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EP7_① 照魔の鏡像

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 "てんやわんや"とは、今日の為に生まれた単語である。クラリアス城に住む皆が、そう思った。

 長男であり、いずれは"領主の座を継ぐ者"として期待されて来たアウレスタが、一晩のうちに物言わぬ"消し炭"となった。
 明確な火元は見つからず、現場に残された膨大な量の魔力残滓は、彼の死が"事故ではない"と言う恐ろしい事実を雄弁に語っていた。

 who done it. why done it. 
 殺人事件を構成する2要素が、どちらも煙に巻かれている。遺言も無ければ、犯人の証拠も無い。
 保安官が次々と現場に入り、何処から沸いたのか分からない野次馬が出入り口を満たす。
 号外を通じて領内全域に伝達された訃報は、瞬く間に皆が知る所となった。



 そんな中、領主とゼストは朝早くから口論になっていた――。



「どう言う事だよ!? "葬式が今夜"って!?」

「そのままの意味だ。 アレスの葬儀は今日中に終わらせる。」

「いくら何でも早すぎる! 兄貴の葬式に出たい奴は大勢居るんだぞ!? いきなり今日は無理がある!」

「葬式に立ち会う事に、大した意味は無い。
 死者を偲ぶなら、墓に泣けば良い。 そもそも"二度と会えない"事実には、変わりないのだから。」

「見送りたい奴が居るだろ!? 火葬する前に、一目でも遺体を見たい奴がいる筈だ!」

「問題はそこだ。 アレスの遺体を見て何になる?」

「は? そりゃ、どんな奴だったか思い出したり……あっ。」

 ゼストはここに来て、父の言わんとする事が分かった気がした。領主は無表情な顔を曇らせながら、ゆっくりと見解を述べる。

「彼奴の遺体は黒焦げだ。
 それを再び火に放り込んで、白い炭に変えるだけ。 棺桶を覗き込んでも、気分が悪くなるだけだ。」

「けどよ……けど……。」

 きっと、探せば反論は出来るはず。だがゼストには、何も思い浮かばなかった。
 何とか食い下がろうとするが、彼の頭脳では父を説得するに足る論拠が提示出来ないのだ。

 元より、領主は頑固だった。城の住人の自由は高度に尊重していたが、その代わり意思を固めた時には滅多に変えない。

「アウレスタの葬儀は今夜で終わらせる! 急な話で悪いが、最低限の体裁だけでも整えてくれ!」

 眼下に広がる、城のエントランス。
 大ホールの中を駆け回り、せかせかと職務に勤しむ使用人達に向けて、領主は丁寧ながらも威厳に満ちた声で命じた。

「ゼスト、フィラ、ヴィル。
 お前たちは今晩までに、別れの言葉を考えておくように。 保安官からの事情聴取には、真摯に応えなさい。」

「くそっ……しょうがねぇな……。」
「お、お父様! 私、まだ兄様を見送る心の準備が出来ていません!」
「分かりました、父さん。」

 三兄弟の中でヴィルだけが、領主の急すぎる指示に動じる事なく、素直に呑み込んだ。

~~~~~~~~~~

 その頃、別室では――。

「私は昨日、この城に嫁いで来たばかりです。
 殺す動機はおろか、彼の寝室が何処にあるのかも知りません。」

「しかしねぇ、証拠が揃ってんの。 分かる?」

 中年の保安官が、セレアの取り調べを行なっていた。
 ネチネチと嫌味ったらしい言い草で、彼女の言質を取ろうとする。
 もしも不用意な事を言えば、即座に切り込まれる。セレアは直感で、現状の不利を悟っていた。

「お嬢さん、淫魔とのハーフでしょ?
 あの膨大な魔力残滓は、人間技とは思えないのよ。」

「……そんなに多いのですか?」

 魔族と人間では、文字通り魔力量の"桁"が違う。
 同じ中堅上位の魔法使いで比べても、魔力量は10倍。上澄み1%で比べたなら、ざっと50倍の差は有る。

 セレアの魔法技能は中の中。
 上級魔法もそこそこ使えるが、最上位魔法はあまり使えない。
 魔力量は直近の性行為しょくじ内容にも左右されるが、同格な人間の7倍ほど。

 それでも、やはり人間とは隔絶した魔力量だ。
 保安官が彼女を疑うのにも、一応の筋道が立っている。

「嫁いで来たのだって、本当は暗殺目的じゃないの?
 借金と強制結婚の件も、既に調べが付いてんの。 その怨恨で殺したんじゃないの?」

「そんな事ありません!」

 幼い頃、生きる為に"軽い窃盗"や"食い逃げ"に手を染めた事はある。無論、公然猥褻や路上売春などもした。
 だが「絶対に殺人はしない。」と言うのが、彼女の流儀。これまでも、その一線だけは守って来た。

 だからこそ、この嫌疑は心外だ――。

