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EP7_③ <♤>

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「よしよし……落ち着いた?」

「……うん。」

 食後の赤子をあやすように背中を摩り、ヴィルを抱きしめ続けたセレア。
 移ろい行く周囲の時の流れから隔絶された二人の時間は、まるで熟練夫婦のように"永遠"を感じさせた。

「ありがとう……凄く……温かかった……。」

「またしたくなったら、いつでも言ってね……。」

 珍しく整えられたヴィルの髪を、セレアはクシャクシャに撫でる。
 優しさと同情を込めた気遣いの微笑が、ヴィルの心に浸透した。

「それじゃ……行こっか。」

「うん……。」

 どれくらいの時を抱き合って過ごしていたのか分からないが、周囲を見渡すと既に人混みは掃けていた。
 帰路に着く者は馬車に乗り込み、宿泊を望む者は食堂に向かった。広間に取り残されたのは、2人だけに思える。



 だが、その認識は間違っていた――。



「ヴィルヘルムの言う事を信じるのですか!?
 あくまで外部犯だと!? 本当に"タダの暗殺者"に、アレス様が殺されたと言うのですか!?
 この城の厳重な警備と四重の結界を潜り抜けて、彼を殺せる者が居たと! 本気で仰るのですか!?
 絶対に内部犯です! 領主の座を狙った殺人です! ホントに調べたんですか!? ちゃんと! ちゃんと調べてください!」

「落ち着いて下さいよ奥さん……。」

「落ち着いていられる訳無いでしょう! アレス様が! 私の旦那様が! 殺されたんですよッ! 落ち着ける訳無いじゃないですかぁッ!!!」

 半狂乱になったエミリーは、今にも千切れそうなほど細い腕を振り回して、保安官に詰め寄る。
 静粛に包まれた広間に響き渡る甲高い怒号と絶叫は、恐怖すら感じさせるほどに鬼気迫るものがあった。

(可哀想に……。)

 血走った眼からダイヤモンド色の涙を流して、愛に狂う貴婦人。
 病気がちな淑女が愛する夫のために流す涙は、これ以上ないほどに憐憫を誘う光景であった。

 セレアは、そんな彼女を放っておけなかった。
 慰めの言葉を掛け、その悲しみを癒す為に駆け寄って行く。



 だが、その目論見は外れる事となる――。



「落ち着いてエミリーさ」

パチィーンッ!

「……え?」

 ピシャッと、焼けるような痛みが右頬を迸る。
 遅れて来た鈍い痛みがジーンと響き、顔が熱くなる。

 セレアは、何が起こったのか分からない。
 ただ一つ理解出来るのは、自分が一人の未亡人から""を向けられている事実――。

「自分の夫が殺された訳でもないのに! 恥知らずな婢女はしためが! 知ったような口を利くなッ!!!
 アレス様の棺の前で! 見せ付けるように旦那と抱き合って! よくもまぁ! 堂々とアレス様の葬儀に泥を塗ってくれたわ! 彼と私への当て付けのつも、ん"ぇ"ッ!」

ガシッ!

 病的に白く清楚な面影に矛盾して、マシンガンのように吐き出される暴言の数々。
 その銃口を塞ぎ、ひねり上げ、銃弾の的を"哀れなお人好し"から天井のシャンデリアに変化させる腕が、エミリーを襲った。

「"僕の妻"に! いきなり何するんですか!
 謝罪を要求します! 言語道断ですよ! エミリーさんッ!!!」

グイィッ……!

 襟越しに指の第二関節を突き立て、か細い首に生地を食い込ませる。
 いつになく激怒したヴィルの剣幕は、セレアですら物怖じさせるほど恐ろしい。
 しかし、その口調は至って冷静かつ上品。貧民街のチンピラとは訳が違う、育ちの良さを感じさせる。

「あ"ぐぅ"…………ハッ! ごめんなさいセレアさん! 私……本当に、どうかしていました……。」

 我に帰ったエミリーは、慌てて謝罪した。
 その面影に"鬼神"を感じさせた剣幕は鳴りを顰め、大人しくなった様に見える。
 だが、目線から放たれる憎悪の光は留まる事を知らず、無防備なセレアの体を焼き尽くすさんばかりに照り付ける。

