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第三章 シャノン大海戦編

EP101 始まりの戦い <キャラ立ち絵あり>

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これは、太平の地で起こった始まりの戦い。
それは終わりの始まりか、始まりの終わりか――。


―――――――――――――――


「ふぅ・・・花様は無事に近海を離脱できたようですね・・・。」

 雷夜は周囲の海竜を根こそぎ殲滅すると、赤く染まった水中で一人、大きくため息をついた。
 強大な魔法を使い続けた余波で、抑制の利かなくなった魔力を手先からジリジリと放電している。

「そろそろサムの様子を見に行きましょうか・・・。」

 雷夜はまるで”誰かに話しかけるように”独り言を呟くと、サムが破海竜と交戦する予定の地点へと、優雅な仕草で泳ぎ始めた。



 しかしその時、二つのがほぼ同時に起こった。

「きゃぁっ!!」

 雷夜は突如として発生した巨大な渦潮サムの魔法に巻き込まれ、体を自由に動かせない。
 雷夜は必死にその呪縛から逃れようとするが、段々と渦の中心へ引き込まれていく。

 彼女は花よりも格段に高度な気泡魔法を用いて、運動性能を損なわないような薄い空気の膜で全身を覆っていた。
 もちろん花の物より効果時間も長く、365日間は水中で活動できるだろう。
 なので、渦に巻き込まれたとしても、窒息の心配は無い。

 問題はもう一つの天変地異の方だった。

「裂け目・・・?違う!あれはだわ!!まさか、マスターがあの者と交戦を・・・!!」

 雷夜の主君と蜃気楼の正体はシャノン海上のはるか上空で、お互いの得物をぶつけ合いながら、発露した殺意をもって衝突していた。

 彼らにはもはや重力の束縛は存在しない。
 いや、物理法則そのものを超越し、支配していると言っても決して過言では無いだろう。

 二人が殺し合う戦場には、いつも地獄のような惨状だけが残される。
 今回はそれが、巨大なエネルギー同士がぶつかり合って発生したブラックホールであっただけの事だ。
 純黒の球体は、海をこの世界から消し去ろうとするかのように、次々と吸い出していく。

「このままじゃ私も吸い出されちゃう!な、何とかしないと!!!」

 雷夜の口調は急に幼くなった。
 自分の力だけでは逃げられない事を感じ取り、恐怖と焦りを感じ始めたようにも思える。

 しかし、雷夜の危惧に呼応するかのように、状況は酷くなる一方だった。

 海水を吸い続けて更に膨張したブラックホールは、次に岩盤を抉り取り始めた。
 水中から逆さ向きに落下する隕石のように、海底の岩が捲られ巻き上げられて行く。

「どうしよう!!宇宙そらが落ちて来ちゃう!!」

 段々と雲一つ無い青空の色が、紺色へと深みを増して行く。
 どうやら、光の粒子さえも吸い上げられているようだ。正午真っ只中だと言うのに、辺りはかなり暗くなっている。

 そして心無しか、太陽が地表に向けて近付いて来ている様にも感じる。
 しかし現状に反して、地上の気温自体は大幅に低下していく。何故なら、熱そのものを奪い取られているからだ。

 もはや、この世の終わりと言っても何ら過言では無い。
 それなのに世界が崩壊しかかっている中で、当の二人は気にせずに戦闘を続けている。

「もう・・・ダメッ・・・!!!」

 雷夜は引力魔法を用いて、何とかその場に存在するという現状を維持していたが、それにも限界が来た。
 自分よりも弱いサムが、引力に負けて吸い出されることが無いように、海全体の生体反応を海面下に維持していたからだ。

 これでは、魔力もすぐに底を尽いてしまう。

「ん・・・ぐぐぐぐ・・・きゃぁっ!!!」

 雷夜は遂に、魔力を切らしてしまった。
 彼女はある種の永久機関を用いて、無限の魔力を生成する事が出来た。だが、出力を維持すると話は別だ。

 人の体を地表から吸い出されないだけの魔法を維持するのは、膨大な魔力が必要だったのだ。
 そして今、そのボーダーラインを超えてしまった。後は、大陸よりも強大な重力にその身を任せるほかに無い。

