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第三章:盗賊ライドと不愉快な仲間たち
20、今更おせえよ
しおりを挟むいつになったら帰れるんだろう。もう日が暮れそうなんだが。
ふと塔の外を見れば、見晴らし良くなってよく見える荒れた大地に、日が沈みかけていた。
「なあ、夜は避けて明日にしねえ?」
「怒り狂ったディルドが、寝首をかきにこなきゃいいけどな」
そう言われると反論できない。
深々と溜め息をついてたら、クイと袖を引かれた。なんだと見れば、セハだ。
先ほどまで子供のように駄々をこねていた彼女は、今はとても不安そうに俺を見上げてくる。
「セハ?」
「お願い。ミユを……助けて。あんなのミユじゃない。きっとディルドに操られてるんだわ……」
一瞬言葉を切って、今度は俺の腕を強くギュッと握る。
「あんたにしたことは本当にゴメン、何度でも謝る。でも……お願い」
パーティーを追い出された時、心底兄貴を恨んだ。庇ってくれない仲間を恨んだ。恨んで、勢いにまかせて能力を取り戻した。そのことに後悔はない。
だが、人は恨み続けるなんてこと、よっぽどでない限り難しいんだ。
俺の心はそこまで死んでない。死にかけたが、早々にライド達が救ってくれたから。……なんてことは、一生言わないけどな。
はあ、とまた溜め息をついて俺はメルティアスを見た。彼女はライドに握られた手を丁寧に拭きとっている。あいつはバイキンか、分からなくもないけど。
「あんたの為に兄貴とバトルってのはもうこの際しゃあないとして……どこか上に行く階段あるか?」
「ないわ。ここは遥か太古、大昔に人がドラゴンの為に建てた塔。三階までは人が来れるようにしてあるけど、それより上階はドラゴンのみしか行けないの」
「じゃあどうしたらいいんだよ」
「私があなた達を背に乗せて運ぶ」
どう見ても俺より小さい体、華奢な体のメルティアス。その背に俺ら全員が乗る……想像したら笑えるな。
「ザクス、お前今、人の姿のメルちゃんの背に乗るのを想像したろ?」
「なんのことだ?」
こういう時だけ鋭いのな、ライドは。
「女の上に乗るとか、ザクスや~らし~」
「ホッポ、剣貸してくれるか? 俺の短剣ではライドを絶命させるのはちょっと難しい気がするから」
「恐っ!」
まあ冗談はこれくらいにしておこう。
「それじゃあ頼む」
そうメルティアスに言えば、コクリと頷く。一度彼女は背後を振り返った。そこにはシュレイラとリューリー……彼女の妹たちが居た。
「あなた達は待っていて。半人前でドラゴンになれないあなた達に戦闘は無理」
兄貴による脅しの材料に使われていた妹二人は、非力なのだろう。姉の言葉に反論することなく頷いた。
「心配するな、姉ちゃんは俺が守るから」
かっこいいセリフなんだが、ライドの言葉を二人は聞いてない。姉に抱きついて泣きそうになってる。
少しの間の後、ふう、とメルティアスが息を吐いた。
彼女が目を閉じた直後、気配が変わる。彼女の周囲が金色に光りだした。
そして──
「すげえな……」
その眩しさに目を閉じた一瞬。その一瞬に変化が起こる。目を開けば、もうどこにも人の姿のメルティアスは居ない。目の前にいるのは、内なる黄金の輝きを持つ、ゴールドドラゴン。
先ほど戦ったのが随分遠い昔のように感じる。
目の前に立つドラゴンはとても大きく、そして威厳に満ちていた。
グル……とドラゴンの喉が鳴る。どうやらドラゴンの姿になると人の言葉は話せないようだ。
「乗ってと姉が言ってます」
シュレイラが説明する。半人前でドラゴンになれないってことらしいが、ドラゴンの言葉は分かるんだな。それとも姉妹だからこそ通じるものがあるのか。
俺達は大きなドラゴンの背に乗った。総勢大人六人。さすがに窮屈だがどうにか乗れる。
「本当はもっと大きくなれるのですが……これ以上大きくなったら塔が壊れてしまいますので。しっかり捕まっててくださいね」
