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1巻

1-3

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「ゴクッ」

 それでも、溢れ出てくるよだれは止まらない。
 我慢していると口からポタポタと垂れてくる。
 拭いても拭いてもよだれが出てくるのだ。
 これが毒じゃなかったら、なぜこんなによだれが垂れてくるのだろう。
 頭が混乱して何も考えることができない。
 きっとこれもさっき飲んだジュースの影響だ。

「本当にわんちゃんみたいで可愛いわね」

 新しい先生はオレの頭の上に手をかざした。
 机をよだれで汚したから怒られるんだ。
 すぐに全身に力を入れて目を瞑った。こうすれば叩かれても、少しは痛みが減るからな。
 だが、叩かれることはなかった。
 先生は、優しくオレの頭をはじめた。
 ついでに耳を触っていたが、オレが見たらすぐに手を止める。

「ああ、勝手に耳を触ってごめんね」

 初めての心地好ここちよい感触に、さらによだれが垂れた。
 いや、これは目の前にあるキラキラしていい匂いのする変なものが原因だ。

「私が食べたら食べてくれるかな?」

 先生はオレの器の白く細長いものを一本取ると、スルスルと口の中に吸い込んだ。

「んー、ちょっと冷めちゃったね」

 オレに向ける顔は、今まで見た先生とは違う顔をしていた。
 キリッと吊り上がった目ではなく、垂れた優しい目をしている。
 オレは勇気を振り絞って、白く細長いものを口に入れた。
 もちもちして、すぐにお腹の中に入っていく。
 先生は冷たいと言っていたが、オレには温かく感じられた。
 こんな気持ちは生まれて初めてだった。


「ちゅるちゅる美味しいね」

 そう思ったのはオレだけではなかったのだろう。

「おいちいよ」
「もっとたべたい」
「これちゅき」

 みんなも泣きながら白く細長い謎の食べ物を食べていた。

「あらあら、お兄ちゃんも泣いているね」
「オレは強いから泣いてないもん!」
「ふふふ、君は強いからね」

 ママ先生はオレの頭を撫でて、他の子達のうどんのおかわりを取りに行った。
 オレは絶対に泣いてないもん。
 ただ、目からよだれが出ているだけだ。
 オレもおかわりするために、急いで白く細長い謎の食べ物を口の中に入れた。

「おかわり!」

 オレ達は初めて食べた、先生が作ってくれた〝ちゅるちゅる〟が大好物になった。




   第二章 ママ聖女、冒険者ギルドに行く


 あれから数日後、子ども達は元気になっていた。
 少しずつ食べられるものが増えていき、今はお肉も食べられるようになってきた。
 ただ、問題はいくつもある。
 まず一つは、私一人では子どもの面倒を見ることができないということだ。
 今はアルヴィンに手伝ってもらっているが、彼はあくまで臨時の護衛だ。明日になったら、元々配属されていた騎士の仕事に戻ることになっている。
 流石に騎士が本業の人に、いつまでも孤児院の運営を手伝ってもらうわけにはいかない。
 そして、二つ目は資金不足だ。
 孤児院の運営資金は、国から一年分を一括いっかつで渡される。
 しかし、そのお金は前の孤児院の管理人であるママ先生が持ち出して逃げたままだ。
 それがわかったのは、クロの話からだった。
 子ども達だけだから買い物ができないのかと思ったが、そもそもお金がないらしい。
 その代わりに今まで何を食べていたのかと聞くと、庭の草や木の根を食べていたという。
 聞いた瞬間、怒りが湧き出た。
 思わずクロを強く抱きしめたが、彼は痛いとは言わず嬉しそうに笑っていた。
 国も孤児院の管理人が失踪しっそうしたことは把握はあくしていたが、お金を持ち出したことは知らなかったらしい。事情を知ったアルヴィンが宰相にそのことを伝えたが、財務官はお金を出すのをしぶった。
 そもそも今年度分のお金を渡しているし、獣人に施す金はもうないと言われてしまったと。
 宰相から謝罪とともにひと月分の運営費をもらったが、どうにかして自分でかせぐ方法を見つけないと、今後子ども達は生活できないだろう。
 元々、異世界で生き抜くためにお金が欲しくて仕事を紹介してもらったはずなのに、それが原因でますます資金不足になるとは。
 しかし、今更この子達を見捨てることなどできない。
 迷った末に選んだのは、冒険者という日雇ひやと派遣はけんのような仕事だった。
 名前からして物騒ぶっそうな気がしたが、街の清掃のお手伝いとかの仕事もあるらしい。
 そこで私は、アルヴィンとハローワークのような冒険者ギルドというところに向かった。
 さいわいクロがちびっこ達の面倒を見てくれるため、少しの時間なら孤児院から離れても問題ない。
 ただ、買い物で少し離れただけでもちびっこ達は泣いてしまうので、できれば短時間の仕事を探したい。こんな数日で子ども達の信頼を勝ち取ったうどんに感謝だ。


