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第九章 反逆の狼牙編

EP240 おもしれー女

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「あらま・・・。」

 征夜を見つめるルーネの目が、軽蔑と猜疑の色を帯びた。何処となく引き気味に、目を細めている。

「まぁ確かに、あのドスケベボディなら仕方ない。むしろ、孕ませてやる気概で行け。」

 背後から肩を叩いたシンは、サムズアップと共に満面の笑みを浮かべている。
 賞賛なのか、はたまた冗談なのか分からないコメントを添えながら、彼はひたすら笑っていた。

「最低な奴だ。」
「何ぃっ!?童貞じゃないだとぉっ!?」
「日本男児の風上にも置けない方ですね・・・。」
「なんて酷い奴!」
「あぁ神よ、外道に墜ちたる子羊より、加護を取り払いたまえ・・・。」

「はっ?えっ!?えぇぇっ!?」

 困惑し、パニックに陥る征夜を取り囲んで、ヒソヒソと陰口を叩く声が聞こえる。
 言われの無い罪を被せられた征夜はキョロキョロと視線を泳がせ、慌てふためく事しか出来ない。

「い、いや!誤解だよ!何の話さ!?」

「毎晩寝て当然なんでしょ!?アンタはそういう男なのよ!」

「えっ!?えっ!?えっ!?こ、恋人なんだし良いんじゃないの!?花の方から"入ってくる"し!?」

「は?お前、挿れられる側なの?確定してんの?」

「何の話だよぉっ!?」

 "布団に"入るのは、いつも花。その事を説明しようとしても、あらぬ誤解を招いてしまった。
 否、シンは全て分かった上で茶化している。そのせいで征夜に対する嫌悪の目線は、一層強くなる。



