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第九章 反逆の狼牙編

EP251 憎悪と悪意の気配 <♤>

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「ここが・・・火山・・・。」

「大きいですねぇ・・・。」

 征夜と兵五郎は麓に転がる大岩の上に立ち、雄大に聳え立つ灼熱の岩塊の頂上を見上げていた。
 沸々と溢れ出す噴煙は山頂の外周を囲むように滞留し、その切れ目から時折り差し込む眩い陽光がゴテゴテと角張った岩肌を照らしている。

「それじゃ、二手に別れて敵を探そ」

「いえ、敵の人数と配置が分からない今、散開して人数を減らすのは得策とは思えません。
 縦に長い陣形を取って全方位を監視しつつ、山道を軸にして少しずつ探索を進めるべきだと進言します。」

「・・・と言う事だ!みんな縦に並ぼう!」

 何も考えず適当に指示を出した征夜と違い、兵五郎の意見は論理的だった。
 それが正しいのか、間違っているのかは問題ではない。「彼の指示なら間違いない」と思わせる説得力が、兵五郎には有った。

「童貞さぁ、自分が無さすぎない~?」
「・・・不安。」
「お前もう隊長やめろよ!何のためにやってんだ!」

「み、みんな・・・そこまで言わなくても・・・。」

 花は苦笑と共に擁護するが、彼女とて征夜が隊長として力不足である事は察していた。
 それでも、彼を信じて手伝うと宣言したのだ。ここから先、何があっても着いて行く覚悟が彼女には有る。

「先頭は近接戦闘の得意な隊長に任せましょう。前方からの敵には、あなたが突撃して制圧して下さい。
 ルルさんと花さん、アルス君を中央に据えて守ります。後ろは私とエリスさんで堅めて、それぞれ左右と背後を警戒します。」

 兵五郎は肩に掛けたライフルに弾を込めると、エリスと共に臨戦体制に入った。
 その所作はまさしく"熟練軍人"のそれであり、その場に居た誰もが息を呑むほど様になっていた。

~~~~~~~~~~

 巨大な岩がゴロゴロと転がり、とても"歩きやすい"とは言えない山道を征夜たちは進んだ。
 もはや、辛うじて道が有ると判断出来るほどしか整備されていない岩の道は、踏み出す度に足元が崩れる苦行の道であった。

 草も木も、何も生えていない不毛の光景。
 活火山の岩肌なので当然だが、やはり寂しく思える。

「おっと・・・アレは・・・。」

「何か見つけたのかい?」

 最初にソレを発見したのは、望遠鏡で周囲を観察していた兵五郎であった。
 その視線の先は、山の中腹に不自然な形で開かれた平坦な場所。よく見ると、そこは"キャンプ地"であった。

「・・・ひっ!」

 ライフルのスコープで兵五郎と同じ地点を覗いたエリスは、引き攣った声を上げた。
 好奇心と緊張感が班の中に漂い、征夜はウズウズと湧き立つ興味の意識に身を任せ、兵五郎から望遠鏡を受け取る。

「うっ・・・。」

 そこに広がっていたのは、筆舌に尽くし難い凄惨な光景であった。
 望遠鏡の解像度が低いせいで、否、低い"おかげ"で詳しくは見えない。

 だが、モザイク越しに見た残酷な画像が脳内で補完されるように、遥か遠方で繰り広げられた"血の狂乱"の悍ましさは、ありありと伝わって来るのだ。

「ねぇ、どうしたの・・・?」

「花さんは見ない方が良いかと・・・。」

「え?」

 征夜から望遠鏡を受け取ろうとする花を、兵五郎はそれとなく引き留めた。

 彼女自身、医療従事者としてグロテスクな物にも多少の耐性は持っている。
 だが、現代日本の清涼な空気の元で見る"遺体"と、狂気に晒された"人体の残骸"では話が違う。

 彼女の優しい心は、狂気の沙汰を受け止める器としては小さ過ぎる。兵五郎の判断は、正しい物であった。

「取り敢えず・・・行きましょうか。」

 ゲンナリと落ち込んだ調子で顔を伏せながら、兵五郎は帽子を深く被り、深呼吸と共に襟を正した。

