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第三章 シャノン大海戦編

EP56.2 秀才の俊彦

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 少年が初めて"暴走"という文化に触れたのはまだ中学生になる前、10歳の時だった。

 家は裕福であったので、いわゆる英才教育を受けていた少年。
 そのおかげて、彼は同期生から抜きん出た学力を誇っていたがそのせいか友人はいなかった。

 それに、彼はその頃体育が苦手で体型も太り気味だった。

「頭が良ければ生きていけるの!体育なんてできなくても大丈夫!」

 それが母親の口癖であった。

 彼は体育をしないうちに出来なくなり、出来なくなるうちに嫌いになり、嫌いになることで更に出来なくなった。

「やーいやーい!デブ!」
「デベソ!」
「アホ面!」
「ニキビ!」
「頭でっかち!」

 そんな事を言われ、授業中にノートの切れ端を投げつけられ、帰り道で殴られる。
 小学生並みではあるが、確実に心を蝕むイジメが、彼の周りには常にあった。

 しかし、彼は小学校で習うようなレベルの学習は5年前に既に終わらせていたので、そもそも通う必要が無かった。

 最初は本当にそれで良かった。
 家でゲームをして、お菓子を食べて勉強をする。
 家庭科や体育はやらなかったが、それでも将来に響く事はないと信じていた。

 両親が共に交通事故で死ぬまではーー。

 いなくなって初めて分かる存在の大きさが、そこにあった。
 母親も父親も、彼を過保護に育てていたので、自炊は出来ず、洗濯も出来ない。
 買い物もできず、電話も出来ない。彼はすぐに、そんな現実に直面した。

 小学校に行けば、それが出来るようになるかは分からなかった。
 しかし、少なくとも"頼れる大人がいない"のは、不登校が大きな要因になっていた。

「生きていたって意味がないんだ・・・。」

 両親の死から2週間、やつれ切った少年は一人で河川敷に向かった。
 その短い人生に幕を下ろすために。
 首を吊ることも考えたが、身長が足りない上に縄の買い方も分からなかった。

(もしも!生まれ変わったら!自分一人で何でも出来るようになるんだ!)