「何度も言わせないでください! 動機が無」
「おいおい、そんなに声を荒げて良いの? 公務執行妨害だよ?」
「ッ!……はぁ……。」

 何だか、嫌な予感がする。
 こう言う時は、いつも同じパターンだ――。

「服を脱いでもらって良いかね?」

(ほら来た。 思った通り。)

 セレアの反応は急に冷めた。
 ここまで欲望に正直な男を前にすると、逆に冷静になれる。これは娼婦として働く者なら、誰でも同じ心境だろうと思った。

「……それって、事情聴取に必要ですか?」
「俺が必要だと思ったら必要だよ。 捕まりたくないだろう?」
「貴方……最低ですね……!」

 有無を言わせない強引な態度で、女性に脱衣を求める保安官。嫌悪感を隠せないセレアは、語気を強めた。

「しっかり写真も撮っておかないとな。 大事な証拠品だし。」

(なんて奴ッ!)

 服を脱がすだけに飽き足らず、写真まで撮るのか。と、セレアは呆れ返った。
 慣れた調子でカメラを構え、微塵も動じていないのを見る限り、おそらく常習犯。本当に救いようの無いクズだと、最大限の侮蔑を込めた目で睨み付けた。

(裸が見たいなら、そう言えば良いのに……!)

 セレアは基本的に、裸を見られる事に抵抗は無い。
 職務中の憲兵に路上売春を咎められ、サービスと称して賄賂代わりに馬鍬まぐわった事もある。

 だが、それとこれとは話が別だ。
 顔見知りの相手か、もしくは冗談めいた調子で頼まれたなら、セレアも喜んで受け入れる。

 だが、今回の男は本気だ。
 何の良心の呵責も無く、職権を利用して彼女の事を脅している。

(サイテー……!)

 彼女は傲慢な人間、高圧的な人間が大嫌いだ。
 その中でも特に嫌いなのは、立場を利用して弱者の権利を踏み躙る者。娼婦として働く中で、そういう男を大勢見てきた。

(うっ……嫌な記憶が……。)

 それに加えて彼女は、直近で"かなりショッキングな目"に遭っていた。
 つい先日、彼女はラドックス(※第一部ラスボス)と言う魔人に、人生最悪の強姦レイプ被害を受けてたばかりなのだ。

 あの男は、腕力も魔力もセレアより格段に上だった。
 成す術なく押し倒され、組み伏せられ、首を絞められ、頬を叩かれ、嫌がっても聞き入れられず、泣きながら犯された。

 自分の身体がいかに弱く、脆いか。その脆弱性を余す事なく教え込むような、調教の意図を孕んだ陵辱。
 女性が持つ生来の神秘性を微塵も信じず、"男の所有物"だと思い込むような、愚劣かつ言語道断の横暴。



 膣内に纏わり付く精液の不快感。
 快楽が微塵も存在しない性暴力が全身を汚す恐怖。
 二度と思い出したくなかった記憶が、鮮明にフラッシュバックする――。



「ほら、早く脱ぐんだ! 売女なら、裸ぐらい何でも無いだろ!」

「……ハッ! や、やめてっ! きゃぁっ!?」

 嫌悪感に満ちた記憶に身慄いした彼女を、保安官は一気に畳み掛けた。
 座っていた椅子を薙ぎ倒し、支えを失ったセレアの肩を掴み、力強く抱きしめる。

「身体検査をしてやるぞ~? まずはその……怪しく盛り上がった乳からだ!」

「は、離してよッ! このエロジジイッ!!!」

「おっほぉ~? 凄いおっぱいだなぁ? この爆弾で殺したんじゃないのかぁ?」

「痛いッ! やめて痛いぃッ!」

 醜男の無骨な指が、デリケートな母性の果実を万力の如き力で締め上げる。
 人間の女性であれば、ブチブチと音を立てて神経が千切れるほど強い締め付け。その激痛に耐えかねて、セレアは絶叫する。

(こ、コイツッ! 何なのよッ!)

 完全に激怒したセレアは、ラドックスに対する私怨も合わさって、保安官に殺意を向けてしまう。

 本気で殺す気は無いが、腕の一二本は折りたい。
 そんな事をすれば、公務執行妨害どころの騒ぎではない。だが、その事実すら思い浮かばないほど、頭に血が昇っている。



 しかし、いよいよセレアが男の腕を掴み、握り締めようとした直前。勢いよく部屋の扉が開け放たれ――。



「セレアッ!!!」

 扉を開け放って飛び込んで来たのは、他でもないヴィルであった。
 慌てふためいた調子で息を切らせ、肩で呼吸している。無理も無いだろう。彼にしてみれば、嫁の一大事なのだから。

「なんだお前ッ!」

「……ハッ! た、助けてヴィル君ッ!」

 最高のタイミングで乱入したヴィルに対し、保安官は怒号を飛ばし、セレアは歓喜の声を上げる。
 我に帰った乙女は握り締めた拳を収め、不躾な野獣の腕から抜け出した。そしてそのまま、流れるような所作で紳士ヒーローの元に駆け込み、勢いよく抱きついた。

「あの人が乱暴するの!」

「許せないな……。」

「俺はただ、この女が凶器を隠し持っていないか調べようとしただけだ! それを意味もなく拒むのが悪い!」