~~~~~~~~~~

「酷い匂いだ・・・。」

「・・・間違いありません。我々の同胞です。」

 咽せ返るような激臭の中に立ち尽くした征夜と兵五郎は、猛烈な吐き気と戦いながら遺体を観察していた。

 ある者は戦車で轢き潰され、ある者は臓物を食い荒らされ、ある者は全身の皮を剥がれていた。
 遺体の様子はどれも凄惨さを極めており、元の形が想像出来ないほどに損傷し、よく分からないベトベトした体液を垂れ流し、既に腐臭を漂わせている。

「なんて事をするんだ・・・。」

 足元にバラ撒かれたハラワタを避けながら、怒りと緊張で震える征夜は少しずつ歩む。
 こんな残酷な事をする敵が、まだ近くにいるかも知れない。そう思うだけで、先刻までの浮ついた気分が吹き飛ぶほど、重苦しい心地に陥るのだ。

「・・・うッ!」

 花、エリス、アルスと共に岩陰に隠れ、目鼻を覆っていたルル。
 しかし、彼女の忍耐力は好奇心と不安に負け、虐殺の現場に飛び込む決断をさせた。

 その幼い感性には刺激が強過ぎる光景を視界に受け止めると同時に、鼻を押さえて蹲る。
 冷や汗をダラダラと垂らしながら、引き攣った表情で恐れ慄く彼女の姿は、先ほどまで人を馬鹿にして楽しんでいた小悪魔と同じ物とは思えない。

「酷い・・・それに・・・何これ・・・こんな匂い・・・嗅いだ事ない・・・。」

「人が腐った匂いだ・・・無理もないよ。」

 灼熱の温度に長時間晒され、グズグズに溶けた遺体の匂いは異臭という言葉では言い表せなかった。
 髪が焼けた際に生じる"ゴムのような匂い"の他には、生ゴミの臭いを何倍も濃縮したような悪夢の匂いがする。

 だが、征夜の気遣いを受け取ったルルは、首を左右に振って否定する――。

「ち、違う!そうじゃなくて!ドス黒い魔力!・・・あまりにも、濃過ぎるのよ!む、胸が苦しい!
 しかも一つじゃない!片方も濃いけど・・・もう一つは普通じゃない!私には分かるの!ここに居たらマズイよ!早く帰ろう!この世界に何かが居る!!!
 憎悪と悪意が!もの凄い勢いで入って来るの!こんなの普通じゃない!アンタたち!何も分からないの!?何か感じるでしょう!?」

 征夜と兵五郎は目を見合わせ、ルルの言う"濃過ぎる匂い"を探してみる。
 だが、どれだけ鼻に空気を吸い込んでも、鼻腔に流れ込んで来るのは悍ましい腐臭だけ。確かに胸が苦しいが、ルルがパニックになる理由は見つからない。

「ルルさんは離れていてください。
 こんな物、子供が見てはいけません。」

「違うの!違うって言ってるじゃん!
 "そう言う事"じゃないの!明らかに変!もう一人が来たら!私たち死んじゃうんだよ!?」

 パニックを起こしたルルの手を引いて、花たちの元へ押し戻した兵五郎。
 喚き続ける彼女を優しく宥め、引き続き遺体の調査を進めようとする彼の視界に、何かが映った。

「・・・2時の方角!敵発見です!数は30強!」

「そうか・・・。」

 兵五郎の的確な報告を受けた征夜は、すぐに敵を確認した。
 武装した連中が数十人と、それに守られた白衣を着た連中が数人。報告にあった"密猟者"と"研究員"、研究員を守る護衛だと判断出来る。

「兵五郎、君は他のみんなと一緒に隠れててくれ。」

「いえ、私も援護を!」

「必要無い!下がっていろ!」

 強烈な怒号と共に刀を抜いた征夜。
 兵五郎はその気配に圧される事はなく、征夜に信頼の証である相槌を打つと、岩陰に滑り込んだ。

<<<永征眼!>>>

 琥珀色の強烈な光が、征夜の眼球から迸った。
 それは、妖しくも美しい吹雪の瞳術。神々すら恐れ慄く、伝説の勇者の眼だ。

 全身を漲る怒りに身を任せて抜刀した征夜は、山肌を抉り取るほどの殺気を発露し、敵に目掛けて駆け出して行った――。
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