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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)
EP151 一人
しおりを挟む「よし、建物はこんな感じか。」
腰に帯びた刀から放たれた、七色の波導。
それが男の全身に纏わりつき、膨大な魔力を纏わせている。
その眼前では、踏み潰されたように倒壊した建造物が、まるで時を巻き戻すかのように丁寧に修復されていく。
瓦礫と埃に塗れた廃墟は、潮風に晒される港町を形作っている。
「お疲れのようですね、マスター。・・・お休みしますか?」
気が付くと、背後には美しい金髪の少女が立っていた。
可愛らしい獣耳をピョコピョコと動かしながら、艶の良い尻尾をパタパタと揺らしている。
主君のことを心配して声を掛けているが、男の方はやんやりと提案を断った。
「いや、明日までには蘇生を終わらせたい。正直な話、間に合うかは分からないが・・・。」
「あの者との戦闘が、やはり響いていますか?」
「あぁ、サムを攫った前日の戦闘の消耗も、まだ癒えて無い。
それに加えて一昨日の戦闘だ。ここまでハイテンポで連戦する事も、なかなか無いしな。」
「無理を・・・なさらないで下さい・・・。」
「私は大丈夫さ。むしろ消耗してるのはコイツの方だ。」
男は優しく微笑むと、腰に差した七色の刀を抜き放った。
その刀身の色はくすみ、本調子でない事が予想される。
「クロノマター製の得物と、激しく打ち合ったからな。これも仕方ない。」
「やはり、そうですよね・・・。」
「まぁ、何とか終わらせるさ。」
男はそう言うと、足元に飛び散っている血痕を見下ろした。
潮風に吹かれて風に散っていく砂には、殺された人々の証が刻まれている。
「こりゃまた・・・派手にやったなぁ・・・。」
「まさか足を生やした破海竜を、町に放つとは思いませんでしたね・・・。」
「あぁ、全くだ・・・。」
血に濡れた砂を掴み上げると、指の隙間から落ちて風に吹かれていく様を眺めている。
何かを考えていそうで、何も考えていない。ただ、朝焼けの中で感慨に耽っている。
「海の汚染も深刻です。マスターとあの者が激突した際に、小型のブラックホールが発生したんです。
そこを通って、大量の宇宙放射線が降り注いだようです。そのせいで、海洋生物が限りなく変異を続けています・・・。」
「たとえば、どんな感じだ?」
「プランクトンが5メートルに巨大化し、全身から人間の手足が生えました。
この24時間で性別が80種に分岐し、植物性と動物性で別れて、絶滅戦争を始めました。」
聞く限りは不気味だが、想像すると滑稽だ。
半透明のミジンコが、手足に武装して戦っていると考えると、明らかに可笑しい。
「お、おう・・・意識が生まれたって事で良いのか?」
「平均的な知能指数は300を超えていますね、人間よりもはるかに賢いです。」
「何か・・・凄いな・・・。」
「・・・処理、致しますか?」
「発つ鳥、後を濁さずだ。我々の戦いに巻き込まれたのだから、後始末は義務だろう。
取り敢えずは、人命を再生させる。そしてその後、海を焼き払おう。」
「了解しました。」
戦闘の余波で荒廃した世界。その修正の方針を決めた男は、人命の蘇生。即ち、”生き返らせる”作業を開始した。
しかしすぐに手を止めると、背後に立っている少女に語り掛ける。
「・・・ここは、私一人で十分だ。」
「いえ、私も手伝います。」
「行きたい場所が有るだろう?なら、私に遠慮しなくて良い。」
「・・・・・・。」
少女はその場に立ったまま、沈黙してしまった。
男の言った事は、良い意味で彼女の本心を見透かしていたらしい。
「もしお前が望むなら、超神界に持ち上がっても一向に構わんぞ。」
「・・・いえ、きっと既に私の居ない環境に順応している筈です。そのような事は、致しません。」
「分かった。お前がそう言うなら、それで良い。」
「・・・では、少しだけお時間を頂きます。」
「おう、気を付けてな。」
主君が微笑んだのを確認した少女は、その姿を消した。
そして、残された男の方は――。
「はぁ・・・。雷夜なしで蘇生作業・・・こりゃ、相当キツいぞ・・・。
取り敢えず仮死状態にして、部分的に復活させるか・・・。」
大きくため息を吐くと、疲れたように呟いた。
~~~~~~~~~~
朝霧が地表を漂い、朝露が草木を濡らす早朝。
熱帯林を包み込む静寂と平穏は、突如として破壊的な咆哮によって割り裂かれた――。
ガアァァァオンッッッ!!!!!
「うわぁッッッ!?」
ベッドの中で、モゾモゾと微睡んでいた征夜。しかしその眠りもまた、咆哮によって阻害された。
戦士の本能で臨戦態勢に入った彼は、即座に刀を差して武装した。
(一体・・・何の音だ?・・・まさかっ!)
