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第二章

後編

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あれから数か月、俺は結構な頻度であの喫茶店に通っていた。

で、その間にまた新しい彼女が出来て今は絶賛デート中。でもあの店に連れて行った事は無い。何となく誰かに教えたくなくて、最初は3人で来たけれど2回目からはずっと一人で行ってる。

倉科さんとお話しするのも楽しいし読みかけの本を持って行って窓際の席で読むのもいい。

普段外にいるときはあんまり1人でいるタイプじゃないんだけれど。最近は割と一人で出かけることも増えた。
特に一人を嫌がタイプでもないんだけど、何となく外に出るなら誰かを誘って何人かで騒がしく遊んだり、彼女と二人で出かけてデートにしたり、何となく人といることが多かった。
出かける時に誰かに電話しようとする手を止めたのは用事が終わったら倉科さんの喫茶店に寄ろうと思ったから。

あそこに行くなら誰かはいらない。

何となくそう思って、買い物に一人で出かけてみた。
それ以来何となく誘いたいと思わなくなって、一人の時間が増えた。

それを倉科さんに伝えてみたら笑いながら「一人の楽しみ方を覚えたんじゃないかなぁ」と言われた。つまり俺は覚えたばかりの一人遊びにハマっている、と。

そう言われるとそんな気がした。
確かに一人で買い物をすると周りを気にせずにじっくりと商品を見ることができるし、コーディネートに悩んでいる時に店員に相談も出来る。気になった店にふらっと入ったりもできる。

だからと言って友達を蔑ろにしたり彼女との時間を削ったりもしてないんだけれど……。

「光輝くんさぁ、もしかして恋してる?」
「え?」

今の彼女のミカちゃんに、デート中に言われたその言葉に俺一瞬思考が停止した。

恋? あんなにしてみたくて、でも結局できてなかった恋?

「とぼけなくていいよ。君が私のことそんな好きじゃないの知ってたから」

絶対振り向かせてやるって思ってたんだけどねぇ……と窓の外を見てミカちゃんは溜息をついた。

「好きじゃないワケじゃ……」
「ううん。君は私を恋愛的な意味じゃ好きじゃないよ。きっと“わかれる”って言ったら追いかけてくれないでしょ? 今までの子と同じように」

否定はできなかった。
きっと俺と別れて他の男と一緒になったほうが彼女は幸せになれるし、俺は俺でどうにもならない。たぶん他の女の子に告白されてその子が可愛かったら簡単にOKして……そのうちまたフラれる。

「光輝くんは意外と誠実だから二股はしてないだろうけど、他の何かを見てることは分かったよ」
「意外とって……」
「前と変わったよね。何か月か前まではただのチャラ男だと思ってたけど、最近変わったなぁって思ってたら、私はいつの間にか君を好きになってた。でも、実際付き合うとさ、変わった原因分かっちゃった」

俺の言葉を無視してふわりと笑ったミカちゃんは綺麗な笑顔をしていた。
なんで今まで気付かなかったんだろう。この子がこんなにも綺麗だったなんて。

「君は何かに恋してる。それは私じゃないしもしかしたら君も気付いてないのかもしれない。でも、何か勝てそうも無いし私は身を引くわ」

恋ってするものじゃなくて落ちるものよ? バイバイ。

そう言ってミカちゃんは席を立った。
俺は彼女の言った通り、彼女を追う事はしなかった。

恋って何だ。

落ちるってどこに?

答えの出ないまま、俺は帰りにあの喫茶店に寄った。
今まで受けたことの無いショックを受けた気がして、どうしようも無く倉科さんに会いたくなった。

カランコロンと鳴ったベルで振り向いて、倉科さんの瞳に俺が映る。

「いらっしゃ、い」

一瞬言葉に詰まるほど俺の様子はおかしかったらしい。でも、カウンター席に座ると倉科さんはいつもの様に笑いかけてくれた。

「この時間だと、ケーキセットかな?」
「……はい」

社会人の客の多いこの店はこの時間帯の客は疎らで、俺は少し声をひそめたけど、ポツリポツリと話し出した。

「実はさっき、彼女にフラれたんです」
「……そっか」

倉科さんは苦笑いだった。

「何か、その子は俺に恋してるって言ったんですけど、俺は別の何かに恋してるって言われました。その子すごく可愛くて、わりと大事にしてたんです。デートだってしたしメールもたくさんしたし……でも、フラれました」
「うん」

頷きながら出されたコーヒーとケーキは苦いのと甘いのと二つの匂いがして、今の自分の心情を表してるみたいで。でも、食べる気が起きないなんてことは無くてコーヒーとケーキはいつも通り美味しそうだった。

「俺は恋愛経験があんまり豊富じゃないからあんまり的確なアドバイスはあげられないかもしれないけど、俺も中学の時一回だけ付き合ってフラれたことがあるよ。その時は“なかなか会えなくなるならもういい”って言われたな」

一回だけ……俺は今年に入ってからもう3回程フラれてるのに。
でも倉科さんは一回付き合ったら長続きしそうなタイプに見える。俺とは全然違う……。
参考になるかは微妙だけれど倉科さんの話を聞きたくて俺はコーヒーに口を付けつつ頷いて話を促した。

「その時俺はその子の事すごく好きでね、かなりショックを受けたんだよ。高校受験でかなり遠くの違う学校になっちゃてね、でも俺はその子となら遠距離でも良いと思ってたのにその子は会えないならいないのと同じだって……その時はホントに悲しかったなぁ」

昔を懐かしむ大人の顔をした倉科さんはとても穏やかで、でも何となくその人の事を本当に好きだったのがその何かを慈しむそうな表情から分かって、他人事なのになんだか切ないような気持ちになった。

「多分、その子にとって俺は一緒にいて楽しい相手だったんだろうね。いないならいないで構わない程度。思い返すとその子からのメールって少なくて、その子は俺がいない時は俺以外の事を考えてたんだって今になって思うんだよね。他にそういう人はたくさんいて、俺じゃなくても良いの。でも俺はその子が大好きで、ふとした時に思い出したり声が聞きたくなったり、その子と一緒にいない時もその子の事ばっか考えてた……。アレは確かに恋だったなぁって思うんだ。もしかしたら君の恋人だった子も俺みたいなこと思ったんじゃないかな。ある程度は好かれてるけれどきっと自分の代わりはいくらでもいるって、もし君がその子の事本気で好きだったら悪いんだけど」

倉科さんの話を聞いていて、俺はお腹の辺りに鉛のようなものが溜まっているような気がした。俺はきっとミカちゃんに酷い事をしてしまった。
倉科さんの言ったことは正しくて、俺は一人でも平気だった。出かけようとしたときに最初に思いつくのは田中や原田で、ミカちゃんはその次、しかも結局誰も誘わない。此処にいる時にミカちゃんを思い出すことは無くて、しかも連れてきたくないとすら思っていた。

あの子はどんな気持ちで俺といたんだろう?
今までの子たちもあんな切ない表情をさせてしまっていたのか。

なら、いっそキッパリと最初に断った方が良かったんじゃないか?

「まぁ、フラれちゃったものは仕方ないし、君が彼女以外に恋をしてるならソレを成就させれば良いんじゃないかな。君のやりたいようにすれば良いと思うよ?」

落ち込む俺の頭をポンポンと撫でる倉科さんの手は優しくて、何だかそれだけで何か救われる様な気分になって、悩んでいても仕方ないし、今は忘れてしまおう。

次に告白されてもちゃんと断ろう。それだけは今回成長した所。

未だ、俺は恋を知らない。



END
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