 ギルドの扉を開けると、そこには見た目がイカつい男達がいた。
 雰囲気はガテン系の仕事場という感じだ。
 私は奥にいる受付の女性に声をかけた。

「あの、冒険者登録をしたいんですが……」
「冒険者登録ですか? 魔物と戦うことになりますが、大丈夫ですか?」

 どうやらゴキブリみたいなのを倒せと言っているようだ。
 虫嫌いの私があんなものを倒すことはできない。
 虫を倒すなら害虫駆除業者を雇った方が良いだろう。

「日雇いの仕事ができるって聞いたんですが――」

 私がアルヴィンを見ると彼は頷いていた。
 アルヴィンは何も知らない私に様々なことを教えてくれる。
 その代わりに子ども達と同じように、うどんを作ってくれと催促さいそくしてくるが。
 スッキリして食べやすいのが、アルヴィンも気に入っているらしい。

「たしか街での仕事なら魔物を倒さなくても大丈夫だよな?」
「ああ、そういった依頼ならたくさんありますよ」

 受付の人曰く、冒険者といったら魔物討伐が一般的らしい。
 街での仕事は地味なので、受ける人は少ないが、依頼自体は多いそうだ。
 今後、子ども達が大きくなって自分でお金を稼ぐようになった時には、冒険者登録をして日雇いバイトをするのをすすめてもいいかもしれない。
 そのためにも頑張って、出来るだけコネを作っておこう。
 獣人って人間に好かれてないと聞いているしね。
 それに、今回登録する理由は、単に日雇いバイトでお金を稼ぐためだけではない。
 冒険者に登録すると、適性のある魔法の属性が簡単にわかるらしいのだ。

「では、ここに少し血を垂らしてもらってもいいですか」

 受付の女性は、大きな石板のようなものを取り出した。
 そこに血を垂らすことで、登録完了となるらしい。
 私は渡された針が汚れていないか確認する。
 綺麗じゃない針を刺して、何かの感染症になったら大変だ。

「新しいものを使っているので大丈夫ですよ」

 どうやら顔に出ていたらしい。
 苦笑いした私は、言われた通りに指に針を刺して血を垂らす。
 看護師だったから、針を刺すことには抵抗がない。
 血糖測定で少しだけ血を出す時に似ている。

「適性は……残念ながら回復属性かいふくぞくせいですね」

 回復と聞いて私らしいと思ったが、それを聞いたアルヴィンの顔はくもっていた。
 彼の表情は前よりもわかりやすくなった気がする。

「回復属性魔法って、そんなに使えないんですか?」
「あー、言いにくいが使えない魔法だな。聖女が使える聖属性魔法がどんな怪我もすぐに治せる魔法だとすれば、回復属性魔法は自然治癒力しぜんちゆりょくを高めることぐらいしかできない」

 どうやら私は魔法にもめぐまれていないようだ。
 いわゆる、はずれ魔法に分類されるものらしい。

「それでも、子ども達の病気が早く治るなら良いかもしれないですね」

 発動の仕方はわからないが、子ども達が思ったよりも早く元気になったのは、この魔法が関係しているのかもしれない。
 栄養失調で浮腫んでいた子ども達の腹部は、少しずつ戻ってきている。
 くよくよしてもどうしようもない。
 魔法が使えるだけでもありがたい。
 子どもは病気になりやすいため、使えないと言われる力でも、役に立つことがあるだろう。

