15 / 33
第九章 反逆の狼牙編
EP245 人間の皮を被った何か①
しおりを挟む取り逃した隊長を除く魔界の傭兵たちを連れて、シンたちは本部に戻る帰路に立っていた。
その道中、シンは唐突にイーサンへ質問を投げる。
「部隊で一番可愛い女って誰だよ!?」
「は?いきなり何の話だよ!?」
「女の話に決まってんだろ!てきとーに彼女作りたいんだよ!」
セレアとの破局以降、シンにはガールフレンドが居なかった。
欲を発散するだけならワンナイトでも事足りるが、なんとなく手持ち無沙汰なのだ。
「淫魔のルルは?」
「もう屈服せたから興味無い。見た目通り、ただのメスガキだったわ。」
「えぇ・・・もう手を出したのか・・・。」
「淫魔の扱いには慣れてるもんで。」
淫魔の中でも、"特に経験豊富"なセレアを毎晩のように鳴かせていたのだ。
今さら10代の淫魔など、赤子の手を捻るような物である。無論、とっくに分からせている。
「シスターのリリー。」
「ああいう貞淑な女にアヘ顔させるの楽しいよな。・・・けどなぁ。なんか違うんだよね?」
「たしかに。・・・女騎士のアンネは?」
「ショートが似合ってて良いわ。・・・けどなぁ、なんか違う。」
この2人も、シンとしてはビビッと来る物が無かった。
イーサンとしては「リリーを堕とすのは楽しそう」という点において、シンと同意見のようである。
「み・・・蜜音は?」
「可愛いけど、ガキ過ぎてないわ。」
「良し!・・・じゃなくて、ふ~ん。」
正直シンは、ああいう天真爛漫な少女にも興味は無かった。
友人としては非常に楽しくて、95点くらいはある。だが、常に一緒に居るのは疲れると思ったのだ。
その返答を聞いて、イーサンは小さくガッツポーズした――。
「花さんは?メチャクチャ可愛いじゃん?」
「"頭がおかしい彼氏"がいるから無理だな。
手ぇ出したら、マジで吹き飛ばされそう。そもそも、アイツは全く唆られないわ。」
「なんで?料理も上手いし、胸も尻も中々じゃないか?・・・あっ、お前より背高いのが嫌なのか!」
「違ぇわアホ!こちとら182の女とも付き合ってんだぞ!」
セレアとの身長差は、実に14センチ。
それぞれ種族が違うという事を考慮しても、シンが自分より2センチしか変わらない花を恋愛対象から外すとは思えない。
「なんかさぁ、人間味が無いんだよね?
得体が知れなくて、本性が分からないって言うか。すげぇ不気味。」
「そうなのか?でも隊長はベタ惚れなんだろ?」
「童貞だしチョロいんだろうな。ヤンデレ?メンヘラ?・・・いや、それ通り越して狂信者っぽいな。」
「狂信者?」
シンは前回の旅の道中、征夜の行動を逐一監視していた。
どんな場面で動揺するのか、どんな目に遭って怒るのか、どんな事が出来て、どんな事が出来ないのか。
そんな中、征夜が大きく感情を揺るがす時には、いつも傍に花の姿があった――。
「たまーに思うんだよな。
アイツが見てる世界って、俺たちが見てるのとは違うんじゃないかって。」
「"見てる世界"?」
イーサンは彼の言う事が分からずに、困惑の表情を浮かべている。
そこでシンは、征夜と花について自身の見解を詳細に語る事にした。
「順を追って説明するかぁ・・・。
俺からすると、花は得体が知れなくて"気味が悪い"。」
「気味悪い?どういう事だ?」
「一見すると、"慈愛に満ちた聖母"みたいな?
でも、いざ話しかけてみると"処女ビッチ"みたいな?・・・でもまぁ、そこまでは普通の女なんだよ。」
「うんうん。」
そういう女性は数こそ少ないが居る。
時には包み込むような優しさ、時には相手を引き回す陽気さ、その使い分けをしているのだ。
だが、シン曰く花が"特異"である点は、それとは別にあった。
「でな、もっと奥まで見ていくと・・・"何も無い"んだよ。」
「・・・は?どゆこと?」
「う~ん・・・"征夜に好かれたい"って事だけが先行してて、"自分"が無いみたいな?
だから征夜を取られそうになると暴走するし、征夜が傷付いてたら寄り添う。
それが本心なのは事実なんだろうが、むしろソレが不気味なんだ。」
「好きな人の為に尽くすタイプの女なんじゃ?」
「いいや・・・それも違うな。アイツは徹底的に"チョロイン"で居ようとしてる。
征夜を抜きにした自我・・・まぁ要するに、個人としての人格が"別の場所"に有るような。それがまるで、人間じゃないように見えるんだ。」
「ふむ?」
「他の奴にも親切だし、愛想が良い。それは認めるよ。
けどソレも、なんだか"トロフィー"みたいなんだよ。
アイツ自身が本心から親切をしてても、巡り巡って彼氏である"征夜を輝かせてる"。・・・そんな感じだ。」
言い方は悪いが、シンの指摘にも一理ある。
花が善良で、美しく、皆からの敬意を集める存在であるほど、その恋人である征夜は輝く。
黄金の光を放つトロフィーを持った英雄は、人々の中で畏怖の念を形成する。
花自身が本心から「困っている人を放って置けない」と考えて行動したとしても、シンにはソレが「トロフィーとしての価値を高めようと気張っている」ように見えた。
コレは、彼の"考え過ぎ"なのだろうか――。
「言ってる事が難しいなぁ・・・つまり、どういう事なんだよ?」
「心も体も軸が無くて、常に"最適解"を選んでる。
言葉では言い表せないが、とにかく得体の知れない奴だ。」
「ひでぇ事言うなぁ・・・流石に失礼すぎだろ・・・。」
イーサンはシンの意見に懐疑的だ。
姉から聞いた花の性格は、裏表の無い善良な女性。むしろシンの話す知見の方が、よほど現実味の無い妄言のように感じられる。
だがシンとしても、確固たる根拠があった上での考察なのだろう。そう簡単には引き下がらない。
「チョロインって言うのは、少し違うか?
チョロいのは、むしろ征夜の方。・・・いや、アイツらは互いに何かを演じてる?
花がトロフィーなら、征夜は・・・選手?いや違うな。姫と従者?騎士か?・・・守られる為のキャラがある?なら、本体は別にある?」
「おい~!自分の世界に入らないでくれ~!」
突如として会話を遮断し、考察の渦に飛び込んだシン。そんな彼を、イーサンは現実に呼び戻す。
「・・・なぁ、正直アイツのことを見る時、俺たちの頭の中って下ネタで満ちてるだろ?」
「お前と一緒にするなよ!」
「Gカップやぞ?」
「神経が苛立つッ!」
イーサンは中々に素直な本音を漏らした。
成人済みの男が語っているとは思えない、それこそ男子高校生のように下品な会話。
だが人間であれば、多くの人は多少なりとも異性の事をそう言った目線でも見ている。それは、仕方のない事だ。
だが、一人だけ"例外"が居た――。
「けどなんか、征夜はそう言うの我慢してるっぽいんだよな。」
「奥手なだけだろ?」
「それもある。けど、他にも理由は有りそうだ。」
「たとえば?」
征夜は確かに奥手だ。
童貞だし、"彼女居ない歴=年齢"を24歳まで貫き通して来た。
だが、花がいかにオープンな誘いをかけても、征夜は一向に手を出そうとしない。
そこには最早、"羞恥心"だけでは説明できない何かがあるように思えたのだ。
シンは、その答えが分かった気がした――。
「アイツを"神聖視"してる?みたいな?」
「えぇ・・・。」
恋人同士の関係性に、"神聖"と言う単語が入ると、途端に気味が悪く思えてくる。
イーサンはそんな突飛な考えが事実である訳がないと訝しんでいるが、シンは確信を持った口調で続ける。
「少なくとも、征夜に性欲が無い訳じゃない。だが、その発露にはリミッターが付いてる。
条件を満たさなければ、アイツは花に手を出さない。その条件が花の価値だ。それを釣り上げれば釣り上げるほど、征夜は更なる努力をする。」
「ふむ?」
「だからアイツは、花とは逆の論理で動いてる。
花は征夜の価値を高めようと、トロフィーに徹する。征夜はその逆で"高価な花"に相応しい力を得ようと、躍起になって走り続けてる。」
「えぇ・・・。」
(本当にそんな事があるのか?)
