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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP146 海上

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「あ、あの?お客さん?話を聞いてましたか?」

「はい!」

「いや、もう一度言いますよ?今は掃討作戦の直前なんです。後からなら、安全に進めるんですよ?」

「急いでるんです!」

「いや、しかしですね。この周辺には海竜が出て、そいつらが襲って来ますよ?
 海兵たちの殺気が海全体に伝わったのか、アイツらもピリピリしてるんです。早い話、あなた本当に死にますよ?」

「いえ、大丈夫です!それよりも、早く島に向かわないと!」

「いや、でも水中から襲ってくるんですよ?どうやって戦うんです?」

「刀一本でなんとかします!だからこそ、"転覆しない魔法船"を借りたいんです!」

 こんな調子で、一時間近く征夜と店主は押し問答していた。

 あの日、オルゼを飛び出した征夜は、凄まじい速さで疾走し、僅か3日でシャノン近くの"レンタルヨット店"に到着した。
 あたりはまだ薄暗い夜明け時で、深い霧に包まれている。

 幸いなことに、マスターブレイズを輸送する船舶よりも先に、彼はここへ到着した。
 あとは、魔法によって"転覆しない"という属性を付与エンチャントされた、レンタルヨットを手に入れるだけなのだ。

 海竜の体当たりを、物ともしない魔法船。それさえあれば、容易に目的地の島へと到達できると思ったのである。

「まぁ、お客さんがそこまで言うなら……。」

 あまりにも頑固な征夜に対し、男はついに折れた。
 ヨットの鍵を壁から外し、征夜に手渡しする。

「料金は……後払いで良いですよ……幸運を祈ってます……。」

 大切な商売道具を、危険すぎる海に出航させる事に男は反対だった。
 しかし、ここまで来て断ったら悪評が広がる。ならばせめて、帰還を祈ると言う意味で後払いにしようと思ったのだ。

「ありがとうございます!!!」

 征夜は元気よく挨拶すると、レンタルヨット店を飛び出した。

~~~~~~~~~~

「これが……沈没しない船……。」

 近くに寄って見ても、その船は普通のヨットだ。
 しかしこれが、征夜の命を託す事になる船なのだ。

 じっくりとマニュアルを読み込み、操作方法を確認する。
 この船には、当然ながらエンジンが付いていない為、手動で漕ぐか風を帆に受ける他にない。

「手で漕いでたら、間に合わないし海竜に襲われる……。なら、もっと風が出るのを待つか……?」

 この近海には心地よい潮風が吹いてはいるが、船を高速で運べるほどではない。
 進むことは出来るだろうが、この速度では海竜に襲われる。

「う~ん……困った…………あっ!」

 征夜の中に、短絡的だが効果的な閃きが沸いた。

「風が出ないなら、起こせばいいんだ!!!」

 使うのは、彼が持っている最大の技にして、魔法に代わる唯一の特殊技能。
 ”調気の極意”を以ってすれば、風を起こす事など容易なのだ。利便性は低い技だが、逆に言えば空気を操るという点においては、非常に特化している――。

 大海を駆け巡る手段を発見した征夜は、意気揚々とヨットに乗り込んだ。
 マニュアルに書かれた通りの動作で帆を張り、船尾の舵を操作した。そして、精神を統一する。
 全身の毛細血管を行き渡る血液に、肺から熱を送り込む。

(大切なのは……温度差だ……真空点を作る……そこに、気流を巻き込む……!)

 高温と低温を体内に作り出し、周囲の気圧を変化させる。
 蜃気楼が出来るほどの気温差が生まれ、やがて一か所に集約する。
 そこに巻き込まれた周囲の潮風が、さらに加速して帆をはためかせる。

 やがてヨットは、ゆっくりと波止場を離れ始めた。
 導かれた潮風の渦が、海竜のひしめく修羅場へと彼を誘いこんで行く――。

「よっしゃあッ!!!行くぞッ!!!」

 不安定なヨットの上で意気揚々と飛び跳ねた征夜は、景気づけに掛け声を上げる。
 そして、朝日に照らされる大海原へと漕ぎ出して行った――。

~~~~~~~~~~

「風が気持ち良いなぁ~!」

 出航から一時間が経った。朝日は完全に浮上し、温かい空気が潮風に乗って流れて来る。

 だが、その風の大半は征夜が操作した物である。
 早い話、彼は自分が起こした風を、天然の潮風だと勘違いしている。その間抜けさは”天然”の二文字で片づけられる話ではない。

 のどかな雰囲気に包まれた温かい海上には、危険な雰囲気など微塵も感じられない。
 海竜がひしめく危険な海だという事は、微塵も伝わって来ないのだ。



 しかし突如として、その穏和な世界は炸裂音と共に崩壊した。
 遥か遠方の港町を眺めると、そこから大量の小舟が出航し、次々に盛大な”花火”を上げている。
 それはまるで信号弾のように、白い霧に包まれた世界を照らし、鮮やかな七色に染めている。

 勘の鈍い征夜にも、その意味は理解できた。
 ついに始まったのだ。海竜と人間による、海洋の覇権を争奪する決戦が――。

「頑張れ……!」

 征夜は何となく、目の前で手を組んで祈った。
 開戦に至るまでの苦労を、征夜は殆ど知らない。それでも、そこに懸ける人々の思いは分かっている。

 遥か遠方で立ち上る雷光、そして熱線。花火とは比べ物にならないほどの光が、四方八方に飛び散っている。
 今、正に激戦が繰り広げられている戦場を、征夜は眺めている事しか出来ない。
 今から向かっても良いが、自分に何が出来るだろうか。間違いなく、小舟に乗った一人の剣士に出来る事など無いだろう。

(僕一人じゃ、何も変えられない……なら、僕は僕の使命を全うする!)

