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壱/倒錯とも言える純愛的関係性

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 皐と日中に外に出ることを、だいぶと久しぶりだと感じてしまった。

 皐に誘われれば、休みの日であっても出かけることは多い。だが、そのお出かけというものは目的がハッキリしているものであり、大概が買い出しだったりする。買い出しであるのならば、俺は彼女が買った荷物を持つくらいはするし、どこかに行けば相応に楽しんだりもする。だが、それを皐は負担に感じているようで、休みの時には休んでほしい、とこの前も言われた気がする。別に、気にしなくてもいいと思うのだけれど。

 だから、休みの日に外に出ることはあまりにも少ない。気遣ってくれる彼女に応えるように、家でゆっくりと時間を過ごすことが多い。

 家にいれば適当に皐と動画を眺めたり、もしくは文章を書いて過ごしたり。スマホならスマホで、パソコンならパソコンで。適当な映画を見ることもある。

 独りではできないこと。皐と一緒にしかできないこと。別に、独りでもできるけどしないこと。やはり独りではできないこと。

 だから、日中の外の景色については物珍しい感覚を拭うことができない。

 歩いて行くたびに景色の変化が視界に現れるのが面白い。いつもは見過ごしてしまっている世界の彩。ただの目的地までへの道としてしか認識できなかった町の彩。どれだけ俺が世界に対して無関心であるかを示すような、そんな彩。

 通りがかる道には緑があふれようとしている。歩くアスファルトの一部を塗り替えるような草の意図、誰かの家から枝葉が垂れてくる樹木の色、道路の中央を分断する段差のある緑の色。

 その一部に、どこかから落ちてきたらしい桜の葉だった桃色がところどころに存在する。さらにその一部には、葉が潰れた茶色さえ見えている。

 知らぬ間に、俺はその葉でさえもつぶしているかもしれない。そう思うと、少しだけ寂しさを覚えるような気がする。

 歩く、歩く、歩く。

 そんなことを考えながら、俺たちはあゆみを進めていく。





 歩き道。

 俺たちの通う高校への通り道。

 右に曲がって町に紛れて。

 人影はそこにはない。

 俺と、皐の影が縮んでいく。

 夢に紛れたような明るい道。

 いつか見慣れた幼い頃の公園。

 通り慣れてしまったコンビニエンスストア。

 その片脇に存在するコインランドリー。

 そのすべてを無視して、どこまでも行き先を求めずして歩く散歩道。

 休憩しよっか、と皐が俺に声をかける。

 疲れているわけではない。

 でも、なんとなくその声かけを俺は肯定する。

 適当な道を歩いて、町を抜けていく。

 静かな道。風の通り道。吹き抜ける音が静かにこだましていく。

 また、見覚えのある公園。

 俺たちは、そこで休むことにした。





 喫煙所のようなものがベンチの裏に置かれていた。ただのごみ箱かと見間違え賭けたけれど、それは確かに灰皿のようなものだったから、なんとなく持ち歩いていた煙草を吸うことにした。

 俺が喫煙所の方に立つと、すり寄るように皐もやってくる。特に彼女は合図をしたわけではないけれど、俺は彼女に煙草を一本渡した。

 俺が吸い始める前に、彼女にライターを渡す。手慣れたように彼女は煙草に火をつけて煙を浮かせる。俺はそれを見届けると、返してもらったライターを肺の中に留めてみる。

 少しだけ疲れていたのかもしれない

虚脱感が支配する感覚が残る。この感覚がするときは、どこか疲れている時だ。

 文字通り、一息ついて、ゆっくりとその場所を過ごす。

 俺たち以外、誰もいない世界。

 咎める者もなく、見つめるような輩も存在せず、ただただ呼吸を互いに反芻するだけの穏やかな世界。

 ずっと、ここに留まれればいいのに。

 そんなことを考える、穏やかな散歩道の半ばだった。





「思いついたことがあるんだ」

 喫煙所を後にして、俺たちは公園のベンチに座り込んだ。

 太陽から隠れるようにして、暗がりともいえるベンチの中、俺は頭の片隅で思いついていたことを改めて考えてみる。

「思いついたこと?」と皐は訝し気な声をあげる。俺はその声に頷いた。

「人との関わりについて」

 言葉を俺は続ける。

「伊万里は人と関わることを恐れている節がある。それは彼女が吃りがあるから仕方のないことだろう。でも、そのままでは彼女は生きていくことは難しいだろう。ただでさえコンビニでものを買うことも難しいらしいじゃないか。それはひどく苦しいことだと思うんだよな」

「確か、昨日も同じようなことを言っていたね」

「ああ」と彼女の言葉に肯定した。なんなら、昨日からずっと同じことを考えている。

「彼女の苦しさを解放することはできないと思うけれど、それでも緩和することはできると思うんだよ。そのためには、人との関わりを何度も繰り返して、そうして慣れていくしかないと思うんだ」

 俺は言葉を紡ぎ続ける。

「でも、俺たちと会話をし続けて、それで解消をされたと言えるだろうか。俺たちだけに適応して、それで緩和されたと言えるだろうか。最終目標を定めて、その中で彼女が目標を達成することが大事なんじゃないかなって」

「うん。それは私もそう思うよ。固定の人だけ話せて、それ以外の人と関わるのが難しいなんて、結局苦しさについては変わらないと思うし」

 俺は彼女の声に頷いた。

「でも、ここでさ、いきなり他人に話しかけてみようとか、話しかけてもらおうとかはリスクがあると思うんだ。コンビニで買い物をする上では、完全な他人を相手にしなければいけないから、それと同じように他人と関わるべきなんだろうけれど、それは伊万里にとってハードルが高すぎる気がする」

 想像するのは、たじろぐ伊万里の姿。話しかけられて背筋を跳ねさせる彼女の姿。どこまでも言葉を吃らせる彼女の姿。

「それならさ、せっかく高校という場所があるから、利用するべきだと俺は思うんだ」

「……なるほど?」

 皐は適当な相槌を返した。俺は答えをここで話すべきかを迷った。

 どうせなら、ここで話さずに、伊万里がいる場所で会話をした方がいいかもしれない。

 俺は携帯を取り出す。時刻は六時ほど。

 普通の人間なら起きているか起きていないかの境目の時間。……伊万里についてはどうだろうか。

『よろしくおねがいします』と、早朝に連絡は飛んできていた。いや、そもそも早朝というか深夜に連絡は飛んできていた。俺たちが寝静まった夜に連絡が来ていたはずだ。

 そんな彼女は、今起きているのだろうか。

 ……わからないけれど、とりあえず連絡をしなければ何も始まらない。

「ここで俺たちだけで話し合っていてもしょうがないから、伊万里を呼び出すことにする」

「……やる気に満ちているね」

 呆れる体風を見せながら、彼女は俺が操るスマートフォンの画面を見つめる。

 適当に呼び出す文面だけをフリックで入力して、送信。

 既読は、すぐついた。

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