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【パンとチーズ】

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 黒猫のゴダンは散歩コースの中盤にいた。アイドルタイムの商店街のアーケードには、学校から帰ってきた子どもたちが増え始め、近所の人たちが夕飯の買い物に出てくる。そこで、パン屋さんの前でじっとショーウィンドウを見つめる二人の小学生兄弟を見かけた。兄のケンタと弟のリョウタは、手に小銭を握りしめている。母親にお使いを頼まれたようだ。

「お兄ちゃん、このパン、美味しそう!」

 リョウタがベーコンとチーズののったパンを見て言った。

「うん、だけど今日は普通の食パンを買うんだ」

 ケンタが小銭の枚数と金額を確認しながら答えた。

「ねぇ、いいじゃん! 兄ちゃん、このチーズの買おうよ!」
「だめだよ、食パン買うお金しかもらってないんだ」
「でも俺これが食いたいよ。食パンなんてなんも味付いてないじゃん」
「だけど明日の朝ごはんに食パン買ってきてって言われたんだ。違うもの買って行ったらお母さんが困るだろ。それに、食パンだったら家族四人で食べれるけど、チーズのは二個しか買えないよ」
「半分個ずつすればいいじゃん!」
「だめだって……」

 ちょうど買物に来た時間が良くない。まだおやつを食べていなかったふたり。お腹が空いてきたリョウタはベーコンとチーズのパンで頭の中がいっぱいになってしまっている。早く買って帰りたいケンタは弟をなだめるのに手いっぱいで店から先に入ることができないでいた。
 ゴダンは二人の話を聞き、そっと彼らに近づいた。見慣れた黒のシルエットにケンタが気づいた。

「わあ、ゴダンだ!」
「本当だ!」

 いつも公園や学校の帰り道で顔を合わせるたびによく遊んでいるゴダンと鉢合い、にわかに興奮したふたり。パンのことはいったん忘れてゴダンをせっせと撫でまわして可愛がった。

「ゴダン、いい子にしてたか~」
「よしよし~」

 店先でゴダンを可愛がっていると、通行人が次々と引き寄せられてくる。

「あれ~、可愛い猫ねぇ~」
「ゴダンっていうんだよ!」
「ああ、古本屋の猫かあ」
「んん、何? なんの行列?」
「行列じゃないよ、ゴダンだよ」
「わぁ、綺麗な猫」
「おばちゃんもなでなでしていい?」
「うん、いいよ」

 店の前にはいつの間にか人だかりができていた。その人の集まりがまた人を呼んで、パン屋の前に行列ができていた。驚いたのはパン屋の方だった。

「今日はなにかのセールですか?」
「ここ、有名なんですか?」
「新作のパンがあるの?」
「い、いや、いつも通りですけど……?」

 日本人の行列好きは今に始まったことではない。行列がまた人を呼んで、賑わいがまた人を呼び込んだ。パン屋はいつもよりもはるかに早く商品完売となった。まだ外にならんでいるお客さんに謝りながらクローズの看板を出しに店の外に出て初めて分かった。小学生の男の子二人が黒猫を可愛がっていて、それを見に人が集まっていたのだ。

「そうかぁ、君たちだったか」
「にゃあ」

 ゴダンはすかさず答えた。パン屋の顔を見てようやくお使いを思い出したケンタとリョウタが立ち上がった。

「忘れてた、食パン買いに来たんだった!」
「え……、ああ、悪いね、今日はもう全部売り切れだよ」
「えぇっ!?」

 ケンタとリョウタは目を丸くした。そういえばさっきからずっとお客さんがやけに多いなとは思っていた。だけど、パンが全部売り切れてしまうなんて思ってもみなかった。

「ど、どうしよう……。明日の朝ごはんが……。お母さんが食パンはいつもここのって決めてるんだ」
「そうだったのか、君たちいつもありがとうね。でも食パンももう今日はおわりなんだ……」
「あーあ、こんなことなら、チーズのパン買っておけばよかったんだよ」

 リョウタは腕を頭の後ろにやってふんぞり返った。ケンタは勝手なことを言う弟をちらりと見たが、兄として頼まれたお使いを果たせなかったのは自分のせいだと感じ、ぎゅっと小銭を持っている拳を強く握った。パン屋はすかさず二人と一匹に言った。

「ちょっと待ってて」

 パン屋は店に戻ると、しばらくしたあとになにか包みを抱えて出てきた。

「これ、新しいパンの試作品。チーズと照り焼きチキンのパン。よかったら持って帰って食べてみてくれるかい」
「えっ、いいの!?」

 競うようにして二人で包みをのぞくと、中にはチーズがこんがり、そしてチキンの甘辛い匂いのするパンが四つ入っていた。目を輝かせたふたりにパン屋がにっこりとうなづくと、今度はゴダンを見下ろした。

「君はこれだ」

 パン屋はポケットからオレンジ色のチーズの欠片を取り出して、ゴダンに差し出した。スンスンと匂いを嗅いだゴダンは、パクッとチーズを咥えた。

「パン屋さん、ありがとう!」
「こちらこそ」

 ホクホク顔のふたりが手を振って去っていくのをパン屋とゴダンは見送った。そしてパン屋はもう一度ゴダンを見下ろして、にこっと笑いかけた。

「君もぜひまた来てくれよな。いつでも歓迎するよ」
「にゃあ」

 チーズをぺろりと平らげ、また来るよ、と返事をするゴダンだった。


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