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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP145 Q DRAGON

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 人工生物とは思えない、優雅で壮大な遊泳。それはまさに、神と呼ぶに相応しい物だった。
 征夜はその姿に魅せられてしまい、時が経つのを忘れて見入っていた。

「始祖龍……綺麗だ……。」

 先程は巨大に感じたこの水槽も、今となっては狭苦しい牢獄に過ぎない。
 これほどに雄大な生物を閉じ込めておくには、あまりにも狭すぎる。

「すべての龍の王……母なる神……本当に、凄いなぁ……。」

 まるで恋する学生のように目を煌かせ、その一挙一動を余すことなく観察する。
 そして、幾度となく視線を説明用紙に落とし、その概要を確認する。

「究極の研究対象……確かに!これを研究すれば、素晴らしい生き物が作り出せ…………ハッッッ!!??」

 征夜は突如として我に返った。
 "この龍は"人を襲わない。だが、これを研究して生まれた生物は、果たしてそれに順ずるだろうか。

 答えはNOだ。でなければ、研究する意味がない。
 これほどに強力な生物を基にして、開発された生物兵器。それがもし、外界に解き放たれていたら――。

「何とかしないと!」

 薄暗い部屋の中を、燭台の置かれていた机に向けて歩んで行く。
 そして、机の引き出しを乱暴に引っ張り出し、中にある書類を漁る。

「生体観察……餌やりの当番……水槽の掃除について…………開発計画書!」

 いくつかの関係ない書類の奥に、それらしき書類を見つけた征夜は、燭台の灯火では見辛いので、一度外に出る事にした。

~~~~~~~~~~

 水槽の見える部屋を抜け、元の研究室に戻って来た征夜は、ゆっくりと握りしめた書類を開いた。

――――――――――――

code・Q DRAGONクワトロドラゴン

以前、シャノン遠洋にて発見した始祖龍を研究し、我々は"四体の竜"を設計する事に成功した。

No.1破海竜・マスターウェーブ
No.2轟雷竜・マスターフラッシュ
No.3灼炎竜・マスターブレイズ
No.4割土竜・マスターグラウンド

それぞれには、"上級中位の魔法名"を名付けた。
我々には、さらに上の兵器を作り出せる技術があると、確信しているからだ。

早期に完成したNo.1とNo.2は、既に各地へ配備されている。
そして、先日ついにNo.3が完成した。その護送には海路を使うことが決定した。

ただし、大きな問題がある。
護送に使う予定の海路には、以前に配置したNo.1が陣取っている。あの区域には、他の海竜も跋扈しているために、通過は困難である。

ところが新たに入った情報で、あの区域にて大規模な海竜掃討作戦が決行される事が判明した。
No.1が倒されるとは思えないが、シャノン港の混乱に乗じて船舶を航行させる事が、現状唯一の手段だろう。

シャノンにて海戦が行われた数日以内に、マスターブレイズを護送する。
補給に関しては、教団の海洋支部に停船して受けるように指示する。

No.4の開発も佳境に入った。
あれが完成すれば、"code・Q DRAGON"は完遂である。
研究員各位はより一層、気を引き締めるように。

――――――――――――

「クワトロ……ドラゴン……もしかして、あのレベルの竜が四体も居るのか!?」

 計画の規模が壮大すぎて、脳の理解が追いつかない。
 こんな発展途上な世界の、どこにそのような遺伝子工学の技術があったのか。疑問はそこだけに留まらない。

「四体も龍を作って……一体何を……。」

 あのような巨大生物を作り出す目的が、殺戮だけとは考え難い。では、code・Q DRAGONの先には何があるのだろう。
 征夜の想像力は、そこには及ばない。それでも、人を殺戮する能力を持った生物を、野放しにしておく訳には行かない。

「マスターブレイズは……船ごと沈めてやる……!こんな物、この世に居て良い訳がない!」

 拳を握りしめた征夜は、護送経路の描かれた地図を破り取ると、乱雑にポケットへ突っ込んだ。
 そして今後についての計画を、頭の中で組み立て始める。

(マスターウェーブは、掃討作戦に加わって殺す……。
 マスターフラッシュは後だ。配置場所を探る必要がある。
 マスターブレイズは、先回りして輸送船を沈没させる。
 ……あれ?マスターグラウンドって……。)

 征夜は気が付いた。他の三体と違い、No.4はまだ開発段階なのだ。
 それ即ち、まだ"この研究所にいる"事を示している――。

(今ならまだ……手の打ちようがある!)

 征夜は飛び上がるように駆け出すと、ラボの中をさらに奥へと進んで行った。

