をしているのは確かだ。
ただし、AHSやスフィアドールの開発については恐ろしく熱心な上、天才的な技術と応用力の持ち主で、現在のHPT社を支えている人物のひとりだったりもする。
「夏姫。アヤノに所有権の委譲と環境の移行を手伝ってもらっておいて」
「あ、うん」
「こちらへどうぞ」
アヤノの側に寄っていった夏姫を横目で見、ローテーブルを挟んだ正面に座るショージさんに顔を近づける。
「今日はもうひとつ、調べてほしいことがあって来たんだ」
「彼女に知られたくないってことは、大事な用事だな」
察してくれたらしいショージさんも、テーブル越しに身を乗り出してくれた。たぶん僕たちの声が聞こえていただろうアヤノも、AHSの機能が発揮されてか、夏姫が僕たちに背を向けるような位置取りをしてくれていた。
「魔女の居場所を、探してほしいんだ」
「いまさら、魔女だと?」
「うん」
魔女、という単語を聞いて、ショージさんは顔をしかめる。
「あいつにはできるだけ触れるな。それが幸せに生きるコツだ」
「うん。わかってる」
心配するように少し細められたショージさんの目。
その目に見つめられても、僕は自分の言葉を翻したりはしない。
諦める気がないのがわかったんだろう、舌打ちしてさらに苦々しい顔になるショージさん。
「理由は?」
「言えない」
「俺にもか?」
「うん」
睨みつけてくるような強い視線に、僕はしっかり視線を返す。負けないように、ではなく、むしろショージさんを射貫くくらいのつもりで。
もう一度舌打ちした後、ショージさんは大きくため息を吐いた。
「わかった。探しておく。だがたぶん、奴はいまスフィアロボティクスにいるぞ」
「……やっぱり」
僕の知る魔女があそこにいるだろうことは、ある程度予想していた。
でもSR社はいまでは世界的なロボット企業で、開発拠点や事務所は世界中にある。魔女と会うためには、いまどこに出没するかを知らなくちゃいけない。
「ねぇ、男ふたりで顔寄せ合って、何の話?」
所有権の委譲と環境移行が終わったんだろう、夏姫が不思議そうな顔をしていた。
「まぁ男同士の話だ。な? 克樹。それとも聞きたいか?」
「うっ……。やめておく」
逃げ腰になる夏姫だったが、どういう意味を込めてだろうか、一瞬僕の方に視線を投げてきた。
「さぁみなさん。夕食はいかがですか? 下ごしらえはしてありますので、それほどお待ちいただかなくても準備が整いますよ」
微妙な空気を吹き飛ばすように、アヤノがにっこり笑って言う。
「AHSって、料理をつくる機能なんてついてるの?」
「嘘……。スフィアドールって料理もできるの?」
「シリーズ四からはできるようになってるぞ。車の運転なんかもな。まぁ、できると言っても安全性とか法律とかの問題で、その機能は提供版じゃあオミットしないといけないがな。うまいぞー、アヤノの料理は」
目を輝かせてる夏姫だけじゃなくて、さすがに僕も驚いていた。
リビングからダイニングに移動するために扉をくぐる一瞬、夏姫が何か言いたそうな目を向けてきたが、僕はそれに気づかない振りをした。
親父の「パーツが届いたら連絡する」という声に送られて店を出た僕たちは、もうひとつの目的地に向かった。
秋葉原から地下鉄に乗って数駅。
駅前の雑踏を通り過ぎると閑静な住宅街が広がる街並みを、そろそろ暗くなりつつある空の下、足取りが軽くなってスキップでもし始めそうな夏姫と一緒にしばらく歩く。
「次はどこに行くの?」
「まぁ、着いてくればわかる」
たどり着いた庭付きの一戸建ては、豪邸と言ってもいい規模の大きなものだった。
遠慮なく門扉を開けて縁石を踏んで玄関に近づいていく。
呼び鈴を鳴らすと、すぐさま応答があった。
「いらっしゃいませ、克樹様」
