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第一部 第二章 ファイアスターター
第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第二章 2
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* 2 *
飲み終えたゼリードリンクの殻を上着のポケットに突っ込んで、僕は優しく後頭部を触ってみた。
「くおっ」
昨日リーリエの膝蹴りを食らったその部分は、コブこそ引いたものの、触るとまだ鋭い痛みが走るくらいだった。
――まさか邪魔をするのにアライズまでしてくるとは……。リーリエめ。
リーリエが邪魔しにくることは想定していたことだったが、相手がエリキシルソーサラーとは言え、まさかアライズまでするとは思っていなかった。
必要に応じてエリキシルバトルアプリの権限はリーリエに渡すようにしていたけど、襲撃の可能性を考え事前にアライズの権限を渡して、それを解除するのをすっかり忘れていた。
『あれでよかったんでしょ? おにぃちゃん』
口には出していないのに、僕の考えを見透かしたようなリーリエの声がイヤホンマイクから聞こえてくる。
「まぁ、そうなんだけどね」
スマートギアはつけていないからイメージスピークは使えず、マイクにかろうじて入る程度の小声で僕は答えていた。
昨日は目が覚めたら夏姫はもうヒルデとともにいなくなっていたから、今日の昼休みは彼女の来襲に備えて教室から待避して、屋上に来ていた。
声だけなら適当な言い訳で済ませるところだけど、アライズしたリーリエを見られているんだ、いろいろ問い詰められそうな気がしていた。
昼休みには解放されてる屋上には、コートを着ないと寒くて堪えられそうにない気温だと言うのに何が楽しいのか、設置されたベンチでお弁当を広げてる女子連中とか、校庭でやればいいのにボール遊びを始めた男子たちがちらほらといる。
このまま予鈴が鳴るまでここで過ごして、午後の授業が終わったら速攻帰って夏姫をやり過ごそう、と空を見上げたとき、僕が座ってるベンチの前に立つ人影が現れた。
「まったく、人が探してるってのに、なんで逃げるみたいにこんなところにいるのっ」
正面を見てみると、怒った顔をした夏姫が立っていた。
「なんだ、昨日の続きがしてほしくて僕のこと探してたのか?」
「違う!」
夏姫が張り上げた大声で、屋上にいる奴らの視線が一気に集まってくる。
「ちょ、ちょっとこっちに来なさい!」
僕の腕を掴んで無理矢理引っ張る夏姫。
引き摺られながらまだ僕たちのことを見ている奴らににんまりとした笑みを浮かべてやるが、ほとんどは「またか」という表情を浮かべてるだけだった。
こんな風に女の子の逆鱗に触れて口論になるのは、高校に入って何度目だったか。
「リーリエって、いったい何なの?」
ふたつある階段室の片方の影まで僕を連れ込んだ夏姫は、真面目な顔をしてそう言った。
「まだ開発中の人工知能とドールの新型フルオートシステムの組み合わせの産物」
さらりと僕はそう言ってのける。
その答えはあながち間違いでもない。
「本当に?」
アライズしていない状態だったらそれで言い逃れもできたんだろうけど、自分でアライズしたリーリエを見られているんだ、疑問を感じるのも仕方ないところではあるだろう。
「だってあの子の表情とか仕草とか、エイナみたいだったよ」
「エイナに会ったんだ?」
「うん。だってエリキシルバトルに招待されたときに……。あなたも同じじゃないの?」
「いや、そうだったけど、他の参加者がそうかどうかは知らなかったから」
何しろ自分以外のエリキシルソーサラーに会うのは夏姫が初めてだったから、他の人がどうだったかなんてわかるはずがない。
「そんなことはいいから、リーリエよ。リーリエ」
話を逸らす作戦は失敗したらしい。
可愛い顔に似つかわしくないシワを眉根に寄せながら睨みつけてくる夏姫に、どう対応したらいいのかを悩む。
『どうするの? おにぃちゃん』
「んー。適当にごまかす。それに、ヒルデのことも気になってるし」
『直すの? あの子』
「もったいないしな」
『……んっ。よかったぁ』