「では、改めて依頼を受けにきますね」

 今日は元々登録するだけのつもりだったので、挨拶あいさつをしてきびすを返す。
 しかし、冒険者ギルドから出ようと思った矢先、ギルドの扉が大きな音を立てて開いた。

「誰か、回復薬かいふくやくを集めてくれ!」

 そこには、腕が反対に折れ曲がり、体中が血だらけになった男達が立っていた。
 その様子に冒険者ギルドは騒然そうぜんとした。

「回復薬をお持ちの方は、至急提供してください!」

 聞こえてくるのは、さっきまで受付をしていた女性の声だ。
 私は救急看護師をやっていたことがあるので、ほどなく冷静になってきた。

「誰も持ってないのか……」
「俺が薬師から買ってくる!」

 男性が一人、大慌てでギルドを飛び出していった。
 ああ、なんだか現場を思い出してしまう。
 今も耳の奥で救急搬送要請の呼び出し音が鳴っている気がする。

「アルヴィンさん、机を動かして、寝られる場所を確保してください。それと魔法で水を用意して、血液に触れないように洗い流してください」
「ああ」

 気づいた時には私の体は動いていた。
 いつの間にか、アルヴィンも私の指示通りに動くようになっていた。
 彼はなぜか私を見て笑っている。
 あの無表情で無愛想なアルヴィンが笑っているのだ。
 そんなことをしみじみ思う暇もなく、私は準備に取りかかる。
 床に布を引いた上に、次々と血だらけの男達を寝かせる。

「どうしてこんなに大怪我をしたんですか?」
「ウルフキングに遭遇そうぐうして、急いで逃げてきたんだ」

 その言葉に、また冒険者ギルドがざわつく。
 ウルフキングとはそんなに危ない存在なんだろうか。
 名前から、おおかみの王様なのは理解できた。

「Bランク以上の冒険者は、ただちにウルフキングの討伐準備をしてください」

 さっきまで酒を飲んでいた男達は武器の準備を始めた。
 きっとウルフキングを狩りに行くのだろう。
 私も私なりに出来る限りのことをするだけだ。
 テーブルに置いてあるお酒を見ると、透明に近い色をしていた。

「この飲み物って、アルコールは強いですか?」
「は?」

 近くにいたおじさんに聞いてみたが、はっきりした答えは返ってこない。
 炭酸がない見た目からして、ビールではないはずだ。きっと蒸留酒じょうりゅうしゅだろう。
 私は口元にお酒を近づけた。

「おいおい、まさか飲む気じゃ――」

 一口舐めるとすぐに吐き出す。
 明らかに人が飲むアルコール濃度ではなかった。

「よくこんなもの飲めますね!?」
「お嬢ちゃんにはまだ早いようだな」

 戦う準備をしていたおじさん達は笑っていた。
 あれだけ度数が高いのに、全く酔っていない。
 今回は別に飲みたくてお酒を必要としているのではない。
 私はお酒を手にかける。
 手袋がないこの状況でできる感染予防はこれしかないのだ。
 消毒に適したアルコール濃度は六十パーセント以上。ただ、お酒の度数はそれに比べかなり低い。
 蒸留酒は四十から五十パーセント程度だと言われている。
 中にはもっと高いものもあると思うが、今は探している時間が惜しい。

「少し腕に触れますね」

 事前にアルヴィンの水属性魔法で洗い流してはいるが、まだ創傷部そうしょうぶから血が流れていて、顔色はどんどん悪くなっている。私は血液に触れないように注意しつつ腕に触った。

橈骨とうこつ動脈どうみゃくはぎりぎり触れられる程度か……」

 腕の脈拍はほとんど測定できなかった。

「首元失礼します」

 話しかけるが、男性は意識がぼんやりしている様子だ。
 それでも頸動脈けいどうみゃく触知しょくちできるため、血圧はある程度保たれている。

「もうそろそろで回復薬が来るので、頑張ってくださいね」

 微笑ほほえみながら声をかけると、男は無意識に笑っていた。
 きっと回復薬さえあれば、これくらいの傷はすぐ治るのだろう。
 私はそう思っていたが、どうやら違ったようだ。
 冒険者ギルドにいる人達の顔は曇っていた。

