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EP7_②

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(凄い……本当に一日で葬式が……。)

 荘厳に奏でられるパイプオルガンの旋律を両耳に受け止めながら、セレアは驚嘆の意に浸っていた。

 無理もない。今朝まで何も無かった大広間に、黒焦げの残骸には不相応なほど立派な棺桶が納められ、参列者全員分の長椅子が用意されているのだ。

 クラリアス城の使用人たちは、想像以上のプロフェッショナルであった。
 領主が直接指示を下し、僅か10時間足らずの準備期間で完璧な葬式を演出したのだ。

 10人掛けの椅子が縦10列、横4列。
 合わせて400人。領主の長男の葬儀にしては、参列者が少ない。だが、当日の朝に訃報を放ったにしては、十分過ぎる人数である。
 そして、それだけの人数を完璧にもてなし、十分に満足できる量と内容の食事を用意する。まさに、職人たちによる神技としか言えない。

「それでは、故・アウレスタ様の御兄弟より、別れの言葉を頂こうと思います。」

 "当日予約"で呼び寄せられた葬儀業者、その司会役が壇上でアナウンスした。
 400人いる参列者の中でも、特に重要な3人。選ばれし親類として、三兄弟が一斉に立ち上がる。

 一番手は当然ながら、奇しくも"最年長"となってしまったゼストだ――。

「えぇーと、今日は兄貴の葬式に集まってくれて、ありがとな。……うん、まぁ、良い奴だったと思う。
 ダチも多かったと思うし、いろんな奴と付き合いがあった。顔が広くて、すげぇ兄貴だったよ。」

 格式立った言い回しはせず、あくまでフラットに。
 早逝した兄の葬式と言う悲壮感漂うムードを感じさせない、いかにもゼストらしい言葉だ。

「突然死なれて……あんまり言葉が思い付かないな。
 俺からはこんな所だ。……それじゃ次は、妹に任せるよ。」

(ちょええぇぇぇぇぇッッッ!!!???
 ぜ、ゼスト君!? スピーチ下手過ぎない!?)

 セレアは仰天した。
 思わず椅子から崩れ落ちそうなほどの衝撃が、全身を駆け巡る。

 てっきり、"砕けた調子ながらも深良ふかいい話"をするのかと思いきや、そのまま砕け散って終わった。
 一体全体、ゼストのスピーチは何だったのか。これがよく分からない。と言うより、ゼスト本人もよく分かっていない。

「次は私から、話させて頂きます。
 うっ……うぅっ……ひくっ……!」

(あちゃぁ、泣いちゃってるじゃない……。)

 次に壇上に上がったのは、フィラであった。
 ダラダラと鼻水を垂らしながら、涙を流している。
 アレスを除く三兄弟の中で、彼を最も尊敬していたのはフィラだ。だからこそ、突然の死に対して心の整理が追い付かないのだ。

「私は幼い頃から、常に兄の背を追って来ました。
 誰からも好かれた兄の事を、私は深く尊敬し……」

(て、定型文……あの子、こういうの苦手なのね……。)

 フィラのスピーチは、あまり心に来る物ではなかった。本に書かれた例文を、そのまま使ったような。
 だが、それも仕方ない。たった半日で、兄の死を悼む文章を考えろと言われれば、こうもなろう。
 決して、アレスに対する想いが足りないのではなく、単純に文章力と想像力、即興の対応力が不足しているのだ。

 その後も、右耳から入って左耳に抜けていくようなスピーチが、延々と続いた。
 校長の面白くない話を聞いている時のような、意識が朦朧とする感覚。セレアは、段々と気持ちが悪くなってきた。

(あっ、ヴィル君!)

 そんな中、ついにフィラのスピーチが終わり、最後の一人が壇上に上がった。
 正直、そこまで期待している訳ではない。だが、フィラのスピーチよりはマシな話を聞けるかも知れないと、セレアは希望に胸を膨らませた。



 そして、その希望は"良い意味"で裏切られる――。



「兄アレスが身内に対して、どんなに素晴らしい人間であったか。 その点に関しては既に姉が語ってくれたので、私は割愛したいと思います。
 私は今一度、皆さんに対して"対外的な兄の偉業"と"遺志"について語らせて頂きます。
 説教くさい話になってしまい、大変申し訳ありません。 ですが、これも無念の死を遂げた兄の供養と思い、耳を傾けて頂ければ幸いです。」

(ひぇ?……ゔぃ、ヴィル君?)

