上 下
97 / 102
第三章

97.NPC、新しい交通手段

しおりを挟む
「ヴァイト、隣町までパンの仕入れに行ってくれ」

「わかった!」

「これも持っていけ!」

 俺はバビットから料理を渡されると、そのまま外に向かう。

 店を出ようとしたところで、キラキラした目でヴァイルが服を掴んでいた。

「ちゃちく……」

「ヴァイルも行くか?」

「うん!」

 俺はヴァイルを連れて隣町に行くことにした。

 最近は隣町に行くことも増えて、その度にヴァイルは一緒に付いて行こうとする。

 その理由はあいつがいるからだ。

「よっ、キシャ!」

『キシャ……』

 町の入り口で寝ているムカデを起こす。

 少し眠たそうにしているが、俺の顔を見ると飛び起きてくる。

 あれからムカデの名前をどうしようかと悩んでいたら、いつのまにかヴァイルが汽車と呼んでいた。

 小さい子って電車とかが好きだからな。

 それに返事も〝キシャ〟だから問題はないだろう。

「キチャ、まんまだよ!」

『キシャ! キシャ!』

 キシャは嬉しそうにヴァイルからご飯をもらっていた。

 バビットが作った料理を試しに食べさせたら、これまた餌付けされたかのように好物になっていた。

 今じゃ自分で狩りにも行かないし、バビットの料理を待つようになった。

 魔物としてどうなのかと思ったが、安全に美味しいものが食べられるなら、本人は良いのだろう。

 見た目とは異なり温厚な性格のようだ。

「それを食べたら隣町に連れてってくれ」

『キシャー……』

 まるでいやーって拒否しているような感じだ。

 こうなったら意地でも行かないから、矢をちらつかせないといけないな。

「キチャだめなの?」

 俺が矢を取り出そうとしたら、ヴァイルはキシャをキラキラした目で見つめていた。

『キシャ……』

「だめ?」

 だんだんとヴァイルの笑顔がなくなってくる。

 俺の可愛い弟をいじめたらただじゃすまないからな。

『キシャ! キシャ!』

 ヴァイルの悲しい顔を見たら、キシャも焦ったのかヴァイルを背中に乗せようと伏せていた。

 決して俺が先に何かやったわけではないからな?

「ありあと!」

 ヴァイルは嬉しそうにキシャの上に登っていく。

 子どもは無邪気だから、キシャから見ても可愛いのだろう。

 もちろんヴァイルはどこの子どもより可愛いからな。

 それにしてもヴァイルは魔物であるキシャは怖くないのだろうか?

「ヴァイルはキシャが怖くないのか?」

「ちゃちくがいる」

「ん? 俺がいる?」

「ちゃちくあんぜん!」

 その言葉に俺はヴァイルを抱きしめる。

 魔物が危ないかどうかというよりは、俺がいるから安全という認識なんだろう。

 兄ちゃんは弟を守るのが仕事だからな!

 俺もキシャの上に乗ると、キシャが大きな声を上げた。

『キシャー!』

 これが走る時の合図だ。

 まるでキシャの汽笛みたいだろ?

 だが、汽車とはかけ離れている。

「アバババババ!」

「ひゃひゃひゃひゃ!」

 ヴァイルは楽しそうに笑っているが、俺は息をするのも必死だ。

 名前はキシャでも新幹線並みに走るスピードが速かった。

 なぜあの時に逃げなかったのかと疑問に思うほど、キシャは足が速い。

 俺が隣町に一時間で着くところをキシャだと15分程度で着いてしまう。

 馬車だと半日程度はかかるのにな。

 新幹線の上でずっと座っていたら、そりゃー息もできないよな?

 それに周囲から見たら砂煙を巻き上げて、何かが近づいてくるように見えるため、恐怖を感じてしまうだろう。

 現に初めてキシャで隣町に行った時は、門に冒険者や勇者が集まっていたからな。

 だが、あいつら俺だと知ったらすぐに去っていった。

 まるで俺が問題児のようだ。

 問題なのは走るスピードが速いキシャだからな?

「おっ、勇者が走っているぞ」

『キシャー』

 めんどくさいなーという顔でキシャは俺を見てくる。

 勇者の一部ではキシャと鬼ごっこしようとする者も出てきた。

 潰されないように走ると強くなるらしい。

 相変わらずよくわからないトレーニング方法だが、それだけキシャが生活の一部にもなってきている。

 避けるキシャはキシャで大変そうだ。

「おっ、隣町が見えてきたな」

「えー、もうおわりゅの?」

「また帰りも乗るから良いんじゃないか?」

「もっとのりたい!」

 ヴァイルは駄々をこねてキシャの頭をポカポカと叩いていた。

 キシャも困り果てた顔をしている。

「なら別の町にも行ってみるか?」

「へっ!?」

「なんかここよりも遠いところに別の町があるらしいからな」

「へへへ、ちゃちくありあと!」

 可愛い弟にお礼を言われたら俺もつい嬉しくなってしまう。

『キシャ……』

 だがキシャはどこか浮かない顔をしていた。

 まるで運ぶのは俺だぞと言いたいような顔だ。

「まぁ、美味しいものがあるかもしれないぞ?」

『キシャアアアア!』

 ひょっとしてキシャは食いしん坊なんじゃないか?

 嬉しそうにキシャは走っていく。

 ただ、走っていく方向が隣町から外れている。

「おいおい、まずはパンを買わないとダメだぞ!」

『キシャ……』

 どうやら食べ物に釣られてしまったようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

【完結】些細な呪いを夫にかけ続けている妻です

ユユ
ファンタジー
シャルム王国を含むこの世界は魔法の世界。 幼少期あたりに覚醒することがほとんどで、 一属性で少しの魔力を持つ人が大半。 稀に魔力量の大きな人や 複数属性持ちの人が現れる。 私はゼロだった。発現無し。 政略結婚だった夫は私を蔑み 浮気を繰り返す。 だから私は夫に些細な仕返しを することにした。 * 作り話です * 少しだけ大人表現あり * 完結保証付き * 3万5千字程度

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

ヤンデレ蠱毒

まいど
BL
王道学園の生徒会が全員ヤンデレ。四面楚歌ならぬ四面ヤンデレの今頼れるのは幼馴染しかいない!幼馴染は普通に見えるが…………?

処理中です...