「当たり前でしょ! 私を何だと思ってるの!」

「なるほど、そう言うことか……。」

 ヴィルヘルムは、至って冷静だった。
 だが、冷静さの中に"強烈な怒気"を秘めている。
 普段から糸目で、細い一重な瞼。だが、視線の隙間から覗く鋭利な眼光が、彼の憤りを如実に訴えている。

(凄い……怒ってる……。)

 セレアは「肝っ玉が小さい」と言うヴィルに対する評価を、早くも前言撤回した。
 荒れ狂う龍の咆哮が心臓の鼓動となり、抱き着いたセレアの胸にも木霊する。
 彼は気が弱いが、臆病ではない。悪に対して毅然と立ち向かう""も、確かに持っているのだ。

「公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「それはどうかな?」
「……何?」

 雲行きが変わった。
 一方的にセレアを責め立てて来た保安官との間に、颯爽と割り込んだヴィル。
 彼は彼女を守る壁であると同時に、"強力な理論武装"を携えた戦士でもあった。

「このアンダーヘブンにおいては、捜査に関して民間人に協力を要請する場合、中央保安局の許可証が要る。
 ただし、たとえソレを持っていたとしても世帯主の許可無しに、証拠不十分な相手に対して刑事事件の捜査協力を強要する事は出来ない。
 ましてや、保安官が異性の被疑者に対して尋問の際に脱衣を求めるのは、現行犯逮捕かつ周囲に同性捜査官が居ないなど、やむを得ない場合を除いて原則的に認められていない。」

「何だと?」

「アンダーヘブン憲法、犯罪捜査規範・第256条。
 民間人への捜査協力要請に際して発揮される保安官の捜査権適用範囲と、その禁止事項に関する法律。」

 アンダーヘブンには、多種多様な国家が乱立している。それぞれに文化があって、それぞれに独自の法律がある。
 そんな多様性の坩堝るつぼとも言える世界において、常に一定の効力を持つ最高法規。それが"アンダーヘブン憲法"。そこには当然、捜査官や保安官を含む刑事捜査組織に関する規制と規定も盛り込まれていた。

 冷静に考えれば、"怪しい"と言う理由だけで女性を裸にするなど有り得ない。
 だが、その異常性を憲法の条文に則って指摘するのは、セレアには出来ない事だった。

「……訴えれば、負けるのはアンタですよ。」

「……チッ!」

 "公務執行妨害"と言う単語を連呼するだけの保安官と、幅広い法律知識を持っているヴィル。
 誰がどう見ても、どちらに軍配が上がるのかは明らかだ。不利を悟った保安官は、逃げるようにその場を去った。

「大丈夫……セレア?」
「……く……コ……い。」
「え?」

 不安げな表情で、セレアの顔を覗き込むヴィル。
 すると彼女は、小さく細い声で何かを呟き――。

「ヴィル君カッコいい~ッ!!!」
「えっ!? うわっ!?」

 ぎゅ~っ♡と、力強い抱擁がヴィルを包んだ。
 蕩けるように温かく、沈み込むような柔らかさを帯びたセレアの胸が、顔に押し当てられる。
 ほんのりと甘い匂いがする谷間に耳まで埋められたヴィルは、至福のひと時を味わった。

「助かったわ! 本当にありがと~!」

「あはは……一応、弁護士資格持ってるからね。
 喧嘩は弱いけど、話し合いなら多少は出来るんだ。」

「謙遜しすぎだよ! あんなに理路整然と!
 しかも悪い奴に立ち向かうなんて! ヒーローだよヒーロー!」

 普段のオロオロした様子からは想像もできない、雄々しく逞しい姿。
 弱きを助け、悪を挫く。それは、"暴力を伴わない勇姿"に他ならなかった。

「何はともあれ、セレアを守れて良かったよ……!」

「ッ!♡ う、うん……///」

 キュンッ💕と、胸が苦しくなった。
 頬と耳が赤くなり、正体不明の"ピンク色の靄"が頭の中を包み込む。

(ま、守られちゃったぁ……///)

 セレアでは、暴力で制する事は出来ても、解決は出来なかった。
 公務員に暴力を振るえば、より大事になっていたに違いない。

 そんな、八方塞がりの危機的状況を打開してくれたヴィルに対して、愛情と羨望の念が溢れ出してしまう。
 胸の鼓動が早まり、呼吸が荒くなる。全身が興奮で火照り上がり、耳の末端まで真っ赤に染まるのを、セレアは感じた。

「ちょっと不謹慎だけど、ご褒美あげるね。……ちゅっ♡」

「……///」

 感謝と愛情を最大限に込めた"英雄の証キス"が、ヴィルの頬に贈られる。
 温かくて柔らかい、至高の口付け。天にも昇るような心地に至ったヴィルは、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
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