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悪夢と水溜 前編
しおりを挟む小学校の帰り道。
猫西は通学路から外れた細い路地に足を運んだ。住宅街が密集しており、太陽が隠れて薄暗い。
「そこ、通学路じゃないよ!」
背後から突然叫ばれた。
猫西は肩を震わせたあと振り向いた。
声の主は女の子だった。青いランドセルを背負い、ピカピカの白靴を履いている。服は少しよれた水色の半袖シャツと白のスカートを着ていた。
猫西は、女の子の胸元にある名札――ほそ川――を見て「げっ……」と声を漏らした。
ほそ川は同じクラスの委員長であり、無類のチクリ魔だ。
猫西は逃走すべく、片足を後ろに引く。しかし背負うランドセルが背後のブロック塀に当たり、失敗した。擦れる音が耳に痛い。
ついに、ほそ川が目の前に立つ。
彼女は背が高く、威圧感があった。また、じろじろと見回す瞳は品定めでもするかのごとく瞳孔を開かせていた。
ほそ川の視界に、猫西の手にあるパンが映る。
「給食のパン捨てるなんて、いけないんだ」
「捨ててない」
「じゃあ何してるの? 残した給食を捨ててるとしか思えないけど?」
猫西は、だんまりを決め込んだ。
友達の野良猫のことは親しか知らない。その親にさえ、通学路じゃない道を通っていることは隠してある。同じクラスのほそ川には当然、言いたくない。
ほそ川は、
「ねえ、何してるの?」
と睨み付けた。
「明日から通学路通るって約束するよ。パンだって給食の時間に食べきる」
「うちが訊いてるのは、ここにいる理由!」
凄むほそ川。
頑なに言うまいとする猫西。
先に我慢できなくなったのは、ほそ川だった。「あっそ」と冷めた声音を放つ。
「話したくなかったら別にいいよ。先生に言うだけだし」
彼女の言葉で、猫西は焦る。先生に叱られた給食時間の記憶がよぎった。食べるのが遅い猫西は、先生に怒られることが多い。
「とっ友達」
「友達?」
「あっ……、そう、友達は猫なんだけどね。捜してるんだ」
最初は怯えていた猫西も、いざ話してみると落ち着いた声が出ていった。心の内も徐々に平静を取り戻していく。
「前はここにいたんだ。でも、そろそろ諦めるよ。だから……」
先生に言わないでほしいとまでは声にならなかった。
ほそ川は「そうなんだ」と腕を組む。
「……もしかして野良猫?」
「うん」
「そのパン、あげたの?」
しばらく沈黙した後、猫西は頷いた。抱えていた秘密を打ち明けて脱力した。
猫西に反して、ほそ川は顔を強張らせた。
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