138 / 251
第五章 氷狼神眼流編
EP124 氷室
しおりを挟む「僕、まだ畑仕事しかしてません!」
入門から"2週間"が経った日の朝に清也は突然、憤った声で叫んだ。憤慨とまでは行かないが、不満げな様子である。
入門試験に合格し門下生となった後も、清也はこれまで、一度も稽古と呼べる物を着けて貰っていない。
試験翌日の朝に、彼は愛剣を資正に取り上げられており、代わりの物を与えられてない。なのでここ1週間、彼は剣を握ってもいない。代わりに握ったのは鍬と鎌だけだ。
「案ずるな。じっくりと熟達して行けば良いのだ。下積みの中で得られる物は、お前が思っているより大きい。」
資正は悠々とした様子で茶を立てている。慌てふためく清也と真逆の彼の姿は、年長者の風格そのものだ。しかし清也の焦燥感はこれでは収まらない。
「失礼を承知で聞きますが・・・僕の修業・・・あとどれくらい掛かるのでしょうか・・・?」
「どこまでの練度を求めるかによる。
お前がもし、全盛期・・・という言葉は好きで無いが、体力が今よりも確実にあった若き日の某と同じ段階に至るには、最低でもあと"5年"は必要だな。」
「え、えぇぇっっ!!??ま、待てません!そんなに待てませんよ!!!」
「焦らずとも良いのだ。自然の中で心身を共に鍛える方が、大器晩成な剣士となれる。お前が最強を望むなら、焦らぬ方が」
「半年です!半年しか時間が無いんです!!!」
資正の説得を跳ね除けるように、清也の言葉が仄暗い和室に反響した。それを聞いた資正は、立てていた茶を足元に置くと、清也の方に向き直った。
「何故!それを早く言わんのか!馬鹿者めがっ!!!!」
バシンッ!
清也の我儘に対して、突沸的な怒りが抑えられなかった彼は、傍に置いた木刀を力強く清也の脇腹に叩き付けた。
~~~~~~~~~~~~
「い、いてて・・・師匠、何処に向かっているんですか?」
痣が出来ている脇腹をさすりながら、資正と共に雪山を登っていく。既に2時間は坂道を歩いているのに、あまり息が切れていない。
清也は気が付いていないが、彼がこの数週間でこなしてきた一日15時間の農作業は、確実に彼の足腰を鍛えていたのだ。
「はっきり言おう、お前の心身を共に鍛えるのは不可能だ。
その未熟な性根を叩き直してやりたいところだが、仕方がない。肉体の修練を優先する。だが、その代わりとして修行の危険度は跳ね上がるぞ。」
「つ、つまり・・・?」
「死なないように気を付けろ。過去の門下生でこの試練を行うまで残った者のうち、60人中43人は今回の試練で命を落とした。」
「・・・死なない様に・・・気を付けます・・・。」
清也にできる返事は正直なところ、これが限界だった。寒さでは無く緊張と恐怖、甘えた考えで修業を受けに来た後悔で歯が震えて来る。
過去に起こった出来事が、早くも走馬灯のように脳裏を駆け巡り始めた頃、前を歩く資正が歩みを止めた。
「着いたぞ、ここだ。」
目の前にあるは古ぼけた小屋。何の変哲もない、ごく普通の小屋である。
「え・・・?ここですか?」
ここだけの話、清也は拍子抜けしてしまった。死人が山のように出る修練場としては、明らかに迫力が無い。
「え・・・?熊と素手で戦うんじゃないんですか?」
「まさかと思うがお前は、熊程度との戦いで負けるのか?勇者を志す者が・・・?」
「・・・。」
江戸時代の人間は、やはりどこかスケールが違う。倒せて当然という調子で清也に問いを返す。
「まぁいい、取り敢えず中を見てみろ。」
「はい・・・。」
気の進まない調子で、清也は開け放たれた扉から小屋の中を覗き込む。
「あれは・・・氷・・・?」
薄暗い部屋の奥に巨大な透明の立方体が配置されている。恐らく一辺の長さが2mはあるだろう。
他には何も見当たらない。そのため清也は、すぐに資正の方へ振り返ろうとしたーー。
ドスンッッ!
「うわあぁぁぁぁっっっ!!!!????」
背中に強い衝撃が走る。清也は即座に、資正が自分を背後から蹴り飛ばしたのだと察した。
「し、師匠!?何してるんですか!」
「単純な話だ。明日までこの氷室で生き残れ。食事は一日分しっかりと貯蔵してある。」
「む、無理ですよ!寒すぎます!」
「死にたくないなら、本気で震えろ。助言はそれだけだ。」
「そ、そんなっ!!あっ!待ってくださっ」
バタンッ!ガチャッ!
扉を勢いよく閉める音、そして響く施錠音と言う絶望。清也は頭の中が真っ白になったーー。
~~~~~~~~~~~~
「へっくしょん!さ、寒い・・・!寒すぎる!このままじゃ死ぬ!何とかしないと・・・!」
氷点下の氷室の中で、のたうち回りながら活路を探す。しかし、何も見つからない。
「・・・窓だ!窓がある!あそこから逃げ出せるかもしれない!・・・違う!そうじゃ無いんだ!それが正解である筈が無い!なら、何が正解なんだ!!!」
苛立ちが募っていく。逃げ出したいが、逃げ出せば力を得られない。
「震える・・・震えるんだ・・・震えるしか無いんだ・・・。それしか・・・生き残る方法は・・・。」
食事をとり全身を震わせ、何とか昼を越えた。しかし、体力は限界まで低下している。
「あの・・・氷が・・・寒い・・・!」
氷から避けるような小屋隅の位置に陣取り、座禅を組んで身体を震わせる。
「こ、これなら何とか・・・。」
清也はこれを、今回の試練における”正解”であると捉えたのだ。
しかし、清也の考えは甘かったーー。
「うん・・・?寒くなって来た・・・?」
数時間の後に清也は気が付いた。外気の様子が一変したことに。
「・・・・・・まずい!吹雪だ!ここにいたら凍死する!!!!」
壁際、それは即ち外気の影響を最も受けやすい場所。
そして清也は今、その氷室の中で最も危険な場所である”窓の真下”にいたのだ。
「動かないとマズい!・・・あれ!?動けない!」
清也の足元には氷が張っており、既に彼のズボンは地面に接着されていたのだ。
「し・・・死ぬ・・・マズい・・・は・・・花・・・。」
清也は薄れゆく意識の中で、仲間の元に残してきた恋人を瞳の奥に浮かべたーー。
1
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる