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Fi/Laughable Days With You.
Fi-Last
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◇
そうして俺が屋上に逃げれば、そこには当たり前のようにルトがいた。
屋上からのぞけば、生徒会室についてはまだ光が灯っている。まだ作業をしなければいけないのだろうか。そんなことを考えると、本当に生徒会には入らなくて正解かもしれない、そんなことが頭を反芻した。
「楽しそうなことをしているね」
ルトはそう呟いた。
「参加すればいいじゃないですか」
「……うん、本当に俺もそう思うよ」
心の底からため息をつくように、深い声音で彼は返す。
「いや、でもほら、高原のハーレム状態を壊すのなんか気が引けてね?」
「余計なことを考えないでくださいよ」
はっはっは、とあからさまな笑いをルトは浮かべる。彼の手元には、いつも通りに煙草がつまんである。
「吸うか?」
「もらえるなら」
いいよ、と彼は返して、いつも通りにポケットからそれを出した。ライターとともにそれを受け取って、俺はまだ慣れないながらもいつも通りにそれを喫煙する。
「楽しいか?」
ルトは唐突にそう聞いてくる。
「なにが、ですか」
「すべて」
すべて。
彼が言った言葉を頭の中で咀嚼して、いろいろな記憶を頭の中に甦らせる。
愛莉のこと、皐のこと、伊万里のこと。
家族のこと、人間関係のこと、罪のこと。
恋愛のこと、親愛のこと、正しいこと、正しくないこと。
すべて。すべてがすべて。
「楽しいですよ」
俺は彼にそう答える。
ルトは「それならいい」、それだけ返して沈黙した。
俺は自分で持っている煙草の火種を見つめて、そうして虚脱感を肺に取り込んだ。
◇
気づかない間にルトはいなくなっていた。虚脱感に身を浸しすぎたのかもしれない。俺は適当に屋上から生徒会室を眺めてみる。動く人影がある。ルトはまだ仕事をするようだった。
ついでに、屋上から反対側の下を見下ろす。
校門側、静かに燃え上がる焚火の様子が見える。
焚火を見つめる重松の様子と、それに対してはしゃぐ様子を見せている伊万里と皐の姿が視界に入る。どこか、子供らしい彼女を、親愛として、友愛として、愛おしいと思った。
「やーい、喫煙者」
──そんな折に、背後から聞こえてくる愛莉の声。
◇
「煙草って美味しいの?」
「いや、別に」
ただ、苦いだけの煙が肺に入り込むだけだ。別に、美味しいと思って吸っているわけじゃない。
それなら、なんで吸っているのだろう。
そんな疑問が頭の中に浮かんだけれど、それを一瞬でかき消した。きっと、考えてもどうでもいい結論にしか辿り着かないから。
ふーん、と愛莉は呟いた後、静かになった。
どうして彼女がここにいるのか、それを聞くこともできただろうが、それを聞くのは面倒くさかった。単純に、伊万里に聞いただけかもしれないし、移動するときに俺の影を屋上に見たのかもしれない。
どうでもいいことだ。深く考える必要はない。
「ねえ」と愛莉は俺の耳元に顔を寄せて呟いた。
「わたしもすってみたい」
彼女は、そんなことを言う。
「やだ」
俺が二文字で彼女に返すと「えー」と不貞腐れたように反応する。
なんとなく、彼女には吸わせたくない。先端からの煙も、フィルターからの煙も。
そう、なんとなくだ。すべてがなんとなく。
これまでの行動も、ここに至るまでの行動も、これからの行動も、すべてがなんとなく。きっと、それでいいんだと思う。
正しさも、罪も罰も、因果も。
すべてがなんとなくでいいと、俺は思うのだ。
俺は、煙草を床に落として、足でそれをなかったことにした。
◇
天体観測についてはまだ始まらない。
屋上の踊り場に置いた望遠鏡は、まだ使えない。使用するタイミングではないから、それでいい。
「ねえ」と彼女はまた耳元で呟いた。
「翔也の高校生活は楽しい?」
どこかで聞いた、同じような質問。
答えは決まっている。
「楽しいよ」
俺は彼女の言葉に即座にそう返した。
何が楽しいのか、具体的なことを聞かれれば、答えを返すのに時間がかかるかもしれない。
でも、楽しいはずなのだ。俺が笑えている限りは、俺自身は楽しいと思えているはずだ。
天体観測はまだまだ始まらない。
俺は空を見上げた。
星座についてはまだ見えない。人工衛星については傍らに見えるような気がする。目が悪いせいで、どこか花火のように弾けてちらついている。月は隅っこから顔を出そうとしている。
今日は満月だ。誰かが満月の日がいいと言ったから、今日が満月なのは当たり前なのだろうけれど。
望遠鏡なんてものがなくても、空については良く見える。
「きれいだね」と愛莉は呟く、俺はそれに頷いた。
星はそこにはない。
星座のきらめきはまだ見えない。
だが、闇だけでも綺麗なのだ。
そんな闇の中にも、星たちはそこにいるはずだから綺麗なのだ。
風が吹く屋上に、愛莉と二人だけでいる。
風に消えない呼吸音が、近くにある。
屋上の風に吹かれて、まぎれようとしている。
まぎれるほどには遠くなく、近すぎるが故によく聞こえる。
息遣い。息遣い。息遣い。
「ねえ」
今度は受け取ってくれるよね。
愛莉はそう言って、俺の方に顔を向ける。
特に言葉を返すことはしなかった。
それに対する答えは、行動だけで十分だったから。
そうして俺が屋上に逃げれば、そこには当たり前のようにルトがいた。
屋上からのぞけば、生徒会室についてはまだ光が灯っている。まだ作業をしなければいけないのだろうか。そんなことを考えると、本当に生徒会には入らなくて正解かもしれない、そんなことが頭を反芻した。
「楽しそうなことをしているね」
ルトはそう呟いた。
「参加すればいいじゃないですか」
「……うん、本当に俺もそう思うよ」
心の底からため息をつくように、深い声音で彼は返す。
「いや、でもほら、高原のハーレム状態を壊すのなんか気が引けてね?」
「余計なことを考えないでくださいよ」
はっはっは、とあからさまな笑いをルトは浮かべる。彼の手元には、いつも通りに煙草がつまんである。
「吸うか?」
「もらえるなら」
いいよ、と彼は返して、いつも通りにポケットからそれを出した。ライターとともにそれを受け取って、俺はまだ慣れないながらもいつも通りにそれを喫煙する。
「楽しいか?」
ルトは唐突にそう聞いてくる。
「なにが、ですか」
「すべて」
すべて。
彼が言った言葉を頭の中で咀嚼して、いろいろな記憶を頭の中に甦らせる。
愛莉のこと、皐のこと、伊万里のこと。
家族のこと、人間関係のこと、罪のこと。
恋愛のこと、親愛のこと、正しいこと、正しくないこと。
すべて。すべてがすべて。
「楽しいですよ」
俺は彼にそう答える。
ルトは「それならいい」、それだけ返して沈黙した。
俺は自分で持っている煙草の火種を見つめて、そうして虚脱感を肺に取り込んだ。
◇
気づかない間にルトはいなくなっていた。虚脱感に身を浸しすぎたのかもしれない。俺は適当に屋上から生徒会室を眺めてみる。動く人影がある。ルトはまだ仕事をするようだった。
ついでに、屋上から反対側の下を見下ろす。
校門側、静かに燃え上がる焚火の様子が見える。
焚火を見つめる重松の様子と、それに対してはしゃぐ様子を見せている伊万里と皐の姿が視界に入る。どこか、子供らしい彼女を、親愛として、友愛として、愛おしいと思った。
「やーい、喫煙者」
──そんな折に、背後から聞こえてくる愛莉の声。
◇
「煙草って美味しいの?」
「いや、別に」
ただ、苦いだけの煙が肺に入り込むだけだ。別に、美味しいと思って吸っているわけじゃない。
それなら、なんで吸っているのだろう。
そんな疑問が頭の中に浮かんだけれど、それを一瞬でかき消した。きっと、考えてもどうでもいい結論にしか辿り着かないから。
ふーん、と愛莉は呟いた後、静かになった。
どうして彼女がここにいるのか、それを聞くこともできただろうが、それを聞くのは面倒くさかった。単純に、伊万里に聞いただけかもしれないし、移動するときに俺の影を屋上に見たのかもしれない。
どうでもいいことだ。深く考える必要はない。
「ねえ」と愛莉は俺の耳元に顔を寄せて呟いた。
「わたしもすってみたい」
彼女は、そんなことを言う。
「やだ」
俺が二文字で彼女に返すと「えー」と不貞腐れたように反応する。
なんとなく、彼女には吸わせたくない。先端からの煙も、フィルターからの煙も。
そう、なんとなくだ。すべてがなんとなく。
これまでの行動も、ここに至るまでの行動も、これからの行動も、すべてがなんとなく。きっと、それでいいんだと思う。
正しさも、罪も罰も、因果も。
すべてがなんとなくでいいと、俺は思うのだ。
俺は、煙草を床に落として、足でそれをなかったことにした。
◇
天体観測についてはまだ始まらない。
屋上の踊り場に置いた望遠鏡は、まだ使えない。使用するタイミングではないから、それでいい。
「ねえ」と彼女はまた耳元で呟いた。
「翔也の高校生活は楽しい?」
どこかで聞いた、同じような質問。
答えは決まっている。
「楽しいよ」
俺は彼女の言葉に即座にそう返した。
何が楽しいのか、具体的なことを聞かれれば、答えを返すのに時間がかかるかもしれない。
でも、楽しいはずなのだ。俺が笑えている限りは、俺自身は楽しいと思えているはずだ。
天体観測はまだまだ始まらない。
俺は空を見上げた。
星座についてはまだ見えない。人工衛星については傍らに見えるような気がする。目が悪いせいで、どこか花火のように弾けてちらついている。月は隅っこから顔を出そうとしている。
今日は満月だ。誰かが満月の日がいいと言ったから、今日が満月なのは当たり前なのだろうけれど。
望遠鏡なんてものがなくても、空については良く見える。
「きれいだね」と愛莉は呟く、俺はそれに頷いた。
星はそこにはない。
星座のきらめきはまだ見えない。
だが、闇だけでも綺麗なのだ。
そんな闇の中にも、星たちはそこにいるはずだから綺麗なのだ。
風が吹く屋上に、愛莉と二人だけでいる。
風に消えない呼吸音が、近くにある。
屋上の風に吹かれて、まぎれようとしている。
まぎれるほどには遠くなく、近すぎるが故によく聞こえる。
息遣い。息遣い。息遣い。
「ねえ」
今度は受け取ってくれるよね。
愛莉はそう言って、俺の方に顔を向ける。
特に言葉を返すことはしなかった。
それに対する答えは、行動だけで十分だったから。
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