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#9 ふたつの家族
しおりを挟むそのときだ。
おもむろに、マイナードの動きが止まった。
「……う……ん……」
ルーナが起きだしたのだった。
あたりを見渡したルーナには、何が起こっているのかすぐにはわからなかった。
しかしルーナが昭太の勇気を奮い起こしたのは違いなかった。
「ルーナ!」
ルーナを守るように昭太が抱きしめた。
「昭太……?」
昭太は流木で作った十字架をマイナードの前に突き出した。
「はなれるんだ、吸血鬼!」
その声でルーナは何が起こっているのかを察した。
「こ、これ以上、ルーナに手を出したら僕が許さない! 僕たちをここから解放するんだ、吸血鬼!」
昭太の意気込みにマイナードは瞳を揺らし思わずあとずさった。
脳裏に昔の忌まわしい景色が思い出されたのだ。
(かつてもそうだ……。人間たちは自分の仲間や家族を守るために我々を追い詰め排除した。この少年のような強い瞳と、いかなる悪をも許さない信仰によって……)
信仰は吸血鬼が苦手とするもののひとつだった。
流木をただ重ねただけの木の棒が怖いのではない。
そこに宿る、人間の信仰心、ゆるぎない想いが恐ろしいのだ。
昭太はマイナードの様子を見て、驚いた。
(十字架が効いている……!)
昭太がその十字架の柄を強く握りしめたその時、ルーナは昭太のその手に縋りついた。
「おねがい、やめて、昭太! おねがい!」
昭太はびっくりしてルーナを見た。
「どうして! こいつはルーナの血を吸う悪者なんだろ!」
すると、ルーナは首を振った。
その目からはみるみる涙があふれて来る。
「マイナードはわるものじゃない! わたしの家族なの!」
ルーナは昭太にすがるようにして泣いた。
「けってんをゆるしあって、たすけあうのが家族でしょ? マイナードはわたしが家族なの!」
昭太にはルーナの言っていることがすぐには理解できなかった。
「だ、だけど……」
「マイナードはわたしの家族なの。きずつけないで、おねがい、おねがい!」
ルーナがのあまりの懇願に、昭太はどうしていいかわからなかった。
丈一郎と佐江も動揺した。
昭太は思わず十字架を下ろした。
そしてその十字架を手放すと、かわりに泣いてやまないルーナをその手で抱いた。
「ルーナ……」
恐怖に駆られてにわか仕込みの十字架など突き出したが昭太だったが、このルーナの姿を見ると、ひどく残酷なことをした気になった。
ルーナは十字架がマイナードの弱点だと知っている。
マイナードが吸血鬼だと知っている。
それでもなお、マイナードを家族だといっているのだ。
たった今、佐江が昭太やルーナを守ろうとしたように、丈一郎が家族を守ろうとオールを振り上げたように、ルーナもまたマイナードを守ろうとしたのだ。
家族をただ守りたくて。
丈一郎と佐江からも、力みが抜けた。
(そうか……)
ルーナを連れ去ろうとしたことは、自分たちからが昭太を奪われるのと同じことだと気がついたのである。
ついさっきまでは得体のしれない吸血鬼からルーナを救い出さなければと思っていた。
だが、ルーナはマイナードを慕っている。
マイナードもルーナを大切にしている。
それは単に血をすうためだけではない。
そこには心が通い合っている。
互いを思いあう者同士を、どうして引き離せると言うのだろう。
ルーナを吸血鬼から救い出さねばというのは単に青山一家の考えであって、ルーナにとってマイナードはかけがえのない家族なのだ。
マイナードはルーナの必死の訴えに、目頭が熱くなった。
胸が熱い。
吸血鬼となったマイナードが長い間求めていたものはこれだ。
長い間満たされず苦しんできたのは、このためだった。
吸血鬼は孤独な存在だ。
マイナードは吸血鬼の一族となった日から、いつも心が乾いていつも満たされなかった。
しかし、幼い赤子を連れてこの島に住みついてから、その餓えは次第に埋まっていった。
それがなんなのかははっきりとわからなかった。
しかし、ルーナが家族という言葉を使ったとき、それは一気に色づき始めた。
いつしか、ルーナはマイナードにとってかけがえのない存在になっていた。
「ルーナ……」
マイナードが手を差し伸べると、ルーナは迷わずマイナードに手を伸ばした。
抱き上げると、ルーナはその細い腕を首に回し、マイナードの名を呼んで泣いた。
(ああ、ルーナが今ここに生きている……)
マイナードの胸は打ち震えた。
確かに、マイナードは血を飲まねばいられない。
だがマイナードが本当に必要としていたのは、ルーナの血だけではない。
ルーナの声、ほほ笑み、小さな手、そのぬくもり。
孤独を分かち合ってくれる、その存在が必要だったのだ。
(そうか、その想いだ。お前が私に寄せてくれる、私が必要だと寄せてくれるその想い。その思いがわたしはずっと欲しかったのだ……)
マイナードの瞳から次第に怒りの色が消えていった。
マイナードはこれまで言葉にもできずただ渇望していた心の穴が埋まっていくような気がした。
それは、己の存在が許されているというはるかなる安心感だった。
マイナードはぎゅうっルーナを抱くと、ゆっくりと青山一家を見つめた。
その目はすっかり海のように凪いでいる。
「行くがいい。話したければ我々のことを話すがいい。だが、ルーナは誰にもどこにもやらん。ルーナは私の家族だ。ルーナが私を必要とする限り、私がルーナを守り育てる」
マイナードは泣いてしがみつくルーナを髪を撫でキスすると、すいっと踵を返した。
「行くぞ、エンゲルバード」
「ハイ、旦那様」
エンゲルバードもそのあとに続いた。
残された青山一家はそのままボートを沖に出すこともできた。
屋敷に戻る三人の背をそのまま見送ることができたのだ。
だが、思わぬことが青山一家の大黒柱の身に起こった。
丈一郎はボートを降り、声を上げた。
「伯爵!」
マイナード、ルーナ、エンゲルバードは海岸線を振り返り、丈一郎を見た。
「どうして僕たちを殺さないんだ。僕たちは、君を見逃したりしないぞ!」
佐江は一瞬で青くなった。
それでは殺してくれと言っているようなものだ。
マイナードは迷わず答えた。
「お前たちも、家族なのだろう?」
この答えに丈一郎の瞳はゆっくりと、そして確実に確信の光がともった。
(――そう。そうなのだ!)
