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その痛みを癒したかった
しおりを挟む剣に貫かれ首から血が吹き出る。
凄惨な己の姿を想像していたが、首に衝撃がない。
「何を隠し持っている」
代わりに険のある声がかけられてリアムは瞳を開いた。
クロヴィスがリアムの胸ぐらから手を離し、腰に巻いている布紐を剥ぎ取ろうとする。
内側には毒薬入りの瓶が入った小袋をぬいつけてある。
――割ったりしたら危ない!
「それに触れたらダメ!」
リアムは剣を突きつけられたままなのも気にせず身体を地面に転がした。
その勢いで首にわずかな痛みが走り、剣先で肌が斬れたようだ。
リアムはかすり傷だと痛みを我慢して立ち上がると、クロヴィスから遠ざかるために駆け出そうとする。
が、その時、なにかが塔の窓から光るのを見た。
なんだろうとその正体を視認した時、リアムは驚愕に立ち竦む。
然程高くない位置の窓から護衛役の戦士が弓矢を引き絞り、明らかにリアムを狙っていた。
ただの弓矢ではない、魔術がほどこされている矢は人の身体をバラバラにしてしまう。
――どう、して。
リアムの体が弾ければ、毒入りの瓶も破裂するのは免れない。
男の口が「悪いな」と動いた気がした。
足は地面に捕まれたかのように動けず、無慈悲にも放たれる光の矢を見据える。
「……っ」
――だめだ、あたる。
リアムは腕で顔を覆って目をきつく閉じた。
次の瞬間、体が何かに包みこまれるのを感じて鈍い大きな音が響く。
「ん」
おそるおそる目を開いてみると、目の前は真っ暗で顔が硬いなにかに擦り付けられている。
――あったかい。
塊が傾いてきて、それがクロヴィスだと分かると、血の気が引いて声を上げた。
「クロヴィス!」
「うぐ……」
クロヴィスが呻いてリアムにのしかかってくる。
「クロヴィス! なんで!? なんで!?」
倒れこむクロヴィスをリアムは支えきれずにその背中に腕を回して座り込む。
手の平がぬめり生暖かい液体で濡れた。
リアムは自分の手の平を濡らした正体が鮮血だと知るとめまいを感じたが、咄嗟に自分の衣服の一部を切り裂いてクロヴィスの身体にどうにか巻き付けた。
リアムの力では、クロヴィスの身体にきつく巻き付ける事ができない。
誰かを呼びに行かなければと焦るが、巻き付けた布が血で滲むのを見て泣きそうになる。
――間に合わない。
血を止めなければ。
リアムは神官としての能力を失ってしまっている事を後悔した。
あんな小さな力でも、クロヴィスを助けられたかも知れないのにと。
「――――っ」
リアムは何かを叫んだが言葉にならず、気がつけば口づけをしていた。
――クロヴィス、死なないで……!
リアムの意識が何かに引きずられていく。
強い力に抗えない。
――なに、これ。
世界がぐるぐると回っている。
まるで魂を絞られているかのような気持ち悪さを感じて叫んだが、声はでない。
やがて意識が朦朧としてくる。
リアムは気絶するわけにはいかないと気を張った。
いつの間にか閉じていた目を開けると、一気に光が視界を埋めつくす。
――わ?
声が何故か頭の中で響いている。
それに周りの景色が一変していた。
大陽の光が降り注ぐ、緑が溢れる森にリアムは立っている。
――クロヴィス!?
まさか天国なのかと頭によぎった時、リアムの前を何かが通った。
親子連れだ。
母親の両隣には幼い子供が寄り添っている。
その肌の色と耳の形からして魔族だろうと想像できた。
その美しい女性は、子供達に大木の影に隠れるように言い聞かせている。
リアムはその子供の片割れがどことなくクロヴィスに似ていると感じて胸騒ぎを覚えた。
それに、親子はリアムの事が見えておらず、リアムの視点は先ほどから親子の会話が聞き取れるように切り替わっている。
「何があっても出てきちゃだめよ」
「う、うん」
「母上は大丈夫なのか」
子供二人は男の子のようだ。二人とも長い黒髪を紐でしばり、年上らしいクロヴィス似の男子は赤い目をしていた。
母親は二人に微笑むとそっと離れていく。
少しの間の後に森の奥から馬のいななきが聞こえてきた。
リアムはその光景に目を見張る。
騎士団が現れたのだ。
率いているのは――王である。
まとっている衣装や、騎士達が掲げる旗の紋章は良く知っている。
――ユーディア。
祖国の旗を掲げ、一人の女性を追い詰める我が国の騎士団を呆然と眺めた。
ユーディア王が顔を見せる。その顔は、数代前の国王であった。
やはりここは過去の世界なのかと思案する余裕もなく、状況は転がっていく。
「魔族の女とは思えないほど美しいな」
「何故、あの人の命を奪ったのですか!? あの人は魔王になろうとしていた彼らを止めようとしていたのに!」
「何をいっておる。結局魔王は誕生しただろう。それに、強い力を持つ魔族は次なる魔王になる可能性が高い」
「だから、殺したって言うの」
「その通りだ」
王が騎士達に指示を送り、騎士達は一斉に馬から降りた。
女性はあっという間に包囲されてしまう。
苦痛に顔を歪ませる女性を王はあざ笑う。
「息子達はどこだ」
「逃がしたわ。どこに行ったのかはわからない」
「ほう?」
王が更に指示を出すと、騎士達の後ろで待機していた輩も馬から降り立つ。。
白い衣装に身を包んだ神官達だった。
リアムはその神官の男の一人を見て息を飲む。
――あの人は、知っている。
母方が血を引いている有名な神官だった。
闇の者を封じる能力に長けていたと教えられていた。
リアムは嫌な予感に身体が震え出す。
「この女の動きを封じます」
「ああ」
王が素っ気なく返事をすると、神官は魔族の女性に向けて手をかざし、女性は仰向けに地面に打ち付けられて悲鳴を上げる。
強い力に圧迫されて白目をむくほどだ。
リアムは止めようとしたが足が動かない。
どうやら自由がきかないようだ。
「このまま処刑するか?」
「いえ。騎士達はこれから長い戦いとなります。あの女は……使った方がよいかと」
「そうだな」
神官が力を緩めたようで女性は痙攣しているが呼吸をしていた。
「お前達、あの女を殺す前に楽しんでいいぞ」
王のその言葉が合図となり――後は性暴力の世界がリアムの前で繰り広げられた。
その大罪をおかしているのは、誇るべきはずの我が国なのだ。
リアムは無力な自分に泣きながら心の中でずっと「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けていた。
「あああああああっ!!」
獣のような声が響き渡り何かが騎士達を襲った。
――あの子は。
クロヴィス似の子供が体当たりして母親を助けようとしていた。
だが、騎士の一人にたやすく放り投げられてしまう。
「クソガキが! 邪魔すんな!」
「母上をっはなせっ!!」
「うるせえっ」
頭を足で地面に押しつけられ、彼は痛みに呻きながらもどうにかして母親を助けようともがく。
そんな兄を見て、弟が泣きながら大木の影から這い出てきた。
兄は弟に「来るなっ」と叫ぶが遅かった。
弟はあっという間に騎士達に捕まり、あろうことか幼い子供の衣服を剥ぎ取りなぶり始めた。
「お前そんな趣味あったっけ?」
「いっかい試してみたかったんだよなあ」
「やだっやだあっこわいよおっあにうええっ」
「やめろっはなせっはなせよおっ」
「うるせえ黙ってろ!」
「あぐっ」
兄は男に押さえつけられ動きを封じられ、黙って母と弟が蹂躙されるのを見ている事しかできなかった。
ようやく騎士達の気が済んだ頃、王はつまらなそうに「つまらん余興だった」などと言い捨てて、騎士を連れて引き返した。
しかし、神官達はまだ残っており、血と精液にまみれた親子と、暴力をふるわれ意識を朦朧とさせている子供を冷たい目で見下ろしている。
リアムが血を引いている神官が、他の神官達に命令を下す。
「消せ」
「あ」
声を上げたのは兄だ。
神官達の術により母と弟は悲鳴をあげながらその身を消し去られた。
例の神官が、兄に歩み寄り短剣を胸に突き刺す。
――っ。
リアムは兄の胸から血が吹き出るのを見て、自分の心臓が止まるかのような錯覚を覚えた。
「はあっはあっはあっ」
リアムは苦しみの中で荒い呼吸を繰り返していた。
古びた天井が視界に映る。
リアムは寝台の上に寝かされていた。
そして、隣に並んでいる寝台の上で、クロヴィスが冷酷な眼差しでリアムをにらみ付けていた。
「俺の過去を知ったか」
その言葉に、リアムは寝台から腰を上げるとふらふらと彼の前まで歩いて、膝を床につけた。
項垂れてなんどもなんども謝り続ける。
「ごめんなさい……ごめんなさい…ごめんなさい……」
「俺はユーディア王を殺してお前の国を支配する」
「……っ」
「腐りきった王の血は未だに受け継がれている、お前には俺の完全な奴隷になってもらうぞ」
頭をがっしりと掴まれ憎悪に満ちた目で見下ろされる。
リアムは悟る。
彼が、自分に心を開く事もなければ、その心を繋ぎ止める事もできないと言うことを。
――この愛が報われる事などないのだと。
涙が頬を濡らした。
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