 セレアは腰が抜けそうになった。
 長椅子に載せたふくよかな臀部の感覚が無くなり、気を抜くと滑り落ちてしまう錯覚に襲われる。

(なかなか立派ではないか!?)

 葬式で興奮するのは失礼だと、100も承知。
 だが、これまでとは大きく異なった荘厳なオーラを纏うヴィルヘルムの姿に、胸のざわめきは止められない。

(もしかして私……ヴィル君を誤解してた……?)

 彼と出会って"まだ2日"。
 その人格を見極めるには、あまりに早計であったとセレアは猛省する――。

「まずは皆さんに問いを一つ。
 人間と動物の違いとは、何でしょうか?
 発達した知能、言語による対話、文明の利器。
 答えは無数にありますが、最も単純な回答としては、ただ一つの"二足歩行種"である事。
 この差が一体、何を表しているのか。 皆さんは考えた事がありますか? 良ければ少し、周りの人と話し合ってみてください。」

 矢継ぎ早に繰り出される二つの質問が、聴衆の好奇心を刺激する。
 2人連続で続いた茶番のようなスピーチに飽きていた人々にとって、少なくともヴィルの話は「この先を期待してしまう」程度の関心を寄せるに値する物であった。

 前後左右の人々と、目を合わせて些細な問答をする聴衆。
 さながら学生のグループワークのように、ここが葬儀の場である事も忘れて語り合っている。

(面白い質問ね。 たしか女性の乳房は、"直立した時でも分かるセックスアピール"として発達したって言われてるけど……。)

 物凄く淫魔っぽい思考を働かせたセレアは、"至って真面目に"猿と人の違いを性的な面から考察した。
 確かに、4足歩行の動物ならば乳房より臀部の方が重視される。安産型な雌こそ、雄にとって理想の個体だからだ。

 しかし、人間の場合はその限りではない。
 淫魔である彼女に実った卑猥すぎる爆乳が、その最大の証拠であった。

 いよいよ議論が煮詰まり、各々の解釈が出揃い始めたタイミング。
 その完璧な瞬間を以って、ヴィルヘルムは自身の考える"二足歩行の意味"について語り始める――。

「魚のように、ヒレを揺らして泳ぐ事は叶わない。
 鳥のように、翼で羽ばたいて飛ぶ事は叶わない。
 獣のように、四足で荒野を駆ける事は叶わない。
 このアンバランスな2本の足で征するには、世界はあまりにも広すぎる。」

 やや詩的に、歌うような声色を練り上げて、ヴィルは持論を拡散する。
 それは、さほど難しい話ではなかった。専門性も無ければ、思考に歪さも見られない。ごく普通の論理。



 だからこそ、聴衆は彼の意見に共感する――。



「進める世界を広げる為に、人間は"道"を作る。
 もっと言えば、道を作らねば前に進めない生き物。 それが人間だと、私は思っています。
 野山にも、荒野にも、砂漠にも、人間は道を築いた。
 時には自分の手で舗装した。 時には通りやすく安全な場所を道と呼んだ。 時には自身の足跡を道とした。
 方法も条件も無数にある中で、ただ一つ共通して言える事。 それは、どんな道も"最初からあった訳ではない"という事。」

 一遍の詰まりも無く、ヴィルは持論を謳っていく。
 昨日までの"オドオドした童貞"とは真逆、民衆に自らの意思を啓蒙する"思想家"のように、その風格を堂々と誇示していた。

「先陣を切って道を引いた開拓者。
 即ち"何も無い砂利道フロンティア"に立ち向かう勇者が、いつの時代もそこに居る。 それこそが、人類繁栄の歴史そのものだと、私は思うのです。」

 両手を大きく広げ、大袈裟にジェスチャーする。
 自分の心を刃物と化して、聴衆の心をこじ開け、無防備な中枢意識へと忍び込む。

 20世紀以降、地球においても行われた"洗脳魔法"。
 かつて多くの無垢なる市民を巻き込み、その果てに"地獄の道ファシズム"へと引き摺り込んで来た、悪魔の技法を彷彿とさせる。