丈一郎は答えた。
「ああ! そうだ、家族だ! マイナード伯爵!」
丈一郎は妻と息子を促した。
「さあ、降りよう、昭太、佐江」
「えっ、ええ……?」
戸惑う佐江。
昭太はもためらい半分に従った。
マイナードとルーナ、エンゲルバードは、その様子を黙って見ていた。
丈一郎は両脇に妻と息子の肩を抱いて、にこやかに笑った。
佐江と昭太は気色ばんでいる。
丈一郎がなにをするつもりなのか、まだよくわからなかったからだ。
しかし、丈一郎の確信は少しも揺らぐことなく、声は明るく高らかだ。
「マイナード伯爵。今から僕たちは友達になろう!」
「ともだち?」
「ああ! 家族を愛する者同士、僕たちは分かり合えると思う。友達は、なにがあっても裏切らない。僕たちは、君が吸血鬼だとばらしたりしない。君たちも僕たちを傷つけたりしない」
マイナードは片方の眉を上げた。
「お前は今、我々を見逃さないと言ったばかりだぞ」
「ああそうだ。でも、友達になれば、なにがあっても僕らは君たちを裏切らない」
丈一郎は堂々と胸を張っている。
その様子に佐江は十数年前の日のことがふいに思い出された。
同じ大学病院働いていたころのことだ。
夜勤明けの朝だった。
夜勤の緊急手術は、二人がかりでも結局患者を救うことができず、悔しい思いが残った。
いつも熱っぽい同期の丈一郎は、言葉に信念を持つタイプだった。
「医療を信じる者同士、僕たちは分かり合えると思う。医療は、なにがあっても進歩し続ける。その道は遠く
ても、僕らが裏切らない限り、医療は僕らを裏切らない」
丈一郎は悔しさをばねに前を向いていた。
互いにくまのできた顔で朝日に目を細めて、鳥の鳴き声を聞いていた。
「僕たち二人が一緒になれば、なにがあっても僕たちはその道を歩んでいける」
コーヒーの香り。
それから、丈一郎はにこやかに笑っていた。
丈一郎の愛の告白は求婚と一緒だった。
「だから、結婚しよう」
佐江は丈一郎の思い入れの激しさに笑った。
笑いながらも、その迷いのなさに受け入れたいと素直に感じる自分がいた。
今から十五年ほど前のことだ。
夫の横顔を見ながら、佐江は思わずあの日のまっすぐな丈一郎の瞳を思い出していた。
丈一郎の大胆さにはいつもどきっとさせられる。
だが、その信念と決断力には凡人にはまねできないものがある。
佐江が丈一郎を好きになったのは、こうしたところに限りなく男らしさを感じたからであった。
となれば、丈一郎が次に言うことはわかっている。
(――そうだったわ。だからこの人と結婚したんだった……)
佐江と同じように息子が父親の顔を見上げているのが見えた。
佐江はおもむろに肩を包む夫の手に手を重ねた。
夫婦は互いに見つめあうと、互いが何を考えているかが瞬時に分かった。
そして、ふたりはまるで、せーのとでもいうように、声を合わせていた。
「「だから、友達になろう」」
驚いたように昭太が両親を見た。
しかし、その二人の笑顔を見ると、昭太もなぜかどこからか温かいものが満ちてきて、思わず笑顔になった。
そして昭太もルーナたちを見つめて言っていた。
「そうだよ、友達になろうよ」
一拍おいてルーナはにこっと笑った。
マイナードとエンゲルバードは顔を見合わせ、不思議そうに青山一家を見つめた。
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