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# スケッチブックの彼女
しおりを挟む僕が中学二年生のときの話。
僕には彼女がいた。
それも、とびきりにかわいくて、優しくて、清楚で、でもスタイル抜群で、ちょっぴりセクシーで、ほんとに天使みたいな女の子だった。
名前は、リリー。
本当に、百合みたいにきれいだった。
学校での僕は、万年非リア充のオタクグループにいた。
日陰暮らしの仲間同士で、漫画をまわしあったり、プラモデルをつくったり、ゲームで競い合ったりするのは、それは楽しい日々だった。
その中で僕は漫画を描いていて、それがけっこううまかったので、一目置かれていた。
将来は絶対、週刊漫画雑誌で連載をできるような漫画家になるって決めていた。
夢はいつか絶対に叶うって思っていた。
だから、いつもスケッチブックを持ち歩いて、暇さえあれば描いていた。
美術部に入っていた僕が、四六時中なにか描いていてもおかしくはない。
描いていたのは、美少女の絵ばかりだ。
僕は、二次元の美少女が好きだ。
正直、現実の女の子は怖くてたまらない。
いつも誰かと群れているし、くすくすと笑いながら、この世の中心は自分たちって感じで、別次元。
少しも関われる気がしなかった。
VRとかメタバースとかの3Dもいいけど、僕は2Dに特に惹かれる。
リリーは、当時好きだった漫画家の先生たちのいいところだけを寄せ集めたような女の子だった。
○○○○先生の髪の描き方、××××先生のまつ毛と口びる、△△△△先生の輪郭と横顔、□□□□先生の目の描き方、☆☆☆☆先生の胸と服の描き方、スカートは※※※先生、太ももから下は***先生だ。
上目づかいなところは□□□□先生のまねをして、ちょっとすねるような顔は△△△△先生の横顔で描く。
胸は☆☆☆☆先生のキャラの中で一番の巨乳キャラの線をまねて、下半身はたいていミニスカートかショートパンツ。
※※※先生の動きのある描き方が僕はすごく好きだ。
リリーとの出会いは、忘れもしない。夏に差しかかる六月の夕方。
僕は、下校の途中いつもの公園で絵を描いていた。
そのとき、急に天気が崩れて、僕はスケッチブックを慌ててたたんだ。
洪水みたいな大雨の中で、公園にいた子どもたちもあっという間に散っていった。
僕も家に帰ろうと、木陰から走り出したとしたそのときだった。
すごい音がして、あたりが一瞬、稲光で白に変わった。
僕のすぐ後ろの木に雷が落ち、僕はその落雷をもろに受けた。
その衝撃で前のめりになって地面に倒れたけど、不思議と無傷だった。
あせった。
髪の毛がチリチリになってないか確かめながら、とにかく家に急いで帰った。
家に戻って洗面所の鏡を見たら、髪どころかなにひとつ変わっていなかった。
なんだったんだろうとおもいながら、制服をぬぎ、カバンの中のものが濡れていないか確かめた。
そのとき、僕のスケッチブックから声がした。
最初は聞き間違いかと思ったけど、
「あけて、あけて!」
携帯電話をみた。でも、電話はどこにもつながってない。
「あけて、おねがい!」
まさかと思ったけど、スケッチブックを開いてみた。
「ああっ、よかった! ようやく会えた!」
「うわあっ!」
思わずスケッチブックを投げ出していた。
「いたっ! 乱暴にしないでよ~っ」
「えっ、えっ、えっ?」
恐る恐るスケッチブックを拾い上げると、そこには僕が描いた女の子がアニメみたいに動いていて、そしてしゃべっていた。
声は声優の◇◇◇◇さんそのものだ。
「マコト君、わたしを雨から守ってくれてありがとう」
「な……、なんで僕の名前知ってるの……? ていうか、なんで、絵がしゃべってるの……?」
リリーはスケッチブックの中で、ふわっとスカートを揺らして、にこっ笑った。
髪がアニメみたいにぴょこんとはねる。かわいい……っ。
「なんでって、マコト君がわたしを描いてくれたんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「ねえ、わたしの名前はなんていうの?」
「えっ、名前っ?」
正直、そんなの僕が聞きたかった。でも、僕が描いた絵なんだから、名づける責任は僕にある、ということらしい。
「り……、リリー!」
「そう、わたしリリーっていうのね! 気に入ったわ! マコト君、よろしくね!」
「う、うん……、えっと、それで……」
「うんうん」
「リリーは……、なんで、絵なのに……動いてしゃべってるの?」
リリーは少しすねたようにして上目づかいに僕を見た。
うわっ、うわあ……! この顔だよォ……!