ぼそぼそとリーリエとやりとりし、不審そうな目を向けてきている夏姫に言う。
「まぁなんだ。ヒルデのことはどうするんだ?」
「それは……」
それまでの勢いを失って口ごもる夏姫。
「直し、たいけど、ピクシードールパーツって意外と高いし……。それに、あの――」
僕もそんなに高い方じゃないから身長差はわずかだけど、少し潤んだ瞳で見上げてくる夏姫に、言う。
「ヒルデはそこらのショップで売ってるパーツじゃ修理できないよ」
「そうなの?」
昨日も思ったことだけど、夏姫はあれがどれくらい特殊なドールであるのか、母親からほとんど聞いていなかったらしい。
本当にころころと表情の変わる夏姫だったが、いまはどうすればいいのかわからないらしく、顔の全部をゆがめて下を向いていた。
「じゃあ、どうすればいいんだろう……」
「まぁ、修理の相談ができそうなとこ知ってるから、連れてってやるよ。それにリーリエのことも、もう少し詳しく教えてやる」
「本当?!」
灯りが点いたように明るい表情になって目を輝かせてる夏姫。でもすぐに雲がさしかかる。
「どうして、あなたはそんなことを?」
「デートしよう、って誘ってるんだぜ、夏姫」
「えぇ?!」
びっくりしたような顔をしてヒルデも顔負けな素早い動きで後退りする夏姫に、思わず笑ってしまいそうになる。
「デートって、そんな……。っていうか、呼び捨て?!」
「だってほら、浜咲っていうと、僕にとっては夏姫のママの方が印象が強いし、だったら名前で呼ぶのがいいかな、って」
「そうかも知れないけど! でもほら、もう少し呼び方があるでしょう? アタシたち、まだ友達とかそういうのじゃないんだし」
「夏姫ちゃん? 夏姫さん? んー。やっぱり、夏姫が一番しっくりくるな。それに男女がふたりきりで出掛けるってのは、デートだろう?」
「違う! か、買い物でしょ? 買い物! ただの買い物!! か……、克樹! こら!!」
予鈴が鳴って、僕は教室に向かうために階段室の扉に足を向ける。
顔を真っ赤にした夏姫が小走りに追いかけてくるけど、こっちも早足になって追いつけないように距離を取る。
「じゃあ日曜の二時、駅前でな」
「こら待った! ただの買い物だからねーー!!」
必死に主張する夏姫に、僕は思わず笑い声を漏らしていた。
飲み終えたゼリードリンクの殻を上着のポケットに突っ込んで、僕は優しく後頭部を触ってみた。
「くおっ」
昨日リーリエの膝蹴りを食らったその部分は、コブこそ引いたものの、触るとまだ鋭い痛みが走るくらいだった。
――まさか邪魔をするのにアライズまでしてくるとは……。リーリエめ。
リーリエが邪魔しにくることは想定していたことだったが、相手がエリキシルソーサラーとは言え、まさかアライズまでするとは思っていなかった。
必要に応じてエリキシルバトルアプリの権限はリーリエに渡すようにしていたけど、襲撃の可能性を考え事前にアライズの権限を渡して、それを解除するのをすっかり忘れていた。
『あれでよかったんでしょ? おにぃちゃん』
口には出していないのに、僕の考えを見透かしたようなリーリエの声がイヤホンマイクから聞こえてくる。
「まぁ、そうなんだけどね」
スマートギアはつけていないからイメージスピークは使えず、マイクにかろうじて入る程度の小声で僕は答えていた。
昨日は目が覚めたら夏姫はもうヒルデとともにいなくなっていたから、今日の昼休みは彼女の来襲に備えて教室から待避して、屋上に来ていた。
声だけなら適当な言い訳で済ませるところだけど、アライズしたリーリエを見られているんだ、いろいろ問い詰められそうな気がしていた。
昼休みには解放されてる屋上には、コートを着ないと寒くて堪えられそうにない気温だと言うのに何が楽しいのか、設置されたベンチでお弁当を広げてる女子連中とか、校庭でやればいいのにボール遊びを始めた男子たちがちらほらといる。
このまま予鈴が鳴るまでここで過ごして、午後の授業が終わったら速攻帰って夏姫をやり過ごそう、と空を見上げたとき、僕が座ってるベンチの前に立つ人影が現れた。
「まったく、人が探してるってのに、なんで逃げるみたいにこんなところにいるのっ」
正面を見てみると、怒った顔をした夏姫が立っていた。
