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【12 差し入れ (新田)】

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「この前、御木野さんにバナナとか好きかって聞かれたんだけど……」


「おっ、差し入れか? いいじゃんバナナ、すぐエネルギーになるからな」



 八代がストレッチしながら顔だけこちらに向けた。



「あ……、そうか、そういう意味だったのか。


 最近できたかき氷の店かなんかのことかと思った」


「あはは、お前がそんなこと考えるとは。人間って変わるな」



 差し入れか……。


 御木野さんがくれるならバナナでもチョコでもなんでもありがたい……。


 俺も女子からいろいろ差し入れやプレゼントを贈られたりすることがあるが、お返しができないからと、できる限り断ってきた。


 今は、御木野さんを除いては誰からのなにであっても受け取る気はない。


 ちらりと八代の腕にある古びたミサンガを見た。


 あれは八代が子どものころからつけているもので、願掛けにやはり女子からもらったものらしい。


 お守りだの差し入れだのといろいろ受け取っている八代だが、肌身離さず着けているのはあれしかない。


 八代ははっきりしたことはいわないが、多分大事な人からもらったんだと思う。


 貰えるものなら、あんなミサンガみたいなものがいいと思ったりもする。


 いや、別に御木野さんに催促するつもりなんてないけど……。


 それから数日後の放課後、御木野さんと吉木さんがグラウンドの出入り口のところで待っていた。


 そういえば、渡したいものがあるってラインで言ってたな。


 あの手提げ袋の中はバナナだろうか。


 御木野さんは紙袋、吉木さんの持つ白いビニール袋に2リットル入りのペットボトルが入っているみたいだった。



「新田くん、練習中にごめんね。これ、渡したくて」



 こういうとき、なぜか部員たちは鼻がいい。


 なにかしらにありつけそうな匂いを感じ取って勝手にうようよと集ってくる。


 八代が首に腕を絡めてきた。


「よう、御木野さんに、吉木。それ、新田への差し入れ?」


「あ……、うん。プロテインとEAAなんだけど……」


 えっ……?


 受け取った紙袋を見ると、チョコバナナ味のプロテインと、ピンクグレープフルーツ味のEAAが入っていた。


 バナナってこっち?


 意表を突かれて、俺は返す言葉を見失ってしまった。


 耳元で八代がぶはっと笑い出した。



「バナナって、こっちかよ! 御木野さん、マジじゃん!」


「うおっ、これ結構高いやつ!」


「おおっ、マジな差し入れ来たーっ!」


「プロテインはわかるけど、EAAってなに?」



 部員たちの反応に御木野さんはちょっと面食いながら、ポケットからなにか小さなノートを取り出した。



「あの、えっと……。ドーピング検査に引っかかるような禁止成分が入ってないのを選んだから、試合の前日や当日でも大丈夫だよ。


 あと、知ってるかもだけど一応説明するとEAAは運動前や運動中に、プロテインは運動後の摂取が効果的ということです」



 御木野さんが真剣な面持ちでメモを読み上げる。


 吉木さんが御木野さんにビニール袋を渡す。


 御木野さんから受け取ると、そこには冷たい水のペットボトルと氷が入っていた。


 しかも、シェーカーまで。



「うおお、プロ彼女じゃん!」


「新田、マジうらやましい~っ」


「えっ、そのEAAってやつ、俺も飲んでみてぇ~!」



 外野がやいのやいのと騒いでいると、顧問の和田先生がやってきた。



「おいおい、始めるぞ。なに騒いでんだ」


「和田先生、EAAってなんすか~?」


「新田が彼女から差し入れもらってんすよぉー」



 和田先生が俺の手元をのぞき込んだ。



「おい、これ結構値が張るやつだぞ。御木野、お前大丈夫か」


「あ、あの、新田くんにはいろいろとお世話になっていて、その感謝を伝えたくて……」



 その言葉を聞いたとたん、周りがまたはやし立てる。


 俺はうれしくて、かあっと頬が熱くなったが、できればそれはふたりだけのときに聞きたかった……。


 くっ、ここじゃ無理な話だけど……。



「EAAとかBCAAってサプリメントは、筋肉の分解を抑制するんだ。サッカーみたいな激しい運動をしていると、人間の体は筋肉を分解してエネルギーを作ろうとする。


 だから、運動した後は筋肉疲労を起こしたりするわけだが、このBCAAっていうのを先に摂取しておくと、すでにある筋肉を分解することなくこれがエネルギーになってくれる。