「マコト君は、彼女が絵じゃいやなの?」
「か、彼女……?」
「だって、わたしのこと、彼女のつもりで描いてくれたんじゃないの?」
「えっ、でっ、いや、それは……」
すぐに答えなかったせいで、リリーは急に悲しそうな顔になった。
たまらなくなって、大声を出していた。
「そんなことない! リリーが僕の彼女だなんて、最高だよ!」
「わあっ、よかったあ!」
花が咲いたようにリリーが笑った。
スケッチブックの中で、リリーは頬を染め、指を絡め、軽やかに髪を揺らしている。
なにかを期待するかのような目、小さいくの字でほほ笑む唇。
なんて、かわいいんだろう……!
信じられないかもしれないけど、これがリリーが僕の彼女になった日だった。
その日から、僕とリリーのお付き合いははじまった。
朝目覚めると、決まってリリーは目覚めのチューを欲しがった。
もちろん、僕にとってもリリーにとっても初めての相手だった。
学校? もちろんいっしょだ。
でもまだいつもの仲間には話せていない。
最近つき合い悪いなっていわれても、今はリリーと一緒にいるほうが楽しくてしょうがない。
離れているとき? 僕が風呂に入るときと、ご飯を食べているときぐらいだ。
僕とリリーはそれくらい毎日ずっと一緒にいた。
「マコト君、わたしにお部屋を描いてくれない?」
「いいよ、どんな部屋にする?」
リリーのために、スケッチブックの中に部屋を描いてあげると、リリーはその空間を動けるようになる。
「カーテンは花柄にしてほしいの。色は水色よ」
「わかった」
カーテンに色鉛筆で色を塗ると、リリーはすぐにそれを手に取って、嬉しそうに広げたり閉じたりする。
くるくるとダンスしてるみたいで、見ているだけで楽しい……!
「ねえ、リリー、カーテンみたいに、君にも色をつけることはできるの?」
「うん、できるわ。でも……」
「それなら僕、リリーに色を塗ってあげたいんだけど、いい?」
「うん、じゃあ、塗ってみて。でも、かわいくしてくれなきゃいやよ」
「わかってる」
「きゃっ! やだあっ、くすぐったぁ~い~っ!」
「あっ、わっ、ごめん! う、動くからだよ~」
そんなふうにして、僕はリリーのためにスケッチブックに部屋や、女の子らしい家具やぬいぐるみ、本棚やクローゼット、ティーカップや植木鉢なんかをどんどん描いて、色鉛筆できれいに色を塗った。
「マコト君、すっごくすてきな部屋になったわ、ありがとう!」
「どういたしまして」
リリーが喜んでくれると、僕もすごくうれしい。
リリーは鼻歌を歌いながら、スケッチブックの中の部屋を踊るように行き来する。
そして、部屋のクローゼットを開けた。
「あら」
「ん?」
リリーはくるりと振り返って、おねだりするように僕を見た。
「マコト君~」
空っぽのリリーのクローゼットを見て、リリーのおねだりが何かすぐにわかった。
「今度はリリーのお洋服だね」
「わたし、フィギュアスケートみたいな服ってあこがれちゃう!」
リリーの洋服を描くのはものすっごく楽しかった。
リリーはスタイル抜群だし、僕の理想のプロポーションをしている。
だから、どんな服がリリーに合うか、僕にはよくわかった。
「こ、こんなのどう?」
「んー? ちょっと露出が多すぎない?」
「そ……、そうかな……」
「でも、待っててね」
そういうと、リリーはスケッチブックの端からいなくなって、少ししたらその服を着て戻ってきた。
「どう、マコト君?」
「わあ、リリー、にあうよ!」
「えへっ、ほんと? それじゃあ、こーんなポーズもサービスしちゃう」
うわっ……!!
