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第八章 魔人決戦篇
EX 老神の嘲笑
しおりを挟む征夜たちが眠りに就き、時刻が深夜2時を回った頃。
天界の中央に位置する元老院議会において、円卓を囲む数人の神々が、彼らの処遇を話し合っていた。
「吹雪征夜という男は危険人物だ。
奴の戦闘力は転生した当時から、300倍に膨れ上がっている。人間の成長スピードとは思えない。」
「伸び代があっただけだろう。
”星雲大戦の英雄”の子孫なら、何もおかしくない。・・・問題は、ソレを事前に調べなかった事だ。」
「エレーナ=エレクティス・・・本当に、乳と尻しか取り柄の無い女だ。
尤も、そんな奴だから"女王"に選んだ。セレニアのように聡い女は使いにくいからな。」
それぞれに意見を出しながら、神々は征夜の事を論じていた。どうやら彼らは、征夜が資正の子孫である事を知らなかったようだ。
「まぁ、奴に子孫が居る事を知っていたら、根絶やしにしていただろう。
今回の戦果を考えれば、むしろ安堵するべきだ。貴重な戦士の芽を、摘まずに済んでいたのだからな。」
神々にとって、吹雪資正は英雄であると同時に"怪物"でもあった。
闇夜を引き裂いて光り輝く琥珀の眼は、"吹雪の眼術"と呼ばれて恐れられて来た。
そして、その眼術は長い時の流れを経て、"吹雪本家13代目"に受け継がれ、異世界にて開眼した。
だが、あまりに強大すぎる力を誇った資正を恐れ、神々は"吹雪の血脈そのもの"を絶とうとしていた。
ところが、吹雪一族は再び魔王の脅威を祓った。
完全な結果論になるが、永征眼の遺伝が途絶えなかった事は、天界にとって大きな利益となった――。
「星雲大戦と言えば、もう一人の英雄はどうなった?」
「もう一人・・・?」
「魔王を殺った後に、色々と有っただろう?吹雪資正は呪われて、代わりに魔界と交渉した男が居た。」
「・・・あぁ!”廻円眼”の!」
円卓を囲む神の一人が、何かを思い出したようだ。
それは"吹雪資正"と並び、魔界と天界の戦いを収めた男。もう一人の英雄の事である。
「そうだ、"ヴィルヘルム"はどうした。」
「元々、死期は近かったようですが・・・どうやら、邪神を大量に屠って死んだようです。」
テントにて、資正たちが語っていた旧友。
"ヴィルヘルム=クラリアス1世"、またの名を"廻炎のヴィルヘルム"である。
彼は既に寿命を迎えており、老衰の末期に入っていた。
しかし、その最期は魂の全てを使い、自らが有する領土の民を邪神の魔の手から守る。そんな、"英雄に相応しい死に様"であった。
「アンダーヘブンが混乱しているうちに、刺客を送って始末しようと考えていたが・・・どちらにせよ、死んだのなら必要無いか。」
「"継族眼術"の遺伝先・・・確認できる限り、息子が三人と娘が一人居ますね。
ですが、長男は既に死亡。次男はサッカー馬鹿。長女は単純にクズ。・・・三男は、ただのデブです。」
「なら、生かしておいても構わんか。」
いくら優れた能力を持っていても、子に遺伝するとは限らない。
征夜などは正に良い例である。"伝説の剣豪"の子孫と言う点では、類い稀な才能を持つ彼。
しかし、"全国模試上位の悠王"の息子としては、落第点も甚だしい。母の方も、父に並ぶほどの秀才だった。
しかし、そんな彼であっても、やはり"継族眼術"の存在は大き過ぎる――。
「問題は吹雪の眼術・・・永征眼と名付けれた物の方です。」
「廻円眼ほどの力は無い。・・・そう思っていたのだが。」
「雲行きが怪しいです。先代勇者の物よりも・・・高度になっています!」
資正は未だに、凶狼の瞳しか使えない。いや、それしか使えずとも魔王を圧倒できたのだ。
ひとたび使えば、完全に理性を失う修羅の瞳。それを"高度"と呼ぶのには些か疑問が残るが、選択肢の幅は広くて損は無い。
「吹雪資正は武家に生まれた男だ。
それなのに、平和な現代社会で育ったボンボンの方が、素養があるという事か?」
「本当の意味で、”社会不適合者”なんだろう。