 つまり、その分筋肉を減らさなくて済むから疲れが残りにくいし、体内への吸収も早いから、運動中のパフォーマンスも上がるってことだ。わかったか?」


「……わかんね」


「つまり筋肉に効くスポドリ?」


「ま、とりあえず、飲んどきゃいいんじゃね」


「おい、新田、俺にもそのEAAをちょっと飲ましてみ?」



 八代がぐいっと押してきた。



「御木野さん、いいかな……?」


「う、うん、もちろん。新田くんへの差し入れだから、新田くんの好きにして」



 パッケージの裏面を読みながら、シェーカーに粉と水と氷を入れてシェイクする。


 みんなが興味津々で見守る中、俺はシェーカーに口をつけて薄ピンク色の液体を飲み込んだ。


 とたんに、舌の上に、薬のような苦みが広がった。



「うっ……!?」


「なんだ、どうした?」


「に、苦い……」



 なんだこれ?


 甘くて苦い、薬品にしか思えないぞ、これ!?


 俺が目を白黒させていると、驚き戸惑う御木野さんと吉木さんが見えた。



「ちょっと飲まして」



 シェーカーを奪い取った八代がぐいっとあおった。



「うげっ! おえっ、やっべぇ!」


「なになに、ちょっと俺にも飲みして。……うぐっ!」


「俺にも! ……ぐっ、おっ!」


「じゃあ次俺! ……ぶふっ!?」


「俺にも貸して。……ああ、EAAってこんな感じだよ」


「はあ? マジで~!?」



 既に日ごろから飲んでいるやつはしれっとしていたが、俺を含めた未経験者は軒並み薬の味にしか思えなかった。


 和田先生がそばにあったパッケージを見ると、ああこれか、とつぶやいた。



「飲みなれてない奴には無理もないな。このメーカーのこの味はちょっとな。


 グレープジュースと炭酸で割ると、Fァンタみたいな味になって飲みやすくなるんだけどな。


 まあ、お前らにはもう少し飲みやすい味のほうが良かったかもなぁ」



 そ、そうなんすか……。



「マジっすかぁ~。今日びのアスリートたちってこんなくっそまずいもん飲んでんすか」


「グレープと炭酸で割ったやつで飲んでみたかったわ」


「薬の味にしか思えん……」



 それぞれ好き勝手に感想をいい合っていると、御木野さんがめちゃくちゃ申し訳なさうに肩を丸めていた。



「ご、ごめんなさい、新田くん……。私、成分のことばっかりで味のことは全然わかってなくて……。


 まさか、そんなにおいしくない味だなんて、知らなくて……」


「い、いや、ぜんぜん! 俺だって初めて知ったよ!」



 隣の吉木さんもがすまなそうに肩をすくめている。



「まこ、ごめん。あたしも味のことまで調べが及ばなくて。まこは悪くないよ……」



 和田先生が励ますようにふたりを見た。



「まあ、気を落とすな。この手の商品選びはなかなか難しいんだよ。


 最近はいろんな味が出てるけど、一昔前はこれよりひどい味なんでざらだったからな。


 まあ、ふたりとも次買うときは一度飲んでみるか、俺かコーチに相談しにこい」


「は、はい……」


「さあ、お前ら始めるぞ!」



 先生の号令で部員たちが駆け出していく。


 八代は明るく、ドンマイと声をかけて走っていった。



「本当にごめんね、新田くん……」



 ちょっと泣きそうになっている御木野さん。


 なんで、この人はこんなにかわいいんだ。


 失敗してもかわいいのって、ネット上の赤ちゃん動画ぐらいだと思っていた。


 改めて思うけど、女子ってかわいいんだな。


 いや、違う。


 やっぱり御木野さんが、かわいいんだ。



「ありがとう、御木野さん。俺ちゃんと飲むから。いろいろ調べてくれてありがとう」


「む、無理しなくていいからね」


「うん。じゃあ行くわ」


「が、頑張って!」



 味はともかく、御木野さんの応援があるのはやる気が出る。


 ある意味、ミサンガより強烈な差し入れだ。


 多分、一生忘れない気がする。


 御木野さんの気持ちは受け取った。


 親善試合、絶対勝つところを御木野さんに見せたい!


 


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