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第一章<新しい世界と聖者の想い>
不安な旅立ち
しおりを挟む見上げた空は快晴で風もさわやかで、なんとも気持ちがいいものだ。
「んー」
腕を上げて伸びをしたら、あくびが出た。
隣でそわそわしているグレゴールが、さっと肩に手を置こうとするが、腕を振り回して躱してやった。
「つれないなあ」
「ほざけ」
この馴れ馴れしさ。
本当にいい加減にしてもらいたい。
実は、昨夜の夢に例の神様が出て来て、とある事を告げられていた。
『私はルラントに囚われてしまった。どうか助けて欲しい』
「ルラント」
「ん? いま、ルラントと?」
「知ってるのか?」
「もちろん、俺は闇を狩るものだからな」
どういう意味だ?
首をかしげたら、グレゴールが肩を竦めて両手をあげる。
「闇の一族が支配する監獄島さ」
「監獄!?」
そんな危険そうな場所に神様は監禁されてるのか!
これは早急に助けに行かなければ!
グレゴールから場所を聞くと、北にある闇の国ヘルバウドの王が支配している島なのだという。
闇の一族に逆らった者を閉じ込めて、ありとあらゆる拷問を繰り返している。
そんな噂が絶えないのだと。
思わず想像すると身震いしてしまう。
神様は無事なのだろうか。
「怖くて震えてるのかな? かわいそうに」
「え」
ふわりと抱きしめられて、こいつの香水が鼻を刺激してくしゃみが出た。
「おや、風邪かな?」
「いいから離れろ! ガキが!」
「?」
「あ」
まずい! と思った。
前世の記憶を思い出してしまった今の俺は、精神年齢が三十代になってしまい、十代の精神を保つのが難しくなっているようだ。
転生した俺の年齢は今十八歳。
グレゴールは二十代前半……ガキ発言はやばい。
「ガキって? 僕の事かなあ?」
「ガ、ガキみたいだなって思ったんだ! すぐにくっついてはしゃいで!」
「はしゃぐねえ?」
満面の笑顔のくせに相変わらず目は笑っていない。
恐らくだが、こいつは俺が何者なのかを知っているのだろうと予感していた。
聖者ともなると、人の秘密を暴くくらい朝飯前なのではないかと疑うわ。
本当は、こんな奴とは縁を切りたい。
でも、この村に置いていったら家族や村の人に何をするか分からない。
「道案内を頼みたい」
「え?」
俺は手を出して握手を求める。
グレゴールは目を丸くして握り返してきた。
「もちろん! その代わり、一つ条件があるんだ」
「条件?」
グレゴールの目が爛々と輝いて、背中に冷や汗が流れる。
「結婚前提で、恋人になって欲しいんだ」
「げ!」
「……断れば、道案内しないよ? 道案内なしで辿り着く自信はあるかな? 冒険者初心者くん」
隠しようもない嫌悪感を声に出したと言うのに、この男はちっともブレない。
隙をついて俺を殺すつもりなのだろう。
殺してから俺の肉体や血で何をするのかは想像したくもないが……神様を早急に助けたいし、俺の剣の腕だけじゃ、闇の一族と万が一戦いにでもなったら、勝てる気なんてぜんぜんしない。
頷く事しかできなかった。
「やったああ!!」
「うわあ!?」
がばっと抱きつかれて頬ずりされて硬直する。
こいつめちゃくちゃ興奮してるぞ!
「ナオキ嬉しいよ! やっと僕のモノになってくれて!」
「も、モノって」
「ナオキ……」
「……あ」
腰を抱かれて頭を引き寄せられ――唇が触れあう。
逃げる事はできた筈なのに、俺の心臓は高鳴って荒くなる呼吸は隠せない。
こんな風に喜ばれて、キスまでされると勘違いしそうになるから、やめて欲しい。
俺なんて一撃で殺せるだろうに。
いっそ出会った時に殺してくれれば――。
「んう!」
「いて」
舌を絡まれそうになり、脳裏に浮かんだ考えも振り払いたくて、胸を両手で押して引き離した。
後退して距離を置くと笑われる。
「初めてだったかな?」
「う、うるさい!」
「さて。旅支度もあるし、ご家族にも挨拶が必要だな」
「挨拶って」
「結婚前提にお付き合いするのだから当然だろう?」
「待て待て! それだけはやめてくれ!」
「……」
必死で止めると何か言いたそうに俺を見つめる。
少しの間の後に肩を竦めて「分かったよ」と了承の意を示した。
ちょっとだけ安堵するが、ぜんぜん落ち着かない。
俺は、こんな奴好きじゃない。
何だか、誰かを思い出しそうになるし。
誰かに、似てるんだよな。
目をやると微笑み返される。
その甘い笑みは愛に満ちていて。
時々見せられる冷たい目を知らなければ良かったと思う。
胸が痛くなるのを感じて顔を背けた。
――考え込んでいる暇などない。
俺は家族に旅に出ること、必ず帰って来る事を告げて、ろくに説明もできずに家を飛び出した。
後ろ髪を引かれる思いだが、俺が何者なのかを話したら家族に迷惑がかかるかも知れない。
「さあ、ナオキいこう」
グレゴールが手を伸ばしてくるので、渋々その手を取って握り返した。
俺はこいつに殺される前に、無事に神様を助けられるだろうか。
何が起こるか予測は不可能。
先に進むしかないのだ。
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