「俺達がお前のかたきを取ってやるからな!」

 武器の準備をしていた男達が、傷だらけの男に声をかけていく。
 少しずつ男性の表情が崩れて、悲痛な顔へと変わる。
 その目からは大量の涙が溢れ出ていた。

「まだ死にたくないよ。やっと子どもも生まれてきたばかりだ」

 えっ……
 この世界では、この程度の傷で人が死ぬのだろうか。
 だんだん頭が混乱してくる。

「回復薬を持ってきたぞ!」

 男は、薬師から買ってきたであろう回復薬の瓶をたくさん抱えていた。
 他の男達は回復薬を受け取ると、負傷者の傷口にかけたり、直接口から飲ませたりし始める。

「アルヴィンさん、これで治るんですよね?」

 近くにいたアルヴィンに話しかけると、彼は首を横に振った。
 目の前にいるのは、腕が骨折して骨が飛び出している患者。
 まだ話せるから、ショック状態にはおちいっていない。
 これぐらいなら麻酔をしたらすぐに止血して、骨を固定して傷口を閉じればいいだけだ。
 日本にいる専門の医師なら何事もなくやってしまう。
 それが、死を覚悟するほどの怪我になる世界なのか。
 そんな程度の怪我で、この世界の人達は亡くなってしまうのだろうか。

「回復薬は治癒力を高めるだけだ。回復属性魔法とそこまで変わらない」

 期待していた回復薬は、私が思っていたような万能薬ではなかった。
 ただの痛み止めのようなものらしい。

「あとは神にいのるしかないな」

 男達は手を合わせて神に祈り出す。
 神?
 そんなものは存在しない。
 もしこの世界に神が存在していたら、この人達の怪我はすぐに治るだろうし、孤児院の子ども達があんなにひどい目にあうことはなかったはずだ。
 私は座り込んで考える。
 私に何が出来るだろうか。

「そんなに落ちこまなくても――」
「私は、何のために……」
「えっ?」

 何のために看護師になったのだろうか。
 胸の奥底にあった何かが、沸々ふつふつと湧き出るような気がした。

「私は人に尽くしたいから看護師になったのよ! 今のままだと尽くすも何も死んじゃうじゃないの!」
「は?」

 誰かを抱きしめようとするようなポーズのアルヴィンを置いて、私はさっと立ち上がる。
 人間は思ったよりもしぶとい!
 ゴキブリに負けないぐらい生命力が強いはず。
 きっと……たぶん?

「おっ、おい!?」

 私はおじさんから回復薬を奪うと、直接患者の傷口にかける。

「生きるのを諦めないで!」

 私は傷口が塞がるように、神ではなく血流中の血小板けっしょうばんに必死に祈った。
 成人男性だと体重の約八パーセントが血液だ。
 その三分の一を失うと命の危険に陥ると言われている。
 まずは出血を止めないといけない。
 さぁ、血小板達よ!
 思う存分働いてくれ!
 あなたの生命力はゴキブリなみ!
 あなたは人間の見た目をしたゴキブリよ!
 あなたはゴキブリ。
 あなたはゴキブリ。

「あなたはゴキブリよ!」
「俺はゴキブリなのか?」

 思っていたことが口から出ていたようだ。
 私は患者に気にしないで、と苦笑いして、また意識を集中させる。
 すると、私の手が輝き出した。
 次第にその輝きが、患者の男性の傷口にきらきらと降りかかる。

「おい、回復薬ってあんな効能があったか?」

 男達がざわざわと話していたが、内容まではわからない。
 私はただ、目の前の人を助けるので精一杯だった。

「少し水をかけてもらってもいいですか?」

 アルヴィンに、水属性魔法を使うようお願いする。
 さっきまで大きく開いていた傷口は、瘡蓋かさぶたになるように閉じていく。
 ただ、止血して傷が閉じても、折れた骨がくっついているわけではない。

