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第二章

5 後期初日

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先輩の部屋に泊まった後、朝飯を食って部活に行って、たっぷりと時間を空けてから自室に戻った。

流石にその時間には生徒会の方々は帰っていらっしゃったようで、少し疲れた様子の藤原がムッとした顔で出迎えてくれ、少し嫌味をもらった。
しかしまぁ突然訪問され一人でその相手をしていたのだ。藤原の知り合いで俺とは関係の無い相手と言えど、その心労は察する所なので素直に謝れば藤原も少しむくれながらも許してくれた。

そして休日は終わり、俺たちはまたいつもの日常へと戻る。
クラスの二割くらいのやる気はあまり見られない体育の時間。
俺は残りの八割に相当するまぁそれなりに真面目に授業を受けている中にいて、今の内容はバレーボール。ちなみに後2、3回授業を受けたらなわとびと持久走になるらしく今度はクラスの八割のやる気がなくなることが予想される。

ポジションはセッター以外交代制で、チームは9人1チーム。俺のいるチームは藤原以外は一応運動部所属が揃ったチートチーム。

藤原ラッキーだなぁとか思っていたのもつかの間、運動部のテンションで「こんなチームで負けるとか許されないぜ!」と言われ運動部と同じメニューをこなさせられる姿は少し涙を誘うものがあった。

しかし、藤原も藤原で泣き言ひとつ言わずメニューについて行っていてある程度の運動能力の高さを見せつけてくれた。俺はそれに感心しつつも心配の方が大きかった。
いくら運動能力が高くても藤原は普段からハードな運動をこなしてはいない。そこには確かな差があるしそうじゃなければ俺たち運動部の不断の努力は何なんだという話で……。
このまま続ければ問題が発生することは何となく見えていた。

「(言うタイミングを逃してしまった……)」

タイミングがどうこう何かよりも事故を防ぐことのほうが大切なのだが問題は藤原自身が絶好調なので俺がヘタに口出しをしてわざわざ水を差すのも悪いし、うっかりプライドを傷付け逆に無茶をさせてしまったりしたら大変だし。そうなるよりは藤原に無理をさせないようにサポートをし今回の授業を乗り切ったほうがいいかもしれないと思い直しグループのリーダーの指示するようにメニューをこなしていく。

しかし、そんな考えがあだになったのか慢心だったのか、自分のことが疎かになっていたらしい。

「倉科っ! 避けろ……っ!!」

体育館に響いたのは原田の声で呼ばれたのは俺の名前。
その声に弾かれた様に振り向けばもう間近に迫ったバレーボールが視界に映り、とっさに右にステップを踏んで直撃を避ければボールからは身を守ることができた。が、まさか足がもつれて肩からすっころぶとは思っていなかった。完璧な油断からくるミスだ。

受け身はとったが問題はもつれた足で、捻ったことは何となく自覚していた。

まぁ骨には異常はなさそうなので問題はないと思ったのだけれど、PK・FK部の性なのか見た目派手に転んだせいで周りはかなり驚いたらしく、俺が起き上がる前にボールを打った本人だったらしい原田が駆け寄って来て抱き起された。
流石陸上部、ガタイがいいし力持ちだ。俺の体重70近いのに簡単に持ち上げられてしまった。

「おいっ! 大丈夫か!?」
「おー、軽く捻ったがまぁ大丈夫だよ」
「そうか」

ヘラリと笑えば安心したようにフッと笑ったのでもう離してもらえると思ったら予想に反してそのまま横抱きにされ完全に持ち上げられた。
なるほど原田は高跳びだけでなく重量挙げにも対応したスーパー陸上選手だったのかと現実逃避しかけたが思わぬ浮遊感にこちらに飛んでくるボールを見た時よりも戸惑った。

「えーと……原田サン?」
「先生! 怪我させたかもしれないので倉科保健室に連れてきます!!」
「ちょっ! 原田!? 俺怪我してないよ!?」

流石に全身預けている状態(物理)で暴れるわけにもいかないので口で抗議すれば原田はニコリと笑うが歩みを止めることはなかった。

「ぱっと見と感触で判断してもし何かあったらまずいだろ。一応保険医に見てもらって足首冷やしたほうがいいだろ」
「あー、まぁ確かにそうだが多分俺フツーに歩けるぞ。わざわざお前が体育早退することは……」
「そこはまぁアレだ。俺がボール打ったッつーことで責任取ったってことで」

