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第七章 天空の覇者編
EP186 似た者同士
しおりを挟む弾丸は征夜に当たらず、刃はシンを斬っていない。
しかしそれは、間に入った者の犠牲を意味している。
土埃に包まれた広場は視界が悪く、その中で征夜はパニックになる。
「花!花!大丈夫か!?返事してくれ!花ッ!」
征夜は刀を握る手を離し、手探りで花の感触を探す。しかし、視界が0に近いせいで見つかる気配が無い。
「ちっ、余計な事しやがって。」
バツが悪そうに悪態を吐いたシンは、その場から逃げ去ろうとした。
「どこに行く気だ。」
「めんどくせーから逃げ・・・は?」
土埃の中から響く、静かな声。それは不快感を露わにして、シンに敵意を向けている。
「誰だ!・・・うぉっ!?」
土埃を払い除けて姿を確認しようとしたシンは、突如として後ろに吹き飛ばされた。
まるで透明の爆発に巻き込まれたかのように、彼を覆う空気が炸裂したのだ。
埃が取り払われた広場の中央には、一人の男が立っていた。自らが纏った黒衣の中に花を覆い隠し、弾丸と刃をそれぞれ摘み取っている。
「テセウス!?」
そこに居たのは他でもない、テセウスことオデュッセウスだった。大事そうに花を守りながら凶器を掴み取る姿は、まるでSPのようである。
抱え込んだ花を解放した彼は、刀と弾丸を地面に叩き付け、怒りを露わにした――。
「くだらない理由で、彼女を傷付けるな。」
(なんだコイツ!)
体から溢れ出す怒りを感じ取ったシンは、再び拳銃を構えた。今度の標的は、もちろんテセウスだ。
「誰だか知らねえが!死んでもら」
「こっちだ。」
「ハッ!うおあぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」
突如として背後に現れたテセウスの強烈な右ストレートが、シンの鼻頭に直撃する。
衝撃で吹き飛ばされた彼は民家の外壁に激突して、自分の体で巨大なクレーターを作った。
「花を助けてくれたのか!テセウス!」
自分の手で花を殺してしまったと思った征夜は、心の底から安堵した。その感謝をテセウスに伝えたのだが――。
「甘えるなッ!!!」
「えっ?ごほぉっ!!!」
今度は高速移動で迫った足が、征夜の脇腹を力強く蹴り上げた。
まるでサッカーボールのように空中へ打ち上げられた体を、跳び上がったテセウスは追撃する。
「貴様が居たから、彼女は傷付いたんだッ!」
まるで何か、私怨のような物を込めた一撃が、征夜への蹴りとして発露する。
「おごぉっ!!!」
壮絶な勢いで蹴り落とされた征夜は、15メートル上空から煉瓦造りの歩道に直撃した。
力強く地面が抉れ、シンと同様にクレーターが出来ている。
「はぁ"・・・はぁ"・・・はぁ"・・・!」
軽やかに着地したテセウスは、息を切らせている。しかし、それは肉体疲労から来る物ではなく、極度の興奮状態によって引き起こされた物だ。
「・・・ハッ!征夜!シン!しっかりして!」
呆気に取られて縮こまっていた花は、やっと自意識を取り戻した。力強く叩き付けられた二人を心配して、駆け出そうとする。
そんな中、呼吸を整えたテセウスは彼女の方を向き直った。先ほどの圧倒的な気迫に圧されていた花は、怯え切ってしまう。
「ひぃっ!あ、あぁ、あの・・・ふ、二人を・・・介抱しても・・・い、良い・・・ですか?た、大切な・・・仲間なので・・・。」
顔を伏せて、目を合わせないように心がける。
顔を覆っているので、彼の視線は分からない。だが、目を合わせて因縁を付けられたら、その恐怖だけで死ぬ自信がある。
テセウスは何も話さずに、ただゆっくりとにじり寄って来た。恐怖で腰を抜かした花は、逃げる事も出来ない。
「あ、あぁ!あの!助けてくれてありがとうございます!こ、この前も!サムから助けてくれましたね!か、感謝しています!あ、あの!その・・・!」
怯え切ったまま後退りする花に対し、テセウスはゆっくりと屈み込んだ。
そして視線を同じ高さに合わせて、一言だけ呟いた。
「やっぱり君は、いつ見ても素敵だ・・・。」
「え?あぅっ・・・///」
座り込んだままの彼女を、彼は優しく抱きしめた。
嫌な気はしない。ただ、すごく不思議な高揚感がある。
ゆっくりと抱擁を解いたテセウスは、雲一つない青空に向けて飛び去った――。
~~~~~~~~~~
「いくら喧嘩だからって、武器を抜く人なんていないわ!二人とも反省して!」
「はいはい、すんまそん。」
「反省してないでしょ!」
「え?いでででででッ!!!」
口答えしたシンは、骨折した足を花に叩かれた。
二人とも意識はあるが、彼女に食ってかかるのはシンだけだ。征夜は申し訳なさそうに、頭を下げている。
「結局、二人とも病院送りとは・・・。」
「死んでないだけマシよ!あなたも反省して!」
「はい、すみません・・・。」
延々と説教される征夜だが、別に嫌ではなさそうだ。
大人になってからは、叱られる事など滅多にない。
資正に殴られる事は多々あったが、喧嘩して怒られる経験は人生でも初めてな気がする。
「骨折はすぐ治るけど、一週間は安静って言われたわ!
教団に狙われてるのに、仲間割れで怪我なんておかしいでしょ!」
「怪我したのはテセウスのせいだよ!僕たちじゃな」
パチンッ!