「アルヴィンさん、ってありますか?」
「ソエギってなんだ?」

 この世界には副え木という言葉がないのだろうか。
 一般的に草木が倒れないように支える木のことを言うが、今回は骨折した部分を固定するために使う。
 まっすぐな木を持ってくるように伝えると、すぐに男達が取りに行った。
 どこにあるのか目星がついているのだろう。
 その間に他の人達の止血もしていく。

「あれ、痛く……いたたたた!?」

 血が止まった影響からか、男達は体を動かして嬉しそうにしていた。
 骨を固定したわけではないため、動いたら痛いのは当たり前だ。
 だが、痛みがあるということは元気になっている証拠でもある。
 大量に血が流れ出ている時は、生命維持に必要な心臓や脳に血流を優先的に運ぶため、痛みを感じにくくなるからだ。

「まだ動いたらダメですよ? 変に骨が動くと、一生動かせなくなりますよ?」
「なんだって……?」

 驚いたように首を上下に動かし、私の顔を見る男性。
 少し大袈裟おおげさに伝えたが、骨折部位が動いて、変に固定されるのは間違いない。
 修正する技術を一般の看護師である私は持たない。
 だから、誤魔化ごまかすために無言で微笑んだ。

「動きません! もう一生寝てます!」

 理解したようで、男はすぐに寝転んだ。
 他の人達もそれを聞いていたのか、一切動かなくなった。
 流石に一生寝ていたら、それはそれで困るけれど。

「副え木ってやつになるかわからんが、木を持ってきたぞ!」

 たくさん抱えて持ってきた木の中で、なるべくまっすぐなのを選んだ。
 それをちょうど良い長さに切り揃える。
 アルヴィンの風属性魔法で、木の切断も一瞬だった。

「風属性魔法ってすごいんですね」
「ははは、俺は昔からすごいからな」

 魔法をめたはずが、なぜかアルヴィンが嬉しそうにしていた。
 イケメンの笑顔は私の心臓に悪い。なんだか動悸どうきがする。
 だけど、今は目の前のことに集中しないといけない。
 気持ちを切り替えて作業に取りかかる。
 私は木を折れた腕に沿わせた。そして布で巻きながら、再び血小板に祈る。

「あの人は聖女なのか?」

 私が祈る姿が聖女にでも見えたのだろうか。
 私はその辺の病院で働いていた、ただの看護師だ。

「これで命は大丈夫」

 これから骨に血腫けっしゅができて肉芽細胞にくげさいぼうに置き換わり、骨の元である仮骨かこつが形成されていく。
 そして骨の吸収と形成を繰り返して、しっかりと骨になる。
 腕の骨折なら、完治までに一ヶ月ちょっとかかるくらいだろう。
 その後、他の人の腕にも副え木をつけながら、布を巻いていく。
 全ての作業を終えた私が振り返ると、なぜかギルド中の人がキラキラした目でこちらを見ていた。

「ふふ、みなさん子どものようですね」

 ふと、孤児院にいるちびっこ達を思い出して笑ってしまう。
 いつのまにか、私の中で子ども達の存在が大きくなっている。
 早く帰って、あの子達に美味しいものを食べさせたいと思った。

「うぉー! 聖女様が治してくださったぞ!」
「聖女様だ!」

 気づいた時には、冒険者ギルド中で聖女コールが響いていた。

「聖女様、俺と結婚してください!」
「聖女様に助けられた恩は忘れません、一生あなたを守ってみせます!」

 とうとう私にプロポーズする人まで現れた。
 見た目はイカつい男ばかりだが、見方を変えればイケメンばかりの体格の良い男の集団。
 ずっと彼氏なしで仕事漬けだった私の乙女心が刺激される。
 もしかしたら、運命の人と巡り合うために聖女召喚に巻き込まれたのかもしれない。
 そう思ったら異世界にきて良かったと思えてきた。
 謎のポジティブ思考が私を元気にしてくれる。
 せっかくだから自己紹介をしておこう。
 聖女ではなく、普通の一般女性であることはしっかり伝えた方が良いだろう。

「いえいえ、私は聖女ではなく孤児院で働く――」

 あれ?
 足が浮いているぞ。
 驚いて見上げると、なぜかアルヴィンに抱きかかえられている。
 アルヴィンはそのまま、冒険者ギルドを出てしまった。
 私のモテ期を返してー!


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