~~~~~~~~~~

「第三研究室を抜けた先……地図が正しければ……ここが……メイン制御室!!!」

 慎重な足取りでラボを探索していた征夜は、遂に最深部に辿り着いた。
 幸いにも今日は人手が少なく、物陰に隠れるようにして進んでいけば、誰にも見つかる事がなかった。

 そうして目的地に到達した征夜の視界には、この世界にあるはずの無い物が鎮座していた――。

「これは……パソコン!?こっちは、まさかサーバーかな?」

 縦向きに巨大な機器を発見した征夜は、それが地球にて用いられている最新機器であると気が付いた。
 何故こんな物が、発展途上な世界にあるのか。それは、全く想像の及ばない域の話だ。
 ここに来る途中の実験室にも、電子顕微鏡や冷却房などが存在したが、パソコンの存在はそれを凌駕する――。

「……いや、今はそれどころじゃ無い。マスターグラウンドは……あれか!」

 部屋の奥に展開された複数のモニターには、監視カメラの画面が映し出されている。
 先ほどまで見入っていた始祖龍の水槽や、実験室の様子も映っている。

 そしてその中に、一際巨大な生物が映されている画面があった。
 その生物には巨大な足が生えており、言うなれば怪獣のような外見である――。

「ここまで来たら、何かできる事が……。」

 手元の操作盤を弄り、様々な動作を行ってみる。
 すると、プラスチック製の保護板に守られた何かが、ゆっくりとせり上がった。

「これは……ボタン……あっ!」

 保護板に守られた二色のボタン。青と赤のボタンを見た征夜は、ある事を思い出した。

「赤のボタンを押してはいけない……!」

 操作盤を弄り、制御の対象をマスターグラウンドに限定する。
 押してはいけないという事は、即ち教団にとって不利益となる事が発生するという意味だ。

 征夜は迷うことなく、赤色のボタンを押した――。

 するとすぐに、マスターグラウンドを収容している巨大な砂場に、大量の赤い液体が流し込まれる。
 恐らく強酸性の液体なのだろう。液体に触れた竜の体表は即座に溶解し、あっという間に全身が呑み込まれてしまった――。

「意外と……あっけない……。」

 未完成なのもあるだろうが、あの雄大な始祖龍を研究して生み出した兵器にしては、あまりにも味気ない最期。
 拍子抜けとまでは言わないが、何の抵抗もなく死んでしまうのは、少しだけ驚かされた――。

「取り敢えず、No.4は倒した……残りの三体はここに居ない。なら、次はNo.3だ……!」

 成すべきことを終えた彼は、踵を返すようにして制御室から出ようとした。
 しかし、一つだけやり残した事があるのを思い出し、再びモニターへと向き直った。

「始祖龍を放置したら、きっと新しい竜が作られる……何とかしないと……。」

 使命感に駆られるままに、制御盤を弄る。そして、先程まで自分が見入っていた水槽に、操作の対象を定めた。
 そして、もう一度赤いボタンを押そうとする。

(”赤いボタンを押すな”と書いてあるなら……確実に押せば殺せる……。
 きっと、あの薬品は始祖龍も殺せるだけの力が有るんだ……。押せばいいだけ……押せば……。)

 ボタンを押すために指を近づけるが、ボタンに触れた指に力が入らない。
 征夜には、先ほど見た光景が堪らなく寂しく思えた。

 殺す他に道が無いのは分かっていた。だが、アレでは浮かばれない。
 生き物を殺すために生み出され、世界を見る事無く処分される。生まれた意味も分からぬままに、溶解液に溺れて死ぬ。

 これほどに虚しい光景を先に知っていたら、見たいとは思わなかった。
 せめて戦いの果てに打ち倒す事が、虚無の中に生まれた哀しき命への、唯一の手向けだと思ったのだ。

 それは、始祖龍とて同じ事。人間のエゴで生み出され、人間のエゴで捕らえられ、人間のエゴで殺される。
 そんな家畜のような最期は、あの雄大な生物には似合わない――。

(人を襲わない生き物なんだ……なら、殺す必要もない……!)

