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■SS集
#SS001 居心地のいい家
しおりを挟む――パチンッ!
縁側で小気味いい駒の音。
「王手っ!」
「かぁっ、やるじゃねぇか、銀!」
「やったあっ、ようやく源じいちゃんに勝てた!」
小学生の銀河が将棋盤を挟んで、美怜の祖父源次と向き合って笑い合っている。
将棋を教わって、たったの半年で、銀河は源次と対等に渡り合えるようになっていた。
そこへお盆にお茶とお菓子を持った美怜がやってくる。
「ええーっ、銀ちゃん、おじいちゃんにもう勝ったの!? 私なんてまだ一度も勝てたことないのに」
「おう、美怜、ありがとな。やい、銀も休憩だ」
「ありがとう」
この家は大工である美怜の源次が建てた一級品だ。
日の当たる縁側、入れ替えて間もないすがすがしい畳、檜の一本柱。堅実さが心地いい平屋。奥は加工場と倉庫になっている。
源次は高祖父から続く、町でも評判の腕利きだったが、寄る歳の波には逆らえず、この頃は、息子や弟子に仕事を譲り、庭の手入れにいそしんで、孫と戯れるのが楽しみとなっているのだ。
三人はお茶とお菓子を食べながら、将棋のおさらい。
「ここで、四一飛ときたんでしょ?」
「うん。それで、三一歩で」
「一二銀かあ……。すごいね、銀ちゃん!」
「えへへ……!」
「かぁーっ、一回勝ったぐれぇでいい気になるなよ、銀! 食ったらもうひと一勝負だ!」
「ええーっ! 今度は私の番だよぉ」
「こりゃいけねぇ! 次は美怜と一勝負だったな」
「そうだよぉ、私だっておじいちゃんに一回くらい勝ってみたい!」
源次が、カカカと笑うと、子どもたちも一緒になって笑った。
源次は職人気質のさっぱりとした性格で、しかも何十人もの弟子を育てただけあって面倒見がいい。
内孫の美怜と近所に住む銀河にとっては、よき遊び相手なのだ。
「みれちゃん、絶対振り飛車のほうがいいよ!」
「うん! 居飛車で勝てたこと一度もないもんね」
「ふたりいっぺんに相手してもいいんだぞ」
「むーん……」
美怜が口をとがらせて何か考えている。銀河と力を合わせてでも一勝を得るか、あるいは自分の力で挑戦するかで悩んでいるのだろう。
むろん、自分の力だけで源次に勝ちたいに決まっているが、勝利の快感を味わいたいという欲もある。
しばらく悩んだ結果、美怜が首を振った。
「自分の力で勝つもん!」
「おおっ、いいねぇ、その意気だ」
「でも、銀ちゃん見ててね」
「うん」
早々にお茶を済ませて、三人で駒を並べていたら、奥から美怜の母が顔を出した。
「あらちょっとぉ、お茶にしたらおしまいって言ったでしょう? おじいちゃんはまだ本調子じゃないのよ」
「なんでぇ、俺はこの通りピンピンしてら」
「もうっ!」
「ぁいででっ!?」
娘にぎゅっと耳を引っ張られた源次が顔をゆがめた。
なにを隠そう、この源次、先日庭仕事の最中に脳こうそくを起こして倒れたのだ。
そのとき家には源次と子どもたちしかおらず、なんと救急車を呼んで病院まで連れ添ったのは、銀河と美怜だった。
幸い大事に至らず、こうして予後を自宅で過ごしているが、娘の心配はもっともな話だ。
「ほら、美怜、銀ちゃん、将棋盤片付けちゃって!」
「まだ美怜との一戦が……!」
「そう興奮しないの! 少しは休んで!」
「おらぁ大工の頭領だぞ! 将棋打つのは昼休みと決まってらぁな」
「お父さん!」
娘に追い立てられて源次が奥へ引っ込んでいった。
「あーあ……、おじいちゃん、つれてかれちゃった」
並べ途中のままの盤上を見てため息をつく美怜に、銀河は慰めを口にした。
「源じいちゃん、まだ退院したばかりだもんね」
「うん……。しょうがないから、ふたりで将棋やろ! おじいちゃんに勝った方法教えて!」
「うん、いいよ!」
――パチンッ。パチンッ。
柔らかな午後の日の当たる縁側に、駒を打つ音が響く。
少し離れたところからは、美怜の母親が誰かと電話をする声、さらに奥から源次が聞いている落語の声。
垣根の向こうからは近くに設計事務所を構える美怜の父の会社があり、その来訪客の乗った車が出入りする。
このあたりの路地は少し込み入っていて、出入りをするのは顔見知りばかりだからすぐわかるのだ。
銀河は幾度となく、美怜の家に遊びに来ているが、ここにいると、美怜の家族に守られているような、そんな心地になる。
「あーっ、ちょっとたんま!」
「いいよ」
「ちょっと待ってね……、んと、こっちにする!」
―ーパチンッ。
「あっ!? た、たんま!」
「くふふっ、また?」
「えっと、えっと……」
「もうどうやっても僕の勝ちだよ~」
「う~ん……!?」
美怜が腕組をして、必死に目を走らせている。
開かれた軒下、障子やふすまの向こうに感じる人の気配。近所の人のしゃべり声。
美怜の家は人と人との距離がちょうどいい。
だから、居心地がいいのだ。
「あーん、だめぇ! 参りました!」
「中盤まではよかったよ」
「勝ち方教えてくれるってゆったのに~」
「あ……、そうだった。……もう一回やる?」
「今日はもういいや! 銀ちゃんちでゲームやろ!」
それを聞いて、銀河は静かに口を閉ざした。
確かに、銀河の家にはこの家にはないゲーム機がいくつかある。
将棋に限らずゲーム好きな銀河は、いわゆるビデオゲームもかなり得意な方だ。
美怜は不思議と、ゲームをやることより、誰かがゲームをしているのを見るのが好きと言う節がある。
だから、ゲームをやろうというわりに、やるのは銀河で、美怜は見る専門になってしまうのだ。
だからといってお互い退屈とするというようなことはないのだが、銀河はこの家でふたりで対戦する将棋のほうがいいと思っていた。
自分の家よりはるかに、美怜の家のほうが居心地がいい。
それははっきりしていた。
「この前のステージの続きからやろうよ」
「うーん……」
「どうしたの?」
「お父さんがゲームばかりしてるとうるさいんだ……」
「あ、そっか……」
美怜はにわかに声を落とした。
銀河の地頭の良さは父親譲りで、その父親は優秀な銀行マン。
自分と同じだけの優秀さを、まだ子どもの銀河に求めるというところがあった。
銀河と父親がこのところうまくいっていないことを、美怜も聞いていた。
美玲は、それじゃあといいながらランドセルを持ってきた。
「それじゃあ、宿題終わらせちゃお。そしたら、事務所か加工場に行ってあそぼ」
「うん!」
美玲の家のいいところは、この自宅の他にも遊び場がたくさんあるところだ。
源次の加工場も美鈴の父の事務所も、忙しいとき以外は子どもの出入りを許されていた。
事務所ではパソコンが空いていればパソコンで遊べたし、暇なときには設計ソフトの使い方や珍しい建築の本や模型をみせてくれたりする。
加工場では道具や木に触らせてくれたり、端材が出たときには自由になにか作ってもいいということになっていた。
父親や祖父の仕事が身近にあること。
子どものいる空間と地続きに、大人の居場所や仕事の環境があると言うのが、子ども心に銀河には素晴らしくいいものに思えた。
銀河の自宅では、父親の書斎は仕事関係のものがあるから、絶対入ってはいけないと言われていたから余計にそう思ったのだ。
ここには、隠し事がない。
この家の心地よさを、銀河はそう感じていた。
ふたりで宿題を始めてからまもなく、すーっと音もたてずにふすまが開いた。
そこには足音を忍ばせた源次が立っていた。
「宿題終わったら、俺が玄能の使い方をおしえたやらぁ」
「私カンナがいいっ!」
「よしきた」
美玲はすぐにうなづいた。銀河はきょとんと眼を見開いた。
「源じい、げんのうってなに?」
「金づちのことだ」
「へー」
「穴掘り三年、鋸五年、墨かけ八年、研ぎ一生。これが大工の仕事だぞ、銀」
「かっこいいね」
そういうと、源次の節くれたった大きな手が銀河の頭をなでくりまわした。
職人の手。
銀河はひそかにその固くてごつい手に憧れた。
絵を描くことが好きな銀河は、自分の手から物を作りだすということに親近感や尊さを感じていたのだ。
この男らしく勇ましい手に比べて、父親ののぺっとした白い手とは、ここ数年ほとんど触れあっていない。
だから、自分の父の仕事がどんなものかも知らないし、憧れも親しみもない。
それより、屈強な体と力によって物を生み出すことのできる源次のほうが銀河とってはよほど父性も魅力も感じられた。
源次がニッと歯を見せた。
「そうか、かっこいいか。よし、銀、そしたら俺が鍛えてやろうか。一人前になったら、美怜の婿にしてやるぞ」
「えっ!?」
「えー、そんなのやだぁ!」
いの一番の美玲の否定に、銀河はにわかに傷ついた。
そりゃあ、大工になりたいと思っていたわけではないけど、好意を持っている女の子に面と向かって、嫌だと言われると……正直悲しいものだ。
「おじいちゃんの加工場は、私にくれるって言ったも~んっ」
「おおっ、そうかそうか、美怜がやってくれるか!」
「うんっ!」
「すまねぇな、銀、お前の婿入りはなかった事にしてくれい。カカカ!」
なんて勝手な、と銀河は思った。
そのとき、スパーンとふすまが開いた。しかめ面の美玲の母が立っていた。
「お父さん、静かにしてるって約束したわよねぇ……?」
「なっ、なんでぇ!」
「お願いだから今日くらい、自分の部屋で大人しくしててよ! 世話が焼けるんだから!」
「ああ、うるせぇなぁ!」
そういいながらも、娘の言うことを聞いてしぶしぶ戻っていく源次。
銀河が美玲を見るとくすくす笑っていた。
「おじいちゃん、お母さんの言うことなんてぜんぜん聞かないんだよ。だけどそれがおじいちゃんなの」
その様子がじんわりと胸に温かく、そして、うらやましい銀河だった。
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