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EP6_④

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「あれ? ヴィル君~? これって新品~?」

「ソウダヨ~!」

 タイル張りの翌日に反響して、甲高くなったヴィルの声。薄い扉越しに響く声を、セレアは脱衣所で聞いていた。

 脱衣籠の中には、"替えの下着"が用意されていた。
 真紅のブラジャーとパンツ、生地は透け透けになっていて、凝視すれば大事な所が見えそうなほど薄い。

「フフッ♡ ちゃんとサイズも合ってる♡ 本当に気が利いて良い子ねぇ……しかも、一番好きな色と柄♡」

 ところどころハートをイメージした派手な装飾があり、そこも唆る。
 まるで燃え滾る熱情が、そのまま形になったかのような。「いつでも犯してください♡」と言わんばかりの、過激なデザインだ。

「うんうん♡ 良いね良いね♪ ちょっとHな感じ♡」

 鏡に映った下着姿をマジマジと見つめ、踊るように体を回す。
 まるで"1人ファッションショー"と言わんばかりに、無尽蔵の美貌を振り撒くセレア。
 その優雅な所作を目撃する者が居なかったのは、人類にとっての損失だ。

「意外と、安心感あるわね♪」

 豊満なバストと肉厚なヒップが、優しく包み込まれる感触。肌触りと通気性も良好で、見栄えも良い。
 布面積は少なくて、動きやすい。やや肌寒い気もするが、お腹は冷えない。健康面でも外見でも、極限まで"女性に配慮した"デザインと言える。

(むむむ! ヴィル君、中々のやり手ね……!)

 安心感と外見を並立した下着を着用するのは、やはり心地が良い。
 女心をしっかり掴むプレゼントを用意したヴィルに対して、セレアは心の中で賛辞を送った。

 そんな中、洗面台に張られた巨大な鏡を覗き込んだセレアは、ある事に気が付く――。

「あら? 目が変わってる?」



 何処となく、目がパッチリしているような。
 普段から「誘惑お姉さん系の目」である事が多い彼女にとって、いつもと違う感じの目は新鮮だった。

「そう言えば……バイオレット家の人間は、精神状態で顔の見え方が変わるって……。」

 "寝不足だと一重で、快眠だと二重の人"が居るのと同様に、魔族は精神状態に応じて外見が少し変化する。
 セレアの家系であるバイオレット家は、その特徴が顕著であった。顔のパーツが変わる訳ではないが、印象はかなり違う。

 淫魔は人間を誘い、取り入り、自身の虜にする種族。
 その進化の過程において、精神状態によって外見が変わる特徴は有意義な物であった。

 相手を誘いたい気分なら、"色気に満ちた艶顔"に。空腹でひもじいなら、"庇護欲をくすぐる童顔"に。
 微細な表情の変化を利用せずとも、勝手に顔が変わる。まるで妖狐の術のように、クルクルと変身する。

 普段のセレアは、いつも「物欲しそうなジト目」をしていた。
 それが今朝になって、「満ち足りてシャキッとした目」に変わっている。

 これが意味する事は何なのか。
 彼女には、思い当たる節が無い。
 だが客観的に見れば、一つの仮説が建てられる。



 まるで、「この身体カラダは先約済みです。私は、"最高のご主人様"を見つけました。」と、外見を通じて他者に訴えているような――。



「……うん! 取り敢えず! どっちにせよ私可愛い!」

 理由はよく分からないが、可愛いならOK。少しだけ若返った気もするし、むしろ良い。
 自分の身体が"既にヴィルに媚び始めている"とも知らず、相変わらず楽観的なセレア。それこそが彼女の魅力であり、弱点とも言える。

「……ちょっと"ママ"に似てるかも!?」

 幼い頃の記憶を思い返すと、今の顔は母親に似ている気がした。
 今の彼女には、母親がどんな人物であったか思い出す事は叶わない。
 だが、劣化が著しい記憶の中でも、"経産婦とは思えないほど幼く見える笑顔"だけは思い出せる。

「ママとパパ元気かなぁ~?」

 虚空を見上げて物思いに耽るセレア。
 脳裏にあるのは、20年前から行方の知れない両親の姿。2人は今も、仲良く暮らしているのだろうか。

「私も、婚活に本腰を入れねば!」

 幸せに過ごす仲睦まじい夫婦の姿を思い浮かべた彼女の中で、また少し結婚願望が強くなった。
 "素敵な旦那様"を見つけて、"生涯添い遂げる"。簡単に思えて意外と難しい目標のために、セレアは決意を固めた。



 一方その頃、セレアの母・セレスティアナは――。

「あ"ぁ"っ💕 あ"っ!💕 雁月がんげつ様ぁ"ッ!💕」

 思いっ切り"セレアの父を捨てて"、別の男と交わっていた――。

~~~~~~~~~~

「ふぅ……良いお湯だったわぁ~……あら?」
「ひゃぅっ!?」

 ドライヤー代わりの温風魔法で髪を乾かしながら、ベッドに戻ってきたセレア。
 下着の上から羽織ったバスローブの胸元をガバッと開いた無防備な格好で、油断し切っていた。

 しかし、彼女とヴィルのプライベート空間には、留守の間に侵入者が訪れていた――。

「あっ! し、失礼しました!
 べ、ベッドメイキングに参った者です! 名前はメイドで! あなた様専属のソフィアです!」

「えぇと……逆かも?」

「はわ~っ!? し、ししっ! 失礼致しました!」

 可憐なメイド服に身を包み、カチューシャを付けた茶髪の美少女。年齢は10代後半と言ったところ。
 あわあわと大慌てな様子で、取り乱して目を回す彼女。その姿は、まるで小動物のよう。
 圧倒的な美貌ではなく"庶民派な清楚"である顔立ちも、そのイメージに拍車を掛けている。

(やぁんっ♡ カッワイイッ♡)
「"専属メイドのソフィアちゃん"で、合ってる?」

「は、はい! 呼び捨てで結構です!
 ……あ、あの……入浴なさっているとは知らず……申し訳ありませ……///」

「そんなの気にしないで良いわよ♪
 私たち女同士だし、そもそも裸を見られるのは慣れてるもの♪」

「は、はいぃ……///
 あっ……はっ……あっ……///」

 目を覆った両手の指、その隙間からチラチラと視線を覗かせるソフィア。明らかに、胸元を凝視している。
 羞恥心で頬を真っ赤に染めながらも、視線を動かせない。息が苦しくなっても、それでも拍動が加速する。

(あちゃぁ……魅了チャームしちゃったか。)

 間違いない。ソフィアはセレアの魔力に当てられ、正気を失っている。
 高位の淫魔が放つ極上の色香は、同性すらも魅了する。湯上がりで火照った女体から溢れ出る芳醇なオーラは、一介のメイド如きに抗える代物ではなかった。

(う~ん? なんか、いつもより出力が強いような?)

 だが、その事実に最も驚いているのは、他でもないセレアであった。
 ウインクやキスを用いて、能動的に魅了する事は多い彼女だが、相手が勝手に魅了されるのは珍しい。

(どうしよう? 今日の私、ちょっと"絶好調"すぎない? 頭も冴えてるし、視力も上がってる?)

 全身に力が漲り、これまで経験した事がないほど清々しい気分。
 激しい魔力摂取セックスの翌日は、基本的に体調が良いセレア。
 だが、これまでの感覚をエナジードリンクと喩えるなら、今朝の感覚は点滴。テンションの前借りではなく、疲労感と言う概念が根本から抜き取られた気分だ。

パチンッ!

「ハッ!」

 フィンガースナップの華麗な音が、魅惑と恍惚の世界にハマり込んだメイドの頭を、現実に引き戻した。

(あっ……奥様……優しい目……。)

 心配そうに覗き込むセレアと、じっくり目が合う。
 幻惑の中で見せられていたセレアとは、良い意味でイメージが違う。
 そこに居たのは、"妖艶で淫靡な悪魔"ではなく"世話好きなお姉さん"。美しいだけでなく親しみやすい。そんな印象であった。

「ごめんねソフィアちゃん、変な感じだったでしょ?」

「なんだか……凄くドキドキしました……///」

「でしょうねぇ……ホントごめん……。」

 申し訳なさそうに頭を下げるセレアに対して、少女は更に顔を赤らめた。
 幻覚や魅了魔法とは違う。真の意味で、セレアティナの精神性に惹かれて、敬服しているようだ。

「奥様……そんなに頭を下げなくても……。」

「やぁんっ♡ 奥様なんて呼ばれちゃった♡」

 暗くなりかけたムードが、一瞬で明るくなる。
 陽気で快活なセレアは、些細な失敗を引き摺るタチではない。その事は、彼女自身が最もよく分かっていた。

「奥様なんて恥ずかしいよぉ……/// 私はセレア! 呼び捨てして良いよっ♪」

「いえ! そんな恐れ多い事は!」

「じゃあ"セレアさん"ね! "セレア様"なんて、堅苦しい呼び名はやめてね!?」

「わ、分かりました!」



 セレアは、やっとソフィアの笑顔を見れた。
 何処となく芋っぽい気がするが、そこが良い。笑っている姿が良く似合う、素朴な少女である。

「今朝のベッドメイキング、遅れてしまって大変申し訳ありません。」

「え? いつもは違う時間なの?
 こんなに早いのに……えっ!? もう9時半!?」

 時計を見て、セレアは仰天する。
 起床が遅かったか、もしくは浴室での肉体奉仕に時間をかけ過ぎたか。どちらにせよ既に、彼女が予想していたより何倍も遅い時刻であった。

「普段は7時に起床の挨拶をして、そのまま寝具を取り替える事になっています。」

「う~ん……7時はちょっと早いかも……。」

「セレアさんは、朝が苦手なのでしょうか?」

「苦手ではないのよ? ただ、夜はヴィル君との"お楽しみ"があるから……ねっ♡」

「し、失礼しました!」

 「そう言う事♡」と言いたげな目配せで、セレアは全てを伝えた。
 生殖行為セックスが激しく情熱的であるほど消耗するのは、生物として自然な事。

 普段のセレアなら、夜伽の翌朝でも何食わぬ顔で早起き可能。
 しかし、ヴィルと言う前代未聞のモンスターの前では、彼女とて柔らかい女肉を貪られる贄に過ぎない。

(フフッ♡ 楽しみねぇ……これからも、いっぱい食べられちゃうのね……///)

 初夜の時点、筆下ろしの直後でこの結果。今後の寝起きは、更に遅くなる事が予想される。
 マゾヒスティックな予感がゾクゾクっと全身を駆け巡る感覚。セレアは、期待と興奮の入り混じった笑みを浮かべていた。

「今日の朝はどうしたの? もしかして、体調でも悪かった?
 ベッドメイキングくらい自分でするから、気分が悪かったら気兼ねなく休んでね。」

「い、いえ! そんな事はありません!
 私たちはメイドです! 全身全霊で、貴族のあなた方にお仕えするのが仕事ですから!」

「あら、真面目で良い子ねぇ~♪
 けど、絶対に無理しちゃダメよ? これは"命令"だからね?」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 使用人とは、えてして強情な物だ。
 たとえ温情を与えても、簡単には従わない。素直に従えば、社会的にも"物理的にも"首が飛びかねないのだ。
 そこに"命令"と言う単語を付け加えると、幾分か緊張が解れる。高級娼婦としての経験から、セレアはメイドの扱い方にも長けていた。

「話がズレちゃったけど……結局、今朝はどうしたの?」

「あっ、その話でしたね……。」

 ソフィアは急に俯いた。
 表情が見えず、感情が読めない。
 少しばかり声が震えている気がする。

「今朝……アレス様が……。」

「うんうん。」
(もしや襲われた? 許せん! 私の可愛いメイドちゃんを!)

 脳裏によぎるのは、朝から従者を誑かすアレスの姿。
 セクハラに対して驚くほど寛容的な彼女だが、それは自分に対してのみ。
 他の女性、特に自分より年下の少女に乱暴を働く者には、厳しく対応する。大人として、その程度の分別は付いているつもりだった。

「その……言い難いのですが……。」
「気兼ねなく言いなさい! 私はそう言う話題にもオープンなのだ!……うん? もしや?」

 とは言え、"真逆の可能性"もある。
 即ち、それはソフィア本人が喜んでいる場合。
 嫌がったらハラスメント、受け入れたらスキンシップ。そうなると、意味が180度変わってくる。

(恋バナか!? 恋バナ来るか!? そっち方面でも良いよっ!?)

 たとえキッカケが強引な形でも、"玉の輿チャンス"ではある。
 その場合、これから話す内容は"ハラスメント相談"ではなく"身分差な恋バナ"。
 セレアとしても、そう言った話題は大好物であった。これから語られるのが、どちらの内容なのか。興味津々な様子で、セレアは耳を傾ける。



 だが、ソフィアが語った内容は、予想とは大きくかけ離れており――。



「では、遠慮なく……。」
「うむ!」
「今朝未明、アレス様は自室にて"焼死体"で発見されました。」
「…………へ?」
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