 つまり、教団の手が及ばない場所に移動させれば良い。そしてその方法は、既に手の内にある――。

(赤が処分なら……青のボタンは……!)

 直感で分かった。青は赤の真逆でありながら、似たような意味を持つ物。
 囚われた者の末路は、古来より二つしかない。

「”解放”……!」

 掛け声と共にボタンを押すと、水槽に巨大な丸穴が開いた。
 その奥には、水槽に空いた穴と全く同じ形をした、コンクリート製の洞窟が広がっている。
 それはおそらく、本来の地下道に用いられていた通路だろう。
 そして今、それは外界へ続くゲートとしての顔を覗かせた――。

 あの巨大な龍が通るには、いささか小さい気もした。
 しかし、全てを超越した存在にとって、そんな事は些末な事――。

ヒュォォォォォンッッッッッ!!!!!

 美しく壮大な咆哮が地下のアジト全体に響き渡り、大気を震わせる。
 彼、いや”彼女”は魔力を込めた水によって、水槽の中では力を封じられていた。しかしその水も、地下道を通って流れ出していくのだ。

 もはや、彼女を阻むものは何もない。
 咆哮によって拡張された地下道の穴は、彼女が”脱出成功の凱旋”をするに相応しい広さになっていた。

「これで……アレは自由だ…………ッ!?」

 その時、満足感に浸る征夜の眼に、信じられない光景が飛び込んで来た。



 監視カメラを真っ直ぐに見つめながら、その龍は”頭を下げた”。
 誰が見ても分かる。彼女は感謝の意思を表しているのだ。

 想像をはるかに超える知能と、人知を超えた能力が、その動作の中に垣間見える。

 彼女は自分を解放した存在が、カメラの向こうにいると知っていた。
 そして、頭を下げて感謝する文化は、日本特有の物だ。
 つまり彼女は、自分を解放した存在が日本人であると分かっており、その思考を読んでいた。

 分厚いガラス越しに見つめる男、その思考は彼女に筒抜けであったのだ――。

「……凄まじいな……。」

 征夜にはこれ以上、言葉が出なかった。
 腰が抜けてしまい、その場へと座り込んでしまった。

 頭の中で広がるのは達成感と、自分を認識してくれた”神”の存在に対する高揚感。
 全身が火照っており、その火照りが醒めるまでの間。彼はモニター越しに、先ほどまで龍が居た水槽を眺め続けていた。

(良い事をしたなぁ……。)