異世界と言う新天地が、奴の才能を覚醒させた。潜在能力の全てが、日本社会に適合していないのさ。」
「文明レベルが高いほど、真価を発揮できない男・・・くくっ!ある意味、"人間らしい"と言うべきか!」
一人の神が、征夜と人族全体を揶揄した。言い方は悪いが、彼の意見は的を得ている。
征夜の技は"スポーツ"ではない。フェンシングや剣道などの"剣を使った競技"ではなく、純粋に"人を殺すための技"。
日本社会においては、生涯に渡って光る事の無い個性。
それが征夜の剣才であり、永征眼なのである。生まれてくる時代が、数100年は遅かったと言わざるを得ない。
「どうする?いずれは、我々にとっても脅威になる。」
神の一人が、眉間に皺を寄せながら疑問符を投げた。
すると、円卓を囲む神々の中で最も高位な者が、即座に結論を出す。
「計画を変更だ。奴には、"戦乱の世界・ストラグルアリーナ"にも行ってもらう。
"覇王"を倒してくれたなら、それで良し。再起不能になってくれたなら、ソレはソレで良いか。」
「先祖も子孫も、揃って"同じ末路"なら笑えるな。」
「奴も惜しいところまでは行ったが、”呪い”がマズかったな。・・・本当に、覇王を倒せると?」
「今の勇者は、全盛期の資正の足元にも及ばない。だが、成長スピードを考慮すれば可能性もゼロではない。」
"戦乱の世界"と"覇王"。
それが、征夜たちの新たな目的。
そして覇王と呼ばれる者は、どうやら資正と因縁のある相手らしい。
「そこまで来たら、破壊者を探し出すまでは泳がせようか。アンダーヘブンには居なかった。なら、残り二つの片方に居るんだろう?」
「そうだな、どうせ大した敵ではないと思うが、楽に倒せるなら転生者を使うべきだ。
仮に破壊者を倒せるまでに成長したのなら、界軍に引き入れる。それが無理そうなら、武神を使って処分だな。」
「破壊者が楽な相手なら、さっさと武神を送って、終わらせてしまえば良いのでは?」
「私はむしろ、皆さんが破壊者を過小評価しすぎな気がしてなりません。もっと、真剣になった方が良いのでは・・・。」
征夜たちの最終目標は、巡り巡って"破壊者の討伐"に決定した。
当初は「弱いから平和な世界に行け」だったのが、今では「強すぎるからもっと働け」になっている。征夜が強くなったのは良い事だが、手放しに喜べる事でもない。
敵の実力に対しては、神々の間でも評価がマチマチなようだ。簡単に倒せる相手と考える者も居れば、全力を投入するべきと考える者も居る。
「何はともあれ、まずは覇王だ。戦乱の世界を統一されては困るからな。
仮にも、先代勇者に匹敵する実力を持っている男。武神でも、楽に倒せるとは思えん。」
「そうしますか。・・・おい、エレーナに繋げ。」
「はい!」
神の一人が、円卓を囲むように並び立つ衛兵の一人を顎で使った。
魔法で大型の水晶を呼び寄せた衛兵は、神々が囲む円卓の中央にそれを収めた。
<通信対象限定。エレーナ=エレクティス及び、サフィード=エレクティスの寝室。>
衛兵がハッキリとした声で呟くと、水晶の中にはエレーナの寝室が映り始めた。
~~~~~~~~~~
「フフッ♡今日も素敵だったわ・・・サフィード・・・♡」
「君もだよ、エレーナ・・・♪」
エレーナはベッドの上で、一人の男に抱き付いていた。
お互いに裸である事を加味すると、おそらく事後だろう。
「そろそろ・・・"出来る"かな?」
「慌てるような事じゃないよ、僕たちは夫婦だ。時間はたっぷり有る。・・・それとも、"もう一回"かな?」
「う、うん・・・///」
「なら、おねだりしてごらん?上手にね。」
「はい・・・アナタ・・・♡」
いつになく甘えた調子で、エレーナは仰向けに寝そべり、足を開いた。
そこには、多くの神々を統率し、数多の転生者を送り出す"女王"の姿は無い。夫に対してだけ曝け出せる、女としての一面が顔を出していた。
<取り込み中にすまんね。>
「はっ!?」
突如、至福の空間に響いた無粋な声。