「だ、誰か助けてぇっ!!!!」

 雷夜は魂の叫びをあげた。
 実は、式神という存在は使役者、即ちマスターと呼ぶ人物の支配下にある限り、その生命活動を維持できる。

 しかし、雷夜本人がその事実を忘れてしまっていたのだ。
 無理も無いだろう。なぜなら、彼女がその説明を受けたのは遥か100億年も昔の事なのだから。

 ただ、生きているとは言えブラックホールに呑まれたら、ただでは済まない。
 意識を喪失した状態で、亜空間を彷徨う事になるかも知れないのだ。

 もし亜空間の裂け目から離脱できたとしても、その出口がこの宇宙ユニバースであるとも限らない。

 この時間軸においては未だに存在しない外宇宙の空き地・・・・・・・、後に第二宇宙アルケミー第三宇宙クリエーションと呼ばれる、星屑の光さえ届かない暗黒空間かも知れないのだ。

 膨大な質量を持った物体に引かれているのは、雷夜だけとは限らない。
 シャノンの町に残された民間人も、その例に漏れない。

 筈だった・・・・――。

 結論から言うとシャノンには既に、生存者は存在していなかった。

 幼子も老人も、男も女も見境なく、手足の生えた破壊竜の大群によって一人残らず蹂躙されていたのだ。
 食いちぎられた者も、踏み潰された者も、崩落する建物に巻き込まれた者もいた。

 だが、皆一様に命を散らしていた事実に、変わりは無かった。
 勿論、海中で戦闘を行っていた者達は、サムの魔法に巻き込まれて死滅してしまっている。

 もはやシャノン近海には雷夜と、死闘を行っている二人しか、生存者はいないかのように思われた。
 雷夜は直感で分かる。窮地に陥った自分を救助できる人間は、既に存在しないのだと。



 だだし、それが人外・・なら話は別である。

「誰か・・・お願いします・・・助けてくださ・・・きゃぁっ!!」

 必死に助けを求める雷夜を取り囲むようにして、透明の巨大なバリアが形成された。
 突如として空中からの引力を失った雷夜の体は、反動で海底へと叩きつけられそうになった。

 だが何かに阻まれた事で、その危機からは免れた――。

「う・・・うぅ~ん・・・。サ、サムを助けに行かないと・・・あれ?無くなってる!?」

 雷夜は朦朧としていた意識をその身に引き戻すと、ある事に気が付いた。

 そう、ブラックホールが跡形も無く消滅していたのだ。

 これが意味することは戦いに”決着が着いた”。
 もしくは何者かが、入口と出口の概念を消すために”ホワイトホールを発生させた”。このどちらかである。

 雷夜は主君が敗北したなどと言う事は信じたくなかった。
 しかし、数十億年をかけて追い続けていた相手を、こんなに呆気なく殺害できるとも思っていなかった。
 サムの様子を見に行くか、主君と合流するか、彼女にはその選択ができなかった。

ザーッ・・・ザザッ・・・ザザーッ・・・

 その時、突如として雷夜の元に雑音混じりの通信が入った。

「らい・・・聞こえ・・・?サムを急いで助けに・・・。俺は・・・大丈・・・。」

 所々途切れてしまっているが、最も伝えたかった部分は伝える事が出来た。
 聞こえてくる声には覇気と殺気が満ちており、恐らくまだ戦闘中なのだろう。
 雷夜は切羽詰まっている主君の声が、逆に生存の証であるように感じられて深く安堵した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 雷夜は一呼吸を置くと、サムを助ける為に場所を探り出す事にした。