その咆哮には、聞き覚えがあった。だからこそ、猛烈に嫌な予感がする。
慌てふためいた様子で、裏口の扉を開け放って転がり出た。
「大佐!今の音、聞こえましたか!?」
征夜の後に飛び出してきたミサラは、髪が少しボサボサしている。
見たところ、征夜と同じように起床直後のようだ。
「あの声は・・・間違いない・・・。」
声のする方角を見つめた征夜は、思わず息を飲んだ――。
島の中央に聳え立つ、巨大な休火山。
雲海を突き破るほどに雄大な山の頂には、一つの巨大な影が鎮座している。
茶色い山肌に似合わない、紅蓮の体表。そして時おり、咆哮と共に火炎を噴射している。
「まだ・・・ここに居るのか?逃げたはずじゃ・・・。」
征夜とて、灼炎竜の望んでいた事は分かる。
人を大量に殺したという結果が目立ってはいるが、謂わば灼炎竜自身もまた教団の被害者なのだ。
生み出せと望んだわけでもなく作られて、自由を奪われる。
そんな中で、脱走の機会を見つけたのだ。ならば、しない方がおかしい。
では何故、未だにこの島に留まっているのか。
あの巨大な翼を以ってすれば、天空を羽ばたいて遠方に逃げる事など容易いはず。
「大佐!もしかしてあの竜は、飛べないんじゃないですか!?」
「飛べない・・・?そうか!」
征夜は無意識のうちに、竜にとって最大の弱点を斬り裂いていた。
戦車の何倍もある巨大な体は、発達した2本の後ろ足を以ってしても、移動が難しい。
灼炎竜はそれを、体躯の5割を占める巨大な翼による飛翔で補っていた。
ところが昨夜、それも出来なくなった。
「片方の翼膜に穴が開いてる!僕が昨日、君を助ける為に斬ったから!」
「あぁ!そうですね!」
動かないのではなく、”動けない”のだ。
だからこそ、この”島の頂点”に鎮座した。
どこまで行っても地に這おうとしない根性には、敵ながら見上げた性根であると思わざるを得ない。
本人、もとい"本竜"にその気は無いのだろうが、決して敵に弱味を見せない姿には、自然と迫力が纏っている。
「大佐!どうしますか?捕獲しますか!?」
ミサラはまるで、再び征夜の剣技を拝める事を喜んでいるかのようだ。
瞳には星の輝きを浮かべ、少女に相応しいキラキラとした憧れの視線を、征夜に向けている。
だが征夜の視線は、少しもミサラを見てはいなかった。
その視線は遥かな頂、天空から見下ろす竜の眼を直視している。
(僕と・・・殺り合いたいのか・・・!)
見事なまでに、寸分の狂いもなく視線が合った。
その竜は、他の何にも興味がない。ただひたすらに、征夜を睨み付けている。
その眼はまるで「私の元に来い。決着をつけよう。」と、遥かな高みより挑戦状を叩きつけられているかのようだ。
灼炎竜の真意を理解した征夜は、それをミサラに伝えることにした。
「ミサラ。」
「はい!何でしょうか!?魔法援護ですか!?いつでも着いて行きます!」
既に戦闘準備を整えていたミサラは、嬉々とした表情で征夜に聞き返す。
危険な場所に着いていく事で、征夜に自分の良いところをアピールするつもりなのだ。
ところが征夜は、元からミサラに頼る気は無かった――。
「ここに居てくれ。」
「・・・え?どうしてですか!?」
彼女としては、驚いて当然だ。
真っ当な思考を持った人間なら、危険な竜との戦闘において、仲間を置き去りにはしないだろう。
ましてや、一人で行こうなど思うはずがない。何らかの形で、他人からの助けを得ようとするはず。
「あの竜を倒してくる。だから、ここに居てくれ。」
「えぇ!?私も手伝いますよ!?」
「いや、僕一人だ・・・言いたくないけど、君は"呼ばれて"ない・・・。」
「えぇっ!?」
勿論、危険な場所にミサラを来させたくない。という考えもある。
昨日の様子を見るに、彼女と灼炎竜では実力が釣り合っていない。
そう考えれば、確実にお荷物となる彼女を連れていくのは、現実的ではない。
だが何よりも、彼女は"灼炎竜に呼ばれていない"のだ。
征夜にとっては、そちらの方が意味のある事だった。
彼としては、灼炎竜との決着は1対1の対決でつけるべきなのだ。灼炎竜の方も、それを望んでいる。
「呼ばれてないってどういう・・・。」
「まぁ、この話はまた今度にしよう。
僕は今から山に登って、アイツを倒してくる。君は、明日までに僕が帰らなかったら、僕が死んだと思ってくれ。
あの小屋は、他の教団員が来るかもしれない。だから明日の待ち合わせ場所は、君と出会った場所にするよ・・・分かったかい?」
「あ、はい!」
早口で捲し立てるような説明に、ミサラは少々置いて行かれていた。
なんとか理解できた彼女は、元気よく返事した。
それを確認した征夜は大袈裟に微笑むと、身に纏った青い袴を脱ぎ始めた。
完全に上裸となった彼を前に、ミサラは思わず赤面してしまう。自然な手つきで、両目を覆った。
「きゃっ!な、何してるんですか!?」
「燃えたら困るからね。せめて、上だけでも脱いだこうと思って。」
「な、なるほど・・・・・・凄い筋肉ですね・・・///」
「ん?何か言った?」
「いえ!何でもないです!」
ミサラは思わずこぼれ出た本音を、急いで取り繕った。
そして、手渡された袴を受け取り、丁重に畳み込む。
「それじゃ、行ってくる!」
上裸になった征夜はそれだけを言い残すと、灼炎竜の鎮座する山頂に至る獣道を、勇み足で駆け抜けて行った――。
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