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第三章:盗賊ライドと不愉快な仲間たち

1、一年後の俺達は

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 勇者パーティーを追い出されて一年が過ぎた。長いようであっという間の一年だ。その間に特別なことは何も起こらなかった。普通に無難なクエストをこなし、ほどほどに稼ぐ日々。面倒そうなのはやらないのが基本。
 魔王城? 目指すわけ無いだろ、そんな面倒なとこ。俺はひたすら真逆の方向に旅をしたさ。
『なんで魔王城目指さないんだよ! 俺との勝負は!?』という兄貴の叫び声が聞こえそうだ。
 そんな兄貴たちは一年前、魔王城を目指すことになって随分と話題になっていた。そりゃ有名な勇者様一行だもんな。
 それから一年、兄貴たちの話題を耳にしたことはない。一度も。そう、一度もである。
 つまり兄貴たちは特筆すべき何かを成し遂げていないということ。魔王城まで数年はかかると思われる道のりだが、その道中でなんら話題にならないとは……。

「ま、当たり前か」

 呟いて俺は剣の手入れを再開する。
 一年の間に特別なことは何もなかったが変化がないわけではない。
 俺はいつの間にか獲物が短剣から長剣に変わっていた。
 それから大きな変化として──

「すっかりきんになりましたねえ」

 後ろで一つにまとめた髪に触れる手を感じて、俺は振り返った。

「お帰りルルティエラ」
「ただいま戻りました。お腹すきましたでしょ、すぐに夕飯にしますね」
「ああ頼む……って、今日はライドの当番じゃなかったか?」
「あのバカでしたらどこか行ってて不在です。……夕飯抜きにしてやる」

 低い声で放たれるルルティエラの言葉に、俺は「ライド、ご愁傷さま」と口の中でモゴモゴ言うのであった。

「手伝うよ」

 声をかければ、一年で更に伸びた青髪を翻してルルティエラが俺を見る。更に大人になった彼女の美しさはますます磨きがかかって、眩いくらいだ。

「いいですよ、大したものじゃありませんし。それよりミュセル知りませんか?」
「そういや見てないな」

 小さな妖精は相変わらず小さいままだ。人間サイズになっても羽はそのままなので、原則大きくなるのは禁止している。
 彼女(彼?)もまた姿が見えないことを訝しく思う。希少種の彼女を狙う輩は多い。未だ存在が誰にもバレてないとはいえ、今後もバレないという確証はない。一人で出歩くなと口酸っぱく言ってあるというのに。

「探してくるよ」

 溜め息つきつつ剣を置いて立ち上がれば、ルルティエラが顔だけ振り返って「お願いします」と言ってきた。
 玄関に向かう。一年の間にコツコツとクエストをこなし、先日ようやく手に入れたばかりの小さな家。パーティーの家。小さくとも俺たちの立派な城だ。
 その玄関扉に手をかける俺に、背後から声がかかる。

「その髪、切らないんですか?」

 振り返ると、新緑の季節のように美しい緑の瞳が俺を射抜いた。

「切ってほしいか?」

 言って髪をつまむ。そのきんの髪を。
 一年だ。一年もあればさすがに兄貴たちに分けていた力は戻る。完全に戻るのに、十分すぎる時間だった。
 勇者としての力が戻るのを感じると同時に、俺の外見もまた変化が生じた。
 なぜかはわからないが、兄貴に能力の大半を分けたときから起きた変化。
 俺の金髪も碧眼も兄貴に移り、俺自身は兄貴の色に変わった。容姿も平凡な兄貴のそれが俺へと移り、俺の容姿が兄貴に移ったのだ。
 その変化は実に巧妙に、ゆっくりと時間をかけて起きた。だから幼い頃に兄貴に能力分けて起きた変化を、親も周囲も誰も気にしなかった。
 それが今、俺のもとに戻ったのである。
 当初はその変化に戸惑っていた仲間たち。

「俺よりイケメン、だと……?」

 呆然とするライド。

「なんとなくは気づいてましたけど……あらまあ、ですわね」

 さして驚かぬルルティエラ。

「我と同じじゃのう!」

 無邪気に喜ぶミュセル。
 だが誰も聞かない。なぜ変化したのかを。
 聞いてはいけないと思ったのか、それとも俺から説明するのを待ってるのか。
 だがまだ言えない。今更仲間を信じてないなんて言わない。家まで買った仲なのに、そんな不義理なことは思ってない。
 それでもまだ言えない俺は卑怯者なのだろう。臆病者なのだろう。人に能力分けて戦わせるなんて、最低だと蔑まれるのが恐い。誰に白い目で見られようとかまわないが、仲間だけは嫌だ。
 だからこそ、仲間の目が恐い。嫌われたくない俺は、彼女が望むならバッサリ髪を切ることもいとわない。
 だがルルティエラは首を横に振った。