「あ、い、いえ! こちらこそ、配慮が足りませんでした……。」

 思い返せば、セレアにも悪い点はある。
 自身がいかに不謹慎な行為をしているのか、その判断力が鈍っていた。

(私……冷静じゃなかった……。)

 彼女は淫婦だが、ソレと同時に"礼儀を知る淑女"でもある。
 亡骸の面前で愛の抱擁を交わすのは、あまりに不謹慎。そんな常識は、当然のように持っている。

 全身を吹き抜ける、溢れんばかりの""に当てられ、セレアの理性は狂わされていたのだ。

「えぇと……ヴィルヘルムさんとエミリーさんは、取り敢えずコチラに……すぐ終わりますので……。」

「はい、分かりました。」

 ヴィルとエミリーは、互いに睨み合いながら連行されて行く。
 その背中を見送ると、セレアはトボトボと力無く歩み出した。

(これは完全に、私が悪かったわ……。
 エミリーさん……本当に、ごめんなさい……。)

 何度も何度も懺悔し、心の中で謝り続ける。
 大切な夫の葬儀を汚される経験は未だ無いが、その無念と怒りは十二分に理解できる。

(それにしても……見えなかった。)

 打ち出されたビンタの軌道は、全く読めなかった。
 魔族として備わった動体視力と、護身術に精通したセレアの肉体。
 二つの強固な防御本能を以ってしても、エミリーの攻撃は避けられなかった。

(あの速度は……何?)

 ジンジンと痛む頬を摩りながら、セレアは額に冷や汗を浮かべる。
 驚くほどに、一撃が重たく鋭い。擦り傷など滅多に付かない身体なのに、指先が擦れただけで皮膚が削れ、血が滲んでいる。

(自然治癒が効かない。……回復魔法使わないと。)

 右手に緑色のオーラを纏わせ、荒れてしまった頬を撫で摩る。こんな事、本当に珍しいのだ。

 魔力さえ補充すれば、内臓がシェイクされても自然に治癒する彼女の身体。
 吹雪征夜(※本編主人公)の放った"氷狼ひょうろう神眼流しんがんりゅう奥義・刹那氷転せつなひょうてん"を腹に受けても、致命傷とはならず。激痛と多量の精液まりょくを代償に、翌日には跡形も無く治癒した。



 そんな彼女が、わざわざ外から魔法を掛ける。
 まるで回復能力そのものを阻害する"異能"が働くかのように、患部から"エネルギーが抜けて行く"のだ――。



「ほっぺ……痛いよぉ……。」

 年甲斐も無く涙が溢れて来て、口調が幼子へと後退する。
 人が居る所では見せられない弱い姿が滲んでしまうほど、今の彼女は精神的に参っていた。



 ――そんな彼女の背に、優しく声が掛けられる。



「セレア……大丈夫?」
「えっ!? い、居たの!? 早くない!?」
「君が心配だったから……大丈夫?」
「ヘーキヘーキ! このくらい、なんて事ないよ!」

 滲んでいた涙を慌てて擦り、平静を装って強がる。
 だが、心配と同情に満ちたヴィルの優しい視線を前に、そんなヴェールは簡単に剥がれ落ちた。

「……本当に?」

「え、えへへ……えへ…………実はちょっと痛い……。」

 取り繕って強がろうとすれば、恐怖がフラッシュバックした。
 叩かれた事よりも、憎悪を向けられる事が怖かった。セレアは強い女性だが、繊細な乙女でもある。
 刺すような憎悪を受け止めてなお平静で居られるほど、厚顔無恥ハガネのメンタルではないのだ。怖い物は怖いし、それを自覚すれば涙も出る。

ギュッ……!