それは仲睦まじい夫婦の愛の巣を侵す、下卑た老神の物だった。夫婦水入らずの会話は、水晶玉にて監視されていたらしい。
エレーナは驚愕と羞恥の入り混じった叫びを上げると、すぐさま布団を被った。
「えっ!?ちょ、えっ!?」
<子作りでもしてたのか?>
「なっ!?してません!」
あまりの恥ずかしさに、咄嗟に嘘をついたエレーナ。だが、彼女が動揺している事は誰の目にも明らか。
適度に威圧感を与える男性的な口調が、喉の奥に引っ掛かって出て来ない。代わりに出て来るのは、強気に振る舞う乙女の口調だ。
そんな妻の様子を尻目に、サフィードは落ち着いた様子で応対する。
「こんばんわ皆さん。元老院の方とお受けします。何か用でしょうか?」
<突然の来訪すまんね。サフィード君、君の妻に用が有る。少し外してくれるかい?>
エレーナの夫、彼の名はサフィード。神々の中でも最高クラスの名家、エレクティス家の当主である。
家の位としては、女王であるエレーナよりも断然上。元老院の神々とて、彼には最低限の敬意を払う必要がある。
「承知しました。・・・また後でね!」
「え、えぇ・・・。」
布団を被ったままのエレーナの頬に、サフィードは優しくキスをした。
甘い微笑を浮かべた彼からは、怒りや不安の色は感じられない。それが本心なのか、妻を気遣っての演技なのかは、エレーナには分からなかった。
バスローブを羽織った夫が、外の空気を吸いに行った。
誰も居ない寝室に、一人寂しく取り残されたエレーナ。心細い本音を覗かせないように、精一杯の去勢を張る。
「要件を・・・聞こうか。」
職務中の男性的な口調を取り戻した彼女は、布団の中に身を隠したまま水晶玉に話しかける。
彼女としては平静を装っているつもりなのだが、明らかに頬が赤らみ、羞恥心で満たされている。
彼女が見せた心の隙間に、悪辣な神々は下卑た笑みを浮かべながら付け込む――。
<エレーナ君、いつまで体を隠しているんだ。全て見せなさい。>
「そ、それは・・・。」
<其方は女王なのだ。神聖な女体を見せる気概も無くてどうする?>
「それも・・・そうか・・・。」
"女王としてのプライド"が、羞恥心を上回った。
元老院の神々は相談役とは言え、自分よりも下位な存在。一応の部下である彼らに煽られては、断る訳にはいかない。
冷静に考えれば、裸など見せても女王としての気概など示せる筈も無い。
それが分からずに乗せられるような女だから、元老院の操り人形なのだ。
<言っただろう?全てだ。手で覆ってはダメだ。>
「分かった・・・これで・・・良いのか・・・///」
結局、彼女は手で隠す事すらしなくなった。
誰に強要された訳でもなく、くだらないプライドを煽られた末の行動だ。
<腰が曲がっている。もっと胸を張りなさい。>
「こ、こうか・・・?」
羞恥心から猫背になった彼女の姿勢、老神たちはそれすらも許さない。
裸体を全て曝け出し、堂々と見せる女王。そんな"滑稽な見せ物"を見逃す訳にはいかないと、彼らは息巻いているのだ。
<素晴らしい。見事だぞ、エレーナ君。>
「ほ、褒めて頂き光栄だ・・・///」
<暫くそのままで居なさい。>
「あ、あぁ・・・!」
きっと、『裸の王様』を見た者たちは、同じ感慨に至った事だろう。
都合の良い嘘に騙されて、プライドを堅持する為に無様な姿を晒す権力者。これほど滑稽な物は、他に無い。
一糸纏わぬ姿をひけらかしながら、誇らしげにベッドに座り込むエレーナ。
元老院の神々はそんな彼女を見下ろしながら、盛大な嘲笑で円卓を満たしていた。
~~~~~~~~~~
「私には分からない。
なぜ、戦乱の世界に吹雪征夜を送るのだ?」
<覇王の勢力が、天下統一に王手を掛けている。それが理由だ。覇王を倒す為の先発隊が、どうにも苦戦している。>
「何か問題でも?あんな世界、放っておけば良いだろう。破壊者はきっと居ないんだ。」
女王としても、転生者の統括者としても、思慮が浅いエレーナ。そんな彼女には、元老院の考えは分からなかった。
相変わらず全裸のまま真面目そうに質問する彼女を見下ろして、円卓では再び嘲笑の渦が起こる。