「なんだ、昨日の続きがしてほしくて僕のこと探してたのか?」
「違う!」
夏姫が張り上げた大声で、屋上にいる奴らの視線が一気に集まってくる。
「ちょ、ちょっとこっちに来なさい!」
僕の腕を掴んで無理矢理引っ張る夏姫。
引き摺られながらまだ僕たちのことを見ている奴らににんまりとした笑みを浮かべてやるが、ほとんどは「またか」という表情を浮かべてるだけだった。
こんな風に女の子の逆鱗に触れて口論になるのは、高校に入って何度目だったか。
「リーリエって、いったい何なの?」
ふたつある階段室の片方の影まで僕を連れ込んだ夏姫は、真面目な顔をしてそう言った。
「まだ開発中の人工知能とドールの新型フルオートシステムの組み合わせの産物」
さらりと僕はそう言ってのける。
その答えはあながち間違いでもない。
「本当に?」
アライズしていない状態だったらそれで言い逃れもできたんだろうけど、自分でアライズしたリーリエを見られているんだ、疑問を感じるのも仕方ないところではあるだろう。
「だってあの子の表情とか仕草とか、エイナみたいだったよ」
「エイナに会ったんだ?」
「うん。だってエリキシルバトルに招待されたときに……。あなたも同じじゃないの?」
「いや、そうだったけど、他の参加者がそうかどうかは知らなかったから」
何しろ自分以外のエリキシルソーサラーに会うのは夏姫が初めてだったから、他の人がどうだったかなんてわかるはずがない。
「そんなことはいいから、リーリエよ。リーリエ」
話を逸らす作戦は失敗したらしい。
可愛い顔に似つかわしくないシワを眉根に寄せながら睨みつけてくる夏姫に、どう対応したらいいのかを悩む。
『どうするの? おにぃちゃん』
「んー。適当にごまかす。それに、ヒルデのことも気になってるし」
『直すの? あの子』
「もったいないしな」
『……んっ。よかったぁ』
ぼそぼそとリーリエとやりとりし、不審そうな目を向けてきている夏姫に言う。
「まぁなんだ。ヒルデのことはどうするんだ?」
「それは……」
それまでの勢いを失って口ごもる夏姫。
「直し、たいけど、ピクシードールパーツって意外と高いし……。それに、あの――」
僕もそんなに高い方じゃないから身長差はわずかだけど、少し潤んだ瞳で見上げてくる夏姫に、言う。
「ヒルデはそこらのショップで売ってるパーツじゃ修理できないよ」
「そうなの?」
昨日も思ったことだけど、夏姫はあれがどれくらい特殊なドールであるのか、母親からほとんど聞いていなかったらしい。
本当にころころと表情の変わる夏姫だったが、いまはどうすればいいのかわからないらしく、顔の全部をゆがめて下を向いていた。
「じゃあ、どうすればいいんだろう……」
「まぁ、修理の相談ができそうなとこ知ってるから、連れてってやるよ。それにリーリエのことも、もう少し詳しく教えてやる」
「本当?!」
灯りが点いたように明るい表情になって目を輝かせてる夏姫。でもすぐに雲がさしかかる。
「どうして、あなたはそんなことを?」
「デートしよう、って誘ってるんだぜ、夏姫」
「えぇ?!」
びっくりしたような顔をしてヒルデも顔負けな素早い動きで後退りする夏姫に、思わず笑ってしまいそうになる。
「デートって、そんな……。っていうか、呼び捨て?!」
「だってほら、浜咲っていうと、僕にとっては夏姫のママの方が印象が強いし、だったら名前で呼ぶのがいいかな、って」
「そうかも知れないけど! でもほら、もう少し呼び方があるでしょう? アタシたち、まだ友達とかそういうのじゃないんだし」
「夏姫ちゃん? 夏姫さん? んー。やっぱり、夏姫が一番しっくりくるな。それに男女がふたりきりで出掛けるってのは、デートだろう?」
「違う! か、買い物でしょ? 買い物! ただの買い物!! か……、克樹! こら!!」
予鈴が鳴って、僕は教室に向かうために階段室の扉に足を向ける。
顔を真っ赤にした夏姫が小走りに追いかけてくるけど、こっちも早足になって追いつけないように距離を取る。
「じゃあ日曜の二時、駅前でな」
「こら待った! ただの買い物だからねーー!!」
必死に主張する夏姫に、僕は思わず笑い声を漏らしていた。
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