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第九章 反逆の狼牙編
EP249 小悪魔のウインク <☆>
しおりを挟む地図に示された火山に、征夜たちは徒歩で向かっていた。偵察が任務の趣旨という事もあり、シン班と同様に隠密が求められたからだ。
その道中、征夜はルルに素朴な疑問を投げ掛けた。
「ルルはどうして、この部隊に入ったんだい?」
彼女の年齢は、どれだけ高く見積もっても17歳。
乳房や臀部の発育の良さを差し引けば、実年齢はもっと下だろう。そんな幼い少女が、わざわざ軍隊にいる理由が分からなかったのだ。
「ママが"疎開"しろ~って、言ったから!
まぁ?私の美貌なら、稼ぐ手段は幾らでも有るんだけど?
まずは健全に、"雑魚人間"の観察をしながら手を貸してやろうかなぁって!・・・感謝しなさいよ?」
ルルは絵に描いたような"メスガキ思考"で、軍に入ったようだ。
そもそも彼女は淫魔であり、"健全じゃない稼ぎ方"も容易に出来る。
しかし、敢えてソレをやらないのは、彼女のプライドゆえか、もしくは単純な趣味だろう。
「そかい?」
「グラっちが死んでから魔界ヤバいしねぇ~。
"魔界協参党"と"魔界界民党"がバチバチで、なんかもう終わってる。」
「魔界も・・・戦争してるんだ・・・。」
地球における戦争は、軍を配備し、宣戦布告をして、戦時条約を決めて――と、様々な手順を踏んだ上で開戦となる。
尤も、突発的な戦闘により武力衝突に発展した例も多数あるが、基本的には兵器や人員を準備しない事には始まらない。
だが、異世界の戦争は違う。
"膨大な戦闘力を有する個人"同士が小競り合いを起こすと、その仲間も加勢する。
あれよあれよと戦闘がエスカレートし、気付けば大規模な戦争に発展している事も多い。
攻撃魔法の発動には、兵器ほど手間が掛からない。
それに加え、一騎当千の実力者さえ居れば、軍隊の準備も要らない。
異世界の戦争は即日に始まり、あっという間に拡大する。彼らの戦いは悪い意味で、"思い切りの良い体質"なのだ。
「グラっち?」
「グランディエルなんちゃら・・・って人。
イケメンだったから好きだったんだけど、その辺の人形使いにやられたらしぃ~。なんかぁ、ちょっと弱すぎだよねぇ?」
魔王は地球で言うところの、"大統領"や"首相"に匹敵する存在だ。
王と呼ばれてはいるが、その実は選挙で選ばれた者に過ぎず、民主主義の元に選抜された界民の代表である。
そんな彼を"グラっち"などと呼べるのは、彼がそれだけ親しまれて来た証拠。
いや、もしかすると馬鹿にされていたのかも知れないが、どちらにせよ独裁や恐怖政治を敷いていた訳ではないと分かる。
「あぁ~、うん・・・。」
それを聞いた征夜は、急に歯切れが悪くなった。
モゴモゴと口を動かしながら、申し訳なさそうに目を逸らしている。
(そうか・・・あの人が死んだから・・・。)
先代魔王グランディエルは、征夜たちの目前で暗殺された。
ラドックスの裏切りで彼が死んだのは、征夜たちには防げない事ではあった。
しかし、その死が魔界の人々を戦乱に巻き込んだという事実に、征夜は責任を感じずには居られない。
「なんか・・・ごめんね・・・。」
「はぁ~?童貞がなんで謝んのさぁ~?」
「いや・・・その・・・。」
征夜の心は罪悪感で満たされる。
言うべきか、言わざるべきか。その判断の狭間で揺れながら、目を泳がせているのだ。
だが、そんな彼の思いとは裏腹にルル本人は――。
「まっ、殺されたならしゃーないっ!
そもそも"公約がタイプじゃなかった"し、別の議員に切り替えて行こう!」
「えっ!?」
「だーれが良いかなぁ~!
界民党のアルフレイン様を"推してる"んだけど、年齢詐称でお爺ちゃん疑惑あるしなぁ~。
・・・魔界に帰ったら、もっと"推し甲斐のある議員"を探さないと!まずは公約を調べるかな!」
「えぇっ!?そういうもんなの!?」
ルルの様子は、まるで男性アイドルに恋するアイドルオタクのように、異常なほどサッパリしていた。
良く言えば"政治に積極的"であり、厳しく言えば"政治に対して軽薄"な彼女の態度は、地球人が思い浮かべる参政とは全く異なっている。
「いや、あの・・・政治って、もっと真面目に考えるべきなんじゃ・・・。」
「こちとら"推し活"と、あわよくばの"玉の輿"が掛かっとるんじゃ!童貞には分かるまい!」
「す、すいません・・・!」
彼女にとって政治家は"支持する物"ではなく、"推す物"であるようだ。
そして、運良く結婚できたら御の字。晴れてセレブの仲間入りとなり、魔界の"上級界民"になれる。
趣味としても、人生設計としても、推し活は彼女にとって大切な物。
それを"ポッと出なアホ毛の脳筋"に口出しされるのは、ムカッ腹が立つ。
「いや・・・凄いね。政治みたいな、難しい話が分かるなんて・・・。」
「何が難しいの?公約と雰囲気見て、タイプの男を推すだけだよ?