<今一度、其方に説明しよう。
覇王は危険人物だ。戦乱の世界が統一されるのは、決して許してはならん。>
「何故、統一されてはいかんのだ?」
<天界侵略の足掛かりにされるのも困るし、そうでなくとも争いが無くなった世界は弱体化する。
次に魔界と戦う時、"徴兵出来る人材"がまともに育たない土壌になっては困る。あの世界は、天然の訓練場なんだ。>
質問を受けた老神が、立て続けに解説した。
戦乱の世界と呼ばれる"ストラグル・アリーナ"の現状と、その存在意義についてだ。
戦乱の世界の意義は、老神の言葉通りだ。
度重なる魔界との戦争において、神や天使だけでは賄い切れない戦力を補填するための"徴兵先"、その為に最良の環境。
戦争とは、技術革新の起爆剤である。
地球では科学技術に限定された話であるが、異世界においては魔法や剣術も革新の対象に含まれる。
人間同士で殺し合っていれば、神すらも超越するほどの猛者や技術が必ず現れる。
次なる魔界との大戦の為に、常日頃から争っていてほしい。それが、老神たちの本音なのだ。
だが、日々を懸命に生きる人間たちにとって、コレほど身勝手な話も無いだろう――。
「魔界には逐一、幼い少女から老人まで、あらゆる人間を転生させて、勇者として送っている。
結果としては拷問と処刑、運が良くて娼館堕ち。それでも、天界の情報は漏れていない。彼らによる破壊活動では、物足りないか?全面的な武力衝突の懸念が?」
エレーナの方も、中々に酷い手法を使っている。
この戦法自体は他の神の入れ知恵だが、承認し実践している時点で彼女の罪である。
<先日、バイオレット家の生き残りが、ヴィルヘルム2世と結婚した。廻炎のヴィルヘルム、その息子だ。
所詮は"薄らバカのデブ"と"没落貴族の売女"。問題は起こらないと信じたい。
だが、廻円眼を開眼した者が魔界とパイプを持つのは危険だ。吹雪の瞳術と"双翼"を成した星雲大戦の象徴。その脅威は、其方とて分かるだろう?>
「まさか、既に廻円眼を!?」
思慮が深いとは言えない彼女でも、"廻円眼"の事は知っている。
吹雪資正の永征眼と並び、"伝説の眼術"として語り継がれる英雄の眼。その存在自体は、授業で聞いていたのだ。
<案ずるでない。開眼の兆しすら見えん。だが、クラリアス家の現状は非常にマズイ。
300年前の対戦時より、魔界とのパイプを持っている家族。そこに加わった淫魔の王族。それが意味する事は分かるね?>
「は、はい・・・まぁ・・・?」
ところが、彼女の思考は中途で停止した。
廻円眼の事は知っている。バイオレット家の事も知っている。しかし、その二つが"意味する事"に、頭が回らないのだ。
脳内に浮かぶ疑問符を誤魔化しながら、エレーナは適当に相槌を打った。
<ヴィルヘルムは300年を生きた割に、孫すら居ない稀有な輩だ。だから、事を荒立てずに対処する。
バイオレット家の女に、呪いや毒は効かないし・・・そうだな、"破滅フラグ作戦"で潰そう。」
理解が追い付いていないエレーナを置き去った老神は、聞き慣れない単語を発した。おそらく天界の政治家にとって、"十八番の裏工作"を示しているのだろう。
<とにかく、"兵隊牧場"としても、"魔界との防波堤"としても、統一されるのは癪な世界だ。
天下統一などと抜かす覇王には、死んでもらわねばな。吹雪征夜が失敗したなら、武神を送り込むまでよ。>
「彼は、"魔王を倒す使命"を終えたと思っていたが・・・。」
<グランディエルを殺したのは、転生者No.・・・番号までは覚えてないが、人形使いの男だ。奴ではない。
"使命を果たしていない者"に、褒美も祝福も与えられない。そうであろう?>
「そ、そうだったな・・・?」
エレーナの意思は、いとも容易く丸め込まれた。
彼女には多大な権力があり、元老院の者も彼女の意思を無視する事は出来ない。
だが、肝心の彼女本人が、置き物同然の思考力しか持っていないのだ。これでは、操り人形に他ならない。
<コレはチャンスなのだ。吹雪征夜にとってのチャンス。そうは思わないか?