「ぁ……。」

 突如として、上半身に加わる優しい圧迫ハグ
 背中に回された手が優しく背筋を撫で摩り、溜め込んだ恐怖と不安の情を吐き出させてくれる。

「さっきのお返し……!」

「ヴィル君……。」

 無邪気な笑みを浮かべて、セレアを見上げる視線。
 愛で包み込む抱擁で人肌の温もりを伝えられ、鼓動を共有する感覚。
 冷たく湿った心を癒してくれるのは、やはり愛だけなのだとセレアは思い知らされた。

「念の為、後で氷水を持って来るよ。 魔法で治しても、跡が残る事も有」

「ヴィルヘルム!」

「はい。 何でしょうか父さん。」

 朗らかに微笑む青年の顔は、父の声を受けて瞬時に切り替わった。良い意味で事務的に、真剣な声色で領主の呼び掛けに答える。

「ゼストとフィラを連れて、後で談話室に来なさい。」

「はい。 わかりました。」

 逞しく、まっすぐな声と視線で、肩肘を張って応答する。その態度は、正しく"若き領主"の物であった。

「ごめん……ご飯食べて、先に戻っててね……。」

「分かったわ……さっきは、助けてくれてありがとう。」

「感謝されるような事じゃないよ。
 理由はどうあれ、僕も他人に暴力を振るった事実は変わりないから。」

 ヴィルは優しく笑い掛けると、セレアの元を去って行った。
 先ほどの迫力に加え、去り際の言葉すら立派に思えて、彼女の心は恍惚に浸ってしまう。

(やっぱり、素敵な子ね……大好きよ♡)

 セレアティナは、我が子を見守る母のように、純粋な笑顔を向けた。
 走り去る背中に逞しさを覚え、まだ出会って2日なのに、何年も共に過ごしたような"親子愛"を錯覚する。



