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第1部 婚約破棄&処刑されて転生しましたけれど、家族と再会し仲間もできて今はとっても幸せです
明日の来る家
しおりを挟む「はじめっから言葉遣いから身のこなしから全然違っていたからね」
「うんうん」
「なんか訳ありとは思っていたよ。生まれ変わりなんて話、正直にわかには信じがたいけど、あたし、あの光を見ちゃったからさ。
とんでもないなにかを秘めているんだろうってことは、納得するよ」
「へぇ~っ!」
「ふたりとも、ラーラ様はもう使用人ではなく、プレモロジータ伯爵邸の正式なお客様だ。言葉遣いには注意したまえ」
「あっ、そうだった! ごめん、じゃなくて……! ラーラ様、申し訳ありません」
「気を悪くしないでおくれ……、えっと、しないでくださいよ? ラーラ様……!」
「そんな、気を悪くするなんてことはありません。
皆さんに良くして頂いたこと、教えて頂いたことは、すべて私の糧になりました。本当に、感謝でいっぱいです」
「あらぁ、なんていい子なのかしらねぇ……。やっぱり出来が違うんだねぇ」
「これからもたまには顔を出してくださいよね、ラーラ様!」
「ラーラ様、寛大なお言葉ありがとう存じます」
ダーチャさん、カローナさん、マッテオさんがそれぞれに優しい言葉をくれた。
それからまもなく、客間に案内をされた。
すぐにお母様がお針子とメイドたちを連れてやってくる。
「さぁ、まずは採寸よ! ミラ、いえ、今はまだラーラね。正式に養女の手続きをしたら、あなたはミラよ」
「お、お母さ……、あ、いえ、その……奥さ……」
「だめよ、お母様と呼んでちょうだい! その声がどれほど聞きたかったか!」
ぎゅうっと抱きしめられて、その腕の心地よさに私はすっかりなじんでしまった。
心がほどけて、つい本音が出てしまう。
「お母様、私の服を作るの前に、お父様とお母様とお兄様のものを……。
どうか、黒以外の明るいお色をお召しになって……!」
「……まあ、ああ、ええ……! そうだったわね……!」
お母様がたった今そのことに気づいたかのように黒いドレスの裾をつまみあげて、大きく笑った。
――お母様の笑顔、まるで、花が咲いたよう!
これが、これが、見たかったの!
泣きそうになると、すかさずお母様がハンカチを取り出して私の涙をぬぐってくださった。
優しい手つき、……まるで、夢みたい!
採寸が済んだ頃合いを見計らって、今度はお父様が執事のミケーレさんを連れてやってきた。
「さてさて、次は可愛い我が家の末娘に合うようにこの部屋を作り替えなければな。
とはいっても、我がプレモロジータ家はお世辞にも豊かとはいえない。
なのでまずは、換えるのは壁紙とカーテン、どちらがいい? 柄はもちろんお前の好きなバラ柄にしよう!」
「お父様、こちらの部屋で十分ですわ。私のために服を新調して頂くだけでも大変なお金がかかりますでしょう?」
「ミラは気にする必要はない。私がやりたいからやるのだ!」
ミケーレさんが部屋のあちこちに寸法をあて始めると、今度はお兄様がやってきた。
「採寸は終わったのだろう? さあ、おいでミラ! お前がいなかった間にたくさん面白い読み物が出たんだよ!
それに、ミラが好きなカルテットの新譜もあるんだ! 私がバイオリンを弾いてあげるよ!」
お兄様まで……!
なんて明るい笑顔。
けれど、お父様も、お母様も、お兄様も、どうしてこんなによくしてくださるの……?
私のせいで、人生が変わってしまったというのに……。
再会できて、転生してもなお記憶があるということを理解してもらえた。それだけで本当に奇跡のようにありがたい。
これ以上望むなんて、きっと罰が当たる。
だって、私はまだ贖罪も、お詫びの言葉すら言えていないのに……。
堪らず涙が滲むと、お兄様が驚いたように隣へやってきた。
「ミラ、……どうしたんだい?」
「……ごめんなさい、お兄様……」
「なぜ泣くんだい?」
お父様とお母様も側に来てくださる。
温かいおふたりの手が背中に触れた。
止められずに嗚咽しててまう……。
「……どうか、お許しください、お父様、お母様、お兄様……。
私が至らないばかりに、このようなことになって……。本当に、本当に申し訳ありませんでした……。
祖国も、先祖代々の歴史も、土地も、誇りも失うことになり、どれほどの困難が二十一年ものあいだ、お父様たちを苦しめたのか。そう思うと、胸が張り裂けそうです……。
あの日のことは、悔やんでも悔やみきれません……。
私の『誓い』が未熟だったせいで、アドルフ様をお支えすることができませんでした。
取り返しのつかない失敗です……。
私の不徳にお父様とお母様とお兄様を巻き込んでしまったこと、二度目の生をいただいてもなお、どうやってお詫びしたらいいのかわからないのです。
それなのに、昔と変わらず優しく受け入れて頂いて……。
私のような不出来な娘には、とてもいたたまれません……」
そのとき、お母様とお父様が、ぱっと私の前に回り込んで、膝をついた。
ふたりの手が私の頬と肩を温める。
目の前の三人の顔には優しさと悲しみの両方がにじんでいた。
「ミラ、あなたはなにも悪くないの」
「そうだよ、ミラ。お前も辛かっただろうから、暮らしが落ち着くまでこの話はしないでおこうと思ったのだ」
「だから言ったじゃないですか、父上、母上。
子ども見えても、中身はあのときの十六歳の記憶を持っている。ミラは受け入れられるはずですよ」
腰を落ち着けて、初めて聞く。
あれからのこと……。
アドルフ様はあの後すぐロー男爵の令嬢アイリーン様と婚約なさったそうだ。
ル-イ国王陛下の病が長引くと、アドルフ様はますます横暴になり、ラルフ様すらも遠ざけ、五大伯爵家の言葉に耳を貸さないばかりか、次第にロー男爵やあくどい者たちばかりを側に置くようになったという。
五大伯爵家の忠誠心が王家から離れはじめた……。
貴族界は荒れ、町も人の心も荒れていった。
さらに不作が重なり、飢えた人々が暴動を起こすようになった。
今なんとか国の体をなしているのは、残った四つの伯爵家が国民を守ろうと必死に奔走しているからだという……。
「あのセントライト王国が、今そんなことに……?」
「私たちはミラの処刑をどうしても承服できず、無実を訴え続けていたところ、命を狙われるようになった。
それで、仕方なくこの国へ亡命した。
ベルナルディーノ・アッチェッターレ国王陛下に領地をいただき、プレモロジータ伯爵を名乗ることを許された。
見ての通り箔ばかりの伯爵家だが、幸いこの二十年で暮らし向きはずいぶん良くなった」
「後悔はないわ。だって、ここにこなければあなたに再会できなかったんだもの」
お母様が私を引き寄せ、こつんと額をくっつけた。
お兄様がにかっと笑う。
「苦労多いけど、慣れれば田舎暮らしも楽しいものだよ。
まあ、唯一の難点をいえば、開拓もままならない辺境地で、貧乏の曰く付きの伯爵家には、嫁に来たがる令嬢がいないことだ」
「お兄様は私の知る限り最高に素敵な紳士ですわ。きっとこれからいくらだってわかってくださる方がいるはずです」
「だといいけどね。だが天は見離してはいなかったよ。我が家にミラが戻ってきてくれたのだから。
どういうわけか、メゾシニシスタの令嬢たちってみな寒がりなんだ」
「寒がり?」
「私が話してもみな、しんと静まり返っているんだ。心の中に北風が吹いているみたいに。
ちょっとでも笑顔を見せて、私に気に入られでもしたら、人生の外れくじを突きつけられると思って、みな笑わないように必死に我慢してるんだな!」
「――くすっ! うふふ、よかったわ。私は思う存分笑っていいのね!」
「そうやってミラが笑ってくれると、張り合いがでるよ」
お父様とお母様が同じように笑ってしばらくして、真剣な声になった。
「冗談はさておき、実際この国での私たちの立場は厳しいのだ。
亡命した際、私たちは国王陛下から『誓い』を求められた。
絶対王に捧げたのと同じ忠誠を誓うのなら、重く取り立ててもよいと言われた。
だが、それはできなかった」
「『誓い』は絶対王にしか届かなかいからですね?」
「いいや、違う」
「えっ?」
お父様、お母様、お兄様がそろって私を見つめた。
私の手を取るとお母様がそっと握る。
「『誓い』の光はあなたが持っていたからよ。あなたは婚約するときにアドルフ様に『誓い』を捧げた。
捧げた『誓い』は、捧げた者が亡くなると天に帰り、再び伯爵家の誰かに戻ってくるの」
「そういえば……」
「ええ。だから、あなたが亡くなったとき、私たちはこの三人の誰かの元にサーフォネス家の光が戻ってきていると思っていたの。
でも、そうじゃなかった。
だから私たちはあなたに再会し、あなたの光を見るまで、サーフォネス家の真心は、すっかり消えてしまったんだと思っていたのよ」
