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3/Anxious in the Rainy noise

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 自分の欲望というものがわからない。自分のしたいことがいつまでも見つけることができないでいる。

 正しさを求め続けているのは、自分自身で行いたいことの整理がつけられないからだ。俺は正しさをもって自分の欲望だということにした。だが、それは本当に俺の欲望ではない。あらゆる欲望は俺には介在していない。そこに俺はいるのだろうか。

 俺は、俺の欲望を持つことができない限り、俺は俺ではないのかもしれない。

 俺は、俺という存在でいることができるのだろうか。

 欲望のない人間などいないはずだ。だが、俺には確かな欲求はない。

 愛莉に対する嫉妬めいた感情も、皐に対する感情も、伊万里に対する感情も、すべてがすべてそうするべきだからそうしているだけだ。そうすることが倫理的に正しいからそうしているだけだ。そうでなければ不和があるから、俺はそれだけのために行動をしているのだ。

 理由を求めるのは、そうしなければ行動を許されないからだ。人はいつだって衝動的に行動する。自身が想定していないところで事態が進む。そうならないためには理由を求め続けなければいけない。正しさを求めるというのはそういうことだ。だが、これは矛盾の繰り返しなのではないだろうか。

 俺は本当に俺なのだろうか。俺は感情を持っているのだろうか。俺に人間らしさというものは存在するのだろうか。俺は本当に人間なのだろうか。

 愛莉、皐、伊万里、ルト。いろんな彼らの顔が頭に思い浮かぶ。



『うそつき』

 愛莉は俺のことをそう言った。そうなのかもしれない。俺はいつも愛莉には嘘をついている。だが、そうするしか他にないのだ。どうしようもないから仕方がないのだ。愛莉との関係性を保つためには嘘をつき続けなければいけない。そうでなければ俺は愛莉と向き合うことを許されないから。



『どうして』

 皐はそうして俺の行動を見つめていた。恐怖の対象とでも見るように睨みつけた。その所以を辿ることはどこまでも恐ろしい。考えたくない事柄の一つでしかない。あの時の俺は間違えてしまったのだろうか。それでいて皐は皐のままで振舞うのが怖くて仕方がない。



『兄失格じゃないですか』

 伊万里は俺のことをそう言った。俺自身もそう思う。俺はもう皐の兄ではないような気がする。血縁関係としての兄ではなく、精神的な関係で俺は彼女の兄ではないような気がする。俺はどうすればよかったのだろうか。



『やはり高原は自己犠牲の塊だね。もしくは獣だ』

 そうなのだろう。俺に自分を犠牲にしている感覚はないけれど、他人から見て、ルトから見てそう思うのであれば、それが事実となるのだろう。だが、仕方ないじゃないか。そうすることでしか心に平穏が訪れない。あらゆる自分の行動が許されないような気がするからこそ、自己犠牲という道を選ぶのは仕方がない。



 俺は、本当にこのままでいいんだろうか。俺は俯瞰の自分に問いかけた。答えはわかりきっている。目を逸らし続けているがゆえに、逸らしている対象については把握している。

 俺は、問題から逃げ続けている。

 愛莉との関係性、皐に対しての行動、伊万里に対しての自己犠牲。

 彼女らとの関係は、そんな自己犠牲めいた行動からすべて成り立っていた。

 心でルトが笑っている。笑っているような気がする。

 本当に、このままでいいか、と。

 本当に、お前はそれでいいのか、と。





「……高原くん?」

 伊万里は、俺を心配そうな表情で見つめた。

 ひどく、俺を労わるような視線だと思った。いつか見た屋上での彼女。ポスターでの行動を肯定してくれた彼女の顔が俺の顔に思い浮かぶ。

 ──どうして、伊万里は。

 どうして伊万里は、こんな家に住んでいるのだろう。独りで暮らしているのだろう。その事情に対して首を突っ込むのは野暮かもしれない。それでも、俺はなんとなくで花村と一緒に踏み込んでしまった。花村は伊万里の事情についてを知っているのだろうか。俺にはよくわからない。

「どうした」

 意識が呆然とし続けている。だが、それはまともに思考が回り続けるが故だ。俺は伊万里に対して適切な行動を選んでいる。今の俺は独りじゃないのに。

 人と一緒にいれば、こんな思考の海をさまようことはなかったはずだ。波にさらわれることはなかったはずじゃないか。でも、目的、結果が分かり切ってしまった瞬間に、すべてのことがどうでもよくなる衝動を感じずにはいられなかった。

「なんか、顔が真っ青じゃ……」

「あー、今日は昼飯をそんなに食ってないからだろうな。気にするな──」

「だからって顔面蒼白になりますかねぇ?!」

 彼女はどこかのギャグ漫画のような大きい声で突っ込んだ。

「なんか、このまま帰したら高原くんに呪われそうなんで、ありあわせで作っちゃいますよ」

「敬語──、じゃなくて、いいよ別に。腹が減っているわけじゃないし。長居したら悪いからそろそろ帰るよ」

 俺はそうして立ち上がろうとすると、同じく立ち上がろうとした花村に体重をかけられて座ってしまう。

「お言葉に甘えちゃえばぁ? お二人を邪魔するわけにはいかないから、私は帰るねー!」

 気丈な声、というか揶揄うような笑い声。

「い、いや、私たちはそんなんじゃ──」

「──うんうん、わかってるわかってる! じゃ!」

 花村はそう言うと、そそくさと逃げるように鞄を腕に引っ提げて、伊万里の家の玄関をくぐっていく。彼女がとたとたと足早に歩く音は扉が閉まっても聞こえてくる。聞こえるたびに、より部屋に二人しかいない、という事実を意識に反芻させてくる。

 ……どうして、こうなったのだろう。

「……二人っきりですね」

「……そうだな」

 俺は、適当に返事をした。なんというか、気の利いた言葉一つさえ思いつかなかった。

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