お前が奴を気に入っているのは知っている。それなら、褒美をとらせてやりたいとは思わんか?>
「そ、そうだな・・・?」
よく分からないまま、エレーナは征夜を新たな世界に旅立たせる事を承諾しつつある。
数多の偶然が重なったおかげで、今回の旅を生き延びる事が出来た勇者一向。しかし、次の冒険も成功するとは限らない。
今回に至っても、一人の仲間を失った末の辛勝だ。
次回は誰が犠牲になるのか。それどころか、全員まとめて破滅するかも知れない。
それほど危険な旅に出向かせる計画が、冷酷な老神と無責任な女神によって、淡々と進みつつある――。
<それにだ。お前の代で"伝説の勇者"を排出したなら、其方の名も歴史に残る。元老院への昇格も、現実的になるぞ。>
「了解した。」
政治的な話に対しては、イマイチ芯の通らない返答しか出来なかったエレーナ。だが、昇進に関する話には貪欲に喰らい付いた。
まるで餌に群がる雌豚のように、猪突猛進な返事。後先は何も考えず、出世の事に関心を寄せている俗物な思考に対し、老神たちは噴き出しそうになった。
「手続きはこちらでやっておく。・・・邪魔をしたな。」
「あぁ、ありがとう!」
自分が都合よく乗せられている事にも気付かぬまま、エレーナは適当に返事をした。ある意味で無垢な彼女の対応も、老神にとっては滑稽な物だった。
~~~~~~~~~~
「ククッ!見たか!あの変わり様!」
「自己顕示と出世欲に駆られるとは、身も心も不埒な奴だ。・・・いや、体は淫らと言うべきか?」
「素っ裸のお仕事モードほど、色っぽい物も無いな!」
「そりゃまぁ、枕でのし上がった女だからな。あんなモンだろう。」
円卓の隅に身を寄せる4人の神は、議題とは何の関係も無い話題で盛り上がっていた。
神とは言え、結局は人間の権力者と何も変わらない。面白い物を見たなら、笑わずにいられない。
だが、そんな不真面目な者達とは逆に、議題に関して感情的に論ずる者も居る。
「そもそも、"魔王が天界の兵に殺された"と言う事実が重要だったのだ。
転生者とは言え、たかが人形使い。それも魔界の手の者に殺されたのでは、単なる謀反ではないか!」
魔王の暗殺には、当然ながら政治的な意味合いが強い。
魔界の最高権力者であり、最高レベルの能力を持つ存在。それが"天界の尖兵"に討たれたのでは、魔界に激震が走るのは道理だ。
天界にとっては、それが目的だった――。
「次代の魔王選挙は、既に始まっている。
"正統なる魔王"を吹雪征夜が殺せば、攻め入るチャンスであったと言うのに・・・!」
ラドックスは所詮、仮初の魔王に過ぎない。選挙による投票には、魔術契約の意義も多大に含まれている。
それを経ていないなら、たとえ魔王であっても政治的にはテロリストに過ぎない。魔界の民主主義は、そうやって守られて来た。
その民主主義を根本から破壊し、混乱した政治に付け込んで"第二次星雲大戦"を宣戦布告する。それが、天界の思惑だった。
だが現在の魔界では、既に戦時並みの臨戦体制が敷かれている。
"魔王を殺した勇者"と言うカードが無ければ、政治的な圧力も掛けられない。
その点において征夜は、「使命に失敗したが、平和には貢献した。」と言えるだろう――。
「正直、殺せるとは微塵も思ってなかった。犬死の一人として送り出したつもりだ。
だが、このまま成長すれば魔王すら倒せる男になる。それなのに、あそこまで国境警備を固められては・・・。」
"あわよくば"の期待を寄せて、勝手に落胆した。
それなのに、老神達の不満は最高潮に達している。
今の征夜には無理な事が、いつかの征夜には出来る。
だが、人間の寿命では次の暗殺機会を窺うのは不可能だ。その事実に対し、抑えきれない嘆息が溢れ出す。
「全く・・・"頼り無い勇者"だな。」
"絶妙に使えない手駒"に対して、一人の老神が短く愚痴を吐いた――。
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