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第三章 シャノン大海戦編

EP72 アイドル

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「完成したよ!」

 青年はそう言うと、カウンターの奥にある扉から出てきた。
 手には美しいワンピースを抱えている。

「は、早いですね!?」

 花はその驚異的な早さに驚かざるを得ない。
 なぜなら注文をしてから、まだ10分も経っていないからだ。

「そりゃあ、美少女が着る服なんて張り切っちゃうよ!!!
 それに、この服が町を救うかもしれないんだから!服職人にとって、これほど嬉しい事は無いよ!」

「美少女だなんて・・・!お世辞、お上手ですね♪・・・でも、本当にお代はいらないんですか?」

 花は遠慮がちに聞いた。
 想像の何倍も見事な仕上がりの服が出てきたので、流石に申し訳なくなってきたのだ。

「いらないよ!最後に、入るかどうかだけ試してくれる?」

 青年は何気なく聞いたが、花は少しだけ警戒した。

「覗いたりしません?」

 目の前の好青年がそんな事をするとは思えないが、一応聞いてみた。

「そんな事するわけないよ。ほら、あの試着室使って。」

 青年は表情を一切変えることなく、笑顔のまま言った。
 花にはその笑顔が、信頼に値するものとして映った。

「分かった♪ありがとね・・・♪」

 花はそう言うと、鼻歌を歌いながら試着室に入った。



 数分後、花は渡された服を着て出てきた。

「どうですか・・・?」

「可愛いよ!お姫様みたいだ!・・・あ~、えっとそうじゃなくて・・・サイズはばっちりだね!」

 青年は本音を言ってしまった後、わざとらしく誤魔化した。

「ありがとう・・・♪それじゃ、私はもう行って良いのかしら?」

「もちろんだよ!ありがとう!」

 青年は本当に代金を受け取ることなく、ドアから外へ出ていく花を見送った。
 そして、店外へ身を乗り出すと、幸せに満ち溢れたような笑顔を浮かべ、手を振り続けた。





 しかし、花が完全に視界から消えると輪郭がゆがみ始め、青年は別の姿へと変わった。
 全身が黒衣に覆われた”あの男”に――。

「町を救うか・・・私が見たかっただけだが。」

 男が感慨深そうに独り言をつぶやくと、背後に雷夜が現れた。

「マスターが巫女服以外を作れるとは、正直思いませんでした・・・。」

 雷夜は自分が着ている白い巫女服を見下ろし、驚いたように言った。

「・・・・・・彼女に巫女服は着せたくない。」

 男は急に声が低くなった。まるで、彼方に広がる地獄を想起するように、窓から地平線を眺めている。
 服越しでも伝わって来るほどの憎悪を伴った威圧感に押され、雷夜は瞬時に手と膝を地に着け、頭を下げた。

「も、申し訳ございません!そのような意図があったわけでは・・・!」

 雷夜は土下座をし、必死になって謝罪している。
 その姿は恐怖ではなく、悲壮感に満ち溢れている。

「良いんだ。お前がそんな気じゃなかった事は分かってる。地に顔をつけると、折角の美貌が台無しだぞ?」

 男は冗談交じりに雷夜を諭した。
 その声から先程の威圧感は感じられず、”憎悪の矛先”は雷夜以外の何かに向けられていた事が分かる。

「は、はい・・・。」

 雷夜は顔を上げたが、まだ明らかに納得していない。
 男はその様子を見て、強引に話題を変えた。

「エレメントロードの少年はどうなった。」

 男が再び発した威厳に満ちた声は、むしろ彼女を安心させた。
 従者という自分の立場を、自然な形で肯定してくれたように感じたからだ。

「地震を起こすくらいには開花していますが、まだ粗削りです。
 力がうまく制御できていないようです。」

「地震か・・・一度目と二度目、少年が起こしたのはどっちだ。」

「それが・・・一度目は確かに彼なのですが、二度目は私にも原因が分からないのです・・・。」

 雷夜は再び申し訳なさそうに言った。声に覇気がなくなっている。

「・・・自然発生じゃないのか。」

「そもそも、近海には海底火山もプレートも存在しません・・・。」

「私が調査してみよう。」

 男がそう言うと、急に雷夜は慌てだした。

「わ、私にやらせてください!マスターの手を煩わせるほどでは・・・!」

 雷夜は再び、従者としての自分の価値が揺らいでいくのを感じた。

「分かった。エレメントロードと地震の件、頼んだぞ。何かあったら呼んでくれ。私は小僧の方を見て来る。」

「御意」

 雷夜が静かに、そして力強く返事をしたのを確認すると、男は姿を消した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「お~い花!そろそろ起きろ~!」

 いつも七時に起きるはずの花が、十時になっても全く起きる気配がないので、シンは心配になって声をかけた。
 しかし、いくらドアをノックしても、中から返事は来ない。

「まさか、中で死んでるとかないよな・・・。入るぞ~?」

 シンは小さく呟くと、了承を得る前に中に入った。

 部屋の中に、花はいなかった。
 その代わり、見たことの無い裁縫道具と色とりどりの布が、机の上に煩雑に置かれている。
 シンはそれが何を意味するのか全く分からずに、呆然とすることしかできなかった。

「ちょっと!勝手に女の子の部屋に入らないでよ!」

 完全に気を抜いていたシンは、背後から突然響いた大声に腰を抜かしかけた。

「ううぉあっ!?脅かすなよ・・・。それに、もう女の子って年じゃ・・・痛ぇっ!!」

 シンは余計なことを言ったせいで、後頭部への殴打だという折檻を食らうことになった。

「いくつになっても、女の子は女の子なの!!デリカシーが無い奴は持てないわよ!」

「残念でしたぁ~!俺は1000人斬りのシンって呼ばれてます~♪
 彼氏いない暦=年齢の奴に言われたくな・・・痛ぇっ!!」

 シンはまたも余計なことを言った。
 しかし、花の中で一つの好奇心が湧いて出てきた。

「1000人斬りのシンって、不良時代のあだ名?」

「いや、ナンパ同好会時代のあだ名。
 実はその2倍は食って・・・おっと、さすがにもう食らわな・・・うげぇっ!?」

 シンは後ろを向いたまま後頭部を守ったが、今度の狙いは腰だった。
 さすがのシンも、腰をやられると中々にダメージが大きく、膝をついて倒れ込んでしまった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「す、すまんかった・・・はっ!?なんだその恰好!?」

 数分後、やっと立ち上がったシンは遂に花の姿を見た。
 彼女が来ている服は、いつもの黒いローブではなく、様々な装飾が施されたワンピースだった。
 花の体に完全にフィットし、曲線美を際立たせている。

「それ、自分で作ったの!?」

 シンは驚いて聞いたが、冷静に考えればこれほど見事な服を素人が作れるわけがない。

「昨日、見本を徹夜して作ったのを今朝、職人さんに本物を作ってもらったの。似合ってるかな?」

「似合ってるけど・・・何に使うんだ?」

 シンは流石に質問せざるを得ない。
 日常生活で明らかに不便なそのワンピースの使い道が、"その道"に通じていないシンには思いつかなかった。

「元手無しでお客さんを集める方法を思いついたんだ・・・。」

 花は大きく息を吸い込んで、一気に吐き出した。



「私・・・アイドルになる!!!」
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