責任とらせるほどのことにはなっていないと思うのだけれどと苦笑いをこぼし、仕方ないので原田への免罪符のつもりで抗議を止めておとなしくした。

「失礼しまーす!」

俺を抱き上げたままガサツな動作で原田が保健室のドアを開けると向き合った机でそれぞれ何かをしていた2人の先生がほぼ同時にこちらを向いた。

「わ、大丈夫? 足?」

抱き上げられた俺を見て、矢沢先生じゃないほうの先生……藁品剛先生が席を立った。
歩けないわけじゃないんだけど……やっぱり自力で来たほうが良かっただろうか。

「あ、そんな大事じゃないんですけど……」
「俺の打ったバレーボールを避けて転ばしてしまって、足を捻ったみたいなので歩かせたくなかったんです」

俺の気持ちを汲んでくれたのか原田が状況を説明してくれた。
ソレを聞いて藁品先生は苦笑いをした。

「まぁ捻挫で歩いて足の骨を折るなんてざらにあることだしね。大事をとるに越したことはないから正解だよ」

まぁ気を失ってない状態で抱き上げられて運ばれた生徒に会うのは年間数える程度だけどね、とフォローの後に続けられて俺は思わず顔に血液が集中してしまったのだけれど。というか数える程度にはいるんだな。しかも年間で。
やっぱり抱き上げられるのは恥ずかしいしそれを多くの人に見られたというのも男子としての矜持に関わってくるとは思う。

「そこの椅子に下して。湿布張って包帯で固定しとくから」

先生の指示に従い、原田は俺をドアの開け方に比べるとかなり丁寧に、椅子に下した。
その間に先生は棚から道具を取り出してきて俺の足元にしゃがんで手早く手当をした。

「流石保健の先生ですね……」

このくらいの手当なら自力でやったりもするが巻き方はこんな綺麗じゃない。

「まぁ僕は保健室の先生だけど本職は医者だからね。医師免許持った校医」
「……保健の先生って全員保健医ってわけじゃないんですね」
「そ、僕は保健医だけど忍先生はただの教員だしね。というか保健医のいる学校なんて多くないと思うよ? 此処は全寮制の私立だから雇ってもらえたけどね」

てっきり保健の先生は全員保健医というのかと思っていた。そうか、養護教諭と保健医は別なのか。
矢沢先生があまりけが人の相手をしないのはそういう理由だったのか、とこっそりパソコンで何かしている矢沢先生を見れば先生は外見は相変わらずチャラいがその表情は真剣なものだった。

いい加減な人かと思っていたがそうでもないのかもしれない。

しかし、一つ気になっていることが一つ。
ニコニコと笑う藁品先生。下の名前は剛……。そんないかつい名前だが噂に違わぬ穏やかさだ。そしてその口から連呼される“忍先生”。

絶対名前は逆だと思う。

名は体を表すというが名前負けという言葉もある。
親からもらったものだからどうしようもないしケチをつけるものでもないがこうして見ると面白いものだと思う。

「さて、まだ授業終了まで時間があるから体育館に戻りなよ」
「あ、はい。ありがとうございました」

立ち上がると、先生が処置をしている間ずっと黙っていた原田がまた何も言わず肩を貸してくれた。

……うん。嬉しいけれど俺そんな重症患者じゃないからな。

「では、失礼しましたー」

原田の好意をやんわりと断ったが足首を固定されると少し歩きづらく、よたよたとゆっくりドアまで歩くと先にドアを開けてくれた。なんという紳士。
帰り道の歩調も俺に合わせてくれるし原田もイイ奴だよなぁ……。

「原田の名前って、義直だっけ」
「ん? そうだな」
「真っ直ぐでただしいって意味かぁ……。原田は名前と性格あってるよな」
「ハハ、そうか? というかいきなりどうし……あ、剛先生と忍先生?」

察しもイイ。
ホント原田はスーパーマンだな。

「あの二人面白いよなぁ」
「保健室とか初めて行ったがけど、矢沢先生ってもっと不真面目かと思ってたな」
「授業態度はあんまり良くないもんなぁ……」

しみじみと言う原田と生徒にそんなことを思われてしまう矢沢先生が何となく面白くてクスリと笑うと、原田も怒ることなく声を出して笑う。

後期初日、少し事故もあったが始まりは上々だ。



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