 気を引き締め、浮いた心を戒める。
 航路を楽しむ気分などは全て吹き飛ばし、帆に流し込む風の勢いを強くする。

 そして神経を張り巡らせると、先程までは見えていなかった物が見えて来る――。

「……来た!」

 三時の方向から跳び上がる気配を感じ、瞬時に抜刀する。
 タイミングは正に紙一重だった。切り裂いた虚空に飛び出した怪物は、一刀両断されている。
 その姿はまるで巨大な海生哺乳類のようだ。しかし、イルカのようにも見える外見には、不気味な鱗がある。

 思い描いていた海竜とは、少々姿が異なっている。
 征夜はその姿を、以前に読んだ”恐竜図鑑”の中で見た事が有るような気がしたが、思い出せなかった。

(この船は沈まない。なら、後は跳びかかって来るのを打ち落とすだけだ!)

 刀からずり落ちた”魚竜”の残骸を、海面に向けて蹴り返す。
 しかしそれでは、血に飢えた新手をおびき寄せてしまう。

「勝負だッ!」

 刀を握りしめた征夜は叫んだ。
 その頬は少しだけ緩んでいる。真剣さの中で燃える興奮を、隠しきれていないのだ。

 命を懸けて戦っている者達の横で笑っているのは、人として褒められた事では無い。
 だが、それも仕方ないだろう。なぜなら彼は、遂に”自分の死力”を試せるのだから――。

 ギョロギョロとした眼球を輝かせた、不気味な魚竜。
 本能で襲って来るのなら、殲滅する他に道は無いのだ。ならば、それを躊躇する必要もない。

(こいつらは人間じゃない……やってやるさ!)

~~~~~~~~~~

「デェェイヤァッ!!!」

 帆を張った支柱を軸にして回転し、飛び掛かる魚竜の頭を回し蹴りする。
 そして弾みをつけてバク宙し、支柱の先端に片足を置いて身構える。

(おぉっ!ここ、めっちゃ安定する!)

 思わずニンマリと微笑んでしまうほどに、その立ち位置は強かった。
 片足で立つ必要があるとはいえ、修行を積んだ征夜がバランスを崩す事はあり得ない。
 そう考えると、この場所は魚竜を叩き落とすという戦法に関して、この船最強の安置である。

<<疾風!!>>

 刃から真空刃を飛ばし、遥かな高みから魚竜の頭部を切り裂く。
 ここまでくれば、もはや作業である。バッティングセンターと変わらない。

 左右から二体の魚竜が、同時に跳び出してきた。
 おそらく、確実に征夜を殺すために連携攻撃を仕掛けて来たのだろう。その二体を同時に斬るのは、流石の征夜も間に合わない。

 だが”射程”を伸ばせば、何の問題もない――。

(アレとアレを組み合わせれば……!)
<<竜巻殺法!!>>

 気圧を纏った回転斬りを繰り出す”竜巻斬”と、刃の射程を増大させる”木枯らし殺法”。それらを一つに纏めた新たな技、”竜巻殺法”が炸裂した。
 この土壇場に来て、征夜は新たな技を完成させた。既存の技の融合とは言え、その成長性には目を見張るものがある――。

 言うなれば、溜め込んでいた”成長期”。それが今になって、彼の剣才を加速させているのだ。
 一度でも覚醒したのなら、あとは進化し続けるだけ。今の彼は既に、”伝説に至る軌道”に乗った。

(島には、あと10分ぐらいで着く……!)

 流れるような動作で魚竜を斬り捌きながら、目的地との距離感を速度と共に計る。
 そして、そんな彼の視線上に”ある物”が映り込んだ――。



 行く手を遮るようにして、船主に纏わりつく”海竜”の群れ。
 細長い蛇のような体に、優雅なヒレを生やした姿はまさに、征夜が思い描いていた空想上の海竜だった。

 だが、征夜の視線が向けられるのは更に奥。
 そこには、長すぎる首を海上に突き出した”一際巨大な海竜”が居た。鋭利な牙と硬そうな髭、そしてなによりも恐ろしい眼力を以って、こちらを睨んでいる。

 直感で分かった。その海竜こそ、自分が討ち取ろうとしていた”教団の兵器マスターウェーブ”なのだと――。

「探す手間が省けたよ……お前を……待ってたんだ!!!」

 その体に宿った闘志は、憎しみや使命感とは違う。”手応えのある敵”を見つけた戦士の、血が騒ぐ感覚だ。
 武者震いが全身に走るよりも先に、征夜はマストから飛び降りた。その手に刀を握りしめ、自分に迫って来る海竜の頭を次々と切り落とす。

 その目線は”大将首”にしか向いていない。道中を阻む雑魚など、何の脅威でも無いのだ。
 奇しくもその姿は、”300年前の勇者”と酷似していた。これもまた、”血の成せる技”なのだろう。

 水面上を駆け巡る手段を、征夜は未だに会得できていなかった。彼の師は、氷上でも水面でも自由自在に駆け巡ることが出来る。しかし今の彼に、その技は使えない。
 だが、ゆっくりと船で追いかければ、間違いなく逃げられてしまう。

 そこで征夜は、即座に一つの”道”を選びだした――。

「はぁぁッッッ!!!」

 先祖譲りの脚力で跳び上がった征夜は、海竜の頭を踏みつけた。そして頭から背を伝い、次の海竜へと乗り移る。
 そこには、確かな橋が掛かっていた。海竜たちはお互いの巨体が邪魔で、自由には身動きが取れない。

 そうこうしているうちに、征夜は破海竜の目前に到達した。

「さぁ……勝負だッ!!!」

 踏みしめていた海竜の頭部を蹴り下し、征夜は額目掛けて飛び掛かった――。
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