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第三章 灰色の対極

3-8 僕、天使かもしれない

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 「今から突拍子のない話をします」

 「どうぞ」

 いつものお決まりの言葉。口上。自分自身でも気に入りつつある台詞を吐いて、僕は頭の中で整理する。

 どこから伝えればいいのだろうか、そう考えたときの始点が定まらない。最初は最初でも、どこからが始まりなのかがわからない。

 そして、話す上では、立花先生がほかの生徒には話していないことを、今から葵に話さなければいけない。前提として必要になる部分だからこそだ。

 ……まあ、いいか。きっと、立花先生も深く怒るということはないだろうし

 「どこから話せばいいのかわからないのが正直ですが、とりあえずこの前のことから話そうと思います」

 「この前のこととは?」

 「先ほどの煩悩の話です」

 「……はい」

 葵は少し呆れた表情をするけれど、仕方がないじゃないか。そこから話さないと、適切に話せる気がしないんだし。

 「ええと、あの時に世界が止まっていた、っていう話はしたっけ」

 「うん。男子高校生なら、時の止まった世界なら胸を触る、とそうご高説された記憶があります」

 「それ自体は重要ではないので忘れてくだ──」

 「あぁん?」

 「……いや、重要だったし、とても素晴らし──、ええと、そうではなく、とりあえず、止まった世界の話を聞いてください」

 「……まあ、いいでしょう」

 ……何が地雷になるかわかったもんではないが、なんだかんだ葵が冗談めかしてくれるから、少し落ち着きながら話すことができるような気がする。

 「ええと、その時に言ったんですけど、あの時、世界は止まっていたんですよ。立花先生の言葉で話すならば、”黒魔法”というやつが発動したらしく……」

 「……黒魔法?」

 「うん。まだ葵たちには話していない魔法だったらしいんだけど」

 この話は内緒にしてね、と小声で葵に付け足しながら、話を続ける。

 「その黒魔法の素養が僕にはあると立花先生は語っていたんだ。止まった世界に対応することができるのも、僕のこの左手の黒い紋章が素養を表しているんじゃないかって」

 「ふむふむ」

 「それで……」

 ここからどう話を続けよう。天音のことを話すべきかもしれないし、話さない方がいいのかもしれない。

 天音のことは秘密、と本人から言われているのだから、

 「……女のことを考えている顔をしていますね」

 「は、はは」

 ……怖い。なんで……?

 話さない方がいいのかもしれないけれど、それじゃあ話がまとまらないから、怖くても話さなければいけない、かもしれない。

 「……ええと、それで立花先生にその話をされた後、また天使の時間がやってきてさ」

 「……あの吸血鬼事件の犯人?が言ってたやつ?」

 「……そう。あの犯人が言っていた天使の時間。その仕組みや詳細についてはまた今度話すとして、とりあえず天使の時間が発動していたら、永久に葵たちは動けないから、天音と一緒に解除しよう、ってそういう話になったんだ」

 「……なんでいきなり天音さんが出てくるんですかね」

 「……僕も、よくわかってはいないんです」

 無が無だから動けるとか、無いから存在するとか、存在しないから在るとか、よくわからない説明しか受けていないから、それについては僕もどうしようもない。

 「そこで聞いた話があってさ──」

 そこで思い出す彼女の言葉。

 『天使という存在はね、世界の異常、異質を浄化する目的で世界にいたんだって』

 『悪魔の時間に対応することができたのが、唯一天使という存在でね、天使が世界を救うために頑張って悪魔を倒したんだって』

 『だから、最初は悪魔の時間だったけれど、それでも天使という存在が世界を救ったおかげで今のこの平和な世界があるの。だから、敬いを込めて『天使の時間』って、そういう風に言われたんだって』

 楽しそうにおとぎ話をする彼女の姿。そのおとぎ話の中で気になる単語。そして、彼女が天使の時間に相対するときに言っていた、一つの情報。

 『わたしには浄化作用がない。あらゆる対極が見えても、その対極に見合うほどの非現実的事象なんてわたしには起こせない』

 『でも、たまきくんにはそれができる。ここまで言えば、わかるよね』

 そして、その言葉の通り、歯車に血液を浴びせた瞬間に、異質とされた天使時間の歯車は侵食するように浄化され、そうしてすべてが虚に消えた。

 その答えとしては──。

 「僕、天使かもしれない」

 「……はい?」

 いや、まあ、そうなりますよねぇ。

 「天音から聞いた話を整理すると、そうなるんだよ」

 「……そもそも聞いた話を私に説明してくれないとわかりませんけど?」

 少し怒りを孕んだ声を発しながら、葵は僕の瞳をにらむ。 

 ……なんで天音に関連するとここまで露骨に嫌そうな顔をするのだろう。特に何かがあったわけでもないのに。

 「ええと、天音が言うにはなんだけどもね。

 ・天使は異質を浄化する存在。

 ・天音……、というか魔法使いには浄化する作用がない。

 ・でも、僕には浄化作用がある。

 そして、その言葉の通り、僕は黒魔法を浄化することができたんだよね」

 「……意味わかんない」

 「……ですよねぇ」

 自分自身何を言っているのかわからないんだからしようがない。でも、彼女の言葉をまとめると、そうなるとしか思えないのだ。

 「……それで?それの何が問題なのさ」

 「……うん。その時に天音に更に言われたことがあってさ。僕には魔法は使えない、絶対に使えないって、そう言われたんだよね」

 「……何それ、ムカつく」

 「……」

 だんだんと敵意が露骨になってきてますよ、葵さん。

 言葉で伝えようかと思ったけれど、少し怖いからやめておく。

 「……だから、どうせ魔法使えないっていうなら、魔法教室に行っても意味ないかなって」

 「……もしかして、それが理由ですか?」

 「……はい」

 「よし!わかった!」

 葵は、そう言葉を発した。

 「とりあえず一発ぶん殴るね!環も天音さんも!」

 「なんで?!」

 葵はそうして袖をまくる。どこか拳に滲む殺気が本気であることを悟らせる。

 ──ああ、これは死んだかもなぁ。

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