「いいえ。これから暑い季節だからと聞いただけです。せっかく綺麗な金なのに勿体ないですわ」
「なら切らないよ」

 言って今度こそ扉を開けて外に出た。扉を閉める瞬間、調理のために髪をまとめエプロンを身につけるルルティエラが見えた。

・ ・ ・

「おっしゃあ、ストレート! 俺の勝ちだぜ!」

 スベガスラという街はそこそこ大きくて、この国の中心部である王都も近い。行きかう商人に旅人に冒険者、大勢の人々で常に賑わっている。
 そんなスベガスラの中に家を買うなんて余裕はさすがにない。
 街を中心として周囲に小さな村が点在し、俺達はその中の一つの村にあった中古物件を購入したのである。
 それだって結構な金額だったが、楽でも報酬が高いクエストを選んでいたら一年で購入できた。
 歩いてもそれほど時間はかからないスベガスラは、色々な物資が揃っていてクエストの準備には重宝する。
 と同時に、娯楽施設も多い。
 特に貴族や旅行者など、金に余裕がある者に人気なのがカジノだ。
 そもそもカジノなんて、儲かる者は一握り。大半は大損する仕組みになってるので、俺は一切興味がない。
 が、ここにそんな真実から目を背けて、賭け事に夢中になるバカがいる。バカと書いてライドと読むのは、この一年で根付いた俺のなかの常識。

「やっぱりいたか……」

 入場料をとらぬ出入りは自由なカジノは複数軒あり、何軒か回ってようやくその人物を見つけて俺はため息をついた。
 あれはポーカーのテーブルだろうか。トランプを握りしめて手を天に突き上げ絶叫する男が一人。恥ずかしいので回れ右したいところだが、いかんせんその男が俺の探し人。仲間で盗賊のライドであるから、帰るわけにもいかない。
 顔が引きつる俺の前で、ライドは俺に気付かず大はしゃぎ。

「っし、今日はついてる! 次も強気で賭けるぜえ!」

 そう言うライドの前に配られるトランプ。それを周囲に見られないように手に取り札を確認してから、ニヤリと笑う。その笑いはトランプに隠されており、離れて見てる俺のほうが近くの人間より確認しやすいものだった。
 ライドの唇が動く。小さく、囁くように。これまでの大声ではしゃいでいた時とまるで違う様に、俺は慌ててその唇の動きを読んだ。

(ハートの3)

 その呟きが見えた直後、トランプの山に異変を感じた。いや、俺だけが感じたもので、みな気付かない。だが直後チェンジして配られたライドの元には、確かにハートの3が。

「フルハウスだ」
「くっそお、なんだよそれ! てめえイカサマだな!」
「んなセコイまねするかよ。今日の俺はついてんだ。お前がついてないからって八つ当たりはやめろよな」

 胸倉を掴まれるライド。だが俺にはその瞬間見えたのだ。奴の懐にいる存在を。
 小さな妖精が一瞬、見えたのだ。

(あいつ……ミュセルにイカサマの手伝いさせてるな?)

 他の妖精にバレたら確実にボコられるようなことをしてるなと、内心頭を抱える。ミュセルは生まれてずっと俺達といるから、常識が少々ズレてるのだろう。最悪だ。
 放置できんと、俺はズカズカとライドに近付いた。

「よし、もう一勝負といく……」
「な~にやっとんじゃ、お前は」
「と見せかけて、帰るかあ! いやあ今日は儲けた儲けた!」

 まだやろうとするライドの背後に立ち、腕を組んで殺気ダダ洩れで声をかけたら回れ右しやがった。ので、その首根っこをつかむ。

「逃げんな」
「よ、よおザクス。いやちょっと次のクエストに向けて資金調達をしててだなあ……」
「ほ~お、それは殊勝な心掛けだ。ではパーティーの為のお金ってことで俺が預かろう」
「え!? い、いやあそれはちょっと……」
「なんだ、何か不都合があるのか?」
「俺が稼いだんだし、俺が持ってるんじゃ駄目?」

 駄目に決まっとろう。そう言うより早く、ライドの懐から顔を出したミュセルが言った。

「なんじゃ、儲けたら酒を奢ると言っとったじゃないか。じゃから我は手伝ったんじゃぞ。風魔法でコッソリカードを入れ替えてやったではないか」
「な! ま、まあ酒くらいは……」
「そいで女をナンパしてホテル? とやらにしけこむとか言っておらんかったか?」
「ばばば、バカミュセル! おま、なんちゅーことを!」

 ライドが焦って胸元にミュセルを押し込むがもう遅い。

「へえええ、女とホテルねえ。さすがイケメンライドさん、モテますなあ」
「あははははー!」

 笑って誤魔化すなっちゅーに。

「ん」

 言って手を差し出せば、

「……はい」

 観念したライドが、おとなしく金を差し出してきた。これがライドの小遣いで遊んでるならまだしも、奴の手にあるのはパーティーの金が入った財布だった。油断も隙も無い盗賊である。

「ううう、俺の金があ……」
「もとはパーティーの金だろうが。この前のクエストで配分したお前の金はどうしたよ」
「んなもんとっくに使い切った」
「マジかよ」

 カジノを出てからずっと嘆いてるライドに呆れた目を向けた、その時だった。

「あっれえ? 落ちこぼれ盗賊のライドじゃねえの?」

 声がした。
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