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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP144 始祖の龍

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 教壇への潜入に成功した征夜は、その晩は近くの宿屋で眠った。そして翌日、再び教団のアジトに向かった。
 目指すは侵入を禁止された"ラボ"、ただ一つである。征夜の直感はそこに何かが有ると、強烈に訴えていた。

(この地図の通りなら・・・ラボはここを曲がった先に・・・あった!)

 入り組んだ地下道の迷宮を抜けると、白い壁に囲まれた空間に出た。そしてその奥に、頑強な扉が嵌め込まれている。 

(鍵は・・・開いてないよなぁ・・・。)

 侵入を許可されていない場所には、当然ながら鍵が必要だ。何度ドアノブを回しても、一向に扉は開く気配が無い。
 鉄製の扉を開けるには、斬撃や打撃では威力が足りない。このままでは入れない事が、すぐに察せられた。

(仕方ない。また別の方法を・・・・・・誰か来る!)

 コツコツと言う固い足音が、廊下の奥から響いてくる。恐らく一人だと思われるが、間違いなくラボに向かっている。

(ここに居るのを見られたら、確実にヤバい!身を隠すか?それとも、応戦して鍵を奪う?・・・鍵を奪おう!)

 即座にベストアンサーを選択し、刀を抜いた。その重みが握り締めた手に伝わり、昨日の反省が思考に迸る。

(殺さないで倒す方法・・・・・・そうか!""すれば良いんだ!)

 今になって、ようやく気付いたようだ。殺さずに相手を制圧する技の存在に。
 むしろ、なぜ今頃になって気付いたのだろうか。ゲームやアニメで、幾度となく見て来た技のはずなのに。

(取り敢えず隠れて、鍵を開けた瞬間に峰打ちだ・・・。)

 小さく頷いた征夜は抜刀した刀を収め、木樽の裏側にある死角へと身を移した。
 コツンコツンと足音を立てながら、だんだんと近づいて来る。征夜は気を引き締め、刀の柄に手を置いた。



(よし!今だっ・・・!?)

 飛び出そうとした征夜は、直前で重心を下ろした。
 再び樽の裏に座り込み、じっくりと様子を伺う。

(もう一つ、別の足音が・・・アレは・・・昨日のひと!?)

 新たな”攻撃対象”の出現に、襲撃を躊躇してしまった。それは、昨日の試験での対戦相手の女だ。
 足音からひ弱だと思われる研究員とは別に、”征夜に匹敵するほどの実力者”が合流した。
 予想よりも困難なミッションになる事は、想像に難くない。そうこうしている間に、二つの足音が突然止まった。

(しまった・・・!タイミングを逃した!)

 潜んでいる事が二人にばれたと思った征夜は、次の一手を考える。
 しかし彼女一人ならまだしも、彼女の相手をしている間に研究員には逃げられる。増援を連れて来られ、捕縛されてしまう可能性が高い。

(どうする!どうする!?取り敢えず、ここは逃げるしかない!)

 二人の視線が離れている隙をついて、征夜は現状から脱出しようと考えた。
 その為には、一瞬でも物陰から顔を出して、二人の様子を探る必要がある。

(バレないように・・・そぉっと・・・・・・ッ!!!)



 まさに、最悪のタイミングだった。
 征夜が顔を出した僅か一瞬で、彼女の視線と目が合ってしまった。
 向こうもこちらに気付いたようで、妖艶な笑みを浮かべて見つめ返して来る。

(見られたぁぁぁッッッ!!!)

 頭が真っ白になる。存在を知られてしまったら、こちら側に打つ手はない。
 目を合わせた状態のまま、征夜は硬直してしまった。研究員と見られる男は気付いていないが、彼女と話し始めている。

 動揺しているように震えた後、男は突然跳び上がった。
 その様子から征夜は、女が自分の存在を男に伝えたのだと考える。

(あぁ・・・終わった・・・取り敢えず、潜入は後だ・・・ここから逃げないと・・・。)

 脱出の決断をした征夜は、話し込む二人の方を見つめる。
 もはや隠密は意味を成さない。実力行使で、現状を打破するほかに道は無いのだ。
 しなやかな動作で素早く静かに抜刀し、刀を逆さに持ち替えた。”峰打ち”の準備を整えた彼は、そのまま期を窺うーー。



(一瞬でも隙を見せたら、その瞬間に後頭部を・・・・・・はっ!?)

 征夜は思わず、声を上げそうになった。
 それもそのはずで、その行動は予想だにしない物だったのだ。

 女は突然、男の腰に手をまわした。
 そして、慣れた手つきでポケットから何かを抜き取った。早い話が”スリ”を働いたのだ。
 ここまでなら、手癖の悪い女性だという事で納得できる。彼女なら、こういった技を覚えていても可笑しくない。

 問題は、”盗み出した物”にあるーー。

(あれは・・・鍵束!?もしかして、あの中に・・・うわっ!?)

 更に驚くべきことが起こった。
 なんと女は、盗み出した鍵束を征夜に”投げ渡した”のだ。
 彼女の豊満な体に見惚れている男は、少しもそれに気付いていない。

(い、一体どうして!?)

 鍵をキャッチした征夜だが、心の中には困惑しかない。女と鍵の間を視線が行き来し、何も行動できないのだ。

 そんな、情けない様子を見せる彼に対して、女は大げさにウインクした。
 妖艶な笑顔から繰り出されたウインクに、征夜は大きく勇気づけられる。

(この鍵を使えば・・・中に入れる・・・!だけど、あの人はどうして!?・・・考えても仕方がない!)

 征夜は意を決して、ドアノブに空いた小さな鍵穴に、鍵束に嵌められた一つの鍵を差し込んでみた。
 彼の勘は当たり、巨大な鉄製の扉は音もなく開いた。そして彼は、吸い込まれるようにしてラボへと侵入したーー。

~~~~~~~~~~

 色とりどりの薬品が沸騰し、嫌な音と匂いを部屋全体に充満させている。
 想像の何十倍も奥行きがあるようで、出入り口近くの実験室の奥には巨大な水槽がある。

「うわぁ・・・この町は、ラクー〇シティだったのか・・・。」

 サバイバルホラーに出て来そうな景観に遭遇し、征夜は思わずため息が出て来る。
 眼前に鎮座する巨大な水槽は緑色の液体で満たされており、中には気味の悪い生物が浮いている。
 どこからどう見ても、平和的な研究を行っているようには見えない。明らかに、生物兵器を研究しているのだ。

「悪の秘密結社感が出て来たなぁ・・・あれ?まだ奥がある・・・。」

 不気味な雰囲気の薬品室と、生物実験室。その奥には更に扉があった。
 そして、扉の横には注意書きがある。

「レベル5の資格を持った者以外の立ち入りを、固く禁ずる・・・。血迷っても、赤いボタンを押すな・・・?」

 入るなと言われれば、入りたくなる。押すなと言われれば、押したくなる。
 幸いにも、征夜の鍵束にはこの扉を開ける鍵が付いていた。ゆっくりと鍵穴に押し込み、慎重に回す。

 カチャリと音を立てて、意外なほどあっさりと扉は開いた。
 扉の奥からはポコポコと気味の悪い音が聞こえ、侵入の意思を躊躇させる。

(入るしか・・・ない・・・!)

 刀に手を置いた征夜は、慎重な足取りで扉の向こうへと進んだ。

~~~~~~~~~~~

 扉の先は、まさに暗闇だった。
 電灯一つなく、一寸先は闇。足元の状況も分からないし、目前に怪物が居ても気付けない。
 征夜はそんな状況でも、冷静に周囲の環境に神経を張らせていた。

<<<心眼>>>

 暗闇の中で障害物や接近してくる存在を捉えるなら、視界に頼らないソナーを発動するほかに無い。
 征夜の師が用いる奥義は、こんな所でこそ本領を発揮する。

 周囲の気流を読み、鼓動により生まれた僅かな空気の波が、反響する感覚を掴む。
 まさにコウモリの超音波のように、征夜は闇に閉ざされた視界の状況を悟ることが出来るのだ。

(右に3歩行くと、燭台とマッチがある。
 ・・・前方30歩の地点に、滑らかに反った壁・・・?もしかしてこれは、円錐形の水槽なのか?)

 慎重な足取りで燭台へと進んだ征夜は、手探りでマッチを掴んだ。
 そして火のついたマッチを使い、蝋燭を燃やすーー。

(まだ暗いな。だけど、水槽の他には何も無いのか・・・?)

 机や椅子の気配は感じるが、実験道具と思わしき物や、生物兵器の類は察知できない。
 安心した征夜は、巨大な円錐の水槽に向けてゆっくりと歩を進める。



 水槽の端に辿り着いた征夜は、その大きさに驚愕したーー。

「この水槽・・・デカい・・・!この階よりも更に下まで続いてるし、更に上に続いてる・・・。
 この部屋は、観察用に接しているだけで、水槽は独立してるんだ!奥行きも広すぎる・・・一体、どんな怪物を中に入れてるんだ・・・!」

 心の中の声が漏れ出て、独り言と化している。

 だが、それも仕方ないだろう。
 目の前に広がる水槽は、あの”海遊館”でも拝めないような、遥かに巨大な水槽だ。
 ざっと見積もっても、直径100メートルに高さ300メートルはある。
 現在の地球にある技術で、これほどの物を果たして作れるだろうか。その答えは決まりきっているーー。

「こんなのに入れるほどの怪物・・・一体どれだけ、恐ろし」



 征夜は恐怖で、声が出なかった。
 少し見上げた地点から、巨大な七色の球体が彼を覗き込んでいるのだーー。

 生来、彼はあまり何かを怖がる事は無かった。勇敢ともまた違う、怖いもの知らずな一面があったのだ。
 異世界に来て、少しは恐ろしい目にも遭った。だからこそ、自分は恐怖という物を知っていると、彼自身も思っていた。

 だが、眼前に出現した”怪物”は全てを越えていた。
 それでいて、恐ろしいだけでは無かった。魂を震わせるような感覚が、征夜の胸を打つーー。

「なんて・・・綺麗なんだ・・・。」

 目を合わせた怪物には、美しいヒレがあった。青白い鱗を全身に纏い、エラで呼吸している。
 それでいて、魚では無かった。あまりにも巨大な”翼”をはためかせ、水中を漂っている。
 屈強な”足”と翼、そしてヒレで水中を優雅に泳ぎまわり、力を誇示するように金色の牙を見せつけている。

 その姿は稲妻のようでありながら、竜巻でもあったーー。

 怪物は征夜と視線を合わせるが、決して対等な位置には立たない。
 常に見下ろし、品定めしている。その姿が何故か、堪らなく気高い物に見える。

 水槽の横には、小さな張り紙があった。
 その雄大な姿を示すには、あまりにも小さな説明書き。そこにはこう書かれていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2012年初頭、シャノン近海にて捕縛。
人間への敵意はなく、アトランティス遺跡を守護するように旋回していた。
残されていた研究資料によると、この世に存在する全ての生物の遺伝子を組み合わせた人工生物。
水陸空、全て活動可能。人間を襲わない為、兵器としての運用は不可。

最古にして最強、そして唯一の”完全生命体”。
高い魔力と知能、強靭な生命力を持ったこの存在は、アトランティスの最高傑作。
本計画の目標であり、究極の研究材料。畏怖を以って接することを、固く命ずる。

大地を割り、海洋を破り、炎天を灼き、雷鳴を轟かせる。
天上天下、全てを舞う龍の王であり、母なる神ーー。



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