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第五章 氷狼神眼流編

EP124 氷室

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「僕、まだ畑仕事しかしてません!」

 入門から"2週間"が経った日の朝に清也は突然、憤った声で叫んだ。憤慨とまでは行かないが、不満げな様子である。
 入門試験に合格し門下生となった後も、清也はこれまで、一度も稽古と呼べる物を着けて貰っていない。
 試験翌日の朝に、彼は愛剣を資正に取り上げられており、代わりの物を与えられてない。なのでここ1週間、彼は剣を握ってもいない。代わりに握ったのは鍬と鎌だけだ。

「案ずるな。じっくりと熟達して行けば良いのだ。下積みの中で得られる物は、お前が思っているより大きい。」

 資正は悠々とした様子で茶を立てている。慌てふためく清也と真逆の彼の姿は、年長者の風格そのものだ。しかし清也の焦燥感はこれでは収まらない。

「失礼を承知で聞きますが・・・僕の修業・・・あとどれくらい掛かるのでしょうか・・・?」

「どこまでの練度を求めるかによる。
 お前がもし、全盛期・・・という言葉は好きで無いが、体力が今よりも確実にあった若き日の某と同じ段階に至るには、最低でもあと"5"は必要だな。」

「え、えぇぇっっ!!??ま、待てません!そんなに待てませんよ!!!」

「焦らずとも良いのだ。自然の中で心身を共に鍛える方が、大器晩成な剣士となれる。お前が最強を望むなら、焦らぬ方が」

「半年です!半年しか時間が無いんです!!!」

 資正の説得を跳ね除けるように、清也の言葉が仄暗い和室に反響した。それを聞いた資正は、立てていた茶を足元に置くと、清也の方に向き直った。



「何故!それを早く言わんのか!馬鹿者めがっ!!!!」

バシンッ!

 清也の我儘に対して、突沸的な怒りが抑えられなかった彼は、傍に置いた木刀を力強く清也の脇腹に叩き付けた。

~~~~~~~~~~~~

「い、いてて・・・師匠、何処に向かっているんですか?」

 痣が出来ている脇腹をさすりながら、資正と共に雪山を登っていく。既に2時間は坂道を歩いているのに、あまり息が切れていない。
 清也は気が付いていないが、彼がこの数週間でこなしてきた一日15時間の農作業は、確実に彼の足腰を鍛えていたのだ。

「はっきり言おう、お前の心身を共に鍛えるのは不可能だ。
 その未熟な性根を叩き直してやりたいところだが、仕方がない。肉体の修練を優先する。だが、その代わりとして修行の危険度は跳ね上がるぞ。」

「つ、つまり・・・?」

「死なないように気を付けろ。過去の門下生でこの試練を行うまで残った者のうち、60人中43人は今回の試練で命を落とした。」

「・・・死なない様に・・・気を付けます・・・。」

 清也にできる返事は正直なところ、これが限界だった。寒さでは無く緊張と恐怖、甘えた考えで修業を受けに来た後悔で歯が震えて来る。
 過去に起こった出来事が、早くも走馬灯のように脳裏を駆け巡り始めた頃、前を歩く資正が歩みを止めた。



「着いたぞ、ここだ。」

 目の前にあるは古ぼけた小屋。何の変哲もない、ごく普通の小屋である。

「え・・・?ここですか?」

 ここだけの話、清也は拍子抜けしてしまった。死人が山のように出る修練場としては、明らかに迫力が無い。

「え・・・?熊と素手で戦うんじゃないんですか?」

「まさかと思うがお前は、熊程度との戦いで負けるのか?勇者を志す者が・・・?」

「・・・。」

 江戸時代の人間は、やはりどこかスケールが違う。倒せて当然という調子で清也に問いを返す。

「まぁいい、取り敢えず中を見てみろ。」

「はい・・・。」

 気の進まない調子で、清也は開け放たれた扉から小屋の中を覗き込む。

「あれは・・・氷・・・?」

 薄暗い部屋の奥に巨大な透明の立方体が配置されている。恐らく一辺の長さが2mはあるだろう。
 他には何も見当たらない。そのため清也は、すぐに資正の方へ振り返ろうとしたーー。



ドスンッッ!

「うわあぁぁぁぁっっっ!!!!????」

 背中に強い衝撃が走る。清也は即座に、資正が自分を背後から蹴り飛ばしたのだと察した。

「し、師匠!?何してるんですか!」

「単純な話だ。明日までこの氷室ひむろで生き残れ。食事は一日分しっかりと貯蔵してある。」

「む、無理ですよ!寒すぎます!」

「死にたくないなら、。助言はそれだけだ。」

「そ、そんなっ!!あっ!待ってくださっ」

バタンッ!ガチャッ!

 扉を勢いよく閉める音、そして響く施錠音と言う絶望。清也は頭の中が真っ白になったーー。

~~~~~~~~~~~~

「へっくしょん!さ、寒い・・・!寒すぎる!このままじゃ死ぬ!何とかしないと・・・!」

 氷点下の氷室の中で、のたうち回りながら活路を探す。しかし、何も見つからない。

「・・・窓だ!窓がある!あそこから逃げ出せるかもしれない!・・・違う!そうじゃ無いんだ!それが正解である筈が無い!なら、何が正解なんだ!!!」

 苛立ちが募っていく。逃げ出したいが、逃げ出せば力を得られない。

「震える・・・震えるんだ・・・震えるしか無いんだ・・・。それしか・・・生き残る方法は・・・。」

 食事をとり全身を震わせ、何とか昼を越えた。しかし、体力は限界まで低下している。

「あの・・・氷が・・・寒い・・・!」

 氷から避けるような小屋隅の位置に陣取り、座禅を組んで身体を震わせる。

「こ、これなら何とか・・・。」

 清也はこれを、今回の試練における”正解”であると捉えたのだ。



 しかし、清也の考えは甘かったーー。



「うん・・・?寒くなって来た・・・?」

 数時間の後に清也は気が付いた。外気の様子が一変したことに。

「・・・・・・まずい!吹雪だ!ここにいたら凍死する!!!!」

 壁際、それは即ち外気の影響を最も受けやすい場所。
 そして清也は今、その氷室の中で最も危険な場所である”窓の真下”にいたのだ。

「動かないとマズい!・・・あれ!?動けない!」

 清也の足元には氷が張っており、既に彼のズボンは地面に接着されていたのだ。

「し・・・死ぬ・・・マズい・・・は・・・花・・・。」

 清也は薄れゆく意識の中で、仲間の元に残してきた恋人を瞳の奥に浮かべたーー。
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