 あまりにも"危険な色香"を、今のヴィルヘルムは纏っている――。



「そして、道を作る事による人類繁栄の歴史は、"社会活動"にも適用される。 私はそう確信しています。」

 抽象的な話は終わった。
 ここからが本題だと言わんばかりに、ヴィルは声のトーンを落とし、一際強く張り詰める。

「優秀な人間が先頭に立ち、皆が歩む道を切り開く。
 リーダーになった人間は、砂利だらけの荒野を傷付きながら進んで行く。
 その果てに築かれた道が、どれだけ立派な物であるか。 それこそが"人生の価値"だと、私は声を大にして言いたい。」

 聴衆の眼は釘付けになっていた。
 カッと見開かれた視線をヴィルに浴びせ、その一言一句を聞き逃さんと刮目する。

 大広間を包み込む異様な熱気に当てられ、皆が次々とトランス状態に堕ちて行く。
 そのムーブメントに流されなかったのは、領主とエミリーだけ。他の兄弟やセレアですらも、その潮流に呑まれる事しか出来なかった。

(みんな……ヴィル君の言葉で変に……。)

 ヴィルヘルムの放つ強烈な覇気が胸を締め付け、背後に座る大勢の聴衆の視線が、自分の背中越しに彼の事を凝視している。

(すごく怖いのに……とっても……ゾクゾクしちゃう……♡)

 背中と胸、前後から浴びせられる異様なオーラを感じ、セレアは興奮と恐怖の入り混じった複雑な感慨を抱いてしまう。
 ウットリと惚れ込むような笑みを浮かべ、瞳に浮かんだ"ピンクのハート"が、視界に映るヴィルヘルムを捉えて離さない。

 その場に集まる皆の衆から、羨望の眼差しを向けられている男。

 400もの人間、それぞれ家も経歴も異なり、違う人生を歩んできた別人同士。
 されど、複雑に枝分かれした個々の人生の中で、この一瞬だけは皆同じく「ヴィルヘルム2世に心酔した」と言う歴史の1ページを刻み込まれている。



 自分はそんな男に認められ、寵愛され、抱かれ、胎に"子種"を授かった。
 その不可思議な実感に、言いようのない""を覚え、頬を赤らめて身震いする――。



「では、"立派な道"とは何でしょうか?」

 再び、ヴィルヘルムは問い掛ける。しかし、今度は思考の隙を与えない。
 皆の頭に浮かんだ疑問符を切り刻み、染み込ませるように、間髪入れず持論を叩き込む。

「私は考えます。
 優秀な人間が作るべき道は、"より多くの人間が後ろを歩き、誰もが転ばずに進める道"だと。」

 分かりやすく、シンプルに、聴衆が理解できる範囲を熟知して、言葉を選んでいる。

 難しい単語は必要無い。ただ、相手に伝えて、賛同させる事が重要。
 ほんの少しの違和感も抱かせずに、自分の"思想世界"へと招き入れるのだ。

「前置きが長くなりました。
 それでは兄の偉業について、一つずつ再確認したいと思います。」

 そう言って、男は青白い水晶玉に手をかざした。
 すると、手先から放射された光が球体の中で循環、攪拌され、やがて克明な映像となって映し出される。

映写スクリーン呪文……高度ねぇ……。)

 セレアは、恍惚の笑みを浮かべながら画面を眺める。
 映写魔法は非常に高度。解像度、色彩、フレームレート、あらゆる要素が使い手の技量に大きく依存する。

 それなのに、水晶玉を介して、白い壁面へ鮮やかに映写されるスライドは、実に見事な物だった。
 地球の基準で例えるのなら4K画質。ただのスライドには勿体無いほど、圧倒的な高画質である。

――――――――――

☆アウレスタ=クラリアスの功績

・オルゼ地下道の増改築。
・転生者保護NPOと、その外部組織である自警団の設立。
・魔界との相互理解に向けた、土地及び金銭的な組織協力。
・児童売春撤廃に向けた、18歳以下の女性に対する学業支援。
・性風俗街と反社会勢力の切り離しに向けた、業界内部の改革と支援。

――――――――――

「大きく、この5つが兄の主な事業であり、数年間に渡る政治活動の功績でした。
 大学を卒業した後、齢30にしてこれだけの新事業を設立し、社会の為に働く。 それは並大抵の事ではないと思います。」