シュレイラの言葉に頷く。そうか、もっと大きくなれるのか。となると、本気のメルティアスは先ほどやった時よりもっと強いのでは? 大きいイコール強いではないだろうが、大きいイコール腕力はあるだろう。それでも兄貴に……いや、ミユに勝てないと言うのか? 一体ミユに何が起きてるんだろう。
分からない事に頭を悩ませるが、まあいい。どうせ答えはすぐにわかる。上に行けば分かるだろう。
「じゃ、頼む」
俺がそう言った直後。物凄い風を感じた。それは一瞬。だがとても長い一瞬。ゴウと凄い音が耳をついた。
あまりに激しい風に、俺は思わず目を閉じて……次に開いた瞬間には、自分の目を疑った。
「よお。お早いお着きで」
眼の前に兄貴がいた。背後にミユ。
上空には雲一つない青空が広がっている。
眼下には雲が広がり、地上が見えない。酸素が薄くて顔をしかめる。
塔の上は、とても広くて壁も屋根もないオープンなフロアだった。ただ床があるだけ。柱や装飾も何もない。本当に足をつけて立つだけの床があるだけだ。きっと大きなドラゴンが集うための場所なのだろう。
「ドラゴンの為の塔、か……」
そりゃこんな場所、人間には来れないよな。チラリと下を覗き見て、落ちたら終わりだなと思った。
「落ちるなよ」
同じく下を覗き込んでるライドに言えば、「誰に言ってる」と余裕の顔。まあ盗賊が高いとこ苦手じゃ話にならないもんな。ルルティエラは緊張した面持ちで、下を見ることはなかった。
ホッポとエヴィアにセハもドラゴンの背から降り立ち、全員が降りたところでメルティアスが人の姿に戻る。
全員の姿を確認したところで、俺は塔のてっぺんにいた二人に目をやった。
兄貴と、ミユ。
腕を組んで立つ兄貴は、楽しそうにニヤニヤ笑っている。ミユはいつもの無表情。
「逃げるかと思ったが、ちゃんと来たんだな」
「……来たくなかったけどな」
「まあ逃げても追いかけてたけどな。馬なしで早く移動なんて……お前だけならともかく、全員は無理だろ?」
それを見越しての、馬殺しってわけか。嫌らしい性格してやがる。
「そうだ! お前なに勝手に俺の馬を殺してんだよ! あれレンタル料高かったんだぞ! 弁償しろ!」
兄貴の言葉でハッとなったホッポ。次の瞬間には、その口は動かせなくなっていた。
「……え?」
いつもおちゃらけてばかりのライドが、驚愕に目を見張る。
気付けば背後で、ホッポが血まみれで倒れていたからだ。
「ホッポ!」
「いやあ!」
ライドが驚き叫んで走り出す。エヴィアも悲鳴をあげながらホッポに駆け寄った。
「治療を……」
「させねえよ」
同じく駆け寄ろうとしたルルティエラに風が襲う。違う、兄貴が地を蹴り走りながら剣を抜き放ったんだ。それがあまりに早い動きで、風が起こる。
慌てて俺も剣を抜いた。あらかじめホッポに借りていたのだ。
ギンッと刃がぶつかり火花が散る。兄貴の剣を受け止めた手が、握った剣と共にビリビリと痺れた。
視界の片隅でセハがルルティエラを守るように、いつでも黒魔法を使えるよう杖を構えてるのが見えた。こちらを心配そうに見ながら、ホッポに駆け寄るルルティエラの姿も。
視線を戻して俺は兄貴を睨む。
「マジで斬り殺そうとしたな……」
「当たり前だろ。邪魔は排除するのみだ」
「俺みたいにか?」
嫌味のつもりではない発言に、軽く兄貴が目を大きくする。が、すぐに何かを狙うかのように細められた。
「さあな」
言葉とともに剣が弾かれる。カランと音を立てて俺の手から剣が落ちた。
「その程度か」
「さあな」
お返しとばかりに答えれば、今度は可笑しそうに弓なりに目が細められる。
「お前、そんなキャラだったか?」
「兄貴こそ……いや、兄貴は変わらないか。子供の頃はそんなじゃなかったけどな」
「さあな」
またお返しされる。
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どっちもどっちだ。
「戻ってこいザクス、俺のもとへ!」
「今更おせえよ!」
笑いながら剣を振りかざす兄。
対して手を振りかざし、手の平に魔力を集中させる俺。
兄弟喧嘩の決着は──
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