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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP158 伏兵

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「大佐、多分アレですよね?」

「あぁ、間違いない。あの船だ。」

 征夜とミサラは小高い丘に這いつくばり、望遠鏡を覗いていた。
 その視線の先には港町があり、その桟橋に巨大な船舶が停留しようとしていた。

「あの船に、教祖とかいう奴が乗ってる。」

「暗殺・・・ですよね?」

「他に手段はない・・・。話が出来る相手なら、可能性はあるが・・・。」

 征夜としても平和的に解決できるなら、それに越した事は無かった。
 しかし、自分の命が狙われていると知った上で、話し合いによる解決を望むほど、彼はお人好しでもない。

(話が通じる相手なら、こんな事はしちゃいないか・・・。)
「はぁ・・・。」

 征夜は大きくため息を吐くと、再び船に目を凝らした。
 やがて甲板に人が溢れ出し、赤色のカーペットを敷いた。そしてその上を、奇抜な容姿の男が歩いてゆく。

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「アレが・・・教祖・・・!」

 青と赤の長髪に、端正な顔立ち。
 歳は30前後と思われるが、その風格は若者が纏う物ではない。
 黒を基調とした衣に身を包み、ゆっくりと歩いている。

「どうやって近付きますか?」

「護衛が多いな。正面から突破するのはキツそうだ。」

 征夜には、護衛らを圧倒できるだけの自負があった。
 しかし教祖を守っているとは言え、無益な殺生は避けるべきだと思っていた。

 それにもう一つ、大きな懸念点があるーー。

(教祖の実力が分からない・・・。)

 それこそが、最大の難点でもあった。
 色仕掛けと特殊能力有りとは言え、仮にも自分と互角の強さを持っていたセレア。
 そんな彼女を、高待遇とはいえ自らの下に置くような男なのだ。警戒するに越した事は無い。

「騙し討ちの機会を窺う。そして、一瞬で仕留める。」

「このまま、監視を続けましょう・・・!」

 望遠鏡を握りしめた2人は、物陰からの観察を続けた。

~~~~~~~~~~

「支部のアジトに入りましたね・・・。」

「あの中には何がある?」

「正確な情報は分かりませんが、教祖の書斎があると言われています。」

「なるほど・・・護衛も多そうだな・・・。」

 征夜たちは結局、教祖がアジトに入るまで隙を見出す事が出来なかった。
 地中にも広がるアジトは、伏魔殿と言って過言では無い。どれほどの猛者がひしめき合っているか、征夜には想像も付かないのだ。

(一対一ならともかく、複数を相手取るのはキツい・・・。セレアさんレベルの相手だと、流石に無理がある・・・。)
「暗殺はひとまず保留にしよう。中に入らないと、話にならない。」

「そうですね。」

「僕の顔は割れてないよね?」

「大丈夫です!大佐の顔を見た人は、記憶を消しておきました。」

「ありがたい!ていうか、そんな事も出来るんだね!?ほんとにすごいよ!」

「えへへ~♪」

 珍しく征夜に褒められたミサラは、顔を真っ赤にしている。

 彼女の行った記憶操作は、かなりの高等技術なのだ。
 その事からも分かる通り、彼女の才能はこの世界の上澄みと言って過言では無い。
 17の若さでこのレベルに到達する者は、魔法使い100人に1人の割合である。

 ただしそれでも、10歳であるサム・アストレクスの足元にも及ばないのだがーー。

「この島には視察で来たらしい。・・・なら、会議のような物をするのかな。」

「会議室の中では、極秘の話をするはずです。そこなら、護衛は少ないはず・・・。」

「狙うなら、そこだな。」

 征夜とミサラは顔を見合わせて頷くと、気を引締めてアジトに入った。

~~~~~~~~~~

「アレ、教祖様だよな?こんな辺境にどうして来た?」
「あれじゃ無いか?昨日の侵入者の件で。」
「シャノンの海竜討伐作戦の件だろ?」
「生物兵器が死んだって聞いたけど、どうなんだろうな?」
「生物兵器?何の話だよ?」

 アジトの中では、教団員と思わしき者たちによる人だかりが出来ていた。
 様々な情報が錯綜しているらしく、噂話が次々と耳に入って来る。

「すいません、教祖に用が有って来たのですが、どこに居ますか?」

「あぁ、教祖なら中央会議室いるぜ。」

「ありがとうございます!」

 征夜は教団員の一人に話しかけ、あっさりと情報を手に入れた。
 その場所に行けば、暗殺を試みることが出来るのだ。

「中央会議室に、どうやって入りましょうか?」

「まずは会議の内容を聞きたい。暗殺はその後にしよう。」

「なら、正面から入るのは避けた方がよさそうですね。」

「・・・使うなら換気扇かな?」

「そうしましょう。」

 二人は他人に聞こえないような小声で会話を済ませると、中央会議室に通じる換気扇を探し始めた。
 壁伝いにアジトの中を進み、天井を眺めている。

「換気扇から暗殺をするなら、やはり狙撃ですよね?なら、私の魔法を使いましょうか?」

「いや、僕のエゴで君に殺人をさせる訳には行かない。あくまで、僕の手で教祖は殺す。」

「あ、ありがとうございます・・・!そんな事まで気遣ってもらえるなんて・・・///
 ですが、大佐は魔法を使えるのですか?そうでなければ、難しそうですが・・・。」

 ミサラは何処か嬉しそうに、顔を赤らめている。
 しかし征夜には、その理由が分からなかった。

「魔法は一切使えない。だけど、狙撃の方法は考えてある。」

「弓を使うんですか?」

「いや、換気扇の中で弓を使うのはキツイと思う。
 だから、別の方法を使う。まぁ、心配しなくて大丈夫!僕に任せて!」

「わ、分かりました!」

 征夜の述べた根拠なき自信に対し、ミサラは信用を置くことにした。
 しかし彼女としては、少しだけ不安である。

(魔法の方が確実なのに・・・。)

 彼女の扱う魔法には、一撃必殺の威力を持つものが存在する。
 それを使えば、たとえ教祖とはいえ無傷では済まない。だがそれでも、征夜の善意を反故にはしない。

(まぁ、大佐が言うなら大丈夫か!)

 彼女の中にある懸念点は、絶対的な信頼によって打ち消された。

 ところが、肝心の征夜はーー。

(やれるか分かんないけど、やるしかない!ぶっつけ本番だ!)

 この上なく不確かな根拠により、絶大な自信を持っていただけなのだーー。

~~~~~~~~~~

「ここから入れますよ!」

「よし、僕から先に入る。」

 数分後、中央会議室につながる通風口を見つけた二人は、その小さな穴の中へとよじ登った。
 中は薄暗く埃っぽいが、人が通れるだけの隙間は十分にある。

「埃がすごいな・・・ミサラ、大丈夫?」

「けほっ!けほっ!は、はいっ!大丈夫です!けほっ!」

 咳き込みながらも、辛うじて返事をしている。
 彼女はどうやら、征夜よりも埃に弱いらしい。

「辛かったら、外で見張る係でも良いよ?」

「い、いいえ!ついて行きます!」

「分かった。出来るだけ早く済ませるよ!・・・あった。」

 力強く宣言した征夜は、自らの視線の奥に中央会議室の通風口があると気が付いた。
 光が漏れ出て、風に吹かれた埃がその上を舞っている。

「ここからは静かに行こう・・・。」

「はい・・・。」

 二人は小声で目配せすると、通気口を通して会議室を覗き込んだ。
 すると、先ほどの男は席を外しているらしく、最も豪奢な椅子には人が座っていない。

 会議は未だ始まっておらず、その場に集められた重役たちは個人的な雑談を交わしている。
 自分のビジネスの事、最近見聞きした冒険者の話、今回の会議の議題について、例を挙げたらキリが無いほど様々な話題が、20人ほどの男たちの間で飛び交っている。

「これが・・・教団の幹部・・・。」

「こんなに沢山いるですね・・・あっ!」

「どうしたの?」

 何かに気付いて驚いたミサラは、思わず声を上げてしまった。
 通気口の上から指を差し、一人の男を指し示す。

「あの髭がすごい人!"オルゼの市長"です!」

「なんだって!?」

 征夜は、ミサラよりも大きな声を出してしまった。
 慌てて口を塞いだが、どうやら気付かれていないらしい。

「それが本当なら・・・この世界の上層部は既に、教団に掌握されてるのか・・・?」

「オルゼは実質、教団に支配されています。
 なので、市長も怪しいとは思っていましたが・・・。」

 征夜にとっても、オルゼはかなり危険な町という認識だった。
 町全体が暗く、スラム街と風俗街が面積の半分以上を占めている。
 ソントやドゴルとは違い、表世界に生きる者が集う場所とは思えないのだ。

「トップが団員なら・・・説明がつく・・・!」

 公共の地下道を勝手に改造し、生物兵器開発施設にすると言う暴挙も、これなら納得がいく。
 おそらく既に、警察組織も機能していないのだろう。全ての公共秩序が、汚職によって塗りつぶされているのだ。

「もしかして、他にも知っている人がいたりして・・・。」

「僕も探してみる・・・!」

 もしもこの他に、知っている男が混ざっているのなら、それは由々しき事態だ。
 何食わぬ顔で近づかれて、騙し討ちでもされたら堪らない。だからこそ、警戒は最大限にするべきなのだ。

 そんな中、征夜の視界に一人の中年男性が留まったーー。

「あの男・・・どこかで見た事が・・・。」

「あの服は、ギルドの制服ですが・・・。」

 征夜は考え込む。自分に、ギルドの知り合いなど居ただろうかと。
 彼が出会ったギルドのメンバーは、数えるほどしか居ないはず。そう考えると、選択肢は自然と絞られてくる。

「ギルド・・・ギルドの知り合い・・・・・・ハッ!」

「知ってるんですか!?」

 征夜にしてみれば、その顔は馴染み深い。
 知っているだけではなく、共に旅をした仲なのだ。

 だからこそ、この裏切りはショックだった。
 しかし裏切られたからこそ、あの結果なのかも知れないと、自然と納得させられる。



「アイツは・・・"サーイン"だ・・・!よくも・・・裏切りやがったなッ!!!!!」

 どうやら、あの旅団にいた""は、一人ではなかったらしいーー。
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