私はね~、福祉に厚くて格差是正を頑張ってる議員が好き。ただし協産党はダメね。アイツらは天界の犬。」
魔界の仮想敵国は、当然ながら天界である。
彼女の目線から見た協産党という結社は、その手先に過ぎないようだ。
(偉いなぁ・・・政治とか考えた事ないや。
・・・と言うか、この子って僕より頭良いのでは?)
毎回のように投票用紙を紙ゴミにしていた自分に比べれば、ルルの方がよほど真面目に政治を考えている。
そう考えると、政治思想も何も無く、国の運営に関して全くの知識が無い自分より、彼女の方が賢いのは当然の事のように思えた。
(それにしても・・・セレアさんとは、だいぶ違うんだな。)
同じ淫魔のセレアと比較しても、ルルの性格はかなり違っている。
陽気で楽観的な点は共通しているが、ルルの性格は彼女よりも幼く、どこか俗っぽい気がした。
セレアが纏っている、淫乱さの中に秘めた"おおらかな心"。奔放で開放的な性格の中に秘めた、気品と矜持。そういった物が、彼女は薄い気がする。
そして何より、価値観が違う。
人間とのハーフであり、人間の世界で育って来たセレアと違い、ルルは純粋な魔族かつ魔界の民だ。
育って来た環境の特異性からも、征夜のような人間世界育ちの者とは、根底にある感覚が違っているのだろう。
(セレアさんより背も低めで・・・細い?)
体型もセレアより小柄だ。
身長は160㎝程で、肩幅も狭くて細い。
臀部はキュッと引き締まり、ロリ巨乳ではあるがセレアほどの肉付きも無い。
(・・・あまり、一括りにしない方が良いな。)
コレは成熟し切った大人の女性と、伸び代を秘めた乙女の差であろうか。
それとも、まがりなりにも"王族"としての教育を受けた女性と、世俗的な空間で育った事の差であろうか。
または単に、育児や社会性を重視した遺伝子を持つタイプと、戦闘に特化した遺伝子を持つタイプの違いか。
いずれにせよ、種族という観点で人格を一括りに推し量るのは、ステレオタイプの押し付けに他ならない。
地球における人種問題と同じ事が、魔族など他の人型種族にも言える事に気付き、征夜は密かに猛省した。
ただ、そんな征夜の真面目な思いとは裏腹に――。
「やっぱり次に推すなら・・・・・・うわ、おっぱいガン見してる♡ど~て~キモ~い♡」
「え?」
"淫魔族の個体ごとの差異"を観察していた征夜だが、冷静に考えれば子供の体をジロジロと見定める変態に過ぎない。
ルルの言い分も尤もだ。セレアと比較して幾分か小ぶりな果実を眺める征夜の目は、明らかに"変質者のソレ"であった。
「未成年の体に欲情するとか、ほんっと雑魚人間だねぇ~♡」
「いや、全く欲情しないです・・・。」
ルルは客観的に見て可愛らしい少女であるし、征夜もそれを認めている。しかし、その程度では「花に遠く及ばない」と言うのが本音であった。
無論、欲情など微塵もしないし、そもそも直近の数週間に至っては、花以外の女性と彼女では「"生きている次元"が違う」とさえ思っていた。
「えぇ~!ホントか~?うりゃ!」
「うわっ!ちょ、やめてくれよ!」
「キャハハッ♡焦ってる♡ざぁ~こ♡」
征夜の腕を力強く掴み、胸に押し当てようと近付くルル。
典型的なメスガキムーブを前に抗う征夜だが、魔族として備わった強靭な腕力と、子供に暴力を振るう抵抗感もあり、上手く振り解けない。
そんな絶体絶命の彼に、助け舟が出される――。
「なぁにしてるのかなぁ~?」
「は、花!助けて!」
和かな笑みに、穏やかではない感情を込めた花が、征夜の背後から肩を掴んだ。
しかし彼の必死な様子から、手を出しているのはルルの方だと悟り、彼女を諌める方にシフトする。
「ルルちゃん!やめなさい!」
娘を叱る母親のような調子で、ルルを制止した花。
しかし、ハイテンションなルルを引き止めるには優し過ぎて、些か迫力が足りない。
「これは教育的な行為なのだ!