「それじゃあ……」
「なかったから『誓い』を捧げることができなかったの。
陛下はとてもがっかりされていらっしゃった。
それでも、隣国の名家ということで、こうしてお情けをかけてくださったの」
お父様が私の髪を撫でた。
「お前の『誓い』を見るまでは、そうかもしれないと思いながらも、本当にミラなのかどうか確信はできなかった。
だがあの光は、私たちの先祖が大切に守り抜いてきた、思いやりの美徳そのものだ。
だから、お前が新しい命を得て私たちの元へ再び帰ってきてくれたことは、きっと神様の思し召しに違いない。
お前がなにひとつ悪いことをしていないという証なのだよ」
「そうよ、あなたが自分を責める理由など少しもないわ。
その証拠に、あんなに盤石だったセントライト王国が、この二十年でまるで砂の城のようになってしまった。
王家が五大伯爵家を軽んじた当然の結果なのよ。
親戚や友人、それに使用人たちにはできる限りのことをして出てきたけれど、領民たちにはなんの準備も手当もしてあげられなかった。
今年の冬が越せない一家がどれほどあるのかと思うと、胸が締め付けられるわ……」
お兄様がまた、にかっと笑った。
「まあ、通り過ぎてしまった旅人や、手の届かない病人のことで気に病んでも仕方ない。考えすぎは体に毒ですよ、母上。
それにミラ。私はこう思うんだよ。
今もなお『誓い』がミラのもとにある理由は、アドルフ様が受け取っていなかったからなのでは、とね」
「……やっぱり、私が失敗を……」
「いや、そうじゃない。ユーモアだって、話す人にユーモアを楽しむセンスが必要なのは当たり前だが、聞く人にだってそのセンスが必要だ。
『誓い』のあの日、ミラは確かに光っていた。でも私には、光が届く前に、すっと消えてしまったように見えたんだ」
「私が未熟で……」
「いいや、違うよ。アドルフ様には『誓い』を受けとるだけの器じゃなかったんだ。いわば絶対王たるセンスがなかったんだよ」
「それは、あ、あまりに不敬では……」
お父様が目元に影を落として声を下げた。
「いや、結果を見るにその推測は正しいだろう。
事実、今セントライト王国の実際の執務を担っているのはラルフ様だと聞く」
ラルフという響きを聞いて、ぞっと背筋に冷たいものが走った。
処刑されたときの瞬間を思い出した……。
小さく首を横に振って、私は同時に思い出したもうひとりの名前を口にした。
「リサは今どうしているのですか?」
「婚約は果たされたわ。でも……。
リサ皇子妃殿下は誠実の美徳を持つシンセリティ伯爵家の出。あなたとは唯一無二の親友。
だから、あなたを手にかけたラルフ様をどうしてもお許しになれなかったのね。結局おふたりの間にお子はできなかったそうよ」
そんな……。
ふたりで王家を支えようと約束しあったリサが……。
あの日を境に、リサの人生までもが変わってしまった……!
リサの真心は、誠実な心。
ラルフ様のことをあんなに愛していたのに……。
友である私への誠実さが勝ってしまったのかしら……。
記憶に宿る懐かしい友人は、十六歳のまま。
今はどんなかしら。
リサには幸せになっていて欲しかった。
改めて感じる、二十一年という年月……。
唐突に、お父様が指を鳴らした。
「さあ、話はここまでだ! 今夜は盛大にお祝いしよう!」
「父上、折角ですから今までで一番出来のいいの八年物のワインを開けませんか?」
「先月仕込んだハムを、使用人たちにも一切れずつ振舞いましょう!
幸せはみなで分け合うとそれ以上の喜びになるものですもの!」
「それなら私パンを焼きたいですわ! この前ダーチャさんに習ったから、一度自分でやってみたくて」
「あらまあ、あなたはもう使用人じゃないのよ? それに、使用人をさんづけで呼んではいけないわ」
「あの、だから今夜だけ……。いけませんか? お父様とお母様とお兄様に食べて欲しくて……」
「でもねぇ……」
「ニーナ、いいじゃないか。ミラの手作りのパンなら、私は食べてみたいよ」
「そうですよ、母上。かっちかちの石みたいなパンが出てきたら、金槌の代わりになりますし。北側の柵の修理にちょうどいい」
「くすっ、酷いのね、お兄様……! お兄様のだけわざと失敗してしまおうかしら」
「ははっ! いいとも。形はこうで、大きさはこのくらいだぞ?」
「くすっ! もうっ、本当に意地悪~!」
幸いにも金槌の形に作ったパンは、ふっくら上手に焼けた。
もちろん、ダーチャさんが快く手を貸してくれたから。
この夜は本当に夢のような宴だった。
今まで見てきた記憶の中で、どんな煌びやかな宮殿も、どんなに豪華な食事も、どんなに華やかな演奏も、敵わない。
愛と真心と思いやりに満ちたプレモロジータ伯爵邸。ここが私の家。
眠りにつくとき、胸には『誓い』を唱えたときのようなぬくもりが、ずっと留まっていた。
神様に心からの感謝を……。
これが、私の第二の人生。
ここで家族と共に助け合って一生懸命生きていきます。
神様に頂いたこの命、この幸せを大切にします。
ああ、明日が来るのが楽しみ……!
子どもみたいにワクワクして。
ああ、今夜は眠れるかしら?
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