 そんな中、測ったようなタイミングで扉が開き――。



「ごめんなさ~い!遅れましたぁ~!!!」

 着替えを終えた花が、息を切らせながら走り込んだ。
 ポワンポワンと揺れる美しい緑の髪が、群衆の目を釘付けにする。

「みんな~!"開発女王"が来たぞぉ~!」

「何を言っとるんじゃ貴様はぁッ!!!」

「いっでぇ"ッ!!!」

 名誉毀損一歩手前のボケをかましたシンは、後頭部に強烈な殴打ツッコミを喰らった。
 アメリアの"説教の矛先"が、早くも征夜からシンに移った事を皆が悟り、爆笑の渦が巻き起こった。

~~~~~~~~~~

「アッハハハハハ!"アメちゃん"早とちり過ぎっ!」

「僕、そもそも童貞だし・・・。」

「そんな感じするわ。」

「うるさいなぁ・・・。」

 誤解は、瞬時に解けた。
 征夜の言葉を信じなかった者たちも、花の言葉には耳を傾け、簡単に信用した。

 この反応の違いは、人徳の差なのだろうか。
 花と自分では"人間としてのレベル"が違う事を、征夜は改めて自覚させられた気がした。

「ともかく!花は毎晩犯されてる訳でも、征夜を開発しまくってる訳でも無いんだな!・・・つまんねぇ。」

「アンタは!デリカシーって物が無いのか!このセクハラ男!」

「ほぐぅ"っ!?」

 アメリアの右ストレートが、シンの頬を強烈に穿った。そんな様子を見た周囲の者から、ドッと笑いが起こる。

「誤解も解けたようですし、これなら構いませんね。アメリアも、良いでしょう?」

「・・・仕方ないわね。」

「構わない?・・・何の話ですか?」

 自分だけを置き去りにして、またも話が進んでいく。
 ルーネとアメリアは、さっきから何の話をしているのだろう。征夜は気になって仕方がなかった。

 そんな中、ルーネが口にしたのは、あまりにも突飛な采配であった――。

「勇者・吹雪征夜、只今を以って貴方を・・・反逆の狼牙リベリオン・ウルフ隊の隊長に任命します。」

「え?・・・無理無理無理無理無理無理!!!!!無理ですよぉッ!!!」

 まさに、即答であった。
 満面の笑みで任命したルーネの前で、征夜は両手を大袈裟に振って否定する。

「あら、どうしてですか?」

「い、いや!どうしても何も!部隊の指揮なんて!?やった事ないですっ!
 と言うか、上司として働いた事も全然無いので!責任が持てません!!!」

「大丈夫。勇者様が率いるのは、経験豊富な精鋭達です。前世では、退役軍人だった人も居るんですから。」

 穏やかな笑みを浮かべながら、言い聞かせるような口調で宥めるルーネ。だが、どれだけ言葉を並べられても、征夜は納得出来ない。

「い、いやいやいやいや!!!
 そもそも僕!軍隊なんて知りません!陣形とか、そういうの分かりませんから!!!」

「ご安心ください。
 陣形や戦術が重視される戦場に、この部隊は行きません。特殊工作や単独任務が多いですから。」

「で、でも!」

 軍隊の一員として、部下の命を預かる。
 それが、どれほど重大な責任を伴う事なのか。征夜には計り知れなかった。

 それに加えて、彼には"苦い経験"があった――。

(ミサラだって・・・死なせたんだ・・・。)

 人生で初めて"上司としての自分"を慕ってくれた人を、彼は救えなかった。
 部下として、仲間として、長い時を共に過ごした彼女。征夜は、その死に目にすら会えなかった。

 こんな自分に、一部隊を率いる資格があるのか。そんな能力を持ち合わせているのか。
 自問自答の袋小路に迷い込んだ征夜は、頭を抱えて塞ぎ込んでしまう。

「シャキッとしなさい吹雪征夜!
 ルーネがアンタを選んだんだから、従うしかないでしょ?私もサポートしてあげるから!」

 アメリアは征夜の肩を掴み、グラグラと揺さぶりながら語り掛けた。
 厳しさの中にも、どこか優しさを忍ばせた言葉選び。しかし征夜には、彼女の思いやりなど微塵も伝わりはしない。

「君・・・他人事だからって・・・!」

 流石の征夜も、我慢の限界だった。
 よく分からない仕事を押し付けられた上に、見ず知らずの女から喝を入れられるのだ。堪ったものではない。
 ここまで来ると、困惑よりも怒りが優ってくる。
 握り締めた拳はアメリアに向けられ、今にも暴発しそうになる。

「征夜!」

「え?」

 征夜の怒りが臨界点を超えそうになった時、アメリアとの間に花が割って入った。
 どこか慌てたような、それでいて憐れむような目線を征夜に向けながら、ゆったりとした口調で話しかける。

「ほら・・・私の目を見て。」

「あ・・・。」

 征夜の意識は、瞬く間に"実感"を失った。
 花の声が脳の奥に届くと、現実世界から隔絶されたような感覚に陥り、ボンヤリと聞こえる彼女の声だけが、現実の全てになる。

 征夜は、花の声が聞こえるだけで安堵した。
 視界の中心に据えられたピンクの瞳が脳の奥まで入り込み、思考を支配される。
 自意識の全てが花に捧げられるような感覚すらも、彼には心地よく思えた。

「女王様があなたを見込んだの。
 あなたなら出来るって、信じてるから任せてくれたのよ。私は彼女の判断が正しいと思う。」

「うん・・・。」

「女王様はきっと、あなたに合わせて隊員を集めてくれた。なら、断るのは無理だと思うの。」

「うん・・・。」

 花の言葉は、征夜自身も驚くほど素直に、彼の中へと入り込んだ。
 その言葉には逆らえない。抗えない。彼女が言っている事なら、きっと正しい。そんな確信が持てたのだ。

「私も一生懸命手伝うから、一緒に頑張ろ!」

 花はガッツポーズと共に微笑みながら、征夜に最後の一押しを加えた。無論、彼は即答である。

「うん・・・頑張ってみるよ!」

「よしよし、偉いねぇ・・・♡」

 征夜を優しく抱きしめ、頭を撫でる花。
 公衆の前である事も忘れて、征夜は全力で彼女に甘えた。

(なんとかなる!)

 考えてみれば、それほど心配する事でもなかった。
 花が大丈夫だと言うのだし、きっと大丈夫だ。征夜は温かい胸に抱かれながら、そう確信した。

「抱き合ってる。」
「ウハハハハッ!童貞のくせに大胆じゃん!」
「何はともあれ、丸く収まりそうで良かったですね。」
「熱々だなぁ・・・。」
「あぁ、神よ。彼らを祝福したまえ。」

 征夜に猜疑の目を向けていた者たちも、次々に掌を返している。と言うより、花の落ち着いた口ぶりを見て、"部隊の今後"に安堵したと言うのが正しい。

 そんな、恋人同士の仲睦まじい様子を見て、面白くない者が居た――。

「フンッ!言ってる事は同じじゃない・・・!」

「おぉ?確かに反応が違うねぇ!なんでだぁ!?人徳の差かぁ!?」

 いつになくハイテンションなシンは、不機嫌なアメリアを煽り立てた。
 どこまでも無邪気な笑みを顔に貼り付け、全力で彼女を苛立たせようと努める。

「どういう意味よッ!」

「人に嫌われる才能が有るって事さッ!!!」

「ん"がぁ"ッ!!!」

 咆哮と共に打ち出されたアメリアの拳は、シンの頬に向け直進した。
 しかし、苛立ちが最高潮に達した彼女の拳は、冷静さに欠けている。シンにとって、回避など容易い事だ。

「そんなにカッカするなって!ますます嫌われるぞ?」

「何ですって!?・・・あっ、逃げるな!待ちなさいよッ!」

 全身全霊で煽り倒した後、シンは扉を開け放って駆け出した。
 唖然とする他の隊員をよそに、アメリアもそれを追って玉座の間から飛び出して行く。

(おもしれー女だなぁ。・・・"青春"って感じするわ!!!)

 "これまでの仲間"では得られなかった刺激的で陽気な時間は、本人すら忘れていた"チャラ男根性"を呼び起こした。
 元より感情の波が激しい男ではあるが、ようやく"冷血"から"熱血"へと魂が塗り変わりつつある。その事実に、シン自身が最も興奮していた。

(コイツ、男嫌いそうだもんなぁ!・・・弄り倒したろ!)

 高慢でプライドが高いアメリアは、弄り甲斐がある。
 下ネタとナンパが趣味のシンとは、水と油の関係。だからこそ、彼にしてみれば面白い。
 怒っても面白いし、嫌われても面白い。それこそ、心が折れてる様子も見てみたい。そんな、歪んだ欲望をそそられる。

(とりま、仲間が増えて助かったぜ!
 あんな根暗どもと一緒に居たら、俺まで陰キャになっちまうしな!)

 正直言って征夜も花も、彼には波長が合わなかった。
 いつも仲間内で浮いている気がしたし、一緒に居ても楽しくない。そんな時間が多かった気がする。
 それに引き換え、これまでの旅が"つまらなかった"と自覚させられるほどに、新たな仲間、特にアメリアと蜜音は相性が良い。

(やっぱ仲間って大事だなぁ!)

 今度の冒険は何倍も面白い物になるような、そんな予感がシンの中を駆け巡っていた――。
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