 いつの日か、その愛がほごしゃではなく"パートナー"として向けられた時。
 その時こそヴィルヘルム2世の伝説、"不可能に挑む王道"が開かれるのだ――。



~~~~~~~~~~

 ゼストとフィラを連れ、談話室に向かったヴィル。
 ポカポカと温かい夢心地に微睡みながら、食堂に向かったセレア。
 今日の分の捜査をひとしきり終え、署へと戻って行った保安官たち。

 誰もが、"次"へと進んでいた。
 明日に向け、未来に向け、前向きな姿勢を取っていた。

 そんな中、アウレスタの柩に手を掛けて蹲り、堪えきれない涙で頬と床を濡らす者がいた。

「うっ……うぅっ……アレス様……アレス様ぁ……!」

 彼女にとって、アウレスタは命よりも大切な人だった。
 両親ですら匙を投げた難病。訳もなく貧血を引き起こし、太陽の光で肌が焼ける、原因不明の病。

 元より、身体が強い家系ではない。
 だが、病弱な一族の中でも輪を掛けて貧弱だった彼女は、毎日を死んだように過ごしていた。

 そんな彼女と、病院で知り合ったアレス。
 アレスの語る武勇伝は、どれも突飛で、すぐに嘘だと分かった。
 けれど、彼の想いは嘘じゃなかった。骨折を治して退院した後も、彼は面会に来てくれた。
 面会に来る度に素敵な話を聞かせてくれて、人生が薔薇色になったのを覚えている。

 その後も、アレスは懸命に調べて、調べて、調べて、調べ続けた。
 あらゆる実験を行ない、巨額の資金を投じて、何度も何度も治療を試みた。

 計10回の手術で全身の臓器を入れ換え、毎朝毎晩の輸血を絶対に忘れない。
 導き出した答えと、その結果として行なった治療が本当に正解で、意味があったのか。そんな事は誰にも分からない。

 だが現に、彼女は今も生きている。
 結婚可能な18までに死ぬと言われた脆弱な身体は、今なお命を繋いでいる。
 そのおかげで、自分の為に誰よりも闘ってくれた紳士と、結ばれる事が叶ったのだ。

 彼と生きられるなら、他に何も要らなかった。
 他の女性の胎から出でた子供を育てる事になっても、彼の性欲が別の女性に向けられても構わない。

 彼が少しでも自分を愛し、彼がくれた無償の愛に自分の忍耐で応える事が出来るなら、他には何も望まなかったのに――。



 だからこそ、許せない――。



「あの女……あの女……あの女あの女あの女あの女! あの女ッ! 絶対に……絶対に絶対に絶対に絶対に……!」

ガジッ!

 憎悪と殺意に歪んだ顔で、勢いよく爪を噛む。
 あの女、あの無礼な女、あの不埒で下賤な売女の所業を絶対に忘れない。

 何も知らないくせに。何の苦労もしてないくせに。
 能天気で、弱者を見下すように余裕な顔をしているあの女に、全てを無茶苦茶にされた。その憎悪を忘れない。

「私は……私は知ってるんだ……ッ!
 お前が……お前がお前がお前がお前がお前がッ!
 お前が……全てを奪ったんだッ!!! アレス様の心も! 命も! 全部全部全部全部全部ッ! 旦那と結託して権力までッ!!!」

 肥大化した憎悪は、歪曲の眼と化していた。

 彼女の中には、二つの虚像が聳えている。
 "実態より遥かに卑猥なセレアの裸婦像"と、"必要以上に醜く肥え太ったヴィルの像"。
 二つの像は、倒れ込む淑女を見て嘲笑っている。
 札束を扇にして、ステンドグラスを覗き、哀れな自分エミリーを笑っている。

「人が優しくしたら……付け上がって……!」

 アレスがセレアに目を奪われている。
 そんな事は、女の勘で分かっていた。

 ――だが、それでも彼女は彼を愛した。

 無償の愛には無償の愛で返す。
 そうすれば、彼自身も"本当に愛しているのは誰か"という容易な問いを、見失う事は無いと信じられたから。

 だからこそ――許せない。
 ほんの僅かに見せた自分エミリーの寛大な心に、突け込み、忍び寄り、全てを奪い取ったヴィルヘルム夫妻ドロボウが――。

ガジッ!ガジッ!ガジッ!
ガジガジガジガジガジガジガジガジガジ!ブチッ!!!

 憎悪の誓いを立てる為に、全身全霊で爪を噛んだ。
 鋭く尖った爪の先が、歯型でガタガタに崩れるほど強く、何度も何度も何度も噛んだ。噛み砕き続けた。
 血が出ても、滲んでも、溢れ出しても、噴き出しても、弾け散っても構わない。ひたすら噛んで、噛んで、噛んで、噛んで、憎悪を魂に刻み込んだ。



 ――その時だった。
 彼女の中で、"目覚めてはならないナニか"が目を覚ましたのは――。



ドックン……ドックン……!

「あ"ぅ"っッ!?……え"?」

 鼓動が加速し、吐き気にも似た寒気と熱気が、同時に身体の奥底より湧き上がる。
 肉体の内側で、何かが裏返った。認識する世界が変貌する。瞳に映る光景が赤くなる。

「へ……あ……ぇ……な……何?」

 口に指を差し向けた時、鼻腔を突いた甘美な匂い。
 その源泉を辿って覗くと、手相に滲むは一筋の赤い線である。

 指先から流れ出る自分のモノとは、色も"音"も違うナニかが――そこに。

「へ?……え?……ぁ……あぁ……!」

 特濃の魔力を伴った"淫魔の血"が、
 止めどなく溢れ出す"生命力の証"が、
 渾身の平手打ちに巻き込んだ"残滓"が、
 強く逞しく優しさに満ちた"淑女の色香"が、