 いくら親が貴族で、生まれながらの資産家であると言えど、この功績には目を見張る物がある。
 まさに、行動力の化身。「成すべき事を成す」と言う至って単純な思考が、そのまま肉体に宿ったような。その経歴の羅列だけを見れば、"正義に生きた男"としか思えない。

「"平和と平等の実現"と"誰もが住みやすい社会の創造"を理念として掲げ、政界に入った兄。
 彼は父の意志を受け継ぐ最高の領主と成る事が、約束されていました。」

 もしも死なずに領主の籍を継げば、間違いなく偉大な統治者となっていた。
 これまでにヴィルが語った持論も合わさって、その実感が多大な現実味を持って聴衆の心を駆け巡り、感動と同情の涙を呼び起こす。



 しかし、そんな中。
 ただ一人だけ、"違和感を覚えた者"が居た――。



(地下道? あそこ、教団の巣窟になってるわよ?)

 アレスの経歴を聞いて、"地元民セレア"だけは違和感を覚えた。

 "風俗と反社の街・オルゼ"は、幼少より彼女の庭だ。
 自宅や娼館は当然として、路地裏から地下道に至るまで、彼女は全ての地図を完璧に記憶している。
 どの飲食店の料理が美味いか、どの家の男が太客か、どの道に痴漢が多くて、どの孤児院の財政が最も困窮してるか。

 くだらない事から重要な事。
 自分の事から他人の事まで、彼女はあらゆる情報に精通しているのだ。
 そんな彼女にとって、どうしても"地下道"については疑問が残ってしまう。

(功績なんだろうけど……う~ん……。)

 地下道を整備した事が功績なのは分かる。
 だが、その後に"マリオネット教団(※第一部の敵組織)"によって不法占拠され、巨大なアジトとして改造された件について、ヴィルは知っているのだろうか。



 そして、更に一つ。
 どうしても気になる事が――。



(学業支援……あぁ、そう言えば"アウレスタ基金"ってあったわね。
 でもあれ、"殆ど詐欺みたいな制度"だって言って、泣き付いてきた子が居たけど……。)

 大学に行こうとした後輩娼婦が、借金漬けになってセレアを頼ってきた事があった。
 その時に制度名として挙がったのが、アウレスタ基金。今思うと、彼女はここに来る前からアレスの名前を知っていたのだ。

(あの時は、私が代わりに払ったけど……。)

 無論、後輩のピンチを見過ごす姉貴分セレアではない。
 自腹を切り、勤務時間を増やし、なんとか金を工面して、後輩を助け出した。
 その時のローン額は、流石のセレアでも肝を冷やすほど、多大に膨れ上がっていた。



 今にして思えば、アレスに対して感じた絶妙な不快感は、この記憶に起因していたのかも知れない――。



「兄はきっと、悪虐の手の者の怒りを買ったでしょう。
 ですが、それは彼の人生が"正義の軌道上に描かれた道"であった証拠。 そんな兄は正に、社会にとっての"勇者"でした。」

 大きく息を吸い、肺に魔力を溜める。
 ソレは目に見えず、肌でも感じられない。対魔術用具でも打ち消せない。

 誰にでも使えるようで、選ばれし者にしか宿らない。
 溜めて、溜めて、溜めて、一気に放出され、誰も彼もが虜になる。



 王者にのみ許された特権、"言葉の魔力"だった――。



「彼の姿を決して忘れず、彼の築いた"正義の道"を皆様には歩んでほしい。
 ――それだけが、私と兄の望みです。」

パチパチパチパチパチ……!

 死者への弔いと同情の涙が、感動と奮起の志へと変貌する。そして、葬儀と言う荘厳な場に見合わない盛大な拍手が、400の座席から湧き上がった。

 この僅か5分に満たない言論の中に、どれほどの魔力が練り込まれていたのか。
 待機中で乱れ弾ける喝采の嵐が、その実態と影響をこれ以上ないほど雄弁に語っている――。

(凄い……。)