まるで"昆虫の奇妙な習性"を話す教授のような調子で、シンは淡々と解説を続ける。
それが事実であるなら、確かに征夜と花の関係は気味が悪い。イーサンは少し引き気味に、シンの考察を理性的な観点から吟味していた。
「・・・征夜の目には、花が"何"に見えてるんだ?
そもそもアイツらは、本当にこの"人間世界の土の上"に立ってるのか?ソレが分からないから不気味なんだ。」
「・・・そんなにヤバいのか?」
「本人たちは全く気付いてない。
けどアイツらは、本気で何かがヤバい。最近では、"人間の皮を被った何か"だとすら思えて来た。」
「こ、怖い事言うなよぉ・・・。」
イーサンはいよいよ、弱腰になって震え始めた。
180を悠に超える体躯を持つ男が怯え、狼狽える姿は中々に珍妙であった。
「仲間として最低限の関係は保ってるが、俺としては出来る限り関わりたくない。
花が征夜を思って、征夜が花を思って、互いに動いてる時のアイツらは"機械の目"をしてる。そこに、"得体の知れない何か"が垣間見えるんだ。」
「ひ、ひえぇ・・・。」
イーサンはいよいよ、恐怖に押し潰されそうになっている。
だが、それも無理はない。自分の上司と、その恋人が"行動原理が分からない謎の生物"であるかのように言われれば、多くの人が恐れ慄くだろう。
だが、そんな主張を一括する者が現れる――。
「得体が知れないのはアンタでしょうがッ!!!」
「うげっ!?聞いてたのかよ!・・・痛ぇっ、」
背後から顔を出したアメリアは、たいそうご立腹であった。
太めの眉を釣り上げて眉間にシワを寄せながら、シンの右耳を抓っている。
「花はとっても優しいの!薄気味悪いサイコ野郎のアンタとは違うんだから!」
「分かった!分かったって!すまんっ!痛ぇっ!!!」
「ほんとに分かったのかぁ~っ!!!」
耳元で大声を出すアメリアは、耳を抓る指に更なる力を入れる。これには、シンも堪らず悶え苦しむしかない。
「いで!いででででででぇ"ッ!!!"冗談"だってば!み、耳が千切れるぅッ!!!」
シンは、ここに来て白状した。
なんと、これまで花や征夜に対して言っていた事は、ただの冗談であったと言うのだ。
「は!?冗談かよ!」
今度はイーサンがキレた。
散々に怯えさせられた彼としては、シンのカミングアウトは容認出来ない。
「そ、そうだよ!お前をビビらせる為の冗談!ネタバラシの前にキレるなって!だから離せよッ!」
「ふざっけんなよお前ぇッ!!!」
「ごふぅ"ッ!!!」
イーサンの腹パンが、シンに直撃する。
その場で跪いた彼を見下ろしながら、二人は罵声を浴びせる。
「フンッ!2度と花に変な事言わないで!」
「くだらねぇ冗談も言うな!」
「す、すまんかった・・・。」
一応は味方の筈なのに、その扱いは捕らえた魔族と同じか、それ以下に酷い気がする。
シンは少々不服に思ったが、流石に悪ノリが過ぎたと反省し、二人の折檻を容認した。
だが心の奥底では、それとは異なる意識も湧いていた――。
(いや確かに、ちょっと盛ったけどさぁ・・・割と本気なんだよな。)
勢いで言い過ぎた面はあったかも知れないが、中には本心も混ざっている。
だが、二人の怒った様子を見る限り、それは心の中にしまって置くべきだとシンは判断した。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる