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第七章 天空の覇者編

EP201 勇者と呼ばれた悪魔 <☆>

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「お、お前が・・・魔王!!!」
「えっ!?この人が・・・?」
「思ってたより若いな。」

 怒り、困惑、驚き。3人はそれぞれ、突如として現れた怪人物についてコメントした。
 だが、それぞれに共通している事は、"並々ならぬ緊張感"が漂っていると言う事だ。

「その通りだ。・・・待て、別に君たちを殺そうって訳じゃない。」

「嘘をつくな!」

 征夜は刀を構え、自らを魔王と名乗る男に切り掛かった。
 だが彼の斬撃は軽くいなされ、白刃取りの要領で刃を握られ、そのまま奪われてしまった。
 背負い投げの要領で吹っ飛ばされた征夜は、地面に転がされてしまう。

「少将!大丈夫ですか!」

 ミサラは慌てて彼に駆け寄ろうとするが、魔王に近づく勇気が出ないらしい。
 手だけを彼に向けて伸ばしたところで、体が硬直してしまった。

「俺の刀を返せ!!!」

 凶狼の瞳を発動させた征夜は、怒りのままに叫んだ。
 だが魔王は、どこか宥めるような調子で語りかける。

「落ち着きたまえ。ハッキリ言って、君では私に勝てない。ここは私を信用する他あるまい。
 もし逆らうなら、ここで殺しても良いんだ。だが、別に殺したくて来た訳じゃない。・・・どうする?」

「くっ・・・!」

 シン、ミサラ、征夜は、ともに満身創痍だ。明らかに戦闘できる体調ではない。
 このまま挑めば、確実に負けるだろう。たとえ嘘だとしても、魔王の提案に従うしかない。

「聞き分けが良いな。それでは話そうか。私が何故、こんな田舎まで出向いたのか。」

「話すまでもないな!世界を支配する為だろ!!!」

「まずは・・・君たちの誤解から解こうか・・・。」

 "魔王"は、征夜があまりにも話を聞かないので、些かウンザリしていた。
 だが"年長者"らしく根気を保ち、対話をしようと試みる。

 そんな彼の口から出た言葉は、あまりにも衝撃的な内容だった――。



「君たちは"騙されている"。エレーナと言う女に。」

~~~~~~~~~~

「デタラメを言うな!!!」
「そうですよ!嘘言わないで!」
「う~ん・・・。」

 征夜、ミサラは不信感を露わにした。
 相手は魔王なのだ。悪魔の王なのだ。そんな男の言葉を聞くほど、彼は馬鹿ではない。

「まぁ、落ち着いて聞いてくれ。
 そもそも君たちは、何のために転生した?」

「お前の首を斬り飛ばす為さ!」

 征夜は威勢よく言い放ったが、地面に手を着いたままでは格好が付かない。

「そうだろうな。・・・いや、別に怒ってないさ。ただ、君たちが"哀れ"に思えてな。」

「どう言う意味だ!!!」

「もう少し先を考えてみようか。私の首を切って、一体何になるのだ?」

「世界が平和になるだろ!!!」

「いや・・・どうだろうな・・・。今の天界の情勢を鑑みるに、私が死ぬと異界星雲は"荒れる"な。
 天界の派閥同士による代理戦争か。それとも私の弔い合戦か。どちらにせよ、"禁止級呪文"が飛び交う大惨事になるだろう。」

「そんな訳あるか!!!」

 征夜の中にある、絶対的な価値観。女神は正義であり、魔王が悪という常識。
 それを当然のように否定する魔王に対し、彼は怒りを露わにした。
 どこか余裕綽々とした笑みを浮かべて、魔王は彼に囁くのだ。それは彼にとって、馬鹿らしい嘘に他ならない。

「落ち着けよ征夜。コイツの話も、聞いてみる価値はあるだろ。」

「シン!コイツの言う事を信じるのか!?」

「そうですよ!相手は魔王なんですよ!?」

「だからこそ・・・だろ?
 嘘だろうが真実だろうが、関係ないんだ。コイツが何を望んでるのか、それを聞くことに意味があるのさ。」

 事あるごとに魔王の言葉を遮る征夜を、シンは少し宥めた。
 どうにも納得できない様子の彼だが、仲間から話を聞こうと言われたのでは、従う他にない。

「遮って悪りぃな。続けてくれ。」

「君のように話の分かる者がいて助かったよ。」

 魔王はどこかホッとしたような表情を浮かべると、先の話をし始めた。

「そもそも、私はこの世界に何の害も与えていない。
 我が父とセレニア・・・いや、"天渡りの剣士"との一件以来、魔界全体で反戦運動が起きてな。
 どうにも戦争をする気運も無いので、天界とは一応の"協調路線"になったのだ。」

 "天渡りの剣士"は、資正の別名である。
 魔界に住む者たちは、彼を勇者ではなく一人の剣士として、一種の敬意を抱いていた。
 実力至上主義の彼らにとって、資正が"人間"である事は関係ない。ただ単純に、"強者としての尊敬"を抱く者が多かったのだ。

 それがたとえ、彼らの王を殺した存在であっても――。

「アンタの父親・・・?」

「先代の魔王さ。300年前に死んだ時、私はまだ85歳だった。」

 "まだ85歳"と言うあたり、魔族の寿命は人間の10倍ほどらしい。人間に換算するなら、小学生2年生と言ったところだ。

「"星雲大戦せいうんたいせん"以来、魔界と天界に表立った抗争は起きてない。
 恥ずかしい話だが、私の父は過激派だったものでね。
 今の魔界は"民主主義"だから、民意を無視して戦争なんて始めようものなら、私が処刑されてしまうよ。」

「民主・・・主義・・・?」

 征夜の中にある魔界のイメージが、崩壊しつつある。
 独裁者のような不遜な魔王がいて、手下は彼の気分で殺される。
 そんな世界をイメージしていたのだ。
 しかし彼の話が本当なら、魔界の姿がまるで違って見える。

「民主主義って・・・どういう意味だ・・・?」

「そのままの意味さ。選挙で落選すれば、魔王の座から下ろされる。それだけさ。」

「ちょっと待ってくれ・・・アンタは別に、争いを望んでない。それでいて、魔界の住民もソレに従ってる・・・そういう事か?」

「あぁ、その通りだ。私は天界に挑戦する気も、人間界を侵略する気もない。
 それなのにエレーナとか言う女は、次々と勇者を送り込んで来る。ハッキリ言って、ウンザリしてるんだ。」

「何が・・・言いたいんですか・・・?」

 征夜の口調は、いつの間にか敬語になっていた。
 これは恐れによる物ではなく、魔王という存在が"民意によって成り立つ統治者"だと知ったからだ。ならば、最低限の敬意を払うのが礼儀だ。

「天界と魔界は、いわば二大勢力な訳だ。
 300年前の戦いでは、異界星雲を全て巻き込んだ大戦争になった訳だが・・・まぁ、結果は知ってるだろう?
 本拠地に乗り込んだ我が父・グランディエル1世と魔界神たちは、悉く"彼"に滅ぼされた。」

「ちょっと待ってください!
 天界と"この世界"だけではなく、異界星雲の全てが戦場に・・・?」

「魔界は"人間ホモ・サピエンスへの被害"も考慮して、宇宙空間での戦闘を申し出た。
 しかし、奴らは地続きでの奇襲を掛けるために、魔界の領土を侵犯した。
 そこには、"罪の無い人間"も住んでいたのだが・・・勝てば官軍。立派な戦争犯罪さ。」

「そ、そんな筈ないですよ!だって!そんな記録どこにも!」

 こんな話、信じられない。いや、信じたくないのだ。
 彼にだって分かっていた。"記録"などと言う物が、いかに脆いのかと言う事を――。

「"魔界に住む人間"と、"天界に住む人間"が殺し合って、泥沼化しました。
 結局、"人間の男に頼って"魔王が死ぬまで、民間人への被害など考えずに戦争を続けました。
 ・・・そんな事、書くと思うかね?勝者が歴史を作るんだ。つまりはそういう事さ。」

「でも!先に攻撃したのは魔王ですよ!」

「天界に住む奴らによる、魔族の迫害。
 それは4万年の歴史によって紡がれている。神と魔族は元々、同じ人種だった。
 しかし、我らの祖先が神とは違う進化を遂げた時、奴らはそれを認めなかった。
 最初は些細な違いだった。背部に生えた翼が白か黒か。頭に生えたのが、現生エルフのような耳か羊のような角か。それだけだった。
 だが、奴らは魔族の祖先を穢らわしい劣等種として、隷属させた。それに反旗を翻したもの達が作った世界が、"魔界"なのだ。」

「そ、そうなんですか・・・。」

 この話が本当なら、どっちが悪か分からない。
 少なくとも事の発端に遡れば、間違いなく神が悪いだろう。

「最初に攻撃したのは、まだ"界軍元帥かいぐんげんすい"だった父だ。それは認めよう。
 しかし、事の発端は天界の元老院が、"魔界に軍を駐留させる"事を閣議決定した事だ。
 事実上の宣戦布告を受けて、我が父は焦っていた。そして当時の魔王の許可を取って、最初の侵略をした。
 だが、それを退けられた父は、当時の魔王の"全生命力"を譲り受け、最強の魔王となって侵略を再開した。」

 勇者の伝説には、再び現れた魔人が更に強力になっていたと記されている。
 その理由が今、やっと分かった。先々代の魔王は、全ての想いを彼に託して死んだのだ。

「話を戦後に戻そう。終戦以降の両陣営は戦力を均衡させて、武力衝突を無くすように努めて来た。勿論、何度か危ない時もあったがね。
 えぇと・・・ラドックス、お前の世界では何と呼ぶんだったか?」

「"冷戦"です。陛下。」

 ずっと口を閉ざしていたラドックスが、ついに一言だけ喋った。
 彼はドイツに生まれて、ドイツで育った男。幼い頃、実際にベルリンの壁を見た事もある。そんな男が言う言葉には、何処か重みがある。

「そう、ソレだよ。魔界と天界は、君たちの世界で言うところの"資本主義国"と"社会主義国"みたいな物さ。
 我々は自由を重んじる。"魔王は君臨すれども統治せず"。あくまで主権は界民だ。私は代表に過ぎない。
 それに引き換え天界は、未だに絶対王政を敷いている。統治された世界の運命も、そこに住む者の人生も、全て奴等に生殺与奪を握られている。
 それを嫌う人間ホモ・サピエンスは、自らの意志で魔界に来た。我々はそれを歓迎するし、人間を保護する法律も作った。最初は混乱があったが、今では混血も進んで落ち着いたさ。」

「人間が・・・住んでるんですか・・・!?」

「魔界は、君たちが想像する"地獄"とは違うんだ。
 内臓を引き摺り出して遊ぶ奴は居ないし、人間を奴隷として扱ってる訳でもない・・・まぁ、例外はあるが。
 大多数は君たちと共に歩む事を望んでいるし、差別主義者は処罰するようにした。だから、人間が住むのに苦労する場所じゃない・・・と思いたい。」

 魔王は少し謙遜したが、実際のところ彼が王位に就いてから、魔界の治安は飛躍的に向上していた。
 転生者に対する差別なども無く、新参者にも優しい実力主義社会。政府高官に人間が徴用されるなど、社会的地位も平等なのだ。

 ハッキリ言って、”旧聖地・アンダーヘブン”と呼ばれるこの世界よりも、よっぽど”太平の世界”と呼ぶに相応しい。

「僕たちは何の為に・・・誰と・・・戦えば良いんだ・・・。」

「気に病む必要は無い。君たちは騙されていたに過ぎない。
 平和な魔界に押し入り、”虐殺の限り”を尽くす者が数年に一度現れる。
 その”テロリスト”達は、いつも決まって言う。自分たちは”勇者”だと。世界の平和を取り戻す為だと・・・・・・ハッキリ言って、もう我慢ならんのだッ!」

 魔王の声が、急に低くなった。
 訳も分からぬ妄言を吐きながら、意気揚々と同胞を殺す。そんな、勇者と呼ばれた”悪魔”。
 平和を望みながら生きていた者たちの血に塗れて、正義を気取る者。

 彼らに対する抑えようのない怒りを、その王は滲ませていた――。

「心中、お察しします・・・。
 でも・・・エレーナ様は・・・そんな人じゃないと思います・・・。」

「様なんて付ける必要は無い。アイツは私が知ってる中でも、最低の女神だ。
 怠惰で、気まぐれで、贅沢好き。あんな奴を先代の後継者とは思えんよ。」

「先代・・・?」

「セルニアの事だ。アレは良い女だった。
 戦後処理で、魔界との協調路線を推し進めてくれた。だが、元老院を怒らせてしまったようだ。
 父の件で責任を取らされ、力を奪われ地上に追放。その後は過激派の魔族に捕まり、魔界にて公開処刑された。
 ・・・当時の魔界幹部が短慮だったのは認めるが、天界の連中も大概だと思わんか?」

「確かに・・・。」

 セルニアの追放には、確かに"政治的な意思"を感じる。
 恐らくだが、勝者である彼らにとって、魔界は蹂躙するべき存在だったのだろう。

 だからこそ、"慈悲深く聡明な女神"が邪魔だった。
 後釜に据えるべきは、その真逆の存在だろう。
 元老院の雌犬として、首輪を繋いでおける女。それでいて、魔界への迫害に心が痛まない女。

 それが、エレーナだと言うのか。
 にわかには信じ難いが、あり得なくもない話だ――。

「・・・まぁ、昔話はこんなところだ。
 そろそろ本題に入ろうか。今日は、お前に頼みが有って来たのだ。」

「頼み?」



「吹雪征夜よ・・・魔界に来ないか?」
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