「い、痛い・・・。」
頬を引っ叩かれた征夜は、涙が溢れて来た。
別に痛かったわけではない。資正に木刀で殴られた事に比べれば、一般女性のビンタなど蚊に刺されたような物だ。
ただ、心が痛い。
花を怒らせて、傷付けそうになった事実が辛い。
「あの人が止めなかったら、私は死んでたわ!それに二人とも、確実に大怪我してたわよ!もっと感謝して!」
これまでの経緯から、テセウスに不信感を持っている征夜だが、今回の事は50%自分が悪い。
残りの半分はシンであり、テセウスに落ち度は微塵も無い。何処からともなく現れて、彼女を救っただけなのだ。
誰がどう見ても、彼の姿は"ヒロインを救う主人公"そのものだ。
何の要請も無く駆け付けて、何の見返りも求めずに去っていく。正にヒーローの鑑である。
「本当に・・・すみませんでした・・・。」
圧倒的な敗北感を受け止めた征夜は、俯いたまま再び謝罪した。手の甲に涙が溢れて、罪悪感と屈辱で前が見えなくなる。
「シンは反省したの!?何も言わないけど!」
「わるぅござんした。」
シンは微塵も反省を見せない。
ここまで来ると、もはや完全に意地を張っている。我慢の限界を迎えた花は、怒りを爆発させてしまう。
「アンタなんて、もう知らないから!!!」
ガッシャーンッ!
「い"っでえ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
骨折した足をギブスの上から花瓶で殴られたシンは、思わず悲鳴を上げた。
その花瓶は花がお見舞いに持って来た物だが、むしろ怪我を悪化させる為に利用された。
「割れたガラスは片付けてね!病院の人に迷惑だから!」
皮肉タップリの笑みを浮かべた花は、粉砕された花瓶を病床に放り出しまま、勢いよく病室のドアを閉めた。
~~~~~~~~~~
「アイツ、マジギレかよ・・・。」
「花瓶で殴るなんて、相当怒ってるね・・・。」
部屋に取り残された征夜とシンは、天窓から降り注ぐ星の光を眺めていた。
異世界の夜空は美しい。産業革命が無いために、空気が綺麗なのだ。それでいて電球も少ない。だから、夜の町は闇に包まれている。
「ガラス・・・片付けるかぁ・・・。」
「僕も手伝うよ。」
足を折られたシンに代わり、征夜は立ち上がった。
骨折した左手を固められているが、右手は十分に使える。
「うわぁ・・・かなり粉々になってるね・・・。」
「こんな所で寝たら、むしろ怪我が増えるぜ。」
「ハハハ、確かにそうかもね。・・・いてっ!」
薄暗い視界でガラスの片付けをしていた征夜は、指先を僅かに切ってしまった。
大きな傷ではないが、刃物で切られたような痕が付き、うっすらと血が垂れている。
「おい大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫!」
状態を起こしたシンも、掛け布団の上に散乱したガラスを片付け始める。しかし手元が暗すぎるせいか、彼も指を切ってしまった。
「くそっ!めんどくせぇな!」
このままでは埒があかない。苛立ちと切り傷が積み上がり、不快感を増幅させる。
そんな中、征夜は単純明快な事に気が付いた。
「・・・そうか!掛け布団ごと持ち上げて、ゴミ袋に向けて傾ければ良かったんだ!」
「・・・俺らって、もしかしてアホなのか?クク・・・フハハハ・・・!」
「フフッ・・・アハハハッ!」
あまりにも簡単な方法があった事に気付き、二人は顔を見合わせた。
そして、こんな事にも気付かないほど馬鹿になっていた自分達が、可笑しく思えて仕方ない。
顔を見合わせたまま笑い出した二人は、お互いの滑稽さに呆れ果てた。
そうして何気ない時間を過ごすうちに、二人の間の"わだかまり"は、自然と薄れて行った――。
~~~~~~~~~~
翌日の早朝、怪我の具合が良くなった征夜は、一人で馬小屋に訪れていた。
「どうやら君も、こっぴどく叱られたみたいだね。」
クウゥゥ・・・
明らかに元気がないサランは、ゆっくりと顔を俯けた。
シンと征夜を叱り飛ばした花は、その足でサランに説教しに来たようだ。
勿論、彼女も体罰の類はしていない。だが、動物虐待にならない範囲で、じっくりと説教したようだ。
人の言葉が分かるサランは、彼女が怒っている事を理解出来る。そして何より、彼女を悲しませてしまった事実に、大きく凹んでいた。
「分かってるさ。ミサラはどうやら、花を好きじゃないらしい。だから、彼女を襲ったんだろ?」
無言のまま頷くサランと目を合わせ、征夜は静かに語りかける。そして、優しい笑顔を作り出した。
「花の事を守りたくて暴走するあたり、僕たちは似た者同士かもね・・・!」
不思議な視点で自分とサランを繋げた征夜は、彼女の背に跨った。そして、優しく頭を撫でてあげる。
「ここに来るまで、花を守ってくれてありがとう。これからは僕が守るから、君は少し休んでほしい。
・・・と言っても、馬車を引いてもらうんだけどね。」
少し申し訳ない気もするが、彼女抜きでは旅が成り立たない。四人の荷物を運ぶには、馬車を使う他にないのだ。
ヒヒィィィンッ!!!
そんな気持ちを察してか、サランは力強く嘶いた。
頭を撫でる征夜の手を舐め、「任せて!」と言わんばかりに胸を張っている。
「やる気満々って事かな?・・・なら、これからもよろしく!サラン!」
朝の日差しに照らされたながら、二人は新たな戦いに向けて決意を固めたのだった。
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