たぶん門扉を開けた時点で僕が来たことに気づいたんだろう、開いた玄関から現れたのは、エプロンつきのワンピース、メイド風の格好をした女の子。
「こちらの方は?」
後ろに立つ夏姫を見て、メイドが小首を傾げる。
「僕の……、恋人?」
「と、も、だ、ち!」
「うん。友達の浜咲夏姫」
「かしこまりました。浜咲夏姫様ですね。ようこそいらっしゃいました」
怒りの声を上げる夏姫を気にした様子もなく、微笑みを浮かべているメイドは大きく玄関を開いて家の中に僕たちを招き入れてくれた。
「ねぇ克樹。なんか、あの人……」
スリッパを出してもらってメイドの後ろに着いて行ってるとき、夏姫がこっそりと僕の耳にささやきかけてくる。
背は百四十五センチといったところだろうか。屋内用の靴を履いてるから実際の身長は百四十センチ程度のはず。
お尻近くまであるずいぶん長い髪をほとんど揺らすことなく歩いているメイドに夏姫が感じた違和感に、まだ何も言ってあげたりはしない。
「こちらでお待ちください。いまお茶を持って参りますので」
平泉夫人の家のものほどじゃないけどけっこう高そうな応接セットや超大型テレビ、チェストなんかが置いてあるリビングに通してくれたメイドは一礼して下がろうとする。
「それよりもショージさんは? アヤノ」
「今日はお休みでいまは寝ていらっしゃいますので、起こして参ります」
「お願い。それとショージさんが前に使ってた端末って、そこの引き出しだったっけ?」
「はい。もしお持ちになりたいということでしたら、主にご相談ください」
「わかってる」
しっかりとした受け答えをしてにっこりと笑った後、アヤノはもう一度礼をしてリビングから出て行った。
「ねぇ克樹。えぇっと、なんかこんなところまで来ちゃってるけど、ここはショージさんって人の家で、あのアヤノって人は、……んーと、その人の奥さんか、家政婦さんかなんか?」
「どう思う?」
チェストの引き出しの中を探る僕の側にやってきた夏姫に、意地悪な笑みを向ける。
「よしあった。これだ」
引き出しに雑多に仕舞ってあった小物の中から携帯端末を掘り出すのに成功して、僕はそれを夏姫に手渡す。
「え? これって?」
「今年初めに発売されたけっこう新しい端末。ショージさんは新しいもの好きで、新しいの出たら買い換えちゃう人だから、たぶん使っても大丈夫だと思うよ。夏姫の端末、さすがにそろそろ古くて、ヒルデのコントロールをするにしても性能がぎりぎりだっただろ?」
「これが目的でここに来たの?」
「まぁそれもあってね」
そんな話をしているときに、ポットとティーカップをお盆に乗せてアヤノが入ってきた。
ソファに座って注いでもらった紅茶をひと口飲むと外が寒かった分、身体の中が暖まっていくのを感じる。
「ねぇアヤノ。そのボディはいつから稼働を開始したもので、AHSのバージョンはいまいくつ?」
「このボディは先週からこちらで稼働している百四十センチタイプの試作型です。AHSのバージョンはシリーズ四のプレビューリリース五に更新しております」
「え?」
僕とアヤノのやりとりを聞いて、夏姫は驚きの声を上げている。
それは当然のことだろう。
何しろアヤノは、エルフサイズの、スフィアドールなんだから。
「すごい……。ちょっとヘンな感じはあったけど、こんなに自然なのもあるんだ」
「AHS、アドバンスドヒューマニティシステムの製品化前のものだからね。少し話をする程度だったらほとんど見分けは付かないと思うよ。それから、リーリエのシステムも、これに近い試験的なフルオートシステムを使ってる」
「あ……、そうなんだ」
納得しているのかどうなのか、ソファから立ち上がった夏姫はアヤノの周りを回って物珍しそうに眺めている。