「いいね……、最高っ!」
僕は親指を立てて、リリーにグッジョブしてみせた。
「やだもう、恥ずかしい!」
自分でやっておきながら、リリーは急に照れたのか、また紙の端へ消えて行ってしまった。
「あっ、リリー!」
「もう、次の服はもう少し落ち着いたのにして!」
「あ、はい……」
ちぇっ、もう少し見たかったのに……。
僕とリリーはそうやって、許す時間の限り一緒にいた。
次第にリリーは部屋を行き来するように、ページを行き来することができるようになって、スケッチブックは、リリーの部屋にリリーのウォークインクローゼット、それからリリーの庭に、リリーのお風呂もできた。
でも、お風呂にはちゃんとすりガラスのドアがついていて、中は見えない……。
リリーが入浴している最中に、このすりガラスを消しゴムで消したら、中が見えるのかどうか、僕はまだやったことがない。
リリーに嫌われたくないから、やる勇気もないんだけど……。
それから二カ月が過ぎた。
僕はリリーの為に三冊目のスケッチブックを買った。
リリーが好きな水色の色鉛筆も短くなったので、一本買い足し、微妙に色合い違うの水色も三本買った。
僕はもうリリーに関わるもの以外を描くことはほとんどなかった。
そんなあるとき、親友の吉崎ハヤタが学校の帰り際、僕を引き留めた。
リュックを背にしたハヤタと鞄を肩にした僕はいつもの公園に向かって並んで歩きだした。
「なあ、最近どうしたんだよ。なんかあった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
ハヤタはちょっとドジなところがあるけど、保育園から今までずっと一緒で、気の優しいいいやつだ。
リリーのことを話すなら、まずはハヤタからだと思っていた。
だから公園につくころには自然と心が固まっていた。
「あのさ、ハヤタ…、実は……」
僕は鞄からスケッチブックをとりだす。
「なんだよ」
「実は……、その、彼女ができたんだ」
「えっ、えっ! まじかよ!」
「うん……、その、驚くとは思うけど……」
「お、お、驚くよ! なんだよ~、それぇ、早く言えよぉ! 俺、心配してたんだぞぉ、家でなんかあったのかとかさあ!」
「そうか、ごめん……、へんな心配させて」
「ああ、もう~っ、びっくりしたよ~」
「それで、今からハヤタに紹介したいんだけど……」
「えっ、今から? ちょっ、ちょっと待てよ~……、心の準備が……。まさか、ここに呼んだのか?」
「うん、まあ……」
「うわっ、どうしよう、まだ呼ぶな、まだ呼ぶなよ! 俺の心が整ってからにしてくれ」
「う、うん……」
僕は手にしたスケッチブックをぎゅっと強く握って、心の中でリリーに話しかけた。
(リリー、ハヤタに話すよ……。もうちょっと待っててくれよな……)
リリーは返事をすることなく、スケッチブックの中で静かに待っていてくれた。
ハヤタの心が整うのを待っている間に、次第に八月の空の色が怪しくなってきた。
気が付くと、巨大な入道雲が駆け足で夕立を連れてきた。
「うわっ!」
「だあっ」
僕たちは木陰に身を寄せたが、激しい夕立は枝葉の間からも容赦なく僕たちを濡らした。
「ハヤタ、あの東屋まで走ろう!」
「うん!」
僕はスケッチブックをしまおうとしたが、ハヤタが素早く僕からスケッチブックを奪い取った。
「貸してくれ!」
「えっ!」
「おまえは鞄があるだろ!」
「ハヤタ!」
既に先を行くハヤタを追って、僕は慌てて走り出した。
そのときだ。
ズガーン、と脳天にまで響くような大きな音で鼓膜が揺れた。
次の瞬間、僕の体は稲光に包まれて、目はチカチカと、全身はビリビリと身動きができなくなった。
僕はその場に倒れた。
「うおおおっ、マコト! 大丈夫か!? マコト!」
僕が目を覚ますと、雨はもう止んでいて、ハヤタが僕の体を揺さぶっていた。
「うっ……」
「大丈夫か、マコト!」
「う、うん……、なんとか……」
人生で二度も落雷にあうなんて、僕には電極かなんかが通っているんだろうか。
ぼんやりと目を開いたとき、ぼくの視界には衝撃的なものが映った。
「リリー!」
水たまりに投げ捨てられていたスケッチブックに僕は急いで駆け寄った。
救い上げると、すぐにページを開いた。
「リリー、どこだ!」
めくっても、めくっても、リリーがいない。
さけんでも、さけんでも、リリーの声がしない。
「リリー、返事してくれ! リリー!」
濁った水を吸って、リリーの部屋や、リリーの服が流れてしまっている。
水に溶ける水彩色鉛筆だからだ。
「うそだろ、リリー! リリー!」
僕は必至に水をぬぐった。
なんどもなんどもページをめくって、全部のページに呼びかけた。
でも、リリーは、どこにもいなかった……。
あれから、十八年がたった今も、僕は時々三冊のスケッチブックをのぞく。
リリーのために描かれた部屋や、服や小物、庭の植物に、鳥や蝶。
すべて、当時のままに残っているけれど、どの絵ももう少しも動かない。
リリーはあの日、どこかへ行ってしまったのだ。
あの日、ハヤタにスケッチブックを渡さずに、ちゃんと鞄の中にしまっていたら、今もリリーはスケッチブックの中にいたかもしれない。
あるいは、すべては落雷が見せた幻想だったのか……。
僕は今、漫画を描いている。
結婚して、娘ができた今も、リリーのことは忘れられない。
リリーに会いたくて、今でもリリーを描き続けている。
僕は気が付くと、いつも心の中でリリーに呼び掛けている。
そして、スケッチブックを見る。
こうしている今も、リリーが戻ってきていて、今にも返事が聞こえてきそうな気がしている。
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