 ノッソリとした重々しい足音と共に座席へ戻り、セレアの隣に腰を下ろしたヴィル。
 彼女はその荘厳な横顔を、驚嘆と畏怖の入り混じった面持ちで、じっくりと眺めていた――。

~~~~~~~~~~

 我が子を亡くしたヴィルヘルム1世による、荘厳なスピーチ。
 未亡人となったエミリーの、嗚咽混じりのか細い声でのスピーチ。
 パイプオルガンによる演奏と、それに合わせた斉唱。特に親しかった友人による献花と敬礼。

 ヴィルの演説スピーチで沸き起こった熱気は嘘のように立ち消え、粛々と進められる葬儀は一切の滞りなく終わって行った。



 波立つ事など何もない。
 これが、ごく普通の葬儀。人生の終幕を見届ける、最後の儀式の"あるべき姿"なのだ――。



「これにて、"故・アウレスタ=クラリアス"の葬儀を閉式とさせて頂きます。
 お集まりの皆様につきましては、それぞれに寝室を用意してあります。 夕食会に参加する皆様は、食堂にお集まり頂き……」

ざわ……ざわざわ……

 司会進行役の男が、終幕の号令を掛けた。
 数時間に渡る重々しい雰囲気から解放された人々が、先を争うように席を立ち、空腹感に身を任せて食堂に吸い込まれて行く。

「ふぅ……緊張したぁ……。」

 セレアの横で肩肘を張ったまま硬直していたヴィルが、やっと姿勢を崩した。
 見栄を張るためにワザとキツめに巻いたベルトを緩め、ギチギチに圧迫されていた皮下脂肪を解放する。

「とっても素敵な挨拶だったわ、ヴィル君……。」

「えっ? ぁっ……。」

むにゅ……

 胸元に抱き寄せ、谷間に顔を埋めさせる。
 彼女が着用するのは、黒くて薄いレースの布。広く一般に流布される喪服の範疇は、決して逸脱していない。

 だが、女性のボディラインをクッキリと強調させる薄布は、セレアという"極上の女体"と合わさる事で、おおよそ葬儀には相応しくない"艶"を帯びていた。

 オブラートに包んでも"扇情的"、言葉を選ばずに言うなら"不謹慎"とも捉えられる。
 剥き出しになった"雌の色香エロス"が訴えるのは生命の躍動であり、時代に繋ぐ命のリレーだ。
 人生の終着点であり、消えた前途を指し示す"デス"とは、完全に真逆の概念と言える。

「凄く立派だったわ……お義兄にい様も、きっと喜んでいられると思う……。」

「うん……そうだね……。」

 彼女はアレスの死に対して、軽薄な感情を抱いている訳ではない。
 ただし、"昨晩に一度話しただけの男"に深い同情を向けられるほど、涙脆い訳でもない。
 よって、その死は衝撃的ではあれど、悲劇的な物とは捉えられないのだ。

 彼女にとって大切なのは、当然ながらヴィルの方。
 "可愛い年下くん"という印象とは別に、彼には"何か"を感じるのだ。
 そんな彼が、兄の死という傷ましい境遇の中で心を痛めている。そんな中でも、必死に大役をこなした。



 これを讃えずして、いつ誰を讃えろと言うのか――。



「アレス様の事、尊敬してたのね……。」

「いつか僕の手で倒したい。 常々そう思ってた。」

「そっか……辛いわね……。」

 溢れ出す虚脱感、隠し切れない疲労感。
 俗っぽく喩えるなら、ラスボスの直前でセーブデータが消えた時のような。

(可哀想に……。)

 正直、セレアは辛くない。
 しかし、意気消沈したヴィルの姿は、物悲しさすら感じさせる。そんな姿を見ていると、セレアは無性に胸が苦しくなった。

「よしよし……強がらなくて良いの……私の前では、好きなだけ泣いて良いんだよ……。」

 だから、抱きしめて彼の悲痛を癒したい。
 ヴィルに寄り掛かってほしい。そうすれば、自分と苦しみを分かち合える。そう思ったから――。

「心に穴が空いた気分だよ。
 "彼"に追い付いて、追い越して、抜き去る。 そんな自分を、ずっと夢想して来たんだ……。」

「そっか……。」

 人として、男として、何より為政者の息子として、アレスは最も身近にいる目標ライバルだった。
 兄ではなく、一人の男として、人生で越えるべき壁として、ヴィルは常日頃から彼を見据えていたのだ。

「僕は結局、一度も彼を倒せなかった……。」

 溢れんばかりの母性に顔を埋めたまま、ヴィルは悄然として呟いた――。
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