 鼻腔を通って、脳に浸透する――。



「あぁ……凄く……。」

 魔界の貴族の令嬢の、流麗なる血統。
 艶やかなのに、どこか清楚を感じさせる気品。
 溢れ出す品格の芳香フレグランスが、包み込むような母性を伴って、極上の甘みを引き立てる。

「何だか凄く……。」

 思考が吸い寄せられる。
 何も考えられなくなる。
 目を離したくても離せない。

「――イイニオイ。」

 "エミリエルラ=クラリアス"は、手相を伝って滴り落ちる淫魔の血潮に舌を這わせた。
 嗅覚、視覚、味覚で味わい、雫1粒にも満たない朱色の筋を喉に垂らし、渇きを癒す。

「タリナイ……。」

 だが、悲しきかな。
 一度は潤った渇望の砂漠は、瞬く間に枯れ果てた。
 増水で決壊したダムが音を立てて崩壊するように、彼女の人間性を繋ぎ止めていた"いましめの鎖"が、剥がれ落ちて行くのを感じる。

「モット……モット……。」

 震える声と、虚空を漂流する目線。
 サーチライトの先には、1人のメイドが居た。
 歳若く、細やかな肌をした美女。背が高く、肉付きも良く、血色も良い、健康的な女体エモノだった。

「ハァ……ハァ……ハッ……!」

 彼女は同性愛者レズビアンではない。
 だが、何故だろう。視界の先で無防備を晒す女を見ると、溢れ出す欲望が止まる事を知らなくなる――。

「ホシイ……!」

 明滅する視界、
 前後不覚の三半規管、
 赤空に飛び立つ烏の声、
 足場を作るは無限の死骸、
 何処までも広がる体液の海、
 浴びるように降り注ぐ鮮血の雨、
 引き摺り出されて飛び散った内臓――。

 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

「フフッ……アハッ……アハハハハハッ……!」

 漆黒に身を包んだ妖姫は、心象風景を吹き抜ける欲情のままに走り出した。
 脇目も振らず、捻り上がった口角から発達した犬歯を覗かせ、浅ましく涎を垂らす。

 もう、止まらない。
 彼女自身、身体が言う事を聞かないのだ。
 走るよりも、落ちる感覚に近い。食欲リビドーの重力に引かれて、エモノに向けて水平に落下する。

「スゴイ……スゴイスゴイスゴイ!
 ワタシ……コンナニ速ク走ッテルッ!」

 絨毯の上を踊るように疾走する肉体が、あまりにも軽やかで嘘のようだった。
 たかが一滴で、健康体な女の血が、こんなにも自分をにするなんて。思いもしなかった。

「待ッテテネ……アレスサマ……!」

 頭に浮かぶは、ネクロマンサーの術式。
 血潮に刻まれた秘伝の術で、由緒正しい古代魔法。

 何処までも自由な身体と、来たるべき儀式の日。
 二つの条件が揃ったならば、"天国へのインフェルノ・ゲート"が開かれるのだ。

 呼び戻せる。迎えに行ける。もう一度、彼と共に幸せになれる。その事実を理解した今、彼女に障壁など無いに等しかった。

 エモノは無防備。箒を持って埃を掃き、コチラに気付いてすらいない。

 爪が伸びる。指先の皮膚を突き破って、20cmも突き上がった鋭爪だ。
 背中に刺すか、肩から裂くか、首を刎ねるか。考える暇も無いままに追い付き、結局は"ヤツザキ"にした。

 寸断された女体から溢れ出る鮮血と、傷口から溢れ出す臓物。
 既に死んでいるのに必死な顔をして悲鳴を上げる様が、最高に愉快に思えた。

「聞コエナイヨ? 防音ハバッチリダモン♪」

 自分でも驚くほど手際良く、狂気の中に秘めた冷静な本能を以って完全犯罪を成し遂げようとするエミリー。
 如何に自分が強くなっても、""が生きている内は派手に動けない。その現実を理解しているからこそ、慎重に動けるのだ。

 復讐は始まったばかり。
 ここで転んでは笑い話だ。
 愛する夫の為にも、絶対に気付かれてはならない。

「ケド……イツカハ勝テル……!」

 壁掛けの姿を見て、妖姫は満足げに笑った。
 突き出した巨大な鋭爪と、チカチカと不気味に輝く魔眼。発達した犬歯は牙へと変貌し、何を食べても良くならなかった顔色が、どうしようもなく紅潮している。

 力を蓄えれば、いずれは翼を生やして飛翔できる。
 も怪物ではあるが、病による衰弱を加味すれば紙一重で上回る。そう思った。

「アノ女……今ノ私ノ……敵デハナイ……♪」

 たかが雌淫魔ごとき、もはや敵ではない。
 はしたない乳房と臀部で男を誘い、精力を吸い取るだけのなど、覚醒した真の狩猟民族…………とは比べるまでもない。そう思った。

「ラ……ラララッ……ララララ~……♪」

 自分だけに聞こえる命乞いと悲鳴をBGMにして、意気揚々と"生きた屍"を彩るエミリー。
 床と壁に飛び散った肉片と血潮を丁寧に拭き取り、バラバラになった女体を両手に抱え、満面の笑みで寝室へと持ち帰って行く。

 生かさず、殺さず、ジックリと――。
 生まれ変わったように自由な自分と、死を待つだけの女の格差を、見せ付けるように――。



 これ以上は、語るに忍びない。
 ただ、一つだけ言える事がある。



 別れを偲ぶ晩餐に、彼女は出席しなかった。
 ソレが決して"永遠の別れではない"事を、彼女だけが知っていたのだ――。
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