何も知らない童貞に胸の柔らかさを教えてやる、慈悲深い性教育なのだ♪」
「子供がそんな事しちゃいけません!」
「えぇ~!教育の機会を奪うのは良くない~!」
「そういうのは"私が教える"から良いんです!」
どうやら花は、征夜を教育する気満々のようだ。
無論、手取り足取り実技も交えて、さぞ丁寧に教えてくれるのだろう。
「あと、その呼び方もやめなさい!そもそも、なんでそんな事知ってるの!」
「見れば分かるもーん!わざわざ確認しなくても、勘で分かっちゃう!」
「征夜は卒業出来ないんじゃなくて、しないだけなの・・・!」
「絶対無理でしょ~!そもそも、モテた事無さそうだし~!」
ルルは小馬鹿にし切った様子で征夜をおちょくるが、花はソレを正面から反論する。
「征夜は"モテなくて良い"の!私が居るんだから!」
あまりにも極端な話だが、筋は通っている。
花と付き合っている以上は、他の誰かと付き合う必要は無い。そして何より、征夜は彼女に何の不満も無いのだ。その時点で、これ以上モテる必要など無い。
(・・・確かに!)
征夜としても「多くの女性にモテたい」だとか「ハーレムを作りたい」とか、そんな気持ちは全く無かった。
いかに花に好いてもらえるか、いかに花を幸せに出来るか。その一点に感覚を注いでいる今、他の女性など微塵も眼中に無い。
「えぇ~?この童貞、花のかれぴっぴなの~?知らなかったぁ~?」
「昨日お風呂で教えたでしょ!言い訳しないの!」
「おぼえてな~い♪」
「あっ、ルルちゃん待ちなさい・・・!」
花の説教を振り切って逃げ出したルルを、花は追い掛けようとする。その去り際、彼女はサッと振り返って、征夜に置き土産を残した。
<<魅了♡>>
文字通り、"小悪魔の笑み"を浮かべたルルが、パッチリとウインクした。
すると、瞳の先から迸ったピンク色の光線が征夜の眼を直撃し、緑の瞳を鮮やかな紫に染め上げる。
しかし、彼女の思惑とは裏腹に――。
「あ、あれっ?私の魅力が効かないっ!?」
「ごめん、全く心に来ない・・・。」
征夜はこの魔法が、相手を骨抜きにして籠絡する為の技であると知っていた。
しかし、光線が眼に直撃しても眩しいだけで、何の効果も感じられない。
「・・・フンッ!私の魅力が分からないなんて、童貞のくせにナマイキ!」
「ご、ごめん・・・。」
頬を膨らませながらプンプンと怒ったルルは、征夜と花を置き去りにして去ってしまった。
「ふぅ・・・助かったぁ・・・。」
どうにも征夜は、淫魔のせいで貞操の危機に遭う事が多い。
セレアほど直接的に狙われた訳でもないが、嫌な物は嫌である。ひとまず危機が去って、征夜は心から安堵した。
しかし、ホッと一息付いた征夜に、花の鋭い説教が飛ぶ――。
「征夜も悪いんだからね!もっと毅然と断らないと!
違う種族とは言え、未成年に"そういう事"するのは絶対ダメだからね!」
「わ、わかってるよ!勿論!」
花に誤解されては堪らないと思い、慌てて彼女に迎合する。だが彼女も、本気で疑っている訳ではない。
「・・・まぁ、征夜はそんな事しないって信じてるけどね。」
「花・・・!」
普段の行ないが良いからだろうか、花の征夜に対する信頼度は極限まで達している。
時折り暴走したり、非常識な行為に走る事こそあれど、彼女を裏切るような真似をした事は一度も無い。恋人としては、安心して交際できる男ではある。
「貴方にも、そういう欲求があるのは分かってるわ。
何度も言ってるけど、もしHな事がしたいなら、恥ずかしがらず私に言ってね。・・・分かった?」
「了解です!」
「今日も一緒にお風呂入る?」
「分かっ・・・いいえ!結構です!」
話の流れに自然と差し込まれた罠に、征夜は危うく嵌りかけた。
花と混浴する事が嫌なのではないが、何故か抵抗がある。まだ「自分がそのレベルに達していない」と、つい思ってしまうのだ。
「フフッ♡相変わらず紳士なんだからっ♡」
花は征夜の意思を否定せず、"紳士"という優しい単語で包み込んだ。
「いや僕は、紳士と言えるほど高尚な訳じゃ・・・。」
「良いの良いのっ!自尊心は高く持たなきゃっ!」
「そ、そうかな・・・取り敢えず、誘ってくれてありがと・・・。」
赤面という言葉では表せないほど、征夜の頬は紅潮していた。
しかし、冗談半分とは言え彼と共に入浴したがっている花を拒絶するのは気が引け、取り敢えず感謝を伝えてみる。
「ただぁ・・・確かめたい事があってねぇ♪・・・えいっ♡」
「はぐっ!?」
花が突如として繰り出したウインクが、征夜の視界を穿った。凄まじい破壊力を誇る彼女の誘惑は、彼の目を釘付けにする。
(か、可愛い・・・。)
ルルのチャームなど目じゃないほど、征夜の心は虜にされた。頭の中が「可愛い」と言う単語だけで埋め尽くされ、それだけで幸せな気分になる。
「あらあら・・・震えちゃってるわ・・・♡」
「は、花が・・・可愛くて・・・。」
「まぁ嬉しい♡」
ビクビクと震える征夜は、股ぐらが痛くなって来た。
モジモジと足をバタつかせながら必死に隠そうとするが、花の視線はスーッと下腹部に寄る。
(や、ヤバい・・・が、我慢出来ない・・・。)
どこまでも淫靡で、底知れなく艶やかな彼女のオーラに当てられ、征夜は動けなくなってしまう。
可憐さの中に秘めた色香が強烈に発露し、健全な男が受け止めるには、あまりにも甘美な欲情が理性を包み込むのだ。
気を抜けば押し倒してしまいそうなほど、今の征夜の思考は野性に侵食されている。
そんな爆発寸前の彼に、花は更に際どく、大胆な誘惑を仕掛け始める――。
「さっき言ったよね、私が"教えてあげる"って・・・♡」
「・・・へ?・・・ッ!?」
誘うような笑みを浮かべながら、花は自身の腕を胸部に当てた。
凹凸を際立たせる縦向きセーターの盛り上がり、その双丘を下から支え上げ、征夜の目前で揺らして見せる。
ゆさゆさ♡と優しく揺れるソレは、ルルの物とは明らかに違って見えた。
少女のような可憐さを残していながら、母になる準備を終えた証でもある。そんな、みずみずしく熟した果実であった。
「ほら・・・どうぞ・・・♡」
「えっ?・・・えっ!?」
「おっぱい・・・触って良いよ・・・///」
頬を赤らめながら征夜の手を握り、焦らすようにゆっくりと胸に近付ける。
「は、花・・・だ、ダメ・・・。」
「大丈夫だから・・・ねっ♡」
あまりにも乙女過ぎる声を発する征夜と、どこまでも開放的な花。
もはや征夜は逃げる事も、抗う事も出来ない。いや、する気が失せて受け入れている。
ただ花に誘われるがまま、自身の手を"母性の感触"が包み込む瞬間を期待して、眼を瞑った。
しかし、伸ばされた征夜の手が、いよいよ花の胸に触れようとした時――。
「・・・なぁんてね!」
「えっ!?」
征夜の手は勢いよく放され、支えを失った肘がガクンと下がる。
目を開けた征夜が見た花の顔は、ニマニマとイタズラっぽく笑っている。
「どうしたのかな~?もしかして、ホントに触りたかった?」
「え、あっ・・・。」
「ルルちゃんの時と違って、抵抗してなかったもんね~♡」
「あ、あぅっ・・・。」
否定しようにも、情けない声しか出て来ない。
自身の意思で触るのでも、拒否するのでもなく「花に任せて触らせてもらう」と言う、この世で最も不様な自分の姿に、今になって気付いたのだ。
「征夜って、本当はHな事したいんだね♡今ので分かっちゃった~♡」
「あっ、いや!違くて!だって花の方から・・・!」
「ウッフフフッ♡ダメだよ~♪Hな事がしたいなら、ちゃんと自分で言わないと♪」
「い、意地悪すぎる・・・!」
「フフフフッ♡ルルちゃんに流されてた罰よ♡」
花の方がルルより、よっぽど悪魔だと征夜は思った。
可愛らしくもありながら、大人の魅力も兼ね備えた花の誘惑に、今後も彼は勝てないだろう。
(やっぱり、花と居ると幸せな気分になる・・・。)
征夜は彼女の魅力と、今ある幸せを再確認した。
彼女と末長く幸せに暮らしていけるなら、それ以上に嬉しい事はない。その為なら何だってするし、花に何をされても構わない。
「大好きだよ・・・花・・・!」
「・・・えっ!?い、いきなりだね!?」
「だって好きなんだもん!」
「フフッ♡征夜って、そういう所は大胆よね♡勿論、私も大好きよ・・・ちゅっ♡」
口づけを交わし、甘く愛おしいムードに浸る恋人達は、まだ何も分かっていなかった。
この世界で彼らを試す試練は、前回の旅の比ではないほど過酷で、凄惨な物であると――。
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