 ウットリとした様子で、思考を浮かせている征夜。彼にはこれが、人生最高の善行であると思えた。

 だが、彼は忘れていた。
 ”人を襲う事は無い”生き物が、”人を襲えない”とは限らないのだ。
 その事を彼は、数カ月前に身をもって知ったはず――。

 そして、彼はまだ知らない。
 ”世界を飲み込むほどの力”が持つ、本当の意味を。
 この世界の”太平”が破られし時、始祖龍は究極の惨事を齎す――。

 やがて”死神”となる男は、これからの人生で多くの過ちを犯す。
 そして、その中でも五本の指に入る”最悪の選択”をした事に、彼はまだ気づいていない――。

~~~~~~~~~~

「意外と遅かったわね?」

「あっ!」

 研究所から抜け出した征夜の目前に、件の女性が現れた。
 そして、当たり前のような口調で話しかけて来る。

「え、えぇと、あなたは……。」

「セレアティナ、長いから”セレア”で良いわよ♡」

 名前が分からずに困っていた征夜を察し、自己紹介をするセレア。その察しの良さに、少しだけ感謝してしまう。

「セレアさん……さっき、僕に鍵を投げましたけど……。」

「えぇ、投げたわね。」

「じゃあ、僕を手伝ったという事ですか……?」

「感謝してよね♡あなたが出てくるまで、研究所に向かう人を繋ぎ止めてたんだから♡
 まぁ、搾りすぎてみんな気絶しちゃったけど……。」

 何を搾り取ったのかは、100%下品な話題になるので聞かない事にした。
 それよりも、研究所内の人出が少なかった理由に、開いた口が塞がらない。

「え、えぇと……昨日、大怪我したんじゃ……。」

「あぁ、大丈夫よ!淫魔は活力を吸い取るだけで、急速に回復できるから♡
 オジサンばかりだったから、吸い取れる量は少なかったわね。まぁ、十人もいると関係ないけど♡」

「は、はぁ……。」

 人間離れした思考と体力に、開いた口が塞がらない。
 内臓が破裂していても、何ら問題なく回復できるのは流石としか言いようがない。

「いや、全然大丈夫じゃないんだけどね。すっごく痛かったし……!」

「え、何か言いました?」

「なんでもなーい!」

 堪え切れずに溢れた不満の声は、征夜には聞こえなかった。

「どうして、僕を手伝うんです?あなたも教団の一員でしょう……?」

「なぜ私が教団に入ったか♡分かるかしら?」

 質問に質問で返すという高度な話術に、征夜は一瞬だけ眩暈がした。
 妖艶な笑みを浮かべた余裕ある姿から察するに、完全に子ども扱いされている。しかし征夜に、そんな事は伝わらない。

「ハッ!あなたも教団を潰すために!」

 最も有り得る答えを言って見たが、彼女は首を横に振る。

「フフ!全然違うわ♡答えは気持ち良いから♡
 秘密結社に入って、危ない事をするのって、とってもドキドキするでしょ?
 そのスリルが気持ち良くて、やめられないのよ♡何度も危ない目に遭ってるのに♡」

「……つまり、より危険そうだから協力すると?」

「えぇ♡もしも教祖様にバレちゃったら、どうなるか分からないわ♡
 きっと私、メチャクチャにされちゃうわね♡そのスリルを味わいたいから、あなたに協力するの♡
 それに、悪魔の世界では強者こそ全てだもの♡私よりあなたが強いなら、それに従う義務があるの♡」

「あぁ、なるほど。」
(この人……本物の変態だ……。)

「まぁ……ホントはお金とコネが欲しいだけなんだけど……。
 そもそも教祖って全然カッコよくないし、全然エッチしたくならないっていうか……。」

「はい?なんか言いました?」

「なんでもなーい!」

「そうですか?」

 またしても、征夜には本音が聞こえなかったようだ。

 ツッコむ事も、理解を試みるのも疲れた征夜は、”そう言う生き物”として納得することにした。
 正直に言うとドン引きしているが、相手にもそれは伝わったようだ。

「あぁ~!今、ドン引きしたでしょ~!」

「あ、いや……そういう訳じゃ……。」

「まぁ良いや!それよりも、これからどうするの?」

「……。」

 果たして、答えてよいのだろうか。
 目的があって動いているわけでは彼女に、自分の動向を知らせる事は危険では無いだろうか。

 だが、ここは力を借りるほかに無い。
 協力者なしに目的を達成することは、あまりにも難しいだろう。

「僕はこれから支部の方へ行きます。なので、あなたには……。」

 ここまで言ってから気が付いた。彼女に要求する事など、考えていなかったのだ。
 これでは、ただ自分の動向を明かしただけである。

 だが彼女は、征夜が思っていた以上に賢い女性だった――。

「なるほど!独断で移動するなら、留守を知られない必要が有るわね!
 ある程度の階級以上の団員は、所在を管理されているし、誤魔化す要員が必要って事ね!
 OK!じゃ、私がその辺は何とかしておくから、安心して行ってらっしゃい!」

「え、あぁ……そうですね!頼みましたよ!」

 セレアの屈託のない笑顔に安心した征夜は、即座に駆け出して行った――。
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