「PP・0217・ミッドナイトプログラム始動。生体反応検知ソナー全方位展開。探索対象者サム・アストレクス・・・。」

 雷夜は目を瞑ると何かを詠唱し始める。どうやらサムを探しているようだ。
 ただ、このシステムは”生きている存在"にしか反応しないのだ――。

「そのプログラムでお前自身を探すことは出来ないのか?」

「無理です。インプットされていないので。」

「なら良い。」

 雷夜は背後から聞こえて来る不審な男の声に、一切の興味を示さない。

 いや、実際は関心を向ける余裕が無いのだ。
 何故なら、サムを探索する事に全ての神経を集中しているのだから。

「やっぱお前細いな。ウエスト56って・・・。もっと肉食えよ、体調崩すぞ。」

「ベジタリアンですので。」

「そうか。身長は162で体重は40・・・バスト計るぞ。」

 ここまで来ると、流石に集中よりも不快感が勝って来る。
 雷夜は遂に目を開けると、自分が何をされているか気が付いた。

 その時ちょうど、男の手は雷夜の胸を服越しに触っていた――。



「キャアァァァァァッッッ!!!???」

 雷夜は鋭く高い叫びをあげると、すぐに背後に振り返った。
 背後には端正な顔立ちの若い男が澄ました顔をして立っている。雷夜と同じ空気の膜を張っている為か、服装は普段着のままだ。



「あ、あな、あなた、わわ、私の胸を触った!!??」

 突然の出来事に、恐怖と驚きで声が震えてしまっている。
 彼女はかなり長い年月を生きてきたが、されそうになる事はあっても、実際にセクハラをされたのは今回が初めてだったのだ。

「あぁ、そりゃサイズを測るんだからな。お前のバストは」

 男は一切悪びれる様子も無く、むしろ慌てている雷夜の様子を楽しんでいるようだ。
 続けて具体的なサイズを言おうとしたが、雷夜はそれを許さなかった。

<<<ユニバース・ライトニング!!!!!!>>>

 一撃必殺の強烈な一撃を、至近距離から男に浴びせる。
 破海竜さえも粉砕する雷夜の極大呪文が男に直撃し、辺りに土煙が立ち込める。

「・・・ハッ!や、やっちゃった・・・!ど、どうしよう!殺すつもりじゃ!!!」

 雷夜はパニックに陥っていたので、思わず魔法を撃ってしまった。しかし、本気で殺したかったわけではない。

 だからこそ、殺したという事実を認めたくない。
 そのため、男の安否を確認しようともせずに、その場から立ち去ろうとした。



「おい、どこ行くんだ?まだ尻を計って無いんだが?」

「・・・え?」

 雷夜は土煙の奥から完全に無傷な姿で出て来た男に驚きを隠せない。
 これまで、雷夜の極大呪文を浴びて生還した者など、”あの者”しか存在しないのだ。

 相手との絶対的な力量差を雷夜は瞬時に悟った。
 そして同時に、自分がこれから非常に恐ろしい目に合う事が予想できた。

「く、来るな!こっちに来るな!!!」

 雷夜は恐怖で完全に腰を抜かして、まともに泳ぐことが出来ない。

「まずは”いきなり撃ってごめんなさい”だろ?」

 男は面白そうに笑いながら、雷夜の方へとにじり寄って行く。

(お、怒ってる!この人、私に怒ってるよぉっ!このままだと私、殺されちゃう!!!)

 我に帰った雷夜は魔法を使って高速で泳ぎだした。
 男は雷夜に置いて行かれてしまったが、少しも慌てる事無く優雅ににじり寄って来る。

 そう、これは雷夜をブラックホールから守る・・為のバリアの中だ。
 それは言い換えれば、外に出さない・・・・・・為の壁とも言える。

 バリアの外縁に到達した雷夜は、自らが鳥籠に捕らわれていた事をすぐに悟らされた。

「あ、あれ!?なんで!?なんで、出れないの!?やだぁ!ここから出してください!!!殺されちゃうのっ!
 出してください!お願いだからぁ!!!一生のお願いだから、出してください!!お、追いつかれちゃう!!追い付かれちゃうからぁっ!!!早く出してぇっ!!」

 雷夜は完全にパニックになり、泣きながらバリアを全力で叩くが、当然ビクともしない。
 そもそも、このバリアを張ったのは男本人なのだから、ある意味当たり前である。

 そして、雷夜に追いついた男は無慈悲にも呪文を唱えた。



<<<ディメンション・クエイク>>>



 これまで自分が聞いた事すら無い呪文の詠唱に、雷夜は死を覚悟した。
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