 奇しくも、13年後に知り合う友と同じ事を思いながら、彼は真冬の川に飛び込んだ。

 ~~~~~~~~~~~~

 目を覚ますと、そこは不思議な場所だった。
 顔には柔らかい感触があり、温かい。
 少し息苦しいので舌を出して空気を吸おうとしたが、何かに阻まれてうまく吸えない。

「きゃっ!このショタ、やり手ね・・・。」

 頭の上から女の人の声がした。
 すると視界が大きく変わり、それまで顔に何かが乗っていたと少年は悟った。

「おーい!"シン"!ショタ起きたよ!」

 少年に胸を乗せたまま寝ていたと考えられる、胸元が開いたライダースーツを着た艶やかなセミロングの緑髪の女性は、誰かの名前を呼んだ。

「ショタ起きたよって・・・お前もっとマシな言い方ねぇのかよ・・・。」

 シンは頭を抱えながらやってきた。
 金髪のオールバックで黒い革ジャンパーを着ている。
 目つきはそれほど鋭くは無いが、不思議な威圧感を感じさせている。

「おい坊主、大丈夫か?お前溺れてたぞ?」

 シンは少年に目線を合わせながら、粗野な口調ではあるが優しい声で聞いた。

「ここは、天国ですか?」

 状況が飲み込めてない少年は、困惑した様子で聞いた。

「フフッ!この子可愛いわね!ここは天国ですか?だってさ!
 まぁ、私の谷間で窒息しかけたんだから天国みたいなものよね!」

 女性は恥ずかしげも無く言った。
 それに対し、シンは大きな溜息をつく。

「なんでお前は、毎回そうなるんだ・・・。」

 シンは呆れ果てているようだ。
 どうやら今回が初でないらしい。

「だってしょうがないじゃん!寒そうだったから暖めてあげたかったんだもん!
 ならやっぱり、体で温めるのが一番じゃん!」

 そう言われたシンは、呆れ果て頭を抱えた。

「もうお前は黙ってろ・・・。坊主、お前どうしてこんな真冬に、川に行こうと思ったんだよ?
 俺たちが橋の下で集会してなきゃお前死んでたぞ?」

 シンは不思議そうに聞いた。

「ええと、魚を釣りに行ったら落ちちゃっ」

 シンは突然、少年の胸ぐらを力強く掴むと、片手で1メートル以上持ち上げた。
 細身の体からは予想もできない、凄まじい腕力がだ。

「お前、嘘ついてるだろ。俺には他人の嘘がわかる。お前みたいなガキなら特にな。
 正直に話すまで、下ろしてもらえると思うなよ。」

 シンの目は先ほどとは別人のように、鋭く尖っていた。

「ちょっとシン!やり過ぎだよ!」

 そばにいた女性は止めようとしたが、シンが遮った。

「うるさいぞフィーナ、コイツが正直に話せば下ろしてやる。」

 恐ろしく真剣な顔をしたシンに、フィーナは怖気付いたようだ。

 少年は事の顛末を一通りシンに話した。
 シンは話し終わるまで本当に彼を離さなかった。

「これ以上話すことは無いみたいだな、悪かったな。怖がらせて。」

 シンはそう言うと、少年を下ろし、頭を優しく撫でた。

「それにしても、お前頭いいなぁ!どこまでの勉強が終わってるんだっけ?」

 笑顔を讃えたシンは優しく聞いた。

「えぇと・・・"高校3年生"までは一通り。」

 少年は軽い調子で答えた。
 入試問題などに手はつけていなかったが、数学3なども流れだけは理解していた。

「マジかよ!おい!コイツは使えるぞ!」

 シンは、嬉しそうにフィーナに叫んだ。
 これまでに無く興奮しているようだ。

 少年がその理由をわかっていないのを察して、シンは優しい口調で伝えた。

「実は俺の組は今、俺も含めた半数以上が留年しそうなんだ・・・。
 日中は抗争、夜中は暴走で忙しくてな。このアジトで教えてくれる講師を探してたんだよ!」

 少年は"抗争"と"暴走"という単語だけがよく分からなかったが、取り敢えず殺されることは無いのだと悟った。

「もちろん、タダとは言わねぇよ!
 学校なんざ行きたくなきゃ行かなくていい!あんなもんク・・・子供相手に汚い言葉はまずいな。
 まぁいい、俺たちがお前に足りない物、一人で生きる強さってのを叩き込んでやる!」

 シンは胸を右手で叩きながら言った。

「ご飯を作ってくれますか!?」

 少年は不思議な質問をした。

「おうよ!フィーナの飯は美味いぞ!なんせ俺の自慢の彼女だからな!」

 シンは大きな声で言った。

「もう!自慢だなんて!」

 フィーナは嬉しそうに笑っている。
 この笑顔は少年の心に深く刻み込まれた。

「僕に講師をやらせてください!僕に、生きる強さを教えてください!」

 彼は即答した。
 自分を変えたい、フィーナと一緒にいたい。
 強烈な向上心と淡い憧れの二つが延長線上で交わっていた。

「よし!決まりだな!期限はあと2年!お前を最賢最強の中一にしてやる!」

 シンは子供のような笑顔で言った。

「よろしくね!えぇと、名前は何て言うの?」

 フィーナは優しく聞いた。
 少年は恥ずかしくて頬が紅くなった。

「俊彦、"金入俊彦"です!」

 俊彦は元気よく答えた。

「よろしくね!"秀才の"俊彦くん!」

 フィーナは優しい笑顔を浮かべて言った。

 これまで言われ続けてきた悪口が、全て掻き消されるような感覚が、俊彦の体を駆け巡った。

 そして親とも違う形で、自分という個性を肯定してくれる初めての存在に、思わず涙が止まらなくなった。
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