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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)
EP181 勇者ですから <☆>
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彼は何処で間違えたのか。どれほどの事を間違えたのか。
数多くある過ちの中に埋もれても、それは確かに地獄への誘いだった――。
――――――――――――――――――
「雨、そろそろ止みますかね・・・?」
「どうかなぁ・・・今日は中で過ごそうか・・・。」
ミサラと征夜は、窓越しに土砂降りの屋外を眺めていた。
彼らには天気に関する知識が、皆無と言って良いほど無い。そのため、今後を予想する事は不可能だった。
「セレアさん、まだ帰ってこないのでしょうか。」
「朝、"お客さん"が出て行った後、悲しそうな顔してたけど・・・。」
「もしかして、乱暴されたんでしょうか?」
「あの人に限って、それは無いと思うけどなぁ・・・。」
征夜たちにとって毎晩のように訪れるシンは、"常連"のような物だった。
彼らは耳栓をして寝る事が日課となっていたので、情事の際に叫ばれる名前を、一度も聞いていないのだ。
もし聞いていれば、もっと早く再会出来ただろう。
だがやはり、知人の営みを盗み聞くというのは、中々に勇気がいる。
<<<心眼>>>
激しく打ち付ける雨音は、ノイズとしては完璧だ。
音を頼りに出来ない中では、空気の流れが全てを語る。それを読み解く訓練は、心眼の練度を上げるには丁度良い。
「・・・あっ、帰って来た。」
感覚を研ぎ澄ましていた征夜は、廊下を流れる気流の向きが乱れたのを感じた。
普段は結っている長髪は真っ直ぐに下ろされ、気分が沈んでいるのか姿勢は前傾している。
一歩進むたびに豊満な胸が揺れ、足跡には雨水が滴っている。
霧雨を浴びた服は肌に張り付き、ワイシャツから派手な下着を透けさせ、湿気を全身に纏わり付かせている。
最近の征夜は心眼によって、ここまで"詳細な状況"が理解出来るようになっていた。
集中力が続かないので厳しいが、情報量だけで言えば"日常生活に支障が無い"レベルに達している。
「どうしたんですか!セレアさん!」
廊下に飛び出した征夜は、セレアの姿を確認する。
そして確かに、先ほど心眼を通して見たビジョンと、差異が無い事を裏付けた。
「わ、私・・・出て行くわ・・・。」
「えっ!?」
「な、なんでっ!?」
あまりにも突然な報告に、二人は立ち尽くしてしまう。
しかしセレアは意思を変える事なく、二人に対して寂しげに別れを告げる。
「今までありがとう。短かったけど、とっても楽しかったわ・・・。」
「いやいや!何があったんですか!教えてくださいよ!」
征夜は慌てて聞き返すが、セレアは横に首を振るばかりだ。
訳も無く去っていこうとする様には、まるで何かから逃げるかのような気配がある。
「わ、私は・・・もう・・・ここに居るべきじゃない・・・純粋なあなた達と居たら・・・穢してしまうわ・・・。」
「なんか変ですよセレアさん!しっかりしてください!」
自分の部屋に入ろうとするセレアの手首を、征夜は素早く捕まえた。
何故、急に出て行こうと思うのか。それだけでも教えてもらわねば、納得出来るはずがない。
「セレアさん、もしかして何か悩んでるのですか?
どうか話して下さい。私にも、きっと出来る事があります。」
後ろから手を掴んだ征夜とは対照的に、ミサラは前に立ち塞がった。
そして心配そうな顔を浮かべて、彼女に助けを申し出る。
「わ、私・・・私・・・うぅっ・・・!」
突如として泣き崩れ、膝から地面に伏せたセレア。
自信満々、余裕綽々な普段の様子からは考え付かないほど、彼女は弱っているようだ。
「悩んでるんですね?僕たちが力になりますよ!だから、なんでも話して下さい!」
征夜とミサラは屈み込み、泣き続けるセレアに手を伸ばす。
彼らにとってセレアは、既にかけがえの無い友人となっており、放っておける存在ではなかったのだ。
「実は・・・実は・・・ひくっ・・・!」
酒場の店主に発破を掛けられて以降、彼女は彼の言葉だけを信じて犯行に及んだ。
だが今となって残るのは、「本当にこれで良かったのか?」という後悔だけ。それを吐露できる相手など、どこにも居なかった。
しかし目を開けて周りを見ると、すぐ近くに二人もいた。
確かに二人は自分よりも若く、一人に関しては未成年の少女だ。それでも、自分に手を差し伸べている。
彼女はその後、全ての思いを吐き出した。
思い人がいた事、借金を背負わされた事、陵辱を受けた事、死の恐怖と別れの辛さによって板挟みにされた事、結局は友人たちを差し出した事――。
「死にたくなかったの・・・死ぬのが怖かったの・・・!だ、だから!彼らを!彼らを差し出したの!
笑って!蔑んで!罵って!私は最低の女よ!信じてくれたのに!友達だったのに!命が惜しくて裏切った!
二人は何も悪くないのに!私が!私のせいで!あぁ!今頃、どうなってるか!も、もう!死んじゃって・・・!」
現状の説明を終えた彼女は、パニックに陥っていた。
自分が行なった事を自ら憎み、自ら忌み嫌っている。こんなにも"外道な行ない"をしたのだと感じて、罪悪感で発狂しそうになっていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!」
美しい髪を自らの手で掻き乱し、過呼吸になりながら叫び続ける。頭を地面に擦り付け、腕を組んで自らの服に爪を立てる。
ビリビリと衣服が破ける音がして、指には血が付いている。どうやら彼女は本気で、自分の肌を引き裂こうとしているようだ。
「そんな事にはさせません!」
錯乱し、自傷行為を続けるセレアに対して、征夜は突如として叫んだ。
肌にまで食い込んだ指を引き剥がして、まずはセレアの正気を取り戻させる。
「処刑なんて物、すぐに出来る筈ないです!
少なくとも半日か、それ以上は準備が必要です!なら、二人はまだ生きてます!」
「そうだけど!そうかもしれないけど!でも!私のせいで!二人は死ぬ!死んじゃうのよ!殺されちゃうのっ!!!」
「あなたの所為じゃない!悪いのはラドックスです!」
確かに彼女は、自らの命の為に二人を差し出した。
だが元を辿れば、悪いのはラドックスである。借金を負わせたオーナーや貸し手の貴族も悪いが、一番の巨悪は奴だ。
「そうですよセレアさん!私も、悪いのは教祖だと思います!」
ミサラもまた、彼に同調した。
彼女はセレアを深く慕っており、料理の先生としても魔法使いとしても、一人の女性としても尊敬していたのだ。
「こんな・・・自分勝手な私だけど・・・許してくれるの・・・?」
「生きる為ですから!仕方ないですよ!」
「安心して下さい!僕たちが二人を助け出すので!」
征夜は覚悟を決めた。
教団のソント支部に、二人の手配犯は囚われている。それならば、自分はそこに乗り込むだけだ。
見ず知らずの人間。正確には違うのだが、”赤の他人”だと思っている相手でも、救わなければ気が済まない。
(絶対に助ける!何があっても、殺させやしない!)
征夜はチェックアウトの用意を始めた。
教団から離反すれば、もうここには居られないのだ。
「ミサラ、君も荷造りを。」
「分かっています。私は少将に、あの世まで着いて行きますので。」
平和な日々が終わる事を悟った彼女は、征夜に付き添う決意を固めた――。
~~~~~~~~~~
豪雨は霧雨と化し、雨足は着実に弱まっていた。
軒下で馬車を待つセレアの横には、荷物を纏めた二人がいる。
「ありがとう。そして、ごめんなさい。二人まで、こんな事に巻き込んで・・・。」
「大丈夫ですよ!私たち、友達じゃないですか!」
ミサラは無邪気な笑みを浮かべ、悲しげなセレアを元気づける。
しかしその優しさが、かえって彼女を悲しませた。完全に卑屈になってしまった彼女には、”友達”という甘い言葉では届かない。
「どうして、こんなに優しくしてくれるの・・・?私なんかの為に・・・。」
その時、凝り固まった彼女の心を溶かしたのは、征夜の言葉だった。
「だって、僕らは”勇者”ですから・・・!困ってる人の為に、僕は戦わないと!」
「あっ・・・。」
彼女のせいではなく、あくまで自分の決断なのだ。
そう言われて、やっと彼女の心は解放された。
「馬車来ましたよセレアさん!さぁ、乗ってください!」
セレアの荷物を代わりに持ったミサラは、通りかかった馬車を呼び止めた。
心が軽くなったセレアは涙を拭うと、二人に再び礼を言ってそれに乗り込む。
「ありがとう征夜君、ミサラちゃん。一緒に過ごせた時間は、とても楽しかったわ。二人とも、本当に大好き・・・!」
セレアは二人の頭を撫で、両腕で同時に抱きしめる。
彼女の豊かな胸元に顔を埋めた二人は、少し恥ずかしそうに抱きしめ返した。
「征夜君、あなたは”マスターフラッシュ”を探しているのよね?」
「はい。それを倒す事が、平和につながると考えています。」
「それならば、”轟きの谷”へ向かいなさい。
ラドックスは言ってたわ。そこに”最強の竜”が居るって・・・!」
セレアは一昨日の強姦の中でも、ラースから情報を聞き出していた。
少しでも彼の鼻を明かそうと、必死になっていたのだ。
「こちらこそ、ありがとうございました!必ずや、マスターフラッシュを倒してみせます・・・!」
セレアは二人と握手を交わし、馬車を出してもらった。
窓から手だけを出し、ゆらゆらと振り続けている。
「急ごうミサラ!」
「はい!」
遠ざかって行く荷台を見つめ続ける余裕も無いままに、征夜たちは走り出す。
今にも殺されそうな無実の人を、教団の手から救い出す為に。
(セレアさん!元気で!)
彼女を見送りたい気持ちはあったが、そんな余裕はない。
だから彼は、去って行く彼女に関心を向ける事も無く、その場から走り去った。
この選択が、彼女の運命を大きく変えるとも知らずに――。
―――――――――――――――――――
長らくお待たせ致しました。これが本来の<☆>の使い道です・・・!
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数多くある過ちの中に埋もれても、それは確かに地獄への誘いだった――。
――――――――――――――――――
「雨、そろそろ止みますかね・・・?」
「どうかなぁ・・・今日は中で過ごそうか・・・。」
ミサラと征夜は、窓越しに土砂降りの屋外を眺めていた。
彼らには天気に関する知識が、皆無と言って良いほど無い。そのため、今後を予想する事は不可能だった。
「セレアさん、まだ帰ってこないのでしょうか。」
「朝、"お客さん"が出て行った後、悲しそうな顔してたけど・・・。」
「もしかして、乱暴されたんでしょうか?」
「あの人に限って、それは無いと思うけどなぁ・・・。」
征夜たちにとって毎晩のように訪れるシンは、"常連"のような物だった。
彼らは耳栓をして寝る事が日課となっていたので、情事の際に叫ばれる名前を、一度も聞いていないのだ。
もし聞いていれば、もっと早く再会出来ただろう。
だがやはり、知人の営みを盗み聞くというのは、中々に勇気がいる。
<<<心眼>>>
激しく打ち付ける雨音は、ノイズとしては完璧だ。
音を頼りに出来ない中では、空気の流れが全てを語る。それを読み解く訓練は、心眼の練度を上げるには丁度良い。
「・・・あっ、帰って来た。」
感覚を研ぎ澄ましていた征夜は、廊下を流れる気流の向きが乱れたのを感じた。
普段は結っている長髪は真っ直ぐに下ろされ、気分が沈んでいるのか姿勢は前傾している。
一歩進むたびに豊満な胸が揺れ、足跡には雨水が滴っている。
霧雨を浴びた服は肌に張り付き、ワイシャツから派手な下着を透けさせ、湿気を全身に纏わり付かせている。
最近の征夜は心眼によって、ここまで"詳細な状況"が理解出来るようになっていた。
集中力が続かないので厳しいが、情報量だけで言えば"日常生活に支障が無い"レベルに達している。
「どうしたんですか!セレアさん!」
廊下に飛び出した征夜は、セレアの姿を確認する。
そして確かに、先ほど心眼を通して見たビジョンと、差異が無い事を裏付けた。
「わ、私・・・出て行くわ・・・。」
「えっ!?」
「な、なんでっ!?」
あまりにも突然な報告に、二人は立ち尽くしてしまう。
しかしセレアは意思を変える事なく、二人に対して寂しげに別れを告げる。
「今までありがとう。短かったけど、とっても楽しかったわ・・・。」
「いやいや!何があったんですか!教えてくださいよ!」
征夜は慌てて聞き返すが、セレアは横に首を振るばかりだ。
訳も無く去っていこうとする様には、まるで何かから逃げるかのような気配がある。
「わ、私は・・・もう・・・ここに居るべきじゃない・・・純粋なあなた達と居たら・・・穢してしまうわ・・・。」
「なんか変ですよセレアさん!しっかりしてください!」
自分の部屋に入ろうとするセレアの手首を、征夜は素早く捕まえた。
何故、急に出て行こうと思うのか。それだけでも教えてもらわねば、納得出来るはずがない。
「セレアさん、もしかして何か悩んでるのですか?
どうか話して下さい。私にも、きっと出来る事があります。」
後ろから手を掴んだ征夜とは対照的に、ミサラは前に立ち塞がった。
そして心配そうな顔を浮かべて、彼女に助けを申し出る。
「わ、私・・・私・・・うぅっ・・・!」
突如として泣き崩れ、膝から地面に伏せたセレア。
自信満々、余裕綽々な普段の様子からは考え付かないほど、彼女は弱っているようだ。
「悩んでるんですね?僕たちが力になりますよ!だから、なんでも話して下さい!」
征夜とミサラは屈み込み、泣き続けるセレアに手を伸ばす。
彼らにとってセレアは、既にかけがえの無い友人となっており、放っておける存在ではなかったのだ。
「実は・・・実は・・・ひくっ・・・!」
酒場の店主に発破を掛けられて以降、彼女は彼の言葉だけを信じて犯行に及んだ。
だが今となって残るのは、「本当にこれで良かったのか?」という後悔だけ。それを吐露できる相手など、どこにも居なかった。
しかし目を開けて周りを見ると、すぐ近くに二人もいた。
確かに二人は自分よりも若く、一人に関しては未成年の少女だ。それでも、自分に手を差し伸べている。
彼女はその後、全ての思いを吐き出した。
思い人がいた事、借金を背負わされた事、陵辱を受けた事、死の恐怖と別れの辛さによって板挟みにされた事、結局は友人たちを差し出した事――。
「死にたくなかったの・・・死ぬのが怖かったの・・・!だ、だから!彼らを!彼らを差し出したの!
笑って!蔑んで!罵って!私は最低の女よ!信じてくれたのに!友達だったのに!命が惜しくて裏切った!
二人は何も悪くないのに!私が!私のせいで!あぁ!今頃、どうなってるか!も、もう!死んじゃって・・・!」
現状の説明を終えた彼女は、パニックに陥っていた。
自分が行なった事を自ら憎み、自ら忌み嫌っている。こんなにも"外道な行ない"をしたのだと感じて、罪悪感で発狂しそうになっていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!」
美しい髪を自らの手で掻き乱し、過呼吸になりながら叫び続ける。頭を地面に擦り付け、腕を組んで自らの服に爪を立てる。
ビリビリと衣服が破ける音がして、指には血が付いている。どうやら彼女は本気で、自分の肌を引き裂こうとしているようだ。
「そんな事にはさせません!」
錯乱し、自傷行為を続けるセレアに対して、征夜は突如として叫んだ。
肌にまで食い込んだ指を引き剥がして、まずはセレアの正気を取り戻させる。
「処刑なんて物、すぐに出来る筈ないです!
少なくとも半日か、それ以上は準備が必要です!なら、二人はまだ生きてます!」
「そうだけど!そうかもしれないけど!でも!私のせいで!二人は死ぬ!死んじゃうのよ!殺されちゃうのっ!!!」
「あなたの所為じゃない!悪いのはラドックスです!」
確かに彼女は、自らの命の為に二人を差し出した。
だが元を辿れば、悪いのはラドックスである。借金を負わせたオーナーや貸し手の貴族も悪いが、一番の巨悪は奴だ。
「そうですよセレアさん!私も、悪いのは教祖だと思います!」
ミサラもまた、彼に同調した。
彼女はセレアを深く慕っており、料理の先生としても魔法使いとしても、一人の女性としても尊敬していたのだ。
「こんな・・・自分勝手な私だけど・・・許してくれるの・・・?」
「生きる為ですから!仕方ないですよ!」
「安心して下さい!僕たちが二人を助け出すので!」
征夜は覚悟を決めた。
教団のソント支部に、二人の手配犯は囚われている。それならば、自分はそこに乗り込むだけだ。
見ず知らずの人間。正確には違うのだが、”赤の他人”だと思っている相手でも、救わなければ気が済まない。
(絶対に助ける!何があっても、殺させやしない!)
征夜はチェックアウトの用意を始めた。
教団から離反すれば、もうここには居られないのだ。
「ミサラ、君も荷造りを。」
「分かっています。私は少将に、あの世まで着いて行きますので。」
平和な日々が終わる事を悟った彼女は、征夜に付き添う決意を固めた――。
~~~~~~~~~~
豪雨は霧雨と化し、雨足は着実に弱まっていた。
軒下で馬車を待つセレアの横には、荷物を纏めた二人がいる。
「ありがとう。そして、ごめんなさい。二人まで、こんな事に巻き込んで・・・。」
「大丈夫ですよ!私たち、友達じゃないですか!」
ミサラは無邪気な笑みを浮かべ、悲しげなセレアを元気づける。
しかしその優しさが、かえって彼女を悲しませた。完全に卑屈になってしまった彼女には、”友達”という甘い言葉では届かない。
「どうして、こんなに優しくしてくれるの・・・?私なんかの為に・・・。」
その時、凝り固まった彼女の心を溶かしたのは、征夜の言葉だった。
「だって、僕らは”勇者”ですから・・・!困ってる人の為に、僕は戦わないと!」
「あっ・・・。」
彼女のせいではなく、あくまで自分の決断なのだ。
そう言われて、やっと彼女の心は解放された。
「馬車来ましたよセレアさん!さぁ、乗ってください!」
セレアの荷物を代わりに持ったミサラは、通りかかった馬車を呼び止めた。
心が軽くなったセレアは涙を拭うと、二人に再び礼を言ってそれに乗り込む。
「ありがとう征夜君、ミサラちゃん。一緒に過ごせた時間は、とても楽しかったわ。二人とも、本当に大好き・・・!」
セレアは二人の頭を撫で、両腕で同時に抱きしめる。
彼女の豊かな胸元に顔を埋めた二人は、少し恥ずかしそうに抱きしめ返した。
「征夜君、あなたは”マスターフラッシュ”を探しているのよね?」
「はい。それを倒す事が、平和につながると考えています。」
「それならば、”轟きの谷”へ向かいなさい。
ラドックスは言ってたわ。そこに”最強の竜”が居るって・・・!」
セレアは一昨日の強姦の中でも、ラースから情報を聞き出していた。
少しでも彼の鼻を明かそうと、必死になっていたのだ。
「こちらこそ、ありがとうございました!必ずや、マスターフラッシュを倒してみせます・・・!」
セレアは二人と握手を交わし、馬車を出してもらった。
窓から手だけを出し、ゆらゆらと振り続けている。
「急ごうミサラ!」
「はい!」
遠ざかって行く荷台を見つめ続ける余裕も無いままに、征夜たちは走り出す。
今にも殺されそうな無実の人を、教団の手から救い出す為に。
(セレアさん!元気で!)
彼女を見送りたい気持ちはあったが、そんな余裕はない。
だから彼は、去って行く彼女に関心を向ける事も無く、その場から走り去った。
この選択が、彼女の運命を大きく変えるとも知らずに――。
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