AHSはスフィアドールのフルオートシステムのひとつで、コンパクト版はエルフやフェアリーの内蔵コンピュータに搭載されていたりする。いまのアヤノが使っている家政婦モードはもちろん、オフィス用や受付嬢用などの派生も多いフルバージョンともなるとかなりの処理能力が必要だから、専用システムがHPT社によって用意されていて、ネット経由でサービスとして提供されていた。
その機能は所有者の指示通りにドールを動かすことはもちろん、まるで人間のように気遣ったり手伝いをしたりといったことも含み、AHSによって実現しているフェイスコントロールは最も自然な表情をつくると言われて評判が高かった。
本体は高価であるものの、メンテと電源供給を怠らなければ人間以上に働くことが可能となったエルフドールは業務用途では広がりつつあり、多くの企業がそのフルコントロールシステムの提供を始めている。その中でもAHSはとくに先進的なものとして、スフィアドール業界でも知られているものだった。
――これで納得してくれればいいんだけど。
リーリエのシステムとAHSは姉妹、というより親子と言ってもいいほど近いものではあるし、アヤノは僕が最後に見たときよりもさらに人間に近い反応を見せるようになっていた。
これで夏姫もリーリエのことを納得してくれるだろう、とは思っていた。
「この家はAHSやスフィアドールの開発をしてるヒューマニティパートナーテックの技術部長で、僕の叔父の音山彰次さんの家だよ」
「ヒューマニティパートナーテックって、ヒューマニティフェイスの?」
「うん」
機能や性能には関わらないパーツではあるけど、ピクシードールのフェイスは見た目に関わる重要なパーツ。ピクシードールのことにあまり詳しくない夏姫でも、ヒューマニティフェイスとその販売元くらいは知っているらしかった。
SR社以上に新興の会社だけど、いまピクシードールに触れるなら、SR社の次に名前が挙がるほどの有名な会社になってるんだから、当然と言えば当然だろう。
「それと、克樹の保護者でもある。……ふわぁ」
いつの間にやってきたのか、リビングの入り口に立つショージさんはそう言った途端に大きなあくびをした。
僕よりもちょっと背が高いくらいの小柄だけど、存在感だけはこの前教室で会った近藤よりも大きく見えるショージさんは、ジーンズにアイボリーのセーターとラフな格好で、ソファに座りながら自分の分のお茶をアヤノに要求する。
「それでどうした、今日は。どうせあいつらはまだ家に帰ってこねぇんだろ?」
「まぁね。別にそのことは気にしてない」
親とは、もう一年以上も会っていない。それぞれ別の場所にいるらしいということは話に聞いていたけど、特に興味もなくって、眼鏡の向こうから見つめてくるショージさんから視線を逸らした。
「しっかし、お前が彼女を連れてくるとはなー!」
「ち、違います!」
「ほほぅ。これはなかなか……」
夏姫の声も聞こえていないかのように、否定の声を上げて立ち上がった彼女を上から下まで値踏みするように眺めるショージさん。
「いい子捕まえたじゃないか。どーせお前のことだ、毎日この子と――」
「いやぁ、けっこう手強くて、もう少し強引なのがいいかなぁ、と」
「な、何言ってんのよ! ふたりともっ!!」
男同士の冗談に顔を真っ赤にした夏姫が割り込んでくる。
「あぁそれと、この端末、夏姫にあげてもいい?」
「それか。あぁ、構わんぞ。もう使わんと思うし。克樹の彼女に俺からの少し早いクリスマスプレゼントってことで。俺はこれを買ったしな」
アヤノから夏姫について聞いているだろうショージさんは喉の奥で笑い声を上げつつ、あっさりと端末の譲渡許可をくれる。それから掛けてる眼鏡をつまんで示した。
よく見てみると、微かに色づいているレンズと、太めの蔓は、確かついこの前ニュースで発売開始と言っていた眼鏡型のスマートギアだ。
「またそんなものを……。どーせまたすぐに飽きて使わなくなるクセに」
「いいだろう、別に。俺には彼女だっていないんだし」
「先月は受付の女の子と付き合ってなかった?」
「……もう別れた」
「相変わらず早いね」
僕の父親の弟だから、三十そこそこのショージさんは、オモチャにも女性にもたいてい飽きっぽい性格をしてる。女性関係についてはたぶん別の理由がありそうだと思っていたけど、けっこう軽い性格をしているのは確かだ。
ただし、AHSやスフィアドールの開発については恐ろしく熱心な上、天才的な技術と応用力の持ち主で、現在のHPT社を支えている人物のひとりだったりもする。
「夏姫。アヤノに所有権の委譲と環境の移行を手伝ってもらっておいて」
「あ、うん」
「こちらへどうぞ」
アヤノの側に寄っていった夏姫を横目で見、ローテーブルを挟んだ正面に座るショージさんに顔を近づける。
「今日はもうひとつ、調べてほしいことがあって来たんだ」
「彼女に知られたくないってことは、大事な用事だな」
察してくれたらしいショージさんも、テーブル越しに身を乗り出してくれた。たぶん僕たちの声が聞こえていただろうアヤノも、AHSの機能が発揮されてか、夏姫が僕たちに背を向けるような位置取りをしてくれていた。
「魔女の居場所を、探してほしいんだ」
「いまさら、魔女だと?」
「うん」
魔女、という単語を聞いて、ショージさんは顔をしかめる。
「あいつにはできるだけ触れるな。それが幸せに生きるコツだ」
「うん。わかってる」
心配するように少し細められたショージさんの目。
その目に見つめられても、僕は自分の言葉を翻したりはしない。
諦める気がないのがわかったんだろう、舌打ちしてさらに苦々しい顔になるショージさん。
「理由は?」
「言えない」
「俺にもか?」
「うん」
睨みつけてくるような強い視線に、僕はしっかり視線を返す。負けないように、ではなく、むしろショージさんを射貫くくらいのつもりで。
もう一度舌打ちした後、ショージさんは大きくため息を吐いた。
「わかった。探しておく。だがたぶん、奴はいまスフィアロボティクスにいるぞ」
「……やっぱり」
僕の知る魔女があそこにいるだろうことは、ある程度予想していた。
でもSR社はいまでは世界的なロボット企業で、開発拠点や事務所は世界中にある。魔女と会うためには、いまどこに出没するかを知らなくちゃいけない。
「ねぇ、男ふたりで顔寄せ合って、何の話?」
所有権の委譲と環境移行が終わったんだろう、夏姫が不思議そうな顔をしていた。
「まぁ男同士の話だ。な? 克樹。それとも聞きたいか?」
「うっ……。やめておく」
逃げ腰になる夏姫だったが、どういう意味を込めてだろうか、一瞬僕の方に視線を投げてきた。
「さぁみなさん。夕食はいかがですか? 下ごしらえはしてありますので、それほどお待ちいただかなくても準備が整いますよ」
微妙な空気を吹き飛ばすように、アヤノがにっこり笑って言う。
「AHSって、料理をつくる機能なんてついてるの?」
「嘘……。スフィアドールって料理もできるの?」
「シリーズ四からはできるようになってるぞ。車の運転なんかもな。まぁ、できると言っても安全性とか法律とかの問題で、その機能は提供版じゃあオミットしないといけないがな。うまいぞー、アヤノの料理は」
目を輝かせてる夏姫だけじゃなくて、さすがに僕も驚いていた。
リビングからダイニングに移動するために扉をくぐる一瞬、夏姫が何か言いたそうな目を向